バスが来ない

 久しぶりに訪れた故郷で友人と話がはずみ、したたかに酔った松田が先方の家を出た時には、すっかり真っ暗になっていた。列車の駅まで車で送ろうと言い張る友人を、飲酒運転の共犯者になりたくないと断り、駅行きのバス停まで歩くことにした。昔の記憶では、最終バスの時間まではまだ余裕があるはずだと考えたのだ。
 だから、バス停の手前でバスが出て行くのを見ても、走ってまで追いかけようとはしなかった。走れば酔いが回り、乗ってから気分が悪くなってしまう。
 だが、バス停に着いて時刻表を見て、愕然とした。次のバスが最終で20分発だから、この寒空に15分以上待つことになる。
(しかし、まあ、最終バスに間に合って良かった。さっきのバスが最終だったら、どうしようもなかった。少々寒いが、酔い醒ましにはいいだろう)
 20分になり、充分酔いは醒めたが、一向にバスの来る気配がない。困ったことに、松田はトイレに行きたくなっていた。田舎のことで、周囲に手ごろな草むらはいくらでもあるが、用を足している間にバスが来るおそれがあるので、我慢するほかない。
 さらに10分待ったが、バスは来ない。もう、松田の我慢も限界だった。
(仕方ない。もし、バスが通りすぎたら、駅まで走ろう。30分も走れば着くはずだ)
 幸い、松田がバス停に戻るまで、バスが通る音はしなかった。
(それにしても遅すぎる。到着予定より20分近く遅れてるぞ。結局、30分以上待ってるのか。こんなことなら、最初から走れば良かった。今からでも走ろうか。いやいや、それじゃ今まで待ったのが無駄になる。もう少し待とう)
 さらに10分待っても、まだバスは来ない。
(おかしい。いくら田舎のバスでも、こんなに遅れるはずがない。事故か何かあったのか。あ、いや、ひょっとして、休日ダイヤと見間違えたのか)
 松田は、暗い中でもう一度バスの時刻表を確認した。ちゃんと平日ダイヤである。しかし、数字がちょっと変だった。
(あれ?これは2じゃないぞ。一見似てるが、数字じゃない。カタカナのネだ。ネ0って何だ?あれあれ。0じゃない。角ばっているし、線がつながってない。これはコだ。ん。ネコ?ネコって何だ?)
 その時、ヘッドライトの明かりが見え、ようやく最終バスが来た。松田の想像どおり、そのバスにはフサフサと毛が生えていた。
 もちろん、松田はそのバスに乗らず、一目散に駅まで走って行った。
(おわり)

バスが来ない

バスが来ない

久しぶりに訪れた故郷で友人と話がはずみ、したたかに酔った松田が先方の家を出た時には、すっかり真っ暗になっていた。列車の駅まで車で送ろうと言い張る友人を、飲酒運転の共犯者になりたくないと断り、駅行きのバス停まで歩くことにした。昔の記憶では…

  • 小説
  • 掌編
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  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-19

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