花のない世界
プロローグ 〔まだ、何も分からない〕
いつも通り、5:00に起きた。
佳意はまだ、寝ている。
「はぁ……」
布団から体を起こし、背中を伸ばした。
ここは、ボロボロの一軒家で、家主がいない。
いわゆる空き家だ。
なのに、電気も水道も、ガスも通っている。
いつから住んでいるのかは あんまり覚えてなくて、今までなんとか2人で生きてきた。
クローゼットに駆け寄り、勢い良く開ける。
磁石が離れる音がした瞬間、2着の制服が現れた。
「…………あ」
思い出した。
そうだった。
ちょうど一週間前。
宛先の無い、大きな段ボール箱が玄関に置いてあった。
『アリナ』という名が箱の隅に書かれていた。
私は、『アリナ』という人は知らないし、どこから届いたのかもわからないので開けない方が良いと思い、ほうっておいた。
が、佳意が躊躇なく開けてしまった。
中には、綺麗な学校の制服2着と手紙が2通、入っていた。
手紙には、丁寧な字で、
《星河 類佳・詠地 佳意 宛》
突然の荷物、申し訳ありません。
私は、アリナと申します。
関東南部にある、国立刻暦中学校の関係者です。
驚くとは思いますが、あなた方を、
この中学校に招待させていただきます。
4月3日、7時30分までにおいでください。
…………と書かれていた。
約8年前に開校した刻暦中学校は、この日本__いや、この関東圏で唯一の中学校だ。
(いやいやちょっと、何で………)
____っと、ずっと思っているうちに4月3日が来てしまった。
「………おはよ、類佳」
佳意が起きた。
「おはよう」
いつも通り、返事した。
「__って、今日 何日!?4月3日だよね!入学式!?だよね、類佳も早く着替えてっ!」
「う、うん………」
もう、どうしようもない。
しかも、佳意は行く気満々だ。
中学校はそんなに遠くない。
(しょうがないなー……)
制服を着てみた。
セーラーではなく、ブレザー式だった。
黒いブレザーに、アクセントの真っ赤なネクタイ。
スカートは、黒い布地に薄い水色と紫色のチェック柄だった。
(か、かか、か、かわいい……)
正直に思ってしまった。
服は基本、ジーパンなどズボンばっかり履いている。
いわゆる、ボーイッシュスタイル。
ので、スカートは久し振りだ。
「えっ!?類佳がスカート、履いてる!」
(…………)
一番ビックリなのは こっちなのに。
リアクションで佳意に勝てる日は無さそうだ。
それより、
「……早く着替えて」
「すんまへん」
言いだしっぺはいつも遅い。自分が言いだしたくせに。
「先、行ってるよ」
「待って待って、今行く今行く!」
刻暦中学校へと、向かった。
第1話〔始まり〕
「着いた~」
やっと、着いた。
(ここが………)
国立刻暦中学校。
元々 神奈川県横浜市だった所、全てが敷地らしく、
その広大な敷地には、5つもの校舎と10もの寮がある。
中は高い 黒いフェンスで全く見えない。
今 目の前には高い壁に似あう、一度に千人入れそうなほど大きな門がある。
「………何で開いてないんだ?」
佳意が呟く。
そう、今 この門は閉まっている。
ガッチリと、隙間無く。
「もしかして、俺達、遅刻した?今 何時?」
「まだ7時半だよ。手紙には、『7時50分までに』って書いてあるから、遅刻ではないと思うけど………」
「あっ、なんかボタンある!なんだこれ」
「え、ちょっ__」
止める間もなく、佳意は門の右側にあるボタンを押してしまった。
その瞬間、
キ_________________________
やけに高い嫌な音が聞こえてきて、頭に響いた。
すぐに手で耳を塞ぎ、目を閉じてしゃがみ込んだ。
痛い。頭と、鼓膜が。
痛い。
痛い。
痛い。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「……か」
・
・
・
「…るいか」
・
・
「類佳?ねぇ!」
「えっ………あれ?」
あの音は止んでいた。
いつの間にか。
そして、目の前に佳意がいる。
「ねぇ平気!?頭痛い!?それとも腹痛!?どうする、家帰る?」
っと、私の両肩を掴んで、ゆっさゆっさと揺らしながら、やや速めに言う。
視界がはっきりしてきた。
佳意の後ろには、例の大きな門が__
(__開いてる!)
「うん、うん、大丈夫だから。頭痛でも腹痛でも、何でもないから」
「本当!?大丈夫!?無理してない!?」
揺れが止んだ。
私は、両手をパーの形にして、「大丈夫、大丈夫」と言った。
「それより、門 開いたの?」
「あぁ、うん。類佳がしゃがんだ瞬間に、ギギ………ガガガガガって、開いた」
「そうなんだ……ありがと、じゃあ、行こっか」
「おぅ」
2人で、門の先へと進んだ。
***
「………誰も居ないね」
「あぁ」
門から、ここまで、1kmは歩いた。1kmは。
ずっと1本道だった。
「どこ行けばいいんだ?」
「んー、分かんない」
2人で立ち止まってたら、
「インタビューしていいかなっ?」
「えっ?」「うわっ!」
背後から、話し掛けられた。
マイクを持った女の人がいた。
女の人が、
「おぉ、新入生にしてはいいリアクションだねぇ。普通の子だと、
『キァアッ!何 この人!気持ち悪いっ』って逃げたり、
『は?何 言ってんのww?マジ パネぇwwwww』 ってさ………。
いやー、こうゆうリアクションを求めてたんだよー」
と、ニヤニヤ笑いながら頭を撫でてきた。
(……?…?)
何がなんだか。
「ほらほら、かのん、困ってるじゃん。
変な事、言わないの」
(困っている、というか、理由が分からない……)
次の女の人は、一眼レフのカメラを持っていた。
かのん と呼ばれた記者さん(?)は手をひらひらさせて、
「えぇ~、インタビューしたかっただけだよ?
ほら、未来も撮って撮って~」
と言う。
「はいはい」
未来 と呼ばれたカメラマン(?)は、しぶしぶ答えてカメラをこちらへ向ける。
でも、すぐに下ろした。
「自己紹介がまだだったね。
私は本田 未来、2年4組。
学校新聞部の副部長、カメラ担当だよ。
そして、こっちが___」
「はいはーい!
うちは2年1組25番、出川 かのん!
香るに難しい方の呑むで、香呑!かのん先輩でいいよ!
学校新聞部の部長やってまーす!」
ロングヘアーで、右耳にピンクのハートのイヤリングを付けているのが未来先輩。
そして、ショートで部分的に三つ編みをしていて、左耳にイエローの星形のイヤリングを付いているのが、かのん先輩。
(お揃いなのかな)
とても、仲が良さそう。
「このマイクは、マーさんって言ってね、うちが小学校入
る前から友達なんだよ!でも、もう今は恋人同士って感
じかな~。
そんで、この学校新聞部はね___」
かのん先輩が早口で、目をキラキラさせながら、何かを語ってくる。
未来先輩がパンパンッと手を叩いて、
「はいはいはい、そのへんで終わらして。
インタビューはどうしたの?」
と、言った。
かのん先輩が軽くコホンと咳払いし、マイクを私達の方
に差し出す。
そして、未来先輩がカメラを再び構えた。
第2話〔久しぶり〕
「全く、うるさい先輩だったなぁ……」
体を伸ばしながら、佳意が言う。
さっき、かのん先輩に、
簡単な質問__「名前は?」「趣味は?」とか、
答えにくい質問__「もし、この地球が崩壊するとしたら、何年後だと思う?」とか された。
そして、「何組なの?」って聞かれた時に、
「分からない」って言ったら、
未来先輩がクラス名簿が置いてある所を教えてくれた。
今、その場所に向かっている。1年生の校舎に。
ていうか、
(寒っ…)
ふと、隣にいる佳意を見た。
佳意は、男子だからズボンだ。
(いいなー…)
だって、ズボンは足が全部 隠れてるし。
女子が履いてるスカートとか、
なんか風 吹く度にパタパタしてさ、寒いんだよね。
そんな事を思ってながら歩いていたら、校舎に着いた。
4階立てっぽい。
入り口は、全てガラス張りだ。
入ってみると、かなり大きい下駄箱が8つ あった。
クラスが8つあって、それぞれわかれているらしい。
下駄箱の側面に、クラス名簿が大量にあった。
とりあえず、全クラスの名簿をもらった。というか、勝手に取った。
「類佳 何組?」
「んーっとね……」
星河 類佳。星河 類佳はどこだ。私は__
「4組!」
「うわっ、クラス 違うじゃん、俺7組…」
「いいじゃんいいじゃん、ラッキーセブン!」
佳意にピースしてみせる。
それに答えて佳意が微笑む。
対して私、4組。
4、よん、よん、し、し、__死。
……はぁ。
でも、
「桧山 那緒……?」
私の名前の上に書いてある この名前が気になる。
聞いた事がある、というか、懐かしい感じがする。
左側の入り口が開く音がした。男の子が入って来た。
私は名簿を取るだろうと思い、下駄箱から離れてガラスに 寄り掛かった。
彼は、4組と7組の名簿を取った。
他のクラスのは取らなかった。
そのまま、右側の入り口から出ていくと思ったけど、
なぜか、私の方に____
「久しぶりだね、類佳」
って、笑ってきて………
知らない人に「久しぶり」って言われた。
なんだか怖い。
私は、知らない、この人の事。
少しずつ、後ろへ離れる。
背中に誰かの手が当たったので、驚いて振り向いたら、
佳意だった。
私の斜め前に来て、彼を睨む。
「何で、オマエがここに居んの?」
っと、佳意が男の人に聞いた。
今まで聞いた事のないような、冷たい声だった。
「飛び級は、大学はどうしたんだよ」と続ける。
「やぁ、佳意も久しぶり」
対して、笑顔ととても 優しい声で返す。
「質問に答えろ」
「あんなの やめたよ、面倒臭いし」
「……そんな理由じゃないだろ」
「うん」
「…………」
「そんな事より、大丈夫?『アレ』、壊してない?」
「あぁ、無事だ」
「僕の事も消したの?彼女の記憶から」
「桧山の事は消してない」
(『桧山』って__!)
名簿で見た名前だ。
何故か懐かしいって、思った、あの名前。
佳意は続ける、「何が目的だ」と。
「そうだなぁ……」と桧山君は少し考えこんで、
「彼女に、真実と記憶を、思い出させてもらうため、かな」
っと へらへら笑いながら答えた。
彼女って、結局 誰なのだろうか。
私の知ってる人かもしれないし、二人だけしか知らない人かもしれない。
俯いて考えていたら、前の方からギシギシと歯ぎしりの音がした。
顔を上げたら、音を出しているのは佳意だと分かった。
だって、体が小刻みに揺れていて、両手は皮膚に爪が食い込みそうなほど 握り締められていたから。
つまり、怒っているのだ。
「同じクラスだから、早く済みそうだよ」と桧山君が言った。
言い終わった瞬間に、
__ダァンッ
「__いっ」
とガラスが叩かれる音が響いた。
同時に私の『い』も響いた。
音が止んで、静寂が訪れる。
佳意が、キレた。
右手がグーの形のまま、入り口のガラスを叩きつけていた。
そして、その静寂を破ったのも、佳意だった。
「__類佳に触れたら、殺す」
怒りと恨みがこもった声で、言葉は言い放たれた。
佳意は、私の方に振り返って、
「行こ」
そう言って私の左手首を掴み、
私は引きずられながら、校舎を出た。
しばらく歩いたら、佳意は止まって、私の手首を離した。
「ねえ、佳____」
「アイツには関わるな」
少しだけ見えた佳意の目は、光がなかった。
「う、うん…」
曖昧に返事して腕時計を見たら、もうすぐ入学式が始まるぐらいだった。
「か、佳意、えと、入学式、始まっちゃうから、その、体育館に、い、行かない?」
まだ怒ってたらどうしようって、恐る恐る話しかけたけど、
佳意は、
「うん、じぁあ行こ」
笑って、振り向いてくれた。
(よかった…)
私は安心して、2人で体育館に行った。
花のない世界
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