たったひとつの哀れなやりかた

暇潰しに森の中をふらふら歩いていると、怪しい行商人とすれ違った。
「やぁやぁこれはこれはどうもどうも。面白いものを売っておりますよ。いかがですか?」
捕まってしまった。行商人のカモを見つけたような笑顔が迫る。
「いえ、あの、急いでるので……」
「話を聞くだけで結構ですので! 話もすぐ終わりますので!」
行商人は私の目をガッツリ見ている。私が「急いでる」という嘘をついたことを見抜いている目だ。
 
「とってもいい商品です。後悔させませんよ!」
そう言って行商人は、どでかい鞄から剣と盾を出してきた。こいつを私に売りつける気なのだろう。
「こちらの剣と盾。どちらも最高級の品でございます。非常事態もこれで解決!」
最高級の剣と盾が必要になる程の非常事態は、理髪師の私には思い浮かばない。
「まずはこちらの剣です。この剣は地上最強の剣。どんな物も切り倒します!」
ただの青銅の剣にしか見えないのだがどうしてそんな強さがあるのか。
「続いてはこちらの盾です。この盾は地上最高の盾。何があっても壊れません!」
厚みがどう見ても地上最高ではない。
「今回はこの二つをお売りします。一緒に買うと値引きもしますよ! さぁどうですかお客さん!」
 
何と言えばいいのか、どうして行商人はこんなに自信にあふれる顔をしているのか……あれこれ考えているうちに、私はあることに気付いた。
 
「その剣でその盾を斬ったらどうなるの?」
「……と、言いますと?」行商人の顔が曇る。
「どんな物も切り倒す、最強の剣。何があっても壊れない、最高の盾。
 それをぶつけ合わせたら、どうなるのかなー、って思って」
 
行商人から笑顔が消えた。どうやら自身のミスに気付いたらしい。
不審な目で周りを見回している。
危ないところだった、もう少しで変なものを買わされるところだった、こいつは放っておいて帰ろう……そう思ったときだった。
 
「……この森には誰もいない。それなら……」
そんな呟きが聞こえた後、行商人は手に持った剣を振りかぶって――――え?
 
――――――――――
 
一体何が起こったのか。
それは私にもわからない。
わかったとしても、星空文庫の「200,000文字以内で入力してください」という表記に従うことができない気がする。
とにかく、この場で私に語れることはないのだが。
 
「こちらの剣と盾。どちらも最高級の品でございます。非常事態もこれで解決!」
行商人の持つ最強の剣で斬られたはずの私は、なぜか死ぬ前の時間に戻っていた。
「まずはこちらの剣です。この剣は地上最強の剣。どんな物も切り倒します!」
理由はわからない。こればかりは仕方がないので追及はしない。なんとかうまく適用するしかない。
「続いてはこちらの盾です。この盾は地上最高の盾。何があっても壊れません!」
問題は、どうやってこの危険な行商人から離れればいいのか。
「今回はこの二つをお売りします。一緒に買うと値引きもしますよ! さぁどうですかお客さん!」
先ほど私はここで間違えてしまったのだ。あまり指摘しないほうがいいのだろう。
 
「すみません、遠慮します……」私はなるべく優しく言った。
「ええ!?どうして!?」この行商人の驚いた表情は顔芸のようである。
「いえ、良いものだと思うのですが、すみません……」私はゆっくり後ずさる。
「今なら値引きもしますから! どうです! どうです!」行商人は意図せぬ顔芸をしながら迫って来る。
 
私は走り出した。
ただ、あの行商人から離れたいがためだけに。
「ま、待ってくださーーーい!」
行商人も走って追って来る。足音が少しずつだが近づいていることがわかった。どうしてそんなに速いんだ、剣と盾を所持しているはずなのに。
「は、はぁぁっ! つまづいた!」情けない声と、ドゴシャッという音が背後から聞こえた。
 
……さすがに、何も説明せずに走り去るのは気の毒だったかもしれない。
私は行商人のことが少し不安になり、私は後ろを振り返った。
 
見えたのは、倒れこむ行商人。
そしてその際に手放してしまったのであろう、宙を舞う剣が、こっちに近づいて――――え?
 
――――――――――
 
まさか躓いた拍子に手から離れた剣が勢いを保ったこっちにまま飛んでくるとは、思いもよらなかった。
しかし、なんとなくわかった。どうすればいいのか……どうすれば行商人から離れられるのか……
 
「こちらの剣と盾。どちらも最高級の品でございます。非常事態もこれで……
 だぁーっ!何をするんですか離してください!」
剣が刺さって死ぬ時とほぼ同時に蘇ることを知っていた私は、復活早々行動に出た。
剣で死にたくなければ、剣を奪ってしまえばいいと。
 
「はっ、離せ! ドロボー!」
襲い掛かるものの、行商人が全力で抵抗するせいで、剣がなかなか奪いにくい。
「こ、このーっ!」
やけになった行商人は、私が攻撃していないほうにあった盾を振りかぶり、私の脳天へ――――へ?
 
――――――――――
 
「まずはこちらの剣です。この剣は地上最強の剣。どんな物も切り倒します!」
それからのことは、皆様も何となく察しが付くと思われる。私も長々と語るつもりはない。
「続いてはこちらの盾です。この盾は地上最高の盾。何があっても壊れません!」
あれから色々な断り方を試してみたのだが、その度に私は剣、たまに盾、ごくまれに落石などによって死んだ。
「今回はこの二つをお売りします。一緒に買うと値引きもしますよ! さぁどうですかお客さん!」
その中で、私はこんな考えにたどり着いた。もう別にいいか、と……
 
 
「……わかりました。買いましょう」
「おほぉう! ありがとうございます! それでは……」
行商人が楽しげに話す中、私はしぶしぶ財布を開けた。
――あ。
 
 
「……あの、これで足りますか?」
私は財布の中身を全て出し、行商人に見せた。
行商人は苦虫をすり潰したような顔をして、何も言わずに去っていった。

たったひとつの哀れなやりかた

たったひとつの哀れなやりかた

有名な故事に、ある要素を混ぜたらこうなりました。

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-20

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