新しい夢のみかた

新しい夢のみかた

夜中にざっと書きました。
あなたはどういう解釈をしますか?

あれ…おかしいな

20代っていうのはさ、必ずしも楽しいやつらばかりじゃないんだ。現に俺はすごく苦労している。高校卒業と同時に就職。肉体労働系の過酷な仕事に身を置きながら2年が過ぎた。朝起きて、飯食って、仕事して、帰ってきて、風呂入って寝る。やりたいことがなければ惰性で時間が進むのが20代なんだ。
まぁ、そんな過酷な中でも確かに楽しいことはある。休みの時に同僚と遊んだり、呑み行ったり、バカやったり。けどそんなのは一瞬だよな。もっとこう、俺は自由が欲しかったんだ。
そんな中、俺は一冊の本と出会った。
『新しい夢のみかた』そんなタイトルの本だ。あんまり本を読むたちじゃなかったんだが、数ページ読んで面白かったから買った。仕事の休憩時間や休みを利用してその本を読んで、俺は夢について学んだ。ここでいう夢は、将来のとかじゃなく寝ているときのほうだ。その本は項目毎にステップアップしていけるらしくって、正しい睡眠方法から、夢の見方とか、見たい夢を見る方法とか、いろんなことが書いてある。その中の最終段階が、明晰夢をみること。簡単に言えば、夢の中で自分の意思を持って自由に動くことなんだが、これがまた難しい。
俺は明晰夢を見るためにすこぶる努力をしたよ。ステップ1から頑張ってこなしていった。
そんな生活を続けて数ヶ月が経ったある日、俺はついに明晰夢を見ることに成功した。ここまでくれば回数をこなすのみ。イメージトレーニングと、想像力を鍛えながら、俺は夢の世界にどっぷり浸かっていった。
ある時は囚われた姫を救う夢を。
またある時は銀河を漂いながら新しい惑星を見る夢を。
海の中で自由に泳ぎまわり海底都市をまわる夢を。空を飛ぶ夢を。金持ちになった夢を。最高に自由な夢を。ちょっと人には言えない夢を。

生活は変わった。まるでずっと起きているような感覚に陥った。でも夢と現実がわからなくなるようなことはなかった。辛さと楽しさがその差をはっきりとさせてくれた。現実は辛く、時に楽しいもの。夢はただただ楽しいもの。飽きることのない本当の意味での自由がある。一冊の本で人生が変わるというのは、あながち嘘ではないらしい。

その日は寒い夜だった。いつものように仕事から帰って風呂に入ってベッドにもぐった。
今日はどんな夢を見ようか。そう考えているうちに寝てしまった。

目がさめると、俺はクーハンで寝ていた。どうやらここはまだ夢の中。言葉は何も話せないし、体の自由もあまりきかない。あうあう、とまだ発達していない言葉から察するに、今日は赤ちゃんになった夢を見ているらしい。どんな夢を見るか決めずに寝てしまったからだろう。あまり自由のきかない夢だし、意識をそらして目がさめるの待とうとしたけど、どうもうまくいかなかった。そのまま数分して、この夢のお母さんらしい人が出てきて、俺を抱っこしてあやし始めた。いつの間にか泣いていたらしい。
「大丈夫ですよ〜よしよし〜」
透き通るような綺麗な声。赤ちゃんの頃の記憶はないが、赤ちゃんの時に聴く母親の声はこんなに心地いいものなんだな。
「さ、また寝ましょうね」
母はクーハンに俺を戻して、どこかに消えた。それにしてもあの人は俺の若い頃の母親にどこか似ていた。

すぐに覚めると思っていた夢も、気がつけば半年たっていた。けど別におかしいことではない。夢のすべてを知り尽くした俺は、夢の中の時間を好きに操れる。なんら問題はない。ちょっと前なんか、1年近く遊び呆ける夢を見たばかりだ。
少し成長した俺は、ハイハイで部屋を探検できるようになった。まだ話すことはできないけど、それなりに楽しい。赤ちゃんの時が一番自由なんじゃないかなって思った。意識は20代だけど、感性は赤ちゃんらしく、ちょっとしたことに感動したり、悲しくなったり、感情豊かだ。久しぶりのその感覚が嬉しかった。現実の俺はいつからか本気で笑ったりすることがなくなっていた。泣くこともないし、悔しいと思うこともあまりなかった。感情的な面は人間関係やストレスで破損していたからな。

昔のことを少し思い出せなくなったのは5歳になった頃だ。俺はいつの間にかこの子に支配されていた。自分は何も権限を持っていないただ夢を見る人になっていた。この子の視野を借りてただただ流れる映像という名の夢を鑑賞する日々。でもまぁ、これはこれでよかった。気がついたら俺はこの子の将来がすごく気になっていたんだ。5年という歳月もなかなかだが、俺はこの子の生涯を見たい。そう思うようになっていた。

いつの間にか遊べる幅が変わった。家の中じゃなく、外で遊ぶようになった。友達もできた。なんとなく好きな子もできた。幼い頃から恋愛感情というものは存在するらしい。おもちゃから遊具に変わった。言葉もしっかりしてきた。鉛筆を握るようになった。集団を学ぶようになった。人間関係を学ぶようになった。失敗する悔しさと成功する嬉しさを学んだ。堪えるべき怒りがあることを学んだ。

そうこうしているうちに、僕は中学生になっていた。小学校も楽しかったけど、ここはもっと楽しい。新しい友達がたくさんできた。可愛い女子もたくさんいる。その中でも僕が気になったのは、どこのグループに属さない一人の女の子だった。名前はゆりか。小学校の頃から薄々気づいてはいたけど、人っていうのはみんなを好きになれるわけじゃない。この人だけは絶対に無理っていう人が必ずいる。だから大体グループを作るんだ。口にはしない暗黙のグループ。
程よく仲良くできる子と、めちゃくちゃ気があう子でできた、絶対的安心グループ。楽しい学校生活を築いていく中では必須のこの輪。けどゆりかにはそれがなかった。そんなところに惹かれたのかもしれない。
ゆりかとの距離感を確かめながら、僕は徐々に徐々にゆりかと仲を編んでいった。

中学2年の秋。僕たちは2人だけの秘密の時間を作るほどの中になっていた。場所は放課後の屋上の塔屋。ここは誰も来ることのない秘密のスポットとして、ゆりかが見つけた場所だ。
グラウンドでは野球部がキャッチボールをしていて、校庭ではサッカー部がランニングをしていた。フェンスに寄りかかりながらその様子を眺めるゆりかが呟く。
「不思議だなぁ」しみじみと言って僕を見た。
「なんかね、こまち君が初めて話しかけてくれたときから感じてたんだけど、私たちってこうなるって決まってたんじゃないかなって」
「何それ」無邪気に笑いながら僕は答えた。
「でも確かに。そんな気がする」
しばしの沈黙。風の音と人の声が心地良く耳に響いている。この時間が僕は好きだ。

高校生になっても、僕とゆりかは一緒だった。もう付き合って2年になる。同級生の友達からはよく続くなとか、どこまでいったんだ?とか、よくある質問が出る。別にそんなにすごいことじゃないと思うんだけどなぁ。みんなが遊びすぎてるだけだと思うし。
高校になっても屋上が空いているということで、放課後の暇なときは2人でグラウンドとか街を見下ろした。
「こまちってさ、私に飽きたりしないの?」
突然の質問だった。
「うーん。そういうゆりかは?」
「全然飽きない」
よかった。速攻で返事は返ってきた。
「そもそもさ、飽きるとか飽きないとかじゃないよね。僕たちが付き合ってるのって」
「うん。そうだね。単純に好き。一緒にいて心地良くて楽しい。それだけでいいよね?」
「うん」
そう言って僕たちは抱き合った。相変わらず小さいゆりかと、身長の伸びた僕では、ちょっと抱き合いにくくなった。
「背、伸びたね」
「ゆりかが縮んだんじゃない?」
「そんなわけないじゃん。ばか」
「ばかは余計だ。ばか」
「ばかっていうな。ばか」
心地いい笑顔が秋の空の下に二つできた。

高校2年生の夏休み前。暇を持て余すLHRで、『自分について』という題材で、作文用紙2枚半をかいて発表するという授業があった。自分について振り返るのは苦手だ。というのも、僕には不思議な記憶があって、初めて行った場所なのにその場所の地理をなんとなく覚えていたり、どこか懐かしい風景が多かったり、この場所で事故が起きた気がすると身構えていたら実際に起きたりと、質の高いデジャブに悩まされていた。起きる現象にいちいち見覚えがあっては、つまらないという贅沢な悩みだ。
ときにはその記憶を悪用することもあった。友達になれそうにない奴らと友達になったり、悲劇のヒロインを助けたり、学校生活において僕はちょっとした有名人だった。けどそれは先輩たちにとっては鬱陶しく、調子に乗っているガキがいると目をつけられる行為。ここで僕は不思議な記憶を利用して、絶妙な距離感と場所に身を置く。これによって程よい関係性を保ちつつ、いろんな人を獲得してきた。今や校内に敵なし。そんなことを書こうかなとシャーペンを手に持ちながら、絵空事と謙虚さとおもしろさを織り交ぜた文章を書いた。

振り返ればあっという間の高校生活。就職先も決まって、濃度の濃ゆい思い出を作っていくだけの学校生活になった10月後半。学校では中間服から冬服の移行期間で、ほとんどの女子がタイツを履き、ほとんどの男子がブレザーを着ては肘のあたりまで捲って は先生に怒られていた。
いつもの屋上。綺麗な夕焼け。部活動生の声が響く校庭。ちゃんと規則に従った制服の着こなしをするゆりか。かっこつけてブレザーを肘まで捲った俺。
「あと半年で卒業だね」
少し悲しげな声でゆりかが言った。
「そうだな…。もう少しで離ればなれか」
俺たちは卒業と同時に県内と県外の遠距離になる。
「離ればなれかぁ…。よく考えたら中学校からずっとこまちが私のそばにいたなぁ」
「なぁ。ずっとこうしてきたよな」
「いつの間にかちょっと大人になって俺とか、よなとか、かっこつけ出したし」
「あはは。仕方ねぇだろ。男なんだから。でもゆりかは偉いよ。ずっと偉いまんまだ」
「別に。チャラチャラするのが嫌いなだけだよ」
ムッとしながらゆりかはいった。
「ばーか。知ってるよ」そう言いながら頭を撫でた。
しばしの沈黙。風の音と人の声が心地良く耳に響いている。俺は相変わらず、この時間が大好きだ。

卒業式の日。本当に今日が卒業式なのかと、不思議に思いながら俺たちは高校を卒業した。黒板を埋め尽くす絵と思いと文字。笑った顔も泣いた顔もちゃんと写った写真。
僕は忘れない。この場所、この街で過ごした18年間を。

最後の放課後とでもいうのか。みんなは帰宅したが、俺とゆりかは屋上に来ていた。
きて早々抱き合って、しばらく俺たちはそのままでいた。
「あのさ」最初に口を開いたのはゆりか。「覚えてる?中学の頃に私が言ったこと」
「うん?なんのこと?」
「私とこまちがこうなることは決まってたんじゃないかって言ったこと」
「あー。覚えてる」
確かにぼんやりと覚えている。俺も確かにあのときからそんな気はしていた。
「なんかさ、今日でこの関係は終わっちゃうけど、また会えるよね。いつか」ゆりかの声が少しずつ震えだす。「ちゃんとまた会えるよね?」
顔を上げたゆりかの目には涙が滲んでいた。
「そうだな。また会えるよ。きっと。そんな気がする」
そう言って、またきつく抱き合った。でもなんでだろう。このとき初めて、不思議な記憶の中にゆりかと再会している記憶はなかった。
そしてお別れの時間が迫る。
「あのさ」ゆりかは話し始めるときにいつもあのさをつける。こんな些細なことでさえ、僕はずっと覚えてるんだろうな。
「私が小さい頃に読んだ本の中にすごく好きな男の子がいたんだ。その子がね運命の人だと思ってたの。でさ、中学生になってこまちが私に話しかけてくれて、仲良くなるうちにその子に似てることが分かって、運命って本当にあるんだなって思ったんだ」
そこまで言って、ゆりかがカバンの中から一冊の本を取り出した。『サーカス団のマルチード』という題名の子供向け本。
「よかったらこれあげる。たまには私を思い出して読んでね」
受け取ってカバンにしまった。
「ゆりかは思い出すと思うけど、本自体はそんなに好きじゃないから読まないかもしれない。でもありがとう。大事にする」
「知ってるよそんなの。いつかでいいの。いつかで。私みたいに人生が変わる本かもしれないよ?」
「あはは。俺にはたぶんそんな本ないな」
そう言って笑った。ゆりかも笑った。17時の鐘がなって、最後の時間も終わった。

高卒で就職というのは、意外と難しくはない。どんな奴でもいいからとりあえず人が欲しいという企業はいくらでもある。しかしながらそういう所で生き残るのは難しい。人が欲しいというのは人がいないからで、いない原因というのは、仕事がきつかったり、理不尽な輩がいたり、上下関係が異常だったりと、マイナスな面があるからだ。でも俺には不思議な記憶がある。しかも嬉しいことに、ここでの記憶はどこまでも正確で、従業員のほとんどの記憶があらかじめあった。まるでここで働いてたみたいに。
不思議な記憶のおかげで人間関係には困らなかったし、上司とも仲良くなれた俺は、それなりに楽しい日々を送っていた。仕事だってうまくやれたし、休憩の合間を縫って同僚と遊んだり、結構うまくやれてた。

そんなある日。不思議な記憶が突然消えた。消えたというよりは、ここまでで終わっているようだった。
今まで感じてきた違和感の正体に、俺は気付きつつあった。
これはもしかすると、夢なんじゃないか。そんなバカなことも考えながら。

20の誕生日。どうやら俺はうまくやりすぎたらしい。たったの2年間で、それなりにいいポジションにつけて、安定した収入を得ることができるようになった。それと反比例するように現実は退屈してきた。楽しい日々が続きすぎて飽きてしまった。

20歳っていうのは、必ずしも楽しいやつらばかりじゃない。現に俺はすごく退屈している。朝起きて、飯食って、仕事して、帰ってきて、風呂入って寝る。やりたいことがなければ惰性で時間が進むんだ。
楽しいこともすでにやり尽くして飽きてしまった。もっとこう、俺は自由が欲しかった。

──そんな中俺は、一冊の本と出会った──

新しい夢のみかた

皆さんがどんな解釈をするのか気になりますね。
それではいい夢を。

新しい夢のみかた

一冊の本で人生が変わる話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-21

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain