故

「沙紀乃ちゃん結婚しましょっ☆」





風邪というのは恐ろしいものである。
尚更、一人暮らしを始めたばかりで、この部屋では優しい両親や、辛辣な発言をしつつ気遣ってくれる兄弟がいない。
いくら頭が痛くて吐き気が酷くても 薬を取ってくれる人もいなければ、料理を作ってくれる人もいない。体温計すら誰も差し出してくれない。
布団の上で触ることができるのは携帯電話ただそれのみ。あまり力の入らない手で操作する。ああよかった。枕元に充電器を設置しといて。
 僕の住むこの部屋、都会にしては風呂アリ、トイレアリ、家賃格安―、という素敵なお部屋なのだが、一つ問題があった。場所が山の上なのである。駅からきっかり25分。行きは良い良い帰りはしんどい。
というわけで僕は病に伏して3日経つが、病院には未だ行けないでいる。帰ってこれる自信がないからだ。震える手でネットスーパーの注文はできたから食料には困ってないが、まだまだ熱は下がりそうにない。医者もネット注文できないものか。
中途半端な都会であるここはそれも見込めそうにない。実家ならド田舎故に電話で出来た。よぼよぼのじいさんが診断してくれたものだ。遠い世界の話だ。
 仕事は今日で欠勤3日。有給を使っているので構わないっちゃ構わないが もしかしてクビになったらどうしようかと今朝あたりから不安が止まらない。寒気も止まらない。寝るに限る。でも寝過ぎた。もう寝れない。暇だ。図書館で借りてた本は読み倒してしまった。
携帯で見てた色んなサイトも大概見飽きてしまった。三日もあったのだ。この世界について少しは詳しくなったつもりである。ただここ数日に起きたニュースを読みまくっただけだが。
 もう今やることはない。あとは散った眠気をまた束ねて眠りにつくだけ。熱を下げるだけ。――体内に留まってる息を吐き出す。眠れ、眠れ、眠くなれ、眠ろう、熱下がれ、眠れ、眠れ、眠くなってくれ。念じろ、最終的に念じるしかない。できる、きっとできる筈だ。
どんな人間だって睡眠が必要なんだから。だからがんばって僕。応援してるから眠ってくれ。



ヴー、 ヴー、 ヴー、



と、そんなことを念じていると携帯が鳴った。必死こいて集めていた眠気はまた霧散した。あああああ。力の入らない指で掴み、届いたメールを開ける。メルマガだろう。悲しいが僕に友達はいないし。
が、受信したメールの相手を見て青ざめた。掠った音が出た。そのおかげで風邪で声が出ないのを今知った。そんなことはどうでもいい。
 相手は沙紀乃さんだった。暮野沙紀乃さん。くれのさきのさん。語呂がいい素敵なお名前。僕の好きな人。僕にとって10年ほど片思いの人。言葉にするとゾッとするな。毎度の事ながら。
しかしそんな麗しの君が一体何の用でしょうか。どういう事でしょうか。熱故の夢でしょうか。
おそるおそるメールを開いてみる。


『○○君、どうしたの?そんなこと突然言われても困ります』

と、一文。
あれ。
あれ。
あれれ。
ぼくはきみにメールなんて送っていません。
君のアドレスを知ったあの秋の日から僕は一度も君にメールを送ったことがない。何度も何度も君のアドレスを見つめ、眠れない夜を過ごしたことは沢山ありましたが。具体的にいえば君のアドレスの単語の一つ一つの意味を解析して君が某バンドが好きなことを知ったり、君にメールが送りたい一心で「メールアドレス変更しました。」というメールを送ろうとメールアドレスを変更しようと何回かアドレスを変更したり、いろいろ小細工を思いついたり行ったりしましたが一回も何も出来ずに早10年立ちまして。それを何を今更。何をしましたかこの僕は。

慌てて送信メールboxを開くと、見覚えのないメールが一通。
こじ開けるとそれは タイトルなし。本文のみ。本文一文。ただ「沙紀乃ちゃん結婚しましょっ☆」の頭の悪い文のみ。



ああああああああ!!!!!!!!!!!げほげほげほ!声はやっぱり出なかった。



え、ナニこれナニこれナニコレーーーー!!!!!とパニックに陥る。そして一瞬で鳥肌が立った。
熱か。熱でとうとう狂ったのか僕は。こんなメール送った覚えはない。こんな最後に☆なんかつけるメールを送りつける陽気な発想 僕の中にないし、今更 暮野さんに告白する気だってない。なのになんだこの頭の悪いメールは。
熱にうなされて無意識のうちに彼女に送ったのか。そんなこと実際ありえるのか。いやあり得ないはずだ。いくら僕が今までの人生史上一番ヤバイ風邪菌に侵されたとはいえ、僕は正気な筈。意識だってはっきりしてる筈。
なのになんだこれは、なんだこのメール。そして、なんだあの受信メール。

受信したメールを改めて読み直す。送り主はやっぱり暮野さん。僕の好きな人。最早暗記してるアドレス。
あれれ。
あ。そうかこれは、夢なのか。
熱故の夢。
そうなんだ、そうじゃないと説明つかないじゃないか。


僕も三日連続40度強の熱を出して頭がおかしくなってるんだ。



震える手で、受信したメールに返信した。
「突然ごめん、でもそうは言わないで考えてみてよ。好きなんだ。沙紀乃ちゃん。これからはずっと傍に居てください」




だって君は10年前の秋に死んだじゃないか。

風邪のテンションで書いてみました。前から文を書いてみたかったのです。よくある話です。文章がどことなくラノベくさいですね。改善できるようがんばります。

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更新日
登録日
2012-04-25

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