JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。

小さき願い

 アタシはご主人が大好き。

 愛おしそうに見つめる黒眼はすごく優しくて、アタシの身体を包み込む手は大きくて温かい。

 ちっぽけで冷たい身体のアタシとは大違いだよ。

 卵から生まれた瞬間からご主人はアタシを本当の娘のように可愛がり大事にしてくれていた。

 アタシは明らかにご主人とは違う種族、だけどそんなアタシにご主人は気味悪がらないで優しく微笑んでくれる。

 そんなご主人の笑顔がアタシにとって何よりの幸せ。

 だけどある時からご主人は変わってしまった。

 理由は多分アタシがあまりに小さく弱いから。

 目の前の巨大なライバルを前にアタシがどんなに頑張っても全く手も足も出なくて負け続き。

 そのせいでご主人はザコって言われているんだって。

 だけどご主人はライバルたちに笑われても怒らない。

 それどころか部屋に帰ってからアタシに向かって目に涙を滲ませてこう呟くの。

『ゴメンね、僕が不甲斐ないせいで君に辛い思いさせて』

 そんな、ご主人は悪くなんかない。悪いのは他でもないアタシ、アタシが弱いからなの。

 いつしか優しいご主人は責任を全部一人で背負い込むようになった。

 他のみんなは気がついてないみたいだけど、ずっと一緒にいたアタシには分かるよ。

 神様、どうかアタシをもっと大きく、そして強くしてください。

 アタシはご主人が悲しむのをもう見たくないんだもん。

 そんなこと願ってもしょうがないと思っていた。

 そう、今年の春が来るまでは。

清々しい朝

 近未来的な街並みを今日も朝日が照らす。

 明るくなったばかりの街路をグレーのスウェットを着た少年が爽やかな汗を流しながら走っている。

 彼の名は夜森(やもり)優太(ゆうた)、この春から橘学園の高等部一年生になる少年である。

 優太は道行く先の人や彼らに連れられた犬型や鳥形など様々な家庭生物(ファミリアニマル)たちに挨拶をしつついつものランニングコースを走り、近所の公園に辿り着くといつもの赤いベンチに座って一息着いた。

「ふーっ、やっぱり朝のランニングは気持ちいいなあ。君もそう思うよねクロエ」

 後ろに目をやった彼の呼びかけでパーカーのフードから茶色っぽい小さなヤモリが這い出てくる。

 名前はクロエ。クラウンゲッコーの彼女は優太の最愛の使い魔(サーヴァント)であり大切な家族でもあるのだ。

 這い出て優太の手の上に乗ったクロエはパッチリまつげのようなとさかが付いたつぶらな瞳を向けて小首を傾げる。

「あはは、君はいつも可愛いなあ。まだ寒いからこれでも食べなよ」

 優太がポケットから取り出した甘いゼリーをクロエは小さな舌で夢中になって舐める。

 すると彼女の茶色っぽい身体に炎のような模様が浮かび上がってきた。

「お、美味しいかな? 良かったねクロエ」

 そう言いながら優太は炎の模様が浮き出たクロエの脇腹を指で優しく撫でる。

「クウッ」

 小さく鳴き声を上げて気持ちよさそうに身体を震わせるクロエ。

「よしよし。いつも僕の自主トレに付き合ってくれてありがとね。それじゃあ帰ろっかっ」

 思い立ったように立ち上がろうとした優太は思わずふらついてしまう。

 慌てて優太の肩に這い上がるクロエ。

「僕は平気だよクロエ。だから心配しなくても大丈夫」

 力なく微笑む優太をクロエは心配そうに見つめる。

 するとそこへピンクのジャージを着た少女がこっちに駆け寄ってきた。

「ゆーたぁー」
「あ、美佳! 君も自主トレ?」

 天津(あまつ)美佳(みか)、赤髪を顔の横でサイドポニーにした彼女は優太の幼なじみである。

 緩く縦に巻いたもみあげを指でいじりながら美佳は応える。

「そうよ。それよりあんた、自主トレはいいけどあんまり頑張りすぎたら体壊すわよ?」
「ご心配ありがとう、美佳。だけど僕は弱い今のままじゃ駄目なんだ」

「自分に厳しいのは結構だが、無理しない方がいいぞ」
「あ、エリシエル」

 美佳の背後から純白の翼をはためかせ舞い降りてきた天使のような女性はエンゼルコマンドのエリシエル、美佳の使い魔(サーヴァント)である。

「そう言うこと。あんまり必死すぎてもクロエは喜ばないわよきっと」
「そんなに無理してるかな僕って……」

 美佳に指摘され後頭部をさすって困った表情になる優太、すると突然エリシエルが緩く編み込んだ銀髪を揺らしながら空を見上げてこう告げた。

「そろそろ時間だ。お前たちも支度を早く済ませて学園に来るのだぞ」
「それじゃあ学校で会いましょう、ゆーた」
「うん、そうだね」

 そう言うと二人はお互いの使い魔(サーヴァント)を連れてそれぞれの寮へと戻っていった。

 ランニングから男子寮に戻った優太はシャワーを浴びてから支度を整える。

 ふと二段ベッドの上の方で立派な体格の少年が腕を伸ばしながら大きなあくびをあげた。

「おはよう、三吾君」
「おう、優太か。お前はいっつも朝早えーよなぁ」

 石垣(いしがき)三吾(さんご)、彼は優太と一年の頃に知り合ったルームメイトだ。

「朝ご飯は作っておいたからすぐに食べて早く学園に行こうよ」
「お、サンキューな優太」

 褐色を基調としたブレザー式の制服に着替えた二人は朝ご飯を食べて部屋を出発した。

新学期

 生徒たちが行き交う通学路を優太と美佳がダッシュボード(ローラーボードにハンドルとエンジンが付いたような、青少年向けの乗り物だ)で並走する。

「それでゆーた、石垣君はまた自分の使い魔(サーヴァント)のところに行ってるわけ?」
「そうだよ。彼の使い魔(サーヴァント)は連れ歩くには少し大きすぎるからね。あ、でも僕とクロエはいつでも一緒だよ。ねっ、クロエ」

 胸元に目をやる優太に反応してブレザーのポケットから這い出て目を合わせるクロエ。

「それにしてもいいわよねえ。あんたの使い魔(サーヴァント)は可愛くて」
「私では不満なのか、マスター?」
「いいえ、エリシエル。あんたは強い、あたしの自慢の使い魔(サーヴァント)よ」

 頭上から話に割り込んできたエリシエルに美佳が諭す。

「おーーーーいっ!」
「あ、やっと来たみたいだね」

 優太たち二人の後方からダッシュボードで飛ばしてきたのは三吾だ。

「あら、遅かったじゃない石垣君」
「そりゃねーぜ天津ぅ。オレのランボーがなかなか満腹になってくれなくてよぉ! 三日ぶりの飯だからってマグロ丸々一匹は食い過ぎだと思わねえか!?」
「相変わらずランボーは大食いなんだね……」
「あたしにはそれよりもマグロ丸々一匹用意できたことの方がビックリよ」

 三吾の使い魔(サーヴァント)の大食いっぷりに優太と美佳は口角をひきつらせて呆れる。

「そんな無駄話は良いとして急がねば遅刻するぞお前たち」
「そうねエリシエル。それじゃあ急ぐわよ!」
「えっ、ちょっと!?」
「ひいっ、またスピード上げなきゃなのかよぉ!?」

 先立って学園に向かって駆け出す美佳の後を追うように優太と三吾もダッシュボードを加速させた。

 西暦二千三十五年、この日本では遺伝子組み替え技術の発展により生まれた新たな生き物たちが人々の生活と密接に結びつく世の中となっている。

 その中でも使い魔(サーヴァント)と呼ばれる特殊な能力を持つ突然変異種が中高生の間で特に人気が高く、それらを戦わせて優劣を付ける使い魔合戦(サーヴァントファイト)が流行を極めた。

 そしていつしか使い魔合戦(サーヴァントファイト)は国際的な催し物となり、各地の学校が使い魔(サーヴァント)を使役する人材を育てる育成プログラムを取り入れ始めた。

 優太たちの通う橘学園もそのうちの一つで、関東地区では中堅クラスに位置する。

 そんな学園に入学した生徒たちは通常の授業と並行して使い魔(サーヴァント)の使役学も学ぶことになるのだ。

 中高一貫と言うことで去年と代わり映えのしない入学式を過ごした優太たち在校生はそれぞれの教室へと着いていた。

「今年もクラス一緒だな。よろしく頼むぜ、優太!」
「うん、こちらこそよろしくね。まあ、美佳が違うクラスなのは少し寂しいけど」
「うぅん? おまえ、まさかあいつに惚れてんのかぁ?」
「そ、そんなわけないでしょ!?」

 三吾に茶化されて狼狽える優太。

 そんなこんなで新しい顔ぶれに色めき立つ生徒たちの前に一人の女性が教室に入ってくる。

「あ、あの……。わ、私はこのクラスの担任になります岡崎と言います……。ど、どうかよろしくお願いしましゅ~!」

 赤いフレームの可愛らしい眼鏡を掛けたボブカットが特徴的な担任による小動物じみた頼りなさげな自己紹介にクラスの男子がざわめき始める。

「おおっ、今回の先生可愛いじゃねーか!」「ナチュラルに噛むなんてなかなかできる事じゃないな」「教師なのに守ってあげたくなる、男として萌えるぜ!」「これから先生のこと岡ちゃんって呼ぼー!」

「ふ、ふえ~!?」

 予想外に受けのいいクラスの生徒たちに戸惑いを隠せない岡崎先生。

「岡ちゃんって彼氏いるんですか!?」「好きなタイプは!?」「休日は何して過ごしてますか!?」

 そんな彼女に追い打ちを掛けるように男子生徒たちが不純極まりない質問を次々と突きつけてくる。

 呆れる女子と共にそんな様子をどこ吹く風といった感じで眺めるのは男子では優太と三吾だけだった。

「何だありゃっ」
「初っぱなからすごい人気だよね……。三吾君は先生に興味ないの?」
「バカ言うなよ。いくら可愛いからってオレは三十路間近の女になんて興味ないぜ。そう言うおまえはどうなんだよ?」
「僕はそんなことよりもクロエのことで頭が一杯だからね」

 そう言う優太の手の上ではクラウンゲッコーのクロエがちょこんと佇んでいる。

「おまえの使い魔(サーヴァント)愛もここまで来ると大したものだよな」
「それってどういう意味なの?」
「そのままの意味だぜ。おまえはそいつをよく育ててると思う」
「ありがとう三吾君」

 礼を言ってから優太は手のひらのクロエを愛おしそうに見つめ、クロエもそれに応えるように頷く。

 優太はクロエを卵の頃から面倒を見てきており、両者の間には人間と使い魔(サーヴァント)と言う関係性を越えた絆で結ばれていた。

「こ、これでホームルームは終わりです……。それでは今日もみんな頑張ってくさい--あ、また噛んじゃいました~!」

 噛み噛みのホームルームを終えた岡崎先生はクラスの男子共に温かい目で見送られて教室を後にしたのだった。

宣戦布告

 この日の三時間目は体育で、クラスのメンバーは体操着に着替え校庭に出て軽く走っている。

「ほらそこー! 新学期早々たるんでるぞ!」

 ジャージ姿で竹刀を手にした、絵に描いたような体育教師に檄を飛ばされ校庭をグルグル走る生徒たち。

「いやー、初っぱなからこれはキツくねえか優太!?」
「ん、そうかな? これくらいだったらいつも走ってるけど」

 日頃の自主トレの甲斐あって優太は余裕そうだ。

 そして授業時間内で目一杯走ったところでチャイムが鳴って昼休みになった。

「はひ~、体育マジで辛かったわ~!」
「これから体育はこんな調子なんだろうね……」

 優太と三吾は手を膝に置いて息を切らしている。

 すると優太のシャツの中からクロエが這い出て、彼の頬を伝う汗をペロッと舐めた。

「あははっ、くすぐったいよクロエぇ」
「その様子だと今年は大丈夫そうだな」

 仲むつまじい優太とクロエの様子を見て安堵の息を付く三吾。

 そんな時、校庭で女子の悲鳴が響いた。

「何だ?」
「行ってみよう」

 二人が現場に行ってみると、縮れ毛で長身の少年と向かい合うように一人の女子が涙目になりながら地面に座り込んでいた。

「おい藤村! お前のせいで俺があの体育教師に叱られたじゃねえか!!」
「はひぃ~! ご、ごめんなさいですぅ~!」
「ちょっと馬頭君! いくらムカついたからって女の子を突き飛ばして良いわけないでしょ!?」

 藤村と言う名の女子に怒鳴りつける馬頭(ばとう)に、合同で授業を受けていた美佳が割り込む。

 近くにいた他の女子に聞いてみれば、藤村の巻き添えで転ばされたことに馬頭が怒って彼女を引き倒し、それでかの体育教師に叱られたのが気に入らなかったようだ。

「ああ? 何だよ天津、またいつもの正義面かぁ?」
「悪いことを悪いと言って何が悪いのよ?」

 かなりの剣幕の馬頭にも怯まず美佳は腰に握り拳を添えて説き伏せようとする。

 美佳だけでなく二クラスの女子たちが団結して馬頭を取り囲むも、彼は構わず睨みを利かせてこう提案した。

「そうか、そんなに俺が不満か。だったら正義の味方らしく俺を打ち破ってみやがれ!」
「上等じゃな――ちょっと、ゆーた!?」

 睨み合う二人の間に割って入ったのは優太だ。

「二人とも! 喧嘩はやめようよ!」
「あぁん? 何だお前?」
「ゆーた、邪魔しないでくれる!?」

 割って入った優太は馬頭と美佳の両方に睨みつけられる。

 ふと優太の名前を聞いた馬頭がニヤリと笑みを浮かべた。

「そうか、お前が昨年の使い魔合戦(サーヴァントファイト)で最下位だった夜森優太か。面白え、それじゃあ俺と勝負して負けた方が勝った方に土下座するってのはどうだ?」
「馬頭君……、分かったよ。その勝負乗った!」
「待ちなさいゆーた、あんた自分が何言ったか分かってるの!? 馬頭の使い魔(サーヴァント)って言ったらあの――!」

 提案を呑んだ優太に美佳が顔を青くする。

「分かってるよ美佳。だけど僕だって馬頭君の行いは許せないんだ!」
「ほー、お前も天津と同類か。虫唾が走るぜ! それじゃあ放課後に校庭集合だ、まさか土壇場でトンズラしたりしねーよなぁ?」
「もちろんだよ馬頭君。僕は決して逃げたりしない!」
「見上げた根性じゃねえか。それじゃあ放課後だ!」

 そう言い残して馬頭は校庭を後にした。

「おいおい、いいのかよ!? 気持ちは分かるけどおまえのクロエじゃあいつの使い魔(サーヴァント)には勝てねえって!?」
「そうよ!? 馬頭の使い魔(サーヴァント)は今この学園の序列十六位なのよ、無茶すぎるわ!」
「やってみなくちゃ分からないでしょ」

 美佳だけでなく今まで遠巻きで見ていた三吾にも心配されるが優太の決意は固い。

 すると肩に乗っていたクロエが優太の手に飛び移って首を縦に振る。

「ごめんねクロエ、また無茶な勝負を受けちゃったよ。それでも頑張ってくれるかい?」

 優太の問いかけに頷くクロエ。

 そして時は流れてあっと言う間に放課後になった。

クロエVSアレス~第一ラウンド

 優太が約束通り校庭に来ると、たくさんのギャラリーに囲まれた馬頭が仁王立ちでそこにいる。

「ビビって逃げなかったことだけは誉めてやるよ夜森」
「それはどうも」
「それじゃあ始めようか。来い、アレス!」

 馬頭の呼びかけで彼の背後から砂煙を上げて何かがものすごい勢いで駆け込んできた。

「うっしゃああああああ!!」
「あれが馬頭君の使い魔(サーヴァント)……!」

 雄叫びを上げる馬頭の使い魔(サーヴァント)は鎧を全身にまとった二本脚で立つサイのような姿の使い魔(サーヴァント)、ライノアーマーだ。

「喜べアレス、久々に暴れられるぞ!」
「おうよ! 最近は誰も挑んで来ねえからずーーっと暇で暇で仕方なかったんだ!!」

 やる気満々と言いたげに鼻息を荒げて足で地面を掻くアレスと言う名のライノアーマー。

「夜森、お前も使い魔(サーヴァント)出せよ」
「もちろんだよ。頼んだよ、クロエ!」

 優太の呼びかけで手のひらに乗っていたクロエが地面に飛び降りる。

「クケーッ!」

 威勢良く飛び出したクロエを見て馬頭は顔を手で押さえて薄ら笑い始めた。

「何がおかしいのかな?」
「いや、そんなチビで俺のアレスを相手にしようだなんて笑っちゃうぜ!」
「そんなのやってみなくちゃ分からないだろ!」

 反論する優太を無視してアレスと共に馬鹿笑いする馬頭。

「大丈夫だよクロエ。僕も今まで以上に体力が付いた、あいつらの鼻を明かそうよ!」

 不安げに辺りをキョロキョロ見渡すクロエを優太がなだめる。

「さて、始めようか夜森」
「望むところだ!」

 ギャラリーに囲まれて二人はそれぞれ配置につき、自分の使い魔(サーヴァント)に力を送り始めた。

「クロエ、僕の力を受け取って!」

 優太が手を前にかざすと、赤いもやがクロエに注ぎ込まれてその身体が炎のようなオーラに包まれる。

「お前みたいな雑魚、一瞬で叩き潰してやる! 行くぞアレス!」
「おうよっ!」

 続いて馬頭も手を前にかざして力を送ると、アレスの身体が白いもやに包まれてその筋肉がボコンッと盛り上がる。

「「さあ、始めよう(か)(ぜ)!!」」

 両者のかけ声を皮切りに戦いの火蓋が落とされた。

「突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!」
「うらあああああああ!!」

 馬頭のスキル指示を受け、雄叫びを上げながらクロエに向かって猪突猛進に突っ込むアレス。

「クロエ、ギリギリまであいつを引きつけるんだ!」

 振り向いて優太の指示に応えるクロエはその場から動かず構える。

「おらおらぁ! 俺様に踏まれてーのかぁ!!」
「今だクロエ! 迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」
「クカッ!」

 優太のスキル指示でクロエは足元に火種を設置する。

「かわせ!」

 クロエは身構えて前方に火の手を道のように連ねてから横に飛び退き、勢い余ったアレスに炎をお見舞いした。

「熱っつ!!」

 火を浴びせられて足踏みをするアレスを後目にクロエはそいつに連続で火を迸らせ、着実に炎を浴びせていく。

「くそっ、ちょこまかと……!」
「いいわ、小回りの利かないデカブツ相手に上手く立ち回れてる!」

 素早く動き回るクロエに翻弄されて苛立ちを露わにするアレス、その状況を美佳が冷静に見定める。

「いいぞクロエ! 今度はアレスの首筋に張り付くんだ!」

 優太の指示でクロエは背後からアレスの首筋に飛び乗った。

「なっ!?」
「よしっ! 燃え上がれ、炎上(バーニング)!」
「クカーッ!」
「熱つつつつ!!」

 スキル指示でクロエの身体が炎に包まれて、剥き出しになったアレスの首筋を熱する。

「振り払えアレス!」
「んなこと言われてもこいつ剥がれねーんだよぉ!!」

 アレスが首をブンブン振って振り落とそうとするも、クロエはしっかりとその首筋に張り付いて離れない。

「あのチビ意外とやるんじゃね!?」「これは大番狂わせあるぞ!」「あれが去年最下位だった夜森の使い魔(サーヴァント)か!?」

 クロエの奮闘にギャラリーも驚きを隠せないようだ。

 そして優太は右腕を横に張り出して次なる指示を出した。

「一気に決めよう! 爆ぜろ、爆焔(フレア・エクスプロージョン)!!」
「クカーーーッ!!」

 するとクロエの身体が眩く輝いて周囲が爆焔に包まれる。

「ううっ!」
 
辺りに爆風が吹き乱れて優太と馬頭はもちろんギャラリーまでもが吹き飛ばされまいと脚を踏ん張る。

「やった--か?」

 双眸を塞いでいた腕を外して見てみると、粉塵が晴れた先に煤だらけになりながらも平然と立っているアレスの姿があった。

「そんな……!」
「はははっ、どうやら勝利の女神はお前たちを見放したようだな! アレス、首にくっついたヤモリを引き剥がせ!」
「おうよ!」

 呆然とする優太を後目に馬頭の指示でアレスが首を力一杯振ってクロエを地面に叩きつける。

「クロエ!!」
「クゥ……!」

 優太が必死になって指示を出すも叩きつけられたクロエはその場から動けない。

「おや、さっきのスキルで力を使い果たしたかぁ? それなら遠慮なくやらせてもらうぜアレス!」
「おらよっと!」

 おもむろに歩み寄ってからアレスは地面に突っ伏すクロエを踏みにじり始めた。

「クアアアアアアアア!!」
「クロエええええええええ!!」

 優太の叫びも空しくクロエはアレスのゴツい足で力任せに踏みにじられる。

「やめてくれ! 僕のクロエにこれ以上乱暴しないでくれぇ!!」
「それじゃあ降参するかぁ?」

 邪な笑みを浮かべながらの馬頭の提案に優太は跪いて応じる。

「分かった……、僕たちの負けだ……!」
「分かればいいんだ。アレス、そいつを見逃してやれ」
「ケッ、もう終わりかよっ」

 何の感慨もなくアレスは踏んでいたクロエを拾い優太に投げ渡した。

「クロエ! 大丈夫かい!?」
「クゥ……」

 優太の手のひらで弱々しく(こうべ)を上げるクロエ。

「さて、約束だったな」

 悲しみに暮れる優太におもむろに歩み寄って薄ら笑う馬頭。

「分かったよ、この通りだ」

 そして優太は馬頭の前で跪いて土下座をした。

「はははっ、こいつは傑作だぁ。それじゃあ俺はこれで失礼するぜ」
「待ってくれよアニキ~!」

 そして馬頭はアレスを引き連れてその場を去ったのだった。

クロエの決意

「全く、あんな奴に土下座なんてすることないじゃない!」
「ううん、始めからそう言う約束をしたんだ。なら負けた僕はそれに従うしかないよ」

 夕焼け空の下で帰り道を優太は美佳に叱咤されながらダッシュボードでトボトボ進む。

「第一勝てる見込みもないのに勝負を挑むこと自体が馬鹿げてるぞ少年」

 続けて美佳の隣で浮遊するエリシエルも優太を諭す。

「そうだよねエリシエル。また僕の悪い癖が出ちゃったな」
「クウ……」

 うなだれる優太の手の中でクロエは力なく横たえていた。

「クロエのことを思うんだったらこれからはあんまり無茶しないことね。ああいうメンドクサい奴なんてこのあたしに任せときなさいよ! あたしだって負け続けてうなだれるゆーたなんて見たくないんだから……!」
「ありがとう、美佳」

 女子高生と言う年頃にそぐわないまっ平らな胸を叩いてからもみあげをいじりつつ呟いた美佳に優太は軽く微笑む。

 その様子をクロエはどこかもの悲しげな眼差しを向けていた。

 男子寮の部屋に戻った優太はまずクロエを簡易式の治癒箱に入れる。

「ごめんよクロエ、また君に痛い思いをさせてしまった。こんな僕なんてクロエを使役する資格ないよね……!」

 いつしか優太はクロエの入った治癒箱を見つめて涙していた。

「優太、おまえ……」

 途中からドアを開けて部屋に入った三吾はこの光景を目の当たりにしてやるせなさを感じたが、すぐに優太に歩み寄ってその肩に腕をかけて慰める。

「優太、おまえのその優しさはきっとクロエに伝わってると思うぜ。だからそんなことでクヨクヨすんなよっ」
「三吾君……。そうだね、僕がしっかりしないとクロエだって頑張れないよね」
「そう言うことっ。それじゃあ晩飯食って今日は寝ようぜ」
「そうだね」

 こうして優太はルームメイトの三吾に諭されて、夕飯を食べてから眠りについたのだった。

 草木も眠る丑三つ時、クロエを中に入れた治癒箱が治癒完了のアラームを鳴らす。

 それに応じてクロエはむくっと四肢で立ち上がり、箱の中から這い出した。

 まず彼女が二段ベッドの柱を登って向かったのは最愛のご主人である優太の元だ。

 優太の寝顔を愛おしそうに見つめるクロエ、しかしその大きな瞳はすぐに陰る。

(ゴメンねご主人、アタシが弱いせいであんな辛い思いをさせちゃって)

 そして換気のために開け放された窓から這い出ると、クロエが向かったのは寮の屋上だ。

(今日も綺麗なお月様っ)

 寮の屋上で夜空に浮かぶ三日月を見つめるクロエ。

 こうして月夜を眺めるのが彼女の密かな日課なのだ。

(アタシもこんな小さな身体じゃなければ今日の奴にも負けなかったのかなぁ? 神様、アタシもっと大きく強くなりたいよ……)

『お呼びかなヤモリのお嬢さん』

 突然クロエの目の前に白く細長い蛇のようなものが、闇夜に首だけニョキッと伸びるように姿を現した。

(なあっ!?)

 驚いて逃走を図るクロエだったが、すぐに回り込まれてしまう。

『逃げないでおくれよ。我はそなたの意志を捉えてこの世に現れたのだよ?』
『あ、アタシの気持ちが分かるの……!?』

 テレパシーに似たようなもので意思疎通するクロエと白い蛇。

『もちろんだとも。我はこの世とあの世を繋ぐシロキヘビであるぞヤモリのお嬢さん』
『そんなことはいいけどさぁ、アタシにはご主人が付けてくれたクロエって素敵な名前があるんだよ?』
『おっと、これは失礼』

 目の前の異質(シロキヘビ)に慣れたのか気さくに意思疎通するクロエ。

『それでそんなお偉いさんがアタシに何の用かなぁ?』
『クロエよ。そなたは大きく強くなりたいと願ったな? その願いをこの我が叶えてしんぜよう』
『ホント!?』

 シロキヘビからの思わぬ提案に大きな瞳を輝かせるクロエ。しかしシロキヘビはすぐに神妙な雰囲気を漂わせ始めた。

『しかし簡単なことではない。もし失敗すればそなたは二度とご主人とやらに会えなくなるのだぞ?』
『そんな……!』

 事の重大さを悟ったクロエ、しかしすぐに今までのことを思い出す。

 連戦連敗の小さくて弱い自分。
 追い詰められる度に耳を突くご主人の悲痛な叫び。
 そして負けた後自分に謝りながら涙するご主人。

『シロキヘビさん、アタシの願いを叶えて』

 その表情に乏しいヤモリの顔からでも分かるほどにクロエの覚悟は固い。
 ご主人の悲しむ顔を一生見続けることに比べれば死の恐怖なんて大したことない、それがクロエのちっぽけで健気なおつむが導き出した結論(こたえ)だった。

 その応えを聞き入れたシロキヘビは首をユラユラと揺らし舌をチロチロ出し入れし始める。

『覚悟はできてるのだな。少しばかり苦しむことになるだろうがそれは一瞬のこと、耐えてくれっ』

 そう言うが早いか、シロキヘビはクロエの胴体に深々と噛み付いた。

『ううっ!!』

 全身を走る激痛、しかしそれもすぐ意識と共に薄れていく。

『我が血肉となりて新たな生命(いのち)に転生するのだ……!』

 そう呟いてシロキヘビはピクリとも動かなくなったクロエを呑み込み、再び闇夜に消えたのだった。

再誕

 部屋に射し込む朝日、優太は部屋の観葉植物に止まる耳障りなメザマシゼミの鳴き声でいつもの時間に目を覚ました。

「んんっ」
 ベッドから這い出て鳴きわめくメザマシゼミを鷲掴みにする優太、ふと二段ベッドからほど近い机の上に目をやると彼は異変に気付く。

「クロエが……いない!!」
「んー? どうした優太ぁ」

 慌ただしく部屋のものをひっくり返してクロエを探す優太に寝起きの三吾が訊ねる。

「聞いてよ三吾君! クロエがいなくなってるんだ!!」
「何だって!?」

 慌てふためく優太の言葉を聞いてすぐさま飛び起きる三吾。

 そして二人で部屋中を探し回るがクロエの姿はなかった。

「どうしよう……!!」
「おいおい落ち着けよ優太!」
「全く何の騒ぎなのよ!?」

 異変を感じたのか女子寮から様子を見に来た美佳も部屋に入る。

「聞いてよ美佳! 僕のクロエが……!!」

 美佳は空になった治癒箱に目をやって事を悟った。

「この様子だと部屋にはいないみたいね。あたしも手伝うから外を探すわ!」
「う、うん!」

 三人が慌ただしく男子寮から出ると、美佳の使い魔(サーヴァント)であるエリシエルが空から舞い降りてくる。

「エリシエル、あんたならクロエの気配を感じられないかしら!?」
「分かった、やってみる」

 エリシエルは三人のただならぬ雰囲気を察して深く事情は聞かずに意識を集中し始めた。

「どうなの、エリシエル!?」
「落ち着け少年、今あいつの気配を探ってるところだ!」

 しばらく目を閉じて意識を集中させた後、エリシエルは深くため息を付く。

「済まない少年、あいつの気配がこの辺りから微塵も感じられない……!」
「そんな……!」

 顔に陰を落として膝を付く優太。

「諦めるにはまだ早いわゆーた! 遠くにいるだけかも知れないじゃない!」
「そうだ、これから心当たりのあるところを探そ--あれは何だぁ!?」
「いきなり何なのよ石垣君!?」
「二人とも、上を見ろ!」

 三吾が指差す上空には何やら光り輝く楕円のものが浮いている。

 それを見てエリシエルが何かに気付いたかのように目を見開いた。

「どうしたのエリシエル!?」
「マスター、あの光の玉から僅かにあのちびヤモリの気配を感じるぞ!」
「それって……!」

 驚愕と微かな希望を瞳に浮かべる優太、すると光の玉が後光を放って降下して地面に着く。

「これは……卵、かしら?」

 輝きの消えたそれはまるで大きな卵のような謎の物体(モノ)であった。

「似てる……!」
「ん、何が似てるんだ優太?」
「三吾君、サイズは全然違うけど感じが卵だった頃のクロエと似てるんだ!」

 驚きを隠せないまま優太が卵のようなものに触れた途端、その表面にピキッとヒビが入る。

「まさか、生まれるって言うの……!?」
「そのようだな、マスター……!」

 エリシエルを入れた四人が固唾を呑んで見守る間にもヒビが徐々に大きくなり、殻を突き破って出てきたものは……、

「に、人間の腕かよ!?」

 信じられないと言わんばかりに三吾が口をアングリ開けるのも無理はない、それは明らかに人間の腕だったのだから。

「ちょっとちょっと!? 人間が卵から生まれるなんて聞いたことないわよ!?」

 予想だにしないモノが卵から出てきて慌てふためく優太たち、その間にそいつは腕ばかりでなく顔も出した。

「お、女の子……!?」

 卵から顔を出したのは色の淡い金髪をした少女だった。

 メイクをしたかのようにパッチリとした長いまつげ。

 クリクリとした、桃色の大きな目。

 南国の先住民か何かを思わせる、褐色の肌。

 彼女はその容姿からして異質なものであったが、優太は妙な既視感を強く感じた。

「もしかして……クロエ、なのかい?」

生まれ変わったクロエ

 信じられないと言ったかのように優太がその名を呼ぶと、その少女も同じように目を見開いて彼を見つめ、

「ご主人……? やっぱりご主人なんだぁ!!」
「うわっ! ちょっと!?」

 褐色の少女は高ぶる感情を抑えきれなかったのか、卵から飛び出して優太に抱き付いた。

「ホントにご主人なんだぁ!! 良かった……!」
「本当に君はクロエ……なのかい?」
「そうだよご主人! アタシはクロエ、こうして生まれ変わったんだよ!!」

 戸惑いながらの優太の問いかけに舌をチロッと出して満面の笑顔で肯定する少女。

「本当にクロエなの、あれ……!」
「おいよく見ろよ、あいつの尻に尻尾みたいなのが生えてるぞ!?」

 クロエと名乗った少女の背後に目をやれば、彼女の尻辺りから伸びる細長い尻尾が優太の腰にぐるりと巻き付いている。

「その尻尾の模様、やっぱりクロエなんだ!」
「もーっ、だから最初からそう言ってんじゃ~ん!」

 少し距離を取って頬を膨らませるクロエ。

「でもどうして!? クロエはヤモリだったハズじゃ!」
「ふっふーん、それはねアタシが大きくなりたいって--ムゴッ、ムゴゴ!?」

 突然口を押さえて疼くクロエ。ふと彼女が優太たちを見やるとこんなことを呟いた。

「でもさ、大きくなりたいって願ったのになんで小さいままなのかな!?」
「昨日までと比べたら十分すぎるくらい大きくなってると思うんだけど!?」

 そう不平を漏らすクロエの身体は言ってみれば十代前半の体格で、高校生の優太たちと比べると確かにかなり小さい。

「まあまあ、よく分かんねえけどまた一緒になれて良かったじゃねえか優太っ」
「クロエがこんな姿になったのは予想外だったけどね」

 辺りが感動ムードになってるところでエリシエルが大きく咳払いをする。

「感動のところ申し訳ないが、そいつをいつまでそのような姿にしておくつもりだ? 他の誰かに見られたら大騒ぎだぞ」
「「「……!!!」」」

 感動と驚きに浸っていたのかいままで誰も触れてなかったのだが、卵から出てきたばかりのクロエは一糸まとわぬ姿で、全身をヌメッとした粘液がまとわりついていた。

「わわわっ!? ごめんクロエ!?」
「ん、なんで謝るのご主人?」

 皆が突如として慌てふためくのが分からないと言った感じで首を傾げるクロエ。

 そんな彼女を小脇に抱えて舞い上がったのはエリシエルだ。

「ちょっと、何するのエリシエルぅ!?」
「取りあえずあんたをそのままにはしておけないわ。エリシエル、今すぐクロエをバスルームに連れて行きなさいっ」
「承知した、マスター」
「ちょっと、アタシをどうしようって--うわああああああああ!!」

 こうして全裸のクロエはエリシエルに担ぎ込まれて美佳の部屋に連れて行かれたのだった。

共に歩む道

「熱いよミカぁ!!」
「すぐに終わるから大人しくしてなさいっ! ったく、なんでこんなに皮が剥けるのよぉ!!」

 美佳の部屋に担ぎ込まれたクロエは半ばパニックになりながらもバスルームでシャワーを浴びさせられている。

「なんか大変そうだな……」
「クロエはシャワーなんて浴びたことないからね……」

 美佳の部屋の外で心配そうに待つ男子二人、しばらくして全身ずぶ濡れのクロエが背中の中程まで伸ばした淡い金髪を振り乱し部屋から飛び出してきた。

「ごしゅじーーーーん!!」
「こらクロエ! 服も着ないで外出たら駄目じゃなーい!!」

 優太に助けを求めようとしたが、すぐさま美佳に肩をガッチリ掴まれる。

 先ほどはよく見てなかったが、クロエは顔のみならず全身が濃い褐色で、脇腹の一部が炎を思わせる模様で少し色が薄くなっていた。

 そして肘から手首にかけてはヤモリだった頃の名残と思しき、キメの細かい鱗で覆われている。

「イヤだーーーーッ! 助けてごしゅじーーーーん!!」

 叫びながらバスタオルでもみくちゃにされるクロエは美佳に部屋へと引きずり込まれて、出てくる頃には服を着せられていた。

「ふーっ、これでよしっと」

 手入れをし終えて額の汗を拳で拭う美佳の髪はところどころはねていて先ほどまでの大変さを物語る。

「プーーッ」
「良かったねクロエ、ちゃんと可愛いお洋服が着れて」

 不満げに頬を膨らませるクロエだったが、優太に微笑みながらそう言われてパーッと顔を輝かせた。

「え、今のアタシ可愛い?」

 ほんのりと頬を染めつつ訊ねるクロエは少しヨレた黄色いパーカーと緑色のスカートを着ていて、黙っていれば可愛らしい女の子である。

「うん、すごく似合ってるよクロエっ」
「ホントに!? 嬉し~!!」

 優太に服装を褒められてピョンピョン跳ねるクロエ。

「あたしのお古がピッタリ合って良かったわ」
「本当にありがとね美佳」
「これくらいどうってことないわよ」

 優太の感謝に美佳はもみ上げを指でいじって軽く流す。

「それでこれからどうするのだ? まさかそいつを放っておけまい」
「そんなの決まってるじゃないか」

 エリシエルの問いかけに優太が清々しい表情で応える。

「たとえ人間になってもクロエはクロエだ。これからも僕が責任持って面倒を見るよ」
「ご主人……!」
「だから改めてよろしくね、クロエ」
「うんっ! こっちこそよろしくねご主人!」

 そして優太とクロエの二人はお互いに握手を結んだ。

「まあ、こうなるだろうとは思ってたけどさっ」
「でも良かったじゃない。クロエがちゃんと見つかって」

 感動の場面を三吾と美佳が温かい目で見守る。

 その時、学園のチャイムが寮の中にまで響いてきた。

「ヤベッ、もうこんな時間か!」
「早くしないと遅刻だわ!」
「急いで行こう!」

 慌てて駆け出そうとするのをエリシエルが引き留める。

「待て、こいつはどうするつもりなのだ?」

 彼女の傍らではクロエが何故かむくれていた。

「もしかしてアタシを置いてっちゃうの?」
「うーん、どうしようかな……」
「ゆーた、使い魔(サーヴァント)の姿が変わったことはキチンと学園に伝えなきゃじゃないかしら?」
「それもそうだね。それじゃあ行こうかクロエ」
「うんっ!」

 それを聞くが早いか、クロエは優太の背中に飛び乗り、尻尾も巻き付けてしがみつく。

「わわっ! クロエ!?」

 突然背中に乗られてよろめく優太。

「昨日までこうして身体に乗せてくれてたじゃん?」
「確かにそうだけど……重いって!」

 そうは言うがクロエが降りそうにないので、優太はそのまま学校に向かうことにしたのだった。

再戦

「--なるほど、それで使い魔(サーヴァント)の姿が変わった挙げ句遅刻ですか」
「「「すみません……」」」

 結局遅刻した優太たち三人はクロエのことを報告するついでに遅刻のことで理事長から注意を受けている。

「まあ、事情は分かりました。それでは改めて夜森君の登録情報を更新しましょう」
「ありがとうございます」

 理事長のお言葉に頭を下げる優太。

「それでは生まれ変わった使い魔(サーヴァント)と共に学校生活を満喫したまえ」

 理事長の話が終わって優太たちはそれぞれの教室へと向かった。

「良かったねクロエ、君のこと理事長に認めてもらえて」
「うんっ。なんか怖いオッサンかと思ったけど意外と優しかったね」

 もちろん人間になったクロエも背中に担いで、である。

「それじゃああたしはここで失礼するねっ」
「うん、それじゃあまた」

 美佳と別れた優太と三吾がクラスの中へと入った途端にクロエが優太の背中から飛び降りて舌をチロチロと出し入れし始めた。

「どうしたのクロエ?」
「何か匂いがするっ」

 舌をちらつかせながらクロエが向かったのは、

「あぁ? 何だお前」

 かの馬頭の席である。

「おまえは昨日ご主人をイジメたワカメやろーだな!!」
「わ、ワカメ!?」

 馬頭を指差すクロエに馬頭が驚いて立ち上がる。

 確かに前髪あたりが見ようによってはワカメである。

「駄目じゃないかクロエ! 人に向かって指差しちゃ!!」

 クロエを引き留める優太の言葉を聞いて驚いたのは馬頭だ。

「え、そいつお前の雑魚ヤモリなのか?」
「ザコなんかじゃないもん!!」

 馬頭の言葉に不満げに頬を膨らませてからクロエが指差してこんな提案をする。

「バトー、もう一回アタシと勝負しなさいよ!」

 この提案にクラスがざわめき立つ。

「ちょっとクロエ!?」

 慌てる優太だが時既に遅し、馬頭は不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「面白え。それじゃあ昼休みに勝負だ!」
「そんな……!」

 昨日の件もあって青ざめる優太だが、一方でクロエはやる気満々だ。

「じゃあバトー、おまえが負けたら何してくれるの?」
「俺が負けたら? そん時ゃ逆立ちして鼻からカレーうどんすすってやるよ! けど逆にお前が負けたらご主人が逆立ち鼻カレーうどんだぜ?」

 馬頭の宣言にクラスがどよめく。

「おお、これは見ものか!?」「頑張れよ夜森!」「もし夜森が勝ったら馬頭の逆立ち鼻カレーうどんが見れるぞ!」

 クラスの皆から背中を押されて優太も引き下がれなくなってしまった。

「分かった、その勝負受けて立つよ」
「そう来なくてはなあ! 勝負は昼休みだ!」

新たなる力:前編

 午前中の授業が終わり、優太とクロエ、それから馬頭は校庭へと出ていた。

「へっ、よく逃げなかったな夜森」
「どうしてもクロエがやりたいって言うからね」

 不敵な笑みを浮かべる馬頭に優太はまだ春なのにこめかみ辺りにジワッと汗を垂らす。

「今度こそアタシが勝つんだもん!」

 一方でクロエは右腕をグリングリン回してやる気満々だ。

「なあ、本当にあいつが昨日の雑魚なのか?」
「本人が言ってるんだからそうなんじゃねえのかアレス。ま、そんなの俺の知ったことじゃねーけど」

 隣り合って立つ馬頭とライノアーマーのアレスは余裕たっぷりである。

 しばらくして優太たちの周りにギャラリーが大勢来始めた。

 もちろん三吾と美佳もその中にいる。

 そして勝負は突然に始まった。

「行くぜアレス! 突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!」
「うおおおおおおお!!」

 馬頭の指示を皮切りにものすごい勢いで突進するアレス。

「分かってるねクロエ」
「もちろんだよご主人っ」

 そんなアレスを前にクロエはしっかりと身構える。

「その手は通用しねーぜ! 貫け、巨大なる角(メガ・ホーン)!」
「ふんっ!」

 クロエに突っ込むと見せかけてアレスが前につんのめり角を光らせて伸ばした。

「クロエ!」

「マズい、優太とクロエの手が読まれてる!」

「おっと!」

 しかし突然の一撃にもクロエは身体を反らして冷静にかわす。

「何っ!?」
「ご主人、次はどうするの!?」
「そうだね。クロエ、尻尾でそいつの脚を払うんだ!」
「分かった!」

 優太の指示でクロエはその場で尻尾を振るい、アレスの脚を払った。

「なぬっ!?」

 脚を払われたアレスは横倒しになる。

「角をデカくして不安定になった重心を崩す、ゆーたも考えたじゃない!」

「いいぞクロエ! 迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」
「はあっ!」

 優太から力を贈られたクロエは空中に飛び上がってから腕を振り上げて、火炎を飛ばした。

「ぐううっ!!」
「火力が上がってる、だと!?」


 火炎に怯むアレスを見て馬頭が驚きを漏らす。

 しかし一番驚いてるのは他でもないクロエ自身だった。

「アタシ……強くなってる!」

 自分の手を見つめるクロエ。そしてやはり優太も驚きを隠せていない。

(生まれ変わって強くなったのか……!? だけど、これならいけるかも!)

「クロエ! この調子で行こう!」
「うん!」

 優太とクロエがお互いに顔を見合わせると、苛立ちを隠せなくなったアレスが地団駄を踏み始めた。

「ちょっと強くなったからってチョーシ乗ってんじゃねーぞ!!」
「もう一度だアレス! 突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!」

 馬頭の指示で雄叫びを上げながら突進するアレスにクロエは息を深く吸ってから止めて構える。

「息吹け、火炎の吐息(ファイヤー・ブレス)!」
「ブフーーッ!!」

 そしてクロエが思い切り吹き出した息が激しい火炎となって正面からアレスに浴びせれた。

「グヘッ!?」

 勢い余ってかわしきれずまともに火炎を浴びたアレスが火だるまになる。

「すげーぞ優太! あのアレスを一方的に押してるぜ!」
「あんなに強くなるってどういうことなの!?」

 戦いを見守っていた三吾と美佳も目を見開く。

「いいよクロエ! その調子でジワジワとあいつにダメージを与えよう!」
「分かった!」

 エールを贈ってから優太はさらに意識を集中させてクロエに力を送り込む。

「ウガーーーーッ!! チョーシに乗りやがってえええええええ!!」

 一方のアレスも先ほどまでに火炎をまともに浴びながらもまだ倒れない。

「行くよクロエ! 燃え盛る接触(バーニング・コンタクト)!」
「はあっ!」

 優太の指示でクロエの両手に炎が宿される。

「突っ込め!」
「はっ!」

 そしてクロエはそのまま目にも留まらない速さでアレスに駆け込んだ。

「俺のアレスに接近戦を挑むなんていい度胸じゃねーか。迎え撃てアレス!」
「おうよっ!」

 馬頭の指示でアレスも真っ直ぐクロエに突進する。

「うおうらあああ!!」

 そしてアレスが頭の角を振り上げた瞬間、クロエは身を翻してその背後に回り込んだ。

「正面から殴り合うと思った? ざんねーん、背中がお留守だよ!」
「なっ!?」

 背後からクロエががら空きとなったアレスの背中を燃える手で触れる。

「熱つつつつつつつ!!」

「硬いアレス相手に熱で体力を削る、やるじゃないクロエ!」

 クロエの攻防を賞賛する美佳。

「何をやってるんだアレス! さっさとそいつをぶちのめせ!」

 思いのほか苦戦しているアレスに馬頭が苛立ちを露わにする。

「あんな雑魚に使うのも気が引けるが仕方がねえ。アレス! 鋼鉄大斬刃(アイアンメガロクス)を使うんだ!」
「えっ!? ……お、おう! 大地を割る鋼鉄の刃、鋼鉄大斬刃(アイアンメガロクス)!!」

 馬頭の指示に戸惑いながらもアレスが叫びながら地面に手を置くと、そこから巨大な鋼鉄の斧を引き抜いた。

新たなる力:後編

鋼鉄大斬刃(アイアンメガロクス)だって!?」「あれってあいつの従具(アームズ)じゃないか!」「あれを使うところなんて初めて見たぞ!?」

 突如出現した巨大な武器にざわめき立つギャラリー。

「へっ、テメーみたいなザコにこんなの使えねーだろぉ!」

 巨大な斧を手にほくそ笑むアレス。

「う、嘘でしょ……!?」

 その巨大なる姿におののく優太。

「これでも食らいやがれええええええええええ!!」

 斧を手に突進するアレス、だけどクロエは立ったまま動こうとしない。

「何をやってるのクロエ!? 早く避けないと!!」
「終わりだあああああ!!」

 目を血走らせて斧を振り上げるアレス、その瞬間クロエが一瞬ニッと笑みを浮かべた。

「クロエ……?」
「--炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)!!」

 手を揺らめかせたかと思えば炎から燃える長剣が形成されてクロエの手に収まる。

「なっ!?」
「馬鹿な、あの雑魚が従具(アームズ)を!?」
「アタシが従具(アームズ)使えないと思った? ざんねーん、使えるんだもんねっ!!」

 クロエが炎の剣で斧の一撃を食い止める。

「うっ……!」

 しかし力の差か、長剣で一撃を受け止めたクロエが腰を落とす。

「へっ、いくら従具(アームズ)で食い止めたからって--ぐあああああああ!!」
「アレス!!」

 クロエが攻撃を受け止めた一瞬のうちにもう片方の手に形成されたもう一つの同じ長剣がアレスの腹を鎧ごと貫いていた。

「どういうことだ、この私でさえ従具(アームズ)をモノにするのに軽く二年はかかったぞ!? それをあいつはものの一瞬で!」
「しかもあいつ、剣を二つも出しやがった!!」

 驚愕を露わにするエリシエルと三吾だがそれは他の皆も同じだった。

 優太を除いて。

(いや違う、クロエは今までずっとみんなが戦うところを見てきた。もちろん従具(アームズ)を使うところも見てるはず。長年の観察で得たその経験があれば力を付けた今になって従具(アームズ)を使えるようになってもおかしくない!)

 そして優太はクロエに次なる指示を出した。

「クロエ! 一気に決めるよ!!」
「オーケー!」

 指示を聞き入れたクロエは斧を地面に落として跪くアレスの懐に一瞬で潜り込む。

「はあっ!」
「ぐあああああああ!!」

 反撃の隙も与えずクロエがアレスの胸部を斬り込み、すぐに距離を取ってからすれ違いざまに連続で斬りつけ始めた。

「そんな、俺のアレスが圧倒されてる……だと!?」

 連続で攻撃を仕掛けるクロエとそれに対応できず甘んじて受けに回っているアレス、この状況でどちらが優勢かは火を見るより明らかだ。

「トドメだクロエ! そいつにしがみつけ!」
「うん!」

 慌てず騒がず両手の長剣を放り捨ててアレスの巨体にしがみつくクロエ。

「何をやってるんだアレス! さっさとそいつを振り落とせ!!」
「ううっ……!」

 先ほどの余裕が嘘のように悲痛な馬頭の叫びも空しくアレスにクロエを振り落とすだけの余力は残されていない。

「これで終わりだ! 爆ぜろ、爆焔(フレア・エクスプロージョン)!!」
「んああああああああ!!」

 刹那、クロエの身体が眩く光り輝いて辺りが爆焔に包まれた。

 そして辺りを包む黒い煙が晴れた先に見えたのは、

「ぐへえ……」

 大の字になって地面にへばるアレスと息を荒げながら立ち上がるクロエの姿だった。

「勝った……。僕たち勝ったんだ……!」

 信じられないと言わんばかりに膝を着く優太、そこへクロエが飛びついてくる。

「ごしゅじーーーーん!!」
「よく頑張ったね、クロエ」
「うんっ! アタシ、初めて勝ったよ!!」

 お互いに抱き合って勝利の喜びを噛み締める優太とクロエの二人。

 そんな二人に二クラスの皆から賞賛が浴びせられる。

「やったじゃねーか優太!」
「あはは、そうだね三吾君っ」

 三吾の大きな手で優太は肩をバシバシ叩かれて互いに喜びを分かち合う。

 だけどしばらくして女子たちからの眼差しが冷ややかなものになった。

「あれ、どうしたんだろう」

 優太が疑問に思うと、美佳が咳払いをしつつ女子を代表して物申す。

「ゆーた、あんたいつまでクロエにそんな格好させるつもり?」
「あ……」

 勝利の喜びで気にならなかったが、先ほどの大技で着ていた服が燃え尽きてクロエは全裸になっていた。

「わわっ、クロエ!?」

 これに気付いた優太は慌てて裸のクロエに自分の上着を羽織らせる。

「どうしたのご主人? そんなに慌てて」
「あんたも少しは人の目を気にしなさいっ」
「あたっ」

 首を傾げつつ上着を払いのけようとするクロエに軽くチョップをかます美佳。

 するとそこへ手拍子を打ちながら誰かが近付いてくる。

「いやー、見事な使い魔合戦(サーヴァントファイト)だったよ。理事長から話に聞いてるけどキミが姿を変えた使い魔(サーヴァント)かい?」
「せ、生徒会長!?」

 クロエと優太に歩み寄ってきたのはこの学園の生徒会長である東條(とうじょう)真琴(まこと)であった。

「ん、誰この人?」
「おや、顔を合わせるのは初めてかな? ボクは毎週の朝会で前に出てて、キミのご主人も出席してるはずなんだけどなあ」

 優太の背後に隠れて問いかけるクロエに対して訝しげに頬を膨らませる真琴。

 ボーイッシュなショートカットの黒髪。
 子供のように純粋なドングリ眼。
 色白な肌に優太よりもやや小柄で華奢な身体。
 言葉遣いも相まってその姿は一見少年のようだが、着ているのは褐色のブレザーと橙色のスカートで一応は女子であることを示している。

「会長、お言葉ですがクロエは朝会の時いつも寝てますから」
「そう言えばそうだったね」

 軽く笑い飛ばして飄々とした態度の真琴。

「それで会長、僕たちに何の用ですか?」
「そうだなあ。生まれ変わったキミの使い魔(サーヴァント)と一つお話しをしたい、では不十分かい?」
「お話ってどんなぁ?」

 優太の背後からクロエが恐る恐る顔を出す。

「それは生徒会室で追々話すとして、キミも隠れてないで出てきなよ」
「クロエ、会長は悪い人じゃないから大丈夫だよ」
「ホントに?」

 優太に促されて真琴の前に出るクロエ。

「それじゃあ生徒会室に案内するよ」

生徒会長の真琴


 真琴に案内されて優太とクロエは生徒会室に来た。

 「さてとっ」と一息付きながら部屋の奥のパイプ椅子に座ると真琴はまず穏やかに挨拶をする。

「キミとは初めましてになるのかな? ボクは東條真琴、この学園の生徒会長さ」
「う、うん……」

 普段向かい合わない生徒会長を前にクロエはもちろん優太も背筋を震わせて緊張を露わにする。

「あははっ、確かにボクは生徒会長と言う立場ではある。だけどボクだって同じ生徒なんだからキミももう少し力を抜いてくれていいんだよ? まあ、座っておくれ」

 真琴に促されて優太とクロエはその正面に座った。

「それで、僕たちへのお話しって何ですか生徒会長?」
「そうだね、まずはキミたちが馬頭クンたちに代わって序列十六位になったことを祝福しよう。それから--」

 そう呟きつつ真琴はクロエの身体を舐めるように見回す。

「な、何……?」
「これでよしっと」
「今何をしたのですか会長?」
「見れば見るほど面白いよクロエクンは。さて、本題に入ろうか」

 すると今までの飄々とした表情が一変して引き締まったものとなる。

「これは理事長と取り急ぎで話し合ったことなんだけどね、生まれ変わったクロエクンをどうするかについてなんだけど--」

 言葉を詰まらせる真琴にゴクリと生唾を呑み込む優太。

 クロエもその意味を分かってないながらも雰囲気を察したのか同じように真琴から目を離さない。

「今まで通り夜森クンのそばにいさせることになったよ」

 にこやかに微笑みながら告げる真琴の言葉に安堵の息を付く優太。

「まあ、経緯(いきさつ)は違えど人型の使い魔(サーヴァント)を連れてる生徒は珍しくないからねえ。それじゃあ新しく生まれ変わったクロエクンと共に学校生活を楽しんでおくれよ」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します会長」

 そして優太とクロエの二人が退出すると、その直後に真琴は背後の窓を開ける。

「もう入ってきていいよ、ガラ」

 すると男が窓から飛んできて、足で鷲掴みにしていたレジ袋を持ち替えて真琴へぶっきらぼうに手渡した。

「遅かったじゃないかガラ。おかげでボク腹ペコだよ~」
「済まん。いつものパン屋が混んでいてな」
「まあいいけどさ。おお、今日はメロンパンと焼きそばパンじゃないか。ボクの大好物~」

 レジ袋の中身を取り出して子供のように鼻歌を混じらせる真琴にガラと呼ばれた男は翼の先を額に添える。

 色黒の肌に逆立った白い短髪。
 茶色く大きな翼のようになった腕。
 猛禽類を思わせる鋭い爪の生えた脚。

 イーグルフォンの彼は真琴の使い魔(サーヴァント)である。

「全く、毎日毎日ワタシにパンを買わせて。使い魔(サーヴァント)を何だと思ってるんだ君はっ」
「仕方ないじゃないか、生徒会長のボクが学園を離れるわけにいかないんだからさ。うーん、やっぱり青春の昼食に焼きそばパンは欠かせないよねっ」

 夢中で焼きそばパンを頬張る真琴にガラは深いため息を付く。

「それより(あるじ)、先ほどまでこの部屋にいた小娘はどのようなものだったか?」
「そうだねえ、さっきの使い魔合戦(サーヴァントファイト)と面談を見てもこれからが楽しみってところかな」
「珍しいな、君が自分のこと以外に興味を持つとは」
「ボクだって他人(ヒト)のことぐらい気にするってば」

 頬を膨らませてむくれる真琴に乾いた笑い声をあげるガラ。

「とにかく、ボクはこれから彼女たちを見守ることに決めたんだ」
「それが(あるじ)の意志ならばワタシも従うがな」
「あ、そろそろ午後の授業だね。それじゃあボクは失礼するよ」
「承知した」

 ガラを生徒会室に置いて真琴は軽い足取りで自分のクラスに向かったのだった。

バトル後の夕焼け空と渦巻く野望

 時は進んで放課後になり、夕焼け空の下を優太たちが進む。

「それにしても馬頭の逆立ち鼻カレーうどんは傑作だったなあ!」
「あれ本当にやったんだ……」

 愉快に笑ってのける三吾に優太は苦笑する。

 三吾の話によれば、優太が生徒会室に連れて行かれたちょうどそのときに土壇場で馬頭が言い逃れしようとしたもののクラスの女子がテープレコーダーで隠し撮りしていた音声であえなく不意になったそうだ。

「ま、これで当分あいつも下手なことできなくなったと思うわ」
「自業自得だな」

 優太の隣で腕を組んで満足そうにする美佳とエリシエル。

「それでゆーた、クロエのことはこれからどうするの?」
「それなんだけど、別に人型の使い魔(サーヴァント)は珍しくも何ともないからこれからも一緒に通学できることになったんだ」
「お、良かったじゃねーか。愛しのクロエちゃんとこれからも通学できて」
「い、愛しって!? 変なこと言わないでよ三吾君!」

 三吾に茶化されてムキになる優太、一方先の戦いで力を使い果たしたクロエは優太の背中にしがみついて眠りについていた。

「それよりも、クロエが人間の女の子になったわけだから世話も今までのようにはいかないかも知んねーぜ?」
「そこなんだよね……」

 三吾に指摘されて優太がため息を付く。

 実際問題優太は一人っ子で三吾も兄は二人いても女兄弟がいないので、女の子に対するケアの仕方が分からないのだ。

 そこへ美佳がコホンと咳払いしてこんなことを提案してくる。

「仕方ないわねー、こうなったらあたしもできる限り手助けするわ」
「本当!? ありがとう美佳!」

 目を爛々と輝かせる優太に美佳は頬を赤らめて戸惑う。

「べ、別にあたしはゆーたの力になりたいってそういうわけでなく、あんたのところでクロエがみすぼらしくなるのがイヤで--」
「少しは素直になったらどうだマスター?」
「あんたは黙ってて!」

 披露したツンデレを生真面目に頭上のエリシエルに心配されてピシャリと払いのける美佳。

「とにかくこれからよろしくね、美佳」
「ふふんっ、分かればいいのよ分かればっ」

 腕を組んで美佳はもみあげをいじりながらそっぽを向く。

 こうして優太は幼なじみの美佳にクロエの世話を手伝ってもらうことになったのだった。

 ここは人気(ひとけ)のない路地裏から繋がる地下室。

 そこで白衣姿で痩せこけた長身の男が虚空に浮かぶモニターにかじり付いていた。

「面白いものは見つかりましたか、プロフェッサー寺門(じもん)?」

 そこへ歩み寄るのは助手と思しきレディースーツ姿の女性だ。

「まあ見てくれよカーミラくん」

 寺門はカーミラと言う名の助手に自分が今見てるモニターを見せる。

「はあ、学生たちが通学路で下校してる光景にしか見えませんが」

 そこに映し出されていたのは優太たちが共に下校している様子だった。

「いや、注目すべきはそこじゃない。背の低い方の少年を見てくれ、背中に使い魔(サーヴァント)を背負ってるだろう?」

 寺門が目を付けたのは優太におんぶされているクロエである。

「人型の使い魔(サーヴァント)ですがそれが何か?」

 未だ寺門の意図が見えず首を傾げる助手のカーミラに、寺門は勿体ぶるように説明を始めた。

「君の目は節穴かねカーミラくん。あの使い魔(サーヴァント)はただ者じゃない、何故かは知らないがそう思える。もしかしたら--」
「お父上の遺した研究を進める鍵になると?」
「そう言うことだ。これは面白いぞぉ? まあ、しばらくは観察だね」

 そして地下室に寺門の不気味な薄ら笑いが響き渡り、画面一杯に優太の背で寝息をたてるクロエの姿が大写しになる。

 プロフェッサー寺門の野望はここから幕を開ける……。

ドタバタお風呂タイム

「んっ、んん……」

 クロエが目を覚ましたのは寮の部屋にある二段ベッドの下の段だった。

「やっと目が覚めたんだねクロエ」
「ここは……ご主人の部屋?」

 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がるクロエに優太が優しく微笑みかける。

「そうだ、クロエもお腹空いたよね。何食べたい?」
「うーん、今日はバッタが食べたいなぁ」
「ば、バッタぁ!?」

 突然素っ頓狂な声をあげて物陰から三吾が驚いたように飛び出す。

 どうやら優太とクロエのやり取りをこっそり見守っていたようだ。

「ごめんねクロエ、今は冷凍のバッタを切らしてるところなんだ。あ、バナナならあるからそれにする?」
「うん。アタシ、バナナも大好きぃ!」

 クロエの意見を聞いて台所に向かう優太にルームメイトの三吾が食いつく。

「おいおい優太、バッタ食いたいなんて言われて驚かないのかよ!?」
「そりゃあ全く驚いてないと言ったら嘘になるけど、昨日までクロエはバッタも普通に食べてたわけだから合点はいくかな」
「そんなものかよ……」

 平然としている優太に三吾は呆れて額に手を添えた。

「ごしゅじーん、バナナまーだぁ?」
「ごめんごめん、もう少し待ってね。今取りに行くから」

 そして優太はテーブルに置かれた一房のバナナから一本をもぎ取り、ベッドに腰掛けて脚をパタパタさせるクロエの元へ歩み寄る。

「はい、クロエ」

 バナナを手渡そうとする優太だが、クロエは何故か受け取らない。

「食べないのクロエ?」
「どうして手からくれないの?」
「あ、そう言えば今まで手からあげてたんだっけね」

 そう言うと優太はバナナの皮を剥いてクロエに差し出す。

「それじゃあいただきますっ」

 そしてクロエはバナナを舌で舐め始めた。

「美味しいかい、クロエ?」
「うんっ、美味しいよご主人っ」

 しばらくペロペロ舐めるとクロエはバナナを口一杯にしゃぶる。

 ふと優太はそれを眺めていた三吾の顔が赤いことにと気付く。

「どうしたの三吾君、顔真っ赤だよ!?」
「わりい、こんな微笑ましいとこみて、いかがわしいモン連想したオレの心が汚れてるんだろうなっ。あーっ、トイレ行こうかなっ!」

 わざとらしくそう言うと三吾は逃げるようにトイレへと消えた。

「--どうしたんだろう?」

 不思議に思ってると、突然どこからか着信音が鳴る。

「あ、美佳からだ」

 右手を広げると、何もなかった空間に画面が表示されて美佳の声が伝わってきた。

『ゆーた、クロエも汚れてるだろうからお風呂で洗ってやりなさい。あたしもアドバイスしてあげるから』
「そうだね。クロエ、お風呂入ろっか」
「うんっ」

 食事を終えて唇を舐めていたクロエが優太に促されてバスルームにトコトコと付いていく。

「え、これがお風呂……?」

 だけどバスルームを目前にした途端、クロエの顔から血が引き背筋が震え始めた。

「どうしたのクロ--逃げちゃ駄目っ!」

 逃走しようとしたクロエの腕を掴む優太。

「ヤーだーーー! 熱くて濡れるのイヤーーーーーッ!!」
「ねえ美佳、嫌がってるときってどうすればいいかな!?」
『力尽くでも入れなさいっ』

 美佳の指示に従って優太はクロエを取り押さえる。

 そして彼女が羽織っていたブカブカのブレザーを脱がそうとしたとき優太の手が止まった。

「ねえ美佳、これ脱がせたらクロエは裸なんだよね?」
『それがどうしたのよ。あんたの娘みたいなものだから大丈夫じゃない?』
「そう言う問題かなぁ!?」
「離してごしゅじーーーーん!!」

 手を止めている間にもクロエがもがいて勝手にブレザーがズル剥けそうだ。

『あーもう! そんなに恥ずかしいんだったらそいつの身体にバスタオルでも巻かせればいいでしょ!?』
「そっか」

 納得した優太はブレザーを脱がしてから一瞬でクロエの身体にバスタオルを巻く。

「クロエ、僕も一緒だから怖くないよ」
「ううっ、ホントに……?」
「うんっ、僕を信じてよ」
「わ、分かった……」

 クロエが了承したところで優太も服を脱いで腰にタオルを巻き、バスルームに入った。

「ひいっ!」

 バスルームに入った途端、クロエが優太の腕を掴む。

「もしかしてシャワーが怖いの?」

 優太の問いかけに身体を振るわせながらコクンと頷くクロエ。

(そう言えば朝これで怖い思いしたんだっけな)

「分かったよクロエ。今回はシャワーを使わない。それなら怖くないでしょ?」

 クロエが再びコクンと頷く。

「よし、それじゃあ今からお風呂にお湯を入れるね」

 そう言うと優太は蛇口を捻って湯船にお湯を貯め始める。

「それじゃあ入ろっか」
「うん」

 クロエの手を引いて優太は湯船に入ろうとするが、そのクロエが直前で尻込みしてしまう。

「どうしたのクロエ?」
「水……怖い……!」

 それを聞いて優太はクロエが水に浸かったことがないことに気付く。

「平気だよクロエ。僕と一緒なら何も怖くないさ」
「ホント?」
「うん。だからクロエもおいでよ」
「う、うん……」

 優太に優しく諭されてクロエは恐る恐るお湯に足を浸ける。

「なんか変……」
「ね、大丈夫でしょ?」

 そしてクロエは意を決して全身を湯船に浸した。

「よくできたね、クロエっ」

 微笑むと優太はバスタオル越しに何気なくクロエの脇腹を撫でる。

「はふんっ」

 すると突然クロエが甘い喘ぎ声をあげた。

「あ、ごめんっ!」
「ううん、平気だよ。--もっと……触って……。今度は直に……」

 そう言うとクロエは身体に巻いていたバスタオルを少しはだけさせて炎の模様みたいに色の抜けた脇腹を露わにする。

「分かったよ、クロエ」

 穏やかな笑みを浮かべると優太はクロエの脇腹に今度は直に触れて撫で始めた。

「はふんっ。はぁっ、はぁっ」

 感じてるのか、クロエは甘い喘ぎ声を出しながら身体をビクンッビクンッと震わせ、脇腹の炎の
模様が桃色に浮き上がる。

「気持ちいいかいクロエ?」
「うん、気持ちいいよご主人--あぁんっ」

 幼い容姿にそぐわないクロエの色めかしい喘ぎ声に若干の羞恥心を覚えながらも優太は彼女の脇腹を撫で続けた。

「はぁんっ。もっと、もっと撫でてよご主人--」
『こぅらああああああ!! 何アダルティーな雰囲気になってるのよバカあああああああああ!!』
「み、美佳ぁ!?」

 何ともいえない淫乱な雰囲気になりかけたところで美佳の絶叫が画面越しに響き渡る。

『全く、あんたなら健全に済ませると思ったけど結果がこれよ!』
「ご、ごめんよ美佳……」
『とにかくっ、次は身体洗ってやんなさいよねっ』
「そうだねっ。次は身体洗おうかクロエ」
「うんっ、分かっらごひゅひん」

 先ほどまでの愛撫で呂律が回らないクロエの手を優太が引いて今度はボディーソープを手にした。

「クロエ、身体洗うからバスタオル取っていい?」
「うん」

 優太がバスタオルに手をかけて取り去ると、華奢で色の濃い背中が露わになる。

「っ!!」

 普段なかなか目にしない女の子の素肌を見て若干動揺する優太だったが、理性を保つため頬を叩き、すぐにクロエの背中を洗い始めた。

「痛たたたたっ! 痛いよごしゅじーん!」
「ご、ごめん!」
『ちょっとゆーた!? 女の子の肌は繊細なんだから乱暴にこすっちゃダメ!』

 美佳からも画面越しに叱責されて優太はクロエの背中にかける力を弱める。

「気持ちいいかいクロエ?」
「うんっ」

 背中を一通り洗った優太が続いてクロエの尻から伸びる長い尻尾を洗おうと触れたとき、

「あっ!!」

 彼女の尻尾が力強く優太の手を払いのけた。

「ゴメン! だけど尻尾だけは触っちゃダメ!」

 どうやらクロエは尻尾に触れられるのが苦手のようだ。

「クロエ、すぐに終わるからちょっとだけ我慢してくれるかな?」
「ご、ご主人がそう言うなら--ううっ!」

 優太が尻尾をゴシゴシ洗う最中クロエは歯を食いしばって不快感に耐える。

「終わったよクロエ」
「ううっ、遅いよご主人……」

 額の汗を拭う優太に涙目で訴えかけるクロエ。

「次はお腹側だね」

 続いて優太は背後から手を回してクロエのお腹を洗う。

 そしてしばらく洗ううちに辿り着いたのは、

「む、胸……!」

 下側はあらかた洗い終えて残ったのは胸。

 男の優太にしてみれば足を踏み入れるのも躊躇う、女の聖域である。

「く、クロエ……む、胸も洗ってもいいかな……?」
『何をそんなに躊躇ってんのよ?』
「だって女の子の胸だよ!? 男の僕が気安く触れていい場所じゃ--!」
「別にいいけど?」
「!!」

 挙動不審になる優太だったが、案外あっさりと了承が得られた。

「早く洗ってよぉ」
「わ、分かったよ」

 腕の震えを抑えつつ、優太はやはり背後からその未発達な胸に手を伸ばす。

「ごめんっ!」

 そして泡の付いた手で禁断の聖域に触れた。

「や、柔らかい……!」
「んんっ!」

 目で見てはいないものの、クロエの小さいながらも弾力のある胸の感触がマジマジと手に伝わる。

 魅惑の手触りについ理性が吹き飛びそうになる優太だったが、足の小指を壁に思い切りぶつけ、何とか一線で踏みとどまりつつ手早く済ませた。

「はあっ、はあ、次は腕と脚だね……」
「どうしてそんなに苦しそうなのご主人……」

 問いかけるクロエの方も喘ぎで息も絶え絶えである。

 画面の向こうで深いため息が聞こえたのは気のせいか。

 そしてクロエのか細い手足を洗って最後に残ったのは、

「髪の毛、か……」

 背中の中程まで伸びた、長く綺麗な金髪であった。

「えーと、シャンプーは--」
『ちょっとゆーた! まさか男物のシャンプーでクロエの髪を洗おうって言うんじゃないわよね!?』
「えっ、駄目なの!?」
『当たり前じゃない! 女の子にとって髪は命、手荒に扱ったら絶対にダメなんだからね!!』

 画面の向こうからものすごい剣幕で優太を叱責する美佳。

「じゃあどうするの、ここには僕の使っていたシャンプーしかないよ!?」
『待ってて、今持ってくるから!』

 そう伝えるが早いか、美佳がバスルームの扉から顔を出した。

「早っ!!」
「全く、あんたの部屋の近くで見守ってたけど、もう見てらんないわ! どいて!」

 そして美佳は制服を着たままズカズカとバスルームに入り、女物のシャンプーを使ってクロエの金髪を洗い始めた。

「いい? こんな感じで優しく洗うのよ。絶対爪を立てちゃダメなんだからねっ」
「痛っ! 目がーーー!」
「ちょっとクロエ!? ダメじゃない、目をつむってなきゃあ!」

 泡が目に入って泣きわめくクロエに美佳が狼狽える。

 そんなこんなでクロエの身体をくまなく洗い終える頃には優太と美佳はヘトヘトになっていた。

長い一日の終わり

「まさか、女の子の身体を洗うのがこんなに大変だったなんて……」
「そうよ、女の子っていろいろ大変なんだから……!」

 疲れ果てた二人の姿をクロエは不思議そうに小首を傾げて見つめる。

「でもこれで終わって良かっ--」
「まだよ。最後に髪を乾かさなきゃじゃない」
「え……」

 身体を洗い終えてホッとしたのも束の間、優太と美佳はクロエの長い金髪を乾かすこととなった。

「その前に身体拭いてパジャマ着せなきゃね。あたしのお古でいいかしら?」
「はーい……」

 美佳に促されて渋々パジャマを着るクロエ。

 そして優太がドライヤーを手にしてクロエの髪に温風を当てようとしたとき、美佳の指摘が入る。

「ちょっと、それターボじゃない! そんなんでやったら女の子のデリケートな髪が痛むわよ!」
「え、そうなの!?」
「そうよ。髪の毛ってのはぬるい風でじっくりと乾かすものなのよっ」

 優太の手からドライヤーをひったくった美佳がスイッチを入れた瞬間、音に驚いたクロエが横に飛び退く。

「ひいっ!!」
「大丈夫、怖くないわよ」
「う~!」

 逃げようとするクロエの肩を押さえ、ドライヤーでその髪を乾かす美佳。

「これで正真正銘終わりよ」
「ここまで長かった……」

 終了を告げられて優太は床に座り込む。

「明日からはあたしが教えたとおりに、あんたが全部やりなさいよっ」
「うん。ありがとう美佳、僕とクロエのためにわざわざいろんなこと教えてくれて」

 優太が感謝の言葉を告げると、美佳の頬がほんのり赤く染まった。

「か、勘違いしないでよねっ! 別にあたしはあんたなんかのためにやったんじゃないわよっ。それじゃあ宿題やんなきゃだからあたし帰る!」

 そう言うと美佳は慌ただしく優太の部屋を後にする。

「--なんだかんだで面倒見がいいんだよね。もっと素直になればいいのに」

 優太は美佳が出た扉を眺めてしみじみと呟く。

「ごしゅじーん、アタシも疲れちゃったぁ」
「そうだね。それじゃあ今日はもう寝よっか」

 優太の袖を引っ張るクロエに応じて、二人はベッドに向かう。

「ご主人、アタシも一緒に寝るぅ」
「えっ」
「どうしたの、ご主人?」

(そうか、見た目は変わってもクロエはクロエなんだ)
「あっうん、分かったよ」

 クロエの言葉に一瞬戸惑いつつ、彼女がヤモリだった頃を思い出して自分のベッドにクロエを入れる優太。

 こうして二人の長い一日は終わりを告げたのであった。

 静まり返った真夜中、クロエは独り目を覚ました。

「んんっ。あっそうか、この時間はまだご主人は起きないんだ」

 すやすやと寝息を立てる優太を一目してからクロエは窓から身を乗り出し、ヤモリだった頃のように壁をよじ登って寮の屋上に上がる。

「今日もお月様は綺麗だな~。昨日までよりも綺麗かもしれないっ」

 緩くあぐらをかいて月を眺めるクロエ。

 人間になったためか、彼女には月が今までと違うように見えるのかも知れない。

 すると突然闇夜の空間から白く細長い、かのシロキヘビがニョキッと姿を現した。

「あ、シロキヘビさん」
「その様子だと昨日は上手く転生できたようだな」
「うん、おかげさまでねっ」

 シロキヘビと言う、目の前にいるこの世のものでない存在にもすっかり順応したクロエは舌をペロッと出して気さくに話しかける。

「ところでさぁ、シロキヘビさんのことをご主人たちに話そうとしても話せなかったのはなんで?」
「我はこの世に存在するものから見れば異質なもの、下手にこの存在を知られるわけにはいかない故そなたの口から我の名を出せないようにしたのだ。分かるかな?」
「うーん、分かるような分からないような……」

 シロキヘビの説明にクロエは唇に指を添えて眉を潜める。

「ときにクロエ、その姿は気に入ったかな?」
「うーん、ちょっと小さいのはあれだけど、ものすごく強くなれたから大満足だよっ」
「そうか、それなら良かった。目的も済んだところだ、我はこの世とあの世の狭間に帰るとするか」
「じゃあねー、シロキヘビさん」

 闇夜の空間に消えようとするシロキヘビに手を振って見送るクロエ。

 ふとシロキヘビは何か思い立ったかのようにクロエにこんなことを告げる。

「そうだ、そなたに一つ助言をしよう」
「ん、なぁに?」
「強い力あるところにはそれを利用しようとする者が必ず現れる。気をつけるのだぞ」
「何だかよく分からないけど、気をつけるねっ」

 助言を告げたシロキヘビは改めて闇夜に姿を消したのだった。

朝のランニング

 この日優太はメザマシゼミが鳴き出す前に目を覚ました。

 ふと隣に目をやると、クロエがヤモリだった頃の名残である尻尾を手元に回して横たわっている。

「やっぱり夢じゃないんだね」

 昨日の出来事も一緒に噛み締めて物思いに耽る優太。

 すると身体をピクピク震わせてクロエが目を覚ます。

「あ、おはようご主人」
「おはようクロエ」

 クロエの挨拶に優太はスウェットに着替えながら応える。

「そうだ、これから朝のランニングに行くんだけどクロエも来ない?」
「ランニング……ああ、あれだね。うん、アタシも行く!」

 ランニングと聞いて昨日までの記憶が蘇ったのか目を輝かせるクロエ。

「それじゃあ着替えようか」

 着替え終えた優太は美佳から昨日もらったお古の黄色いジャージを手にして、少し躊躇いつつもクロエからパジャマを脱がせてそれを着せる。

 ちなみに下着も美佳から分けてもらったのだが、ブラジャーもピッタリとはいかないまでもちゃんと華奢な身体に合っている。

「それじゃあ行こうか」
「うん!」

 そして二人は二段ベッドの上の段でいびきをかいてまだ寝ている三吾を置いていつものランニングへと繰り出した。

「ヤッホーッ! 昨日までいつもご主人に乗ってたからこうして思い切り走れて気持ちいいねー!」
「うん、走るのって気持ちいいよねっ」

 朝日が登ったばかりの街路を優太とクロエの二人は足並み揃えて走る。

 初めはこれまで通り優太の背に乗るのをせがんでいたクロエだったが、いざ地に足着いて走ってみるとその心地よさがツボにはまったのだ。

「やっぱり人間になると見える景色が違うのかい?」
「そりゃもう全然! --あ、ミカだぁ! おーーーーいっ!!」

 後ろから走ってきた美佳に気付いたクロエが振り返って彼女に手を大きく振る。

「あら優太、クロエも一緒なのね」
「うん、誘ったらノってくれたんだぁ」
「お前たちは仲がよくて結構だな」

 もちろん美佳の頭上ではエリシエルが白く大きな翼を羽ばたかせて同行している。

「それよりあたしのお古、ちゃんと使ってるみたいね」
「うんっ。でもさあ、ミカってアタシよりも背ぇ高いのにブラジャーのサイズは大体同じなんだね--どうしたのミカ?」
「--悪かったわね、あんたみたいなお子ちゃまと同じくらいしか胸なくって……!」

 クロエの何気ない言葉に拳を握り締め、額に青筋を浮かび上がらせて憤りを露わにする美佳。

「落ち着けマスター。人の価値は乳の大きさで決まるものでないぞ」
「そんなデカい胸揺らしながら言われても説得力ないわよおおおおおおおおおお!!」

 エリシエルの言葉で落ち着くどころか火に油を注ぐ結果となり、美佳は血涙を流して野獣のごとく全身全霊で絶叫した。

 確かにエリシエルは主人とは対照的に胸が大きい、目測でFは堅いだろうか。

 言われてみてうっかり彼女の豊満な胸に目を向けた優太も美佳に睨み付けられ慌てて目を逸らす。

 そんな美佳も周囲の視線に気付いてコホンと咳き込んでその場を取り繕った。

「まあいいわ。あたしだってまだまだ発育するんだから!」
「そうだね、アハハ……」

 美佳の空元気に優太は苦笑するしかない。

 そんなこんなで優太たち二人は美佳とエリシエルも加えていつもの公園まで走った。

「ここもいつもの場所だよね~!」
「そうだね、クロエっ」

 腕を広げながらクルクル回って喜びを全身で体現するクロエが愛おしくなって微笑む優太。

「お前の使い魔(サーヴァント)も元気だな」
「そうだね、エリシエル。--もしかしたら昨日の勝利で自信が付いたのかも知れない。今まで彼女にほとんど勝たせてあげられなかったからな……」

 舞い寄ってきたエリシエルにそう言いかけた優太の表情が陰る。

「気にするな少年。大事なのは未来を見据えて直向きに頑張ることだ、過去を悔やむことじゃない」
「エリシエル……ありがとう、おかげで僕の気持ちも楽になったよ」

「ごしゅじーーん!!」

 呼びかけながらクロエが駆け寄って優太の背中に飛び付く。

「楽しかったかい、クロエ?」
「うん! そうだエリシエル、アタシと勝負しようよ!」
「何……?」

 藪から棒にクロエから勝負を申し込まれて戸惑うエリシエルと優太。

「ちょっとクロエ!? いきなり何言ってるの!?」
「あら、いいじゃない。何か面白そうだわ」

 そこへ水を飲みにその場を離れていた美佳が歩み寄る。

「エリシエル、クロエの勝負に乗ってやんなさいよ」
「しかし、私は手加減をするのが苦手でな--」
「いいよ、アタシも全力でいくからエリシエルも本気出せばいいじゃんっ」
「--面白い。いいだろう、私がその勝負乗ってやろう」

 クロエの申し出でやる気が出てきたエリシエルに優太はオロオロし始めた。

「本当に大丈夫なの!? エリシエルは昨日のアレスよりも序列が上なのに!」
「知ってるよ。でもこの力をもっと試したい、アタシはそう思ったんだ」
「自分の使い魔(サーヴァント)がそう言ってるんだから怖じ気付いてるんじゃないわよっ。全く、昨日までの威勢はどこ行っちゃったんだか」

 美佳に諭されてため息を付きつつ優太も了承する。

「分かったよクロエ。僕も協力する」
「ありがとうご主人!」

 優太からも認可されて満面の笑みを浮かべるクロエ。

 そしてクロエはエリシエルと向かい合う。
「初めに言っておくが、私はかなり強いぞ。ま、そんなことを今更お前に言っても仕方あ るまい」
「そんなの関係ないよ、だって勝つのはアタシだもんっ!」

 腕を組みながら余裕ぶるエリシエルにクロエが指差しながら宣言する。

「クロエ、準備はいい?」
「もちろんだよ!」

「それじゃあ始めるわよゆーた!」
「オーケー!」

 美佳の言葉に優太が応じて友達同士の勝負が幕を開けた。

クロエVSエリシエル

「降臨せよ、聖天光臨剣(ヘヴンアドヴェンター)!」

 そう叫んでエリシエルが片手を天に掲げると、空から光の筋が彼女の目の前に注がれて、差し伸べた手には白く輝く大剣が握られる。

「来い」
「それじゃあ行くよ! 炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)!!」

 大剣の切っ先を向けて手を拱くエリシエルにクロエも手に炎を揺らめかし、従具(アームズ)である二つの長剣を手にした。

「クロエ、まずはエリシエルに突っ込むんだ!」
「うんっ! はああっ!」

 長剣を両手に掲げてクロエがエリシエルに向かって飛びかかる。

「受け止めて、エリシエル!」
「承知したっ!」

 対するエリシエルはその場で構えてクロエの剣撃を大剣で受け止めた。

「くっ……!」
「なかなかの力だなクロエ。少し前までとはまるで次元が違う。だが--」

 そう言いつつ大剣でクロエの長剣を押し返すエリシエル。

「その程度で私には勝てないっ!」
「うわっ!」

 エリシエルに跳ね返されてクロエが後ろに飛び退く。

「今度は私から行かせてもらおうか!」

 今度はエリシエルが翼を力強くはためかせてクロエに突進する。

「正面から向かっちゃ駄目だクロエ! 迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」

 技名を叫びる優太に力を捧げられてクロエの身体に炎のオーラがまとわれた。

「食らえっ!」
「何っ!?」

 腕を振り上げて炎を迸らせつつ横に飛び退くクロエ。

 さすがのエリシエルも勢いを殺しきれず、炎からの回避が遅れた。

「うっ!」
「エリシエル!」
「今だクロエ! 炎をまといし双剣で切り裂け、炎上せし十字架(バーニング・クロス)!」
「はあっ!」

 優太の指示でクロエは飛びかかり、炎をまとった両手の長剣を交差させるように動きの止まったエリシエルに斬りかかる。

「左よエリシエル!」

 すると大剣の一振りで炎を払ったエリシエルが美佳の指示で即座に横に向き直り、クロエの剣撃をまたしても食い止める。

「そんな!」
「その手はお見通しなんだから! 炸裂せよ、輝ける衝撃(シャイニング・インパクト)!」
「はあっ!」

 エリシエルが大剣を握る手を片方だけ離してクロエの腹に押し当てると、その手から放たれた光が炸裂してクロエを大きく吹き飛ばした。

「クロエ!」
「あうっ!」

 吹き飛ばされて地面に転げ落ちるクロエ。

「一気に決めるわよ! 剣よ輝け、閃光の剣(スパークル・ソード)!」
「はっ!」

 美佳の指示でエリシエルの大剣が眩い光に包まれる。

「済まないなクロエ、だがここで決めさせてもらおうぞ!」

 憂いありげに呟いてから光り輝く剣を手にして突進するエリシエル。

「ううっ……!」
「立ってくれ、クロエぇ!!」

 優太の叱咤激励も空しくクロエは先ほどのダメージでなかなか立ち上がれない。

「終わりだ!」

 倒れ伏すクロエの目の前でエリシエルが大剣を振りかざす。

「クロエええええええ!!」

 優太の悲痛な叫びが木霊してその大剣が振り下ろされようとしたその時だった、突如クロエとエリシエルの二人を遮るかのように数本の剣が空から降り注いで地面に突き刺さる。

「これは……!?」
「はいはい、キミたちケンカはそこまでだよー」

 鳩が豆鉄砲をなんちゃら、と言った感じで呆気に取られる美佳たちの前に手拍子を打ちながら歩み寄ってきたのは、

「生徒会長!?」

 制服姿の真琴であった。

真琴からの招待

「全く、朝っぱらから騒々しい奴らだっ」

 続けて空から使い魔(サーヴァント)であるイーグルフォンのガラが真琴の隣に舞い降りる。

「あなたは……?」
「知らないのゆーた? あいつはガラ、会長の使い魔(サーヴァント)よ」
「これはお初にお目にかかる」

 先ほどの皮肉ったような態度からは一変、礼儀正しくお辞儀をするガラ。

「それで、僕たちに何の用かなぁ?」
「いやー、街を散歩してたら偶然戦っているキミたちを見かけてね、気になったから見に来たんだけど--」
「ウソね。本当のところはどうなの会長?」

 指で頬を掻きながら飄々と弁解する真琴だったが、美佳に疑惑の目を向けられてため息を付く。

「あはは、キミの目は騙せないみたいだね美佳クン。そう、ボクは初めから夜森クンに用があって来たんだ」
「やっぱりそうだったのね会長」
「だからさあ、その会長って言うのやめてくれないかな美佳クン? ボクたち古い仲じゃないか」

 白状されてジト目を向ける美佳に真琴が苦笑する。

「え、美佳って生徒会長と知り合いなの?」
「小中と塾が同じだっただけよ。別にあいつとは何もないんだから 」
「それはヒドいじゃないか美佳ク~ン。ボクたちあんなことやこんなこととかしたでしょ?」
「ただ宿題教えてもらったりジュースおごったりしたのをイヤらしく言わないでくれる!? ほら、ゆーたも変な妄想禁止!!」

 いじらしげな表情で意味深なことを漏らす真琴に美佳が顔を赤くして吠えた。

「それでさあ、せいとかいちょーはご主人に何か用なの?」

 置いてけぼりにされつつあったクロエの問いかけに真琴は申しわけなさそうに頭をさすって答える。

「ゴメンゴメン、話が脱線したね。正確にはクロエクンの方に用があってね、二人には放課後ボクの父が切り盛りしてる会社に来るよう頼もうとしてたところなんだ。いいよね?」
「僕は別にいいですけど……クロエは?」
「ご主人が行くならアタシも行く~」
「決まりだねっ。それじゃあ放課後会社の前で集合、行くよガラ」
「了解っ」

 そう言い残して真琴は軽く手を振りながらガラを連れてその場を去った。

 ランニングから戻った優太と美佳はそれぞれの部屋で制服に着替えて学校に向かった。

「はー、おまえあの会長に招待されたのか」
「招待と言ってもパーティーとかやるわけじゃなさそうだけどね。多分社長さんとかに挨拶するんだと思う」
「さっきから【かいしゃ】とか【しゃちょー】とか言ってるけど、どういうことなの?」

 ダッシュボードで並走する三吾と優太に、今までのことがチンプンカンプンなクロエが背中の上で訊ねる。

「聞いて驚くなよ、会長の親父さんはあのG(ジーン)T(テクノロジー)C(コーポレーション)の社長さんなんだ!」
「簡単に言うとその会社で一番偉い人なんだよ」
「ふーん、何かよく分からないけどすごそう!」

 自分なりに理解して目を輝かせるクロエ。

「ところで、天津は一緒じゃないのか優太?」
「誘ったんだけど何故か来なかったんだよねぇ。まあ彼女なら一人でも学校に行くでしょっ」
「それもそうだなっ」

 そして二人はダッシュボードのスピードを上げて学校へまっしぐらに向かったのだった。

 午前中の授業が終わって、美佳とエリシエルも加えた優太たちは学園の食堂で一緒に食事をしていた。

「クロエ、今日はミルクワームだよっ」
「わーい、アタシそれ大好きぃ!」

 優太からお椀一杯の白い芋虫を一匹ずつもらうクロエ。

「クロエは相変わらず虫も食べるのね……」
「人型になっても食性は変わらなかったみたいなんだ。食べる量と回数は大幅に増えたんだけどね。はい、あーん」

 愛おしそうな表情を浮かべながらウニョウニョ蠢くミルクワームを一匹摘まんでクロエの口に運ぶ優太に美佳は笑みを引きつらせる。

「天津って今日の放課後に優太が会長のとこ行くって知ってるか?」
「知ってるわよ。だってあたしもその場で聞かされたんだもの」

 三吾の問いかけに答える美佳の顔はどこかうかなげだ。

「ねえ美佳、さっきからちょっと不機嫌に見えるけど、どうしたの?」
「知らないっ」
「どーせ優太が会長と二人きりになるのを妬いてるんだろ?」
「ばばばバカっ!! そそそ、そんなわけないじゃない!?」
「図星みてーだな」

 三吾に茶化されて美佳は取り乱した後に顔を真っ赤にする。

「そんなわけだ、おまえも会長に何かされないか気をつけろよ? あの人もああ見えてれっきとした女なんだからさっ」
「気をつけるって何を?」
「知らないならそれでいい」

 頭にハテナマークを浮かべるウブな優太に三吾は額を押さえて深いため息を付く。

「ごしゅじーん、ミルクワームもっとちょーだい」
「ごめんねクロエ。ほら、ミルクワームならたくさんあるよ」
「ったく、能天気なんだからっ」

 美佳と三吾の心配なんてどこ吹く風と言った調子で優太はクロエにご飯をあげ続けたのだった。

 余談だがその場にいたエリシエルは会話に加わらず自分の食事に専念していた。

GTC社長


 そして放課後、優太は三吾たちと別れて真琴の待つGTC本社へと向かった。

「ねーご主人、GTCってなぁに?」
「そう言えばクロエには説明してなかったね。ジーンテクノロジーコーポレーション、この会社は遺伝子組み替え技術で生み出した家庭動物(ファミリアニマル)使い魔(サーヴァント)を提供する、日本でも一、二位を争うすごい会社なんだ。クロエのパパとママだってその会社で生まれたんだよ」
「アタシのパパとママ……」
「まあ、クロエはその時卵だったから顔は見てないんだっけね」

 クロエを背負いながら優太は彼女にGTCのことを説明する。

 そして学園からダッシュボードを走らせること二十分、優太たちは大きなビルにたどり着いた。

「うわぁ、すごぉい!」
「間近で見るとこんなに大きいんだね……!」

 見上げるほどの巨大なビルに、初めて目にしたクロエはもちろん、テレビなどで何度か目にしていた優太までも目を見開く。

「待ってたよ夜森クンたち。どうだい、ウチの会社は?」

 そこへ手拍子を打ちながらビルの入り口から歩み寄ってきたのは制服姿の真琴であった。

「いやー、大きさからして圧倒的ですよ!」
「そうかい、それは良かったよ!」

 優太の漏らした感想に真琴は今まで見せた飄々とした笑みとは違う、心からの笑顔を見せる。

「それじゃあ中へと案内するよ」

 そして真琴は優太たちをビルの中へと招待した。

 優太たちは真琴に説明を受けながら小綺麗なビルの廊下を歩いていた。

「人間と動物との軋轢を軽減させるために、代々受け継いできた遺伝子組み替え技術を元に父が設立したのがこの会社なんだ」
「確か、僕たち人間が利用するのは遺伝子組み替え技術で新たに生み出した生物だけにして、元から存在する生物への干渉を最小限にすると言うのがこの会社の方針でしたよね」

 優太の言葉に真琴が目を爛々と輝かせる。

「よく知ってるね夜森クン! その通り、それこそがボクの父の最終目標にして、この会社の理念なんだ!」
「--ところでさ、アタシのパパとママが生まれたのがここってホント?」

 遠慮がちに訊ねたクロエに真琴は気さくに応じた。

「そうだよクロエクン。キミの両親は絶滅危惧種にしてペットとしても人気だったオウカンミカドヤモリの遺伝子を元にして生み出された家庭動物(ファミリアニマル)、クラウンゲッコーの三代目個体なんだ。でもまさか、子孫のキミが使い魔(サーヴァント)になってるとはね!」
「クロエは生まれた頃から少し変わってましたから」

 真琴と優太の言うとおり、クロエは本来、家庭動物(ファミリアニマル)のクラウンゲッコーなのだがどう言うわけか使い魔(サーヴァント)としての力を持って生まれてきたのだ。
 真琴に案内されてしばらく歩くと、優太たちは厳かな扉の前に来た。

「この向こうが社長室、ですか……!」
「ここで一番えらいヒト……!」
「それじゃあ入ろっか」

 そして真琴は扉をノックする。

「パパ、お客様だよ」
「入りたまえ」

 自動ドアでもないのに扉が独りでに開いて、奥で待ち受ける厳かな人物が優太たちの目に入った。

「この人が社長……!」
「そう、彼こそがこの会社の社長、東條(とうじょう)正男(まさお)さ」

 手を向けて真琴に紹介されたその男は、四角く彫りの深い顔に屈強な体つきと威圧感満載な外見をしている。

 そんな彼を前に身が引き締まる優太とクロエ、しかしそれもすぐに解消されることとなった。

「まこっちゅあ~~~~ん!」

 娘である真琴を目にした途端、社長が四肢を広げたカエルのように飛びかかり、彼女を抱きしめ溺愛し出したのだから。

「ちょっとパパ!? お客さんの前なんだからちょっとは控えてよ!」
「そう寂しいこと言うでない我が最愛の娘よ!」
「「…………」」

 目の前で声質を変えてまで真琴を猫可愛がりする社長に優太たちは目を点にして唖然とするしかない。

「--この親バカ極まりない父がキミたちに用があるんだってさっ」
「何をそんな不機嫌になっているのだまこちゃん?」
「さあねっ!」

 明らかに迷惑そうにしている真琴だが、父親は容赦ない。

「--お取り込み中申し訳ないのですが、僕たちに何の用でしょうか……?」

 優太たちの存在にようやく気付いた社長は大袈裟に咳払いをしてたたずまいと声質を直す。

「これは済まない。うちの娘があまりにも愛らしくてつい夢中になってしまった」
「本当にその通りだよねっ」

 真琴は依然不機嫌だ。

「諸君に来てもらったのは他でもない、我が会社で生まれた家庭動物(ファミリアニマル)の子孫であり、突然姿を変えたクロエちゃんを調べさせてもらうためだ」
「は、はぁ……」
「と言うわけで飼い主の君から検査の同意を得たいわけだが、よろしいかね」
「こんな父だけど、クロエクンを悪いようにしないことはボクからも保証するからさ、ね?」

 社長と真琴のお願いに優太はため息混じりではあるが快く応じることにした。

「分かりました。クロエをよろしくお願いします」
「ちょっと、ご主人!?」
「うむ。検査が終わるまで少しばかり時間がかかるから、良ければ社内のレストランでゆっくりするといい。真琴、彼を案内してやりなさい」
「もちろんだよパパ。それじゃあおいでよ夜森クン」
「ちょ、ちょっと!?」

 真琴に手を引かれて優太は部屋を後にした。

「ご主人……」
「心配はいらんよクロエちゃん。さ、オジサンについておいで」
「う、うん……」

 続けてクロエも社長の後に続いて部屋を退出する。

急接近


 優太が半ば強引に連れてこられたのは、社内にあるとは思えない洒落た雰囲気のレストランだ。

「これがレストランですか?」
「うんそうだよ。それじゃあ入ろっか」
「う、うん……」

 真琴に手を引かれて優太はレストランの中に入り、二人で座席に座る。

「取りあえず何が食べたいかな? 遠慮はいらないよ」
「え、いいんですか?」
「うん、ボクにはこれがあるからね」

 真琴が自信満々にポケットから取り出したのは真っ黒なカードだった。

「ぶ、ブラックカード……!」

 初めて現物を目にして言葉を失う優太に、真琴は「チッチッチッ」と人差し指を振って付け加える。

「ただのブラックカードじゃないよ。スペシャル・ブラックカード、これさえあれば市内で売られてるモノ全てがタダ同然で手に入るんだ!」
「何かすごそうですね……」

 胸を張って誇らしげに鼻息を吹き出す真琴に優太は次元の違いを感じた。

「それじゃあ僕はハンバーガーセットにしようかな」
「遠慮することないのに。じゃあボクはこれにしよっかな」

 そう言って真琴が指差したのは、フカヒレスープであった。

「ずいぶん大胆ですね……」
「まあね。どーせパパの口座から引き落とされるからボクは痛くも痒くもないし」

 躊躇いなく親の財産を使う真琴に優太は無用ながらも彼女の父親を案じる。

 そしてウェイターに注文を入れると、真琴は突然優太の顔をジーッと見つめ始めた。

「ど、どうしたんですか?」
「それはこっちのセリフだよ夜森クン。さっきからうかない顔して、そんなにクロエクンが心配かい?」
「まあ、社長を疑っている訳ではないんですけど、クロエは僕のそばから離れたことがあまりないですから……」

 それを聞いた真琴は無言で頭上を指差すと、空間にクロエが映し出されたモニターが現れる。

『あ、ご主人だぁ!』
「クロエ!」
「こんなこともあろうかと、社内ではどこでもモニターを繋げるようになってるんだよ」

 誇らしげな顔で説明する真琴を無視して優太は画面の向こうのクロエに問いかけた。

「クロエ、そっちは大丈夫? 何か嫌なこととかされてない?」
『平気だよ。さっき服を脱いでから変な箱に入れられたけど、その後は白い服のおねーさんが美味しいものをくれるんだぁ。おねーさん、次はまんごーちょうだいっ』
「どうやら元気にしてるみたいだね」
「うん、良かったですよ」

 画面の向こうで思いのほかクロエが元気そうにしてるのをみて、優太は肩の荷が下りる思いだ。

「お待たせしましたお客様」
「お、あっと言う間に料理が来たねっ」

 優太がクロエとやり取りしてるうちに料理がテーブルに並べられていた。

「それじゃあいただきます」

 そして優太は大きめのハンバーガーを頬張る。

「うん、美味しいよ」
「そうかい、それは良かったよ」

 そう言いながら真琴もフカヒレスープをすすっていた。

 ふと優太は真琴が自分に羨ましそうな眼差しを向けていることに気付く。

「良かったら半分食べます?」
「え、いいのかい!? それじゃあお言葉に甘えて」

 優太は半分に割ったハンバーガーを真琴に手渡した。

「うん、たまにはこういうジャンクなものもいいねっ」

 生徒会長でいるときとは違う、真琴の純粋で朗らかな笑顔を見て優太はこんなことを呟く。

「その笑顔、可愛いですね」
「えっ、本当かい!?」

 これを聞いて顔をぽっと赤く染める真琴だが、優太はさらに続けた。

「はい、生徒会長でいるときの掴み所のない飄々とした感じもいいですけど、今の無邪気な笑顔はすごくいいです」
「そ、そんな~!」

 穏やかな表情で優太に褒められてモジモジする真琴、しかしすぐに咳払いをして優太に詰め寄る。

「いいかい夜森クン、女の子に気安くそんなこと言っちゃダメだよ? --本気にしてしまうじゃないか……」
「す、すみません……」

 自分の後頭部を撫でて申し訳なさそうにする優太、しかし真琴はまんざらでもない表情で付け加えた。

「--でもキミにならそんなこと言われてもイヤじゃないかなっ」

 かと思えば突然「そうだ!」と柏手を叩いて真琴はこんなことを提案する。

「ねえ夜森クン、もしキミが良ければ、その……ボクと友達になってくれない、かな?」
「別にいいですけど--」
「本当かい!?」
「ふえっ!?」

 いきなり手を取られて顔を近づけてきた真琴に優太は思わず身を引く。

「ご、ごめん! ボクはこの通り、女の子らしさなんて欠片もないオトコ女だからさ、今まで男の子の友達ができなかったんだよね。だから嬉しくてつい--」
「生徒会長……。大丈夫ですよ、生徒会長は今のままでも十分に素敵です」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 その直後に見せた、一点の曇りもない真琴の笑顔に優太は少しドキッとした。

「これから友達としてよろしくお願いしますね、生徒会長」
「うん、こちらこそ。うーんと、生徒会長ってのも堅苦しいからさ、今度からボクを真琴って呼んでおくれよ。それと一つ違うだけなんだから敬語も禁止っ」
「えっ。いや、そんなこといきなり言われても困りますよ生徒会ちょ--」
「ま・こ・とっ」

 戸惑う優太に真琴は口を尖らせる。

「分かったよ、……真琴」
「それでよーしっ。じゃあボクもキミのこと優太クンって呼ばせてもらうねっ」

 そう言いながらはにかむ真琴は虚空が点滅してることに気付き、モニターを展開する。
『お嬢様、これで検査は終わりだよ』

「うん、分かった。優太クン、検査が終わったみたいだから戻ろっか」
「そうで--だね、生徒会ち--真琴」

 社員のお告げで優太と真琴はレストランを後にした。

研究結果と贈り物

 たくさんの研究員に精密そうな機材が所狭しと陳列する空間、優太たち二人がそんな会社の研究室に入るなり、クロエが優太の胸元に飛び付く。

「ごしゅじーーん!!」
「あははっ。クロエ、いい子にしてた?」
「うん、バッチリだよ!」

 優太から少し離れて誇らしげにVサインを出すクロエ。

 そこへ白衣姿の中年の男が優太の前に歩み寄る。

「これはこれは夜森君、君のおかげでクロエちゃんのデータが満足に取れたよ」
「真琴、この人は?」
「この人は平賀(ひらが)さん、この会社の研究班代表なんだ。ところで平賀さん、どんなデータが取れたのかな?」

 真琴の問いかけに平賀は無邪気な子供のように目を輝かせて答えた。

「いろいろ分かったことがあるんだけどね、まずはクロエちゃんのDNAは以前までのヤモリだった頃のものと人型使い魔(サーヴァント)としてのもの両方が混在してたんだ。これは今までに前例がないんだ。そして一番の発見は彼女のDNAに存在する強化因子なんだ!」
「えーと、それってどういうことなんですか?」

 難解な単語に首を傾げる優太に平賀は鼻歌を歌いながら噛み砕いて説明する。

「平たく言えば、クロエちゃんはヤモリと人型使い魔(サーヴァント)の遺伝子両方を持っていて、それからその力はまだまだ強くなるってことっ。それを目覚めさせるか眠らせるかは君次第だけどね」
「--だってさっ。アタシもっと強くなれるんだね!」

 平賀に続いてクロエがスキップを刻みながら付け加えた。

「他にも、クロエちゃんの身体能力とかいろいろ分かったんだけど、君たちにはあまり関係ないかな」
「クロエの面倒を見て下さってありがとうございます」
「いやいや、自分の方こそ貴重なデータを取らせてもらってありがたかったよ。次は制作班に寄るといいよ」

 平賀が気さくに感謝を告げると、真琴が優太の手を取る。

「それじゃあ行こっか優太クンっ。ほら、クロエクンもっ」
「ちょっと、真琴!?」
「待ってよごしゅじーん!」

 真琴に手を引かれ、続いて向かったのは研究室とは違う制作用の機材と人員であふれる制作班だ。
「よく来ましたね夜森君にクロエさん」

 そこではやはり白衣姿でシャープなデザインの眼鏡を掛けた女の人が待っていた。

「この人は?」
「彼女は制作班代表の糸織(いとおり)さんだよ。確かクロエクンに合うバトル用の服を作ってくれたんだよね?」
「ええ。クロエさんは炎の使い手ですから、熱に強い素材で作りましたよ。こちらです」

 糸織が差し出したのはいかにもドラマで出てきそうなジュラルミンケースだ。

「開けてごらん、クロエクン」
「どれどれ~? うわーっ、これ可愛い!」

 ジュラルミンケースの中に入っていたのは袖無しの黄色いセーターと灰色のYシャツ、それから橙色のプリーツスカートだった。

「これって……」
「そう、これからクロエさんが夜森君と共に学校に通うことを考慮して橘学園の制服をベースにデザインしました。もちろん、事前にお聞きした彼女の嗜好にも合わせておりますよ」
「それじゃあクロエ、これを着てみるかい?」
「うんっ!」

 優太の問いかけに元気よく応じると、クロエは服を持って試着室に入る。

「それからこちらは耐熱スプレー、これを私服や下着に吹きかけていただければ、ある程度の熱に耐えることができるようになります」
「本当にありがとうございます糸織さん」
「これでクロエクンは戦う度に全裸にならなくて済むね」

 悪戯に微笑む真琴に優太が苦笑しているうちにクロエが試着室から勢いよく出てきた。

「ジャーーン! どう、アタシ可愛い?」
「おお、似合ってるじゃないかクロエクン!」
「ちょっとギャルっぽいけど、可愛いよクロエ」

 耐熱制服を着たクロエは、濃い肌の色も相まって一昔前のギャルっぽい感じになっているが、それも彼女の快活さを引き立てている。

「えへへっ、最初は服なんてうっとーしいと思ってたけど、今はご主人に可愛いって言ってもらえて嬉しいんだぁ!」

 満面の笑みを浮かべて優太の周りをクルクル回るクロエ。

「尻尾を出す隙間も空けておいたので以前よりも自由に動かせるはずですよ?」
「ホントだ、尻尾がスカートから出てるぅ!」

 糸織さんに説明されて尻尾をくねらせながらクロエは目を丸くする。

「気に入ったみたいだね」
「うん。今のクロエ、すごく輝いてると思う」

 そんなクロエの様子を見て真琴と優太も微笑ましくなって微笑む。

「それじゃあ用も済んだことだしパパに挨拶して帰ろうか」
「そうだね、真琴」

ドキドキのち修羅場

 そして優太と真琴はクロエも連れて最初の社長室に戻り、先ほどの段取りで部屋に入ると、社長が奥でにこやかに待っていた。

「おやおや夜森君、随分と私の娘と仲良くなったなぁ」
「はい、正直僕も予想外でしたけど」
「それはヒドいじゃないか優太クぅン。ボクたち親友でしょ?」

 二人の関係をいつの間にか親友に格上げして真琴は優太の腕を抱え、その胸を密着させる。

「ちょっと、真琴!?」

 二の腕に思わぬ柔らかい感触が伝わり狼狽える優太、恐る恐る彼女の父親に目を向けると邪険にするどこかむしろ嬉しそうだ。

「おお、やっとまこちゃんにボーイフレンドができたか! なかなか男の子と仲良くならないから心配してたのだが、これなら大丈夫そうだな」

 猫なで声に変えた社長は続けて優太に歩み寄ってこんなことを頼み込んできた。

「夜森君、親友とは言わずにどうかウチの娘を嫁に迎えてくれないか」
「社長!? さすがにそれは気が早いですって! そうだよね、真琴――」
「お嫁さん、ボクが優太クンの……」

 助け船をアテにした優太だったが、真琴もまんざらでなさそうに顔を赤らめてクネクネしている。

 それにしてもチョロい、知り合ってからまだ二日くらいしか経ってないのにこの有様だ。

「とにかくっ、僕にはまだそう言うのは早いので、それじゃあ行くよクロエ!」
「優太クン!?」

 真琴の腕を振り払って、優太はクロエを連れて会社を後にした。

 夕暮れで人のまばらな道をしばらくがむしゃらに走る優太だったが、さすがに息切れして会社からほど近い広場のベンチに腰掛ける。

「どうしたの、ご主人?」
「いやー、なんか知らないけど危ないところだった……!」

 空を見上げてみれば、すっかり夕焼けになっていた。

 カラスが一斉にねぐらへ帰る空を優太は眺めてたそがれる。

「いきなり突っ走っちゃったけど、真琴に悪かったかな……?」
「ご主人……」
「おーーい、優太クーーン!!」

 声のする方を向いてみれば、夕日に照らされて真琴が息を切らして駆けつけていた。

「どうしたの真琴、こんなとこまで来て!?」
「あのね優太クン、さっきも言ったけどボクには今まで彼氏はもちろん男の子の友達ができなくて、パパもそれを心配してたんだ」
「真琴……」

 モジモジしながら話す真琴に優太はどこか同情に似た気持ちを抱く。

「だからさっきは嬉しいあまりあんなことを口走っちゃったんだと思う。だから気にしないでおくれよ」
「うん、そうだね」
「それでね、優太クン――」
「何?」

 モジモジどころか身体をくねらせ顔をほんのり赤く染める真琴に優太は不思議そうに食いつく。

「もしもだよ、ボクみたいなオトコ女がお嫁さんになるとしたら――キミはイヤかい?」

 そう告げる真琴の顔はさらに赤みを増して、その手で橙色をしたスカートの裾をギュッと掴み、迷いと羞恥心を露わにしている。

 そんな彼女に優太は優しく微笑んで答えた。

「ううん、僕ももしキミみたいに素敵なお嫁さんがいたらそれはとても幸せなことだと思う」
「優太--クン?」

 その言葉を聞いて真琴は目を潤ませる。

「あ、いや! 僕もまだ結婚なんて真剣に考えてる訳じゃないよ!? ただ真琴、僕は君のことが好きだよ」
「優太クン!」

 その瞬間、真琴は正面から優太に抱き付いた。

「ま、真琴!?」
「嬉しい! ボクのことそんな風に言ってくれたの、今までにキミが初めてだよ!!」
「いや、今のは告白なんかじゃないよ!? 人として好きって意味で言っただけで--」
「ご主人、後ろ……」
「へ……?」

 ジト目になったクロエの指摘で後ろを振り向くと--、

「ゆぅぅぅうたぁぁぁぁあ!!!」

 双眸をギラギラと光らせどす黒いオーラを身にまとう美佳がその背後に立っていた。

「美佳、なんでここに!?」
「女の感よ! 心配になって来てみたらこの有様、何なのよ一体!! いつの間にそんな間柄になってるわけぇ!?」
「何だよ美佳クン、せっかくいいところだったのにぃ」

 突然すぎる美佳の登場に真琴は口を尖らせる。

「誰にでも優しいのは結構だが、色気に屈するのは賢明ではないぞ少年」
「色気に屈した覚えなんかないんだけどなぁエリシエル!?」

 一緒に来てたエリシエルにも一喝されてさらに狼狽える優太。

「それと真琴(・・)、さっきまでに何があったかは知らないけどアタシのゆーたをたぶらかさないでよねっ!」
「おやぁ、いつ優太クンがキミのモノになったって言うんだい? そんな話聞いたことないけどなぁ」

 獲物を狙う虎のごとく睨み付ける美佳に真琴も負けじと蛇のように冷徹な眼差しを向ける。
「ちょっと二人とも!? 喧嘩はやめようよ!」
「「(ゆーた)(優太クン)! 結局(あんた)(キミ)はどっちが好きな(の)(んだい)!?」」
「えっ!? そ、それは--」

 喧嘩を止めようとして逆に二人の少女に詰め寄られ、困惑する優太。

「「さあ、どっち!?」」
「えーっと……クロエ、帰ろうか!」
「う、うん!」
「「あーっ、逃げたぁ!!」」

 美佳と真琴からのプレッシャーに耐えかねた優太はクロエを背負い、逃げるようにダッシュボードでその場を去ったのだった。

それぞれの夜

「――で、うやむやにしたまま逃げたと」
「う、うん……」

 寮の部屋に帰った優太はルームメイトの三吾から追及を受けていた。

 ちなみにクロエは検査で疲れたのか耐熱制服姿のままベッドに寝転がっている。

「天津はどうだか知らねーけど、会長の方からは気持ちを伝えられたんだろ? それじゃあおまえだってキチンと返事はした方がいいと思うぜ」
「それもそうだよね……。よしっと」

 そして優太は思い立ったようにモニターを目の前の空間に出現させ、友達になったとき受け取ったメールアドレスを使って真琴に返事のメールを送った。

『こんにちは真琴。今日は楽しかったね。僕も真琴と仲良くなれて嬉しかったよ。あの告白のことなんだけどごめん、僕には恋愛とかまだ早いと思うんだ。だからこれからも友達として仲良くしたいな。by夜森優太』
「送信っと」

 送信ボタンにタッチすると、すぐに着信音が部屋に鳴り響く。

「返事早っ!」
「怒ってないといいんだけどな……」

 優太が恐る恐るメールボックスを開けてみると、
『こんにちは優太クン。アハハ、見事にフられてしまったねボク。ボクの方こそゴメン、舞い上がった勢いでキミを困らせてしまって。だけど嬉しいな、キミがそこまで恋愛のこと真剣に考えてるなんて。これからも友達としてよろしくね。PS.気が変わったらいつでも言っておくれよ? ボクはいつでも待ってるから。by東條真琴』
「良かったぁ、怒ってないみたいで」

 メールの内容を確認して安堵の息を付く優太。

「でも会長はホントに優しいぜ? そんなしょうもない理由で納得してくれるんだからさぁ。天津じゃこうは行かないと思うから会長には感謝しろよ?」
「もちろんだよ。真琴とはこれからも友達として仲良くしていくからさ」
「ごしゅじーん、お腹空いたぁ」

 しんみりとした空気になっていると、思い出したかのように目を覚ましたクロエがご飯をねだる。

「そうだね。お昼はミルクワームだったから、今夜はバナナがいいかな?」
「えー、アタシまんごー食べたぁい」
「「ま、マンゴー!?」」

 突然クロエの口から出た高級フルーツの名に優太と三吾は素っ頓狂な声をあげた。

「ごめんねクロエ、マンゴーはここにはないんだ」
「そっかあ。じゃあちぇりもやは? どりあんならあるよね?」
「おまえ会社(あっち)でどんな味覚えて帰ってきたんだよっ」
「あたっ」

 呆れながら三吾はクロエに軽くゲンコツをかます。

「あはは、そう言う珍しい果物はないんだよね……。バナナで我慢してくれないかな?」
「はぁい……」

 苦笑する優太の頼みにジト目で渋々応じるクロエであった。

 その日の夜、女子寮の部屋では美佳がベッドでのたうち回っている。

「あーもう! 何なのよ何なのよ何なのよおおおおおおおおおお!!」
「少しは落ち着いたらどうだマスター?」
「そうだよ美佳ちゃん、気持ちは分かるけど夜森君は答えを出してないんでしょ?」
「だから気が気でないんじゃない、分かってないわねえ!」

 使い魔(サーヴァント)のエリシエルとルームメイトの夢世(ゆめよ)香苗(かなえ)になだめられつつも美佳は焦りを隠せない。

 その傍らではイタチのような姿をした、香苗の使い魔(サーヴァント)であるプレデターウィーズルのテトが丸くなりながらあくびをする。

「まあお前が焦るのも分かる、自分が躊躇ってるうちにあのオトコ女に抜け駆けされかけたのだからな」
「そう言うことよ、分かってるじゃない」

 冷静に状況をおさらいするエリシエルに美佳は枕に顔を埋めながら返事した。

「だがそう言うことならオトコ女に盗られる前にこちらが少年を勝ち取ってしまえば良いのでは?」
「それができたら苦労しないわよ~~~~!」

 枕を顔に押し当てながらベソをかく美佳、そこへルームメイトの香苗が遠慮がちにこんなことを提案する。

「ねえ美佳ちゃん……、わたし今日こんなのを手に入れたんだけど――」
「ん、どれどれ?」

 香苗に手渡されたのはここらでも超人気の遊園地【バケネズミーランド】の前売りチケット二人分であった。

「ちょっとこれどうやって手に入れたのよ!? バケネズミーランドの前売りチケットなんて予約が一カ月先まで埋まってる代物じゃない!!」

 思わぬレアアイテムに飛び起きる美佳。

 バケネズミーランド、この日本でも一番の規模と人気を誇り、デートスポットとしても人気が高い一大テーマパークである。

「あのね美佳ちゃん、この日急用ができて行けなくなったの。ちょうど二枚あるから夜森君も誘って美佳ちゃんが行きなよ」
「え、でもあたしなんかがゆーたと遊園地デートだなんて――!」

 香苗の提案に手をバタバタ振って戸惑う美佳だが、ここでエリシエルがもう一押し。

「いいのかマスター、これは少年と結ばれる絶好のチャンスなのだぞ? ここでお前の本気を見せてみろっ」
「エリシエル……! 分かったわ、こうなったらあいつにあたしの本気を見せてやるんだから! そうと決まったらゆーたにメール送んないと」

 ガッツポーズでやる気満々になった美佳は早速手元にモニターを出現させてメールを作り始めた。

『ねえゆーた、明日は土曜日だけど暇? 友達がバケネズミーランドのチケットを二人分譲ってくれたんだけど、良かったら二人で行かない? by天津美佳』

 作り終えたところで美佳は送信ボタンがなかなか押せない。

「どうした、指が震えてるぞ?」
「これゆーたに送るんだよね、やっぱり恥ずかしいよ……!」
「ファイトだよ、美佳ちゃんっ」
「ううっ……!」

 しかしその後も指を振るわせるばかりで一向に送信ボタンを押せずにいた。

「あーーーーじれったい! さっさと送れば良い話ではないかっ!!」
「ちょっと、何するのエリシエル!?」

 遂には業を煮やしたエリシエルが代わりに送信ボタンを押してしまう。

「ああああああああああああ!! 送っちゃったあああああああ!!」

 思わぬ形でメールを送信してしまい顔を真っ赤にしながら激しく動揺する美佳。

 そんな傍らで勝ち誇った表情で腕を組むエリシエルに香苗が「グッジョブ!」と言った感じで親指をビッと立てている。

「どうしてくれるのよエリシエル! これで断られたらどの面下げてゆーたに会えば――!」

 美佳がエリシエルの胸ぐらを掴みあげた途端、着信音が部屋に鳴り響く。

「美佳ちゃん、開けてみて」
「え、でも……!」

 心のビートを極限まで高鳴らし、恐る恐るメールボックスに指を近付ける美佳。

「えーい見ておれん! こんなもの早く開けてしまえば良いではないか!!」
「ああっ! またあんたは余計なことを!!」

 またしても業を煮やしたエリシエルにメールボックスを開かれ、優太からの返事が日の目を見る。

『うん、いいよ。ちょうど明日は僕も暇だったんだ、一緒に楽しもうね。 by夜森優太』

「――――来ったああああああああああああああああ!!」

 返事を見て美佳はハットトリックを決めたサッカー選手のごとく両腕を高々と挙げ、それからベッドにダイブしてばた足を始めた。

「やったね美佳ちゃん! 夜森君はちゃんと美佳ちゃんに振り向いてくれたんだよ!」
「これでまた一歩前進できたなっ」
「ええ! ありがとう二人とも、恩に着るわ!」
「苦しいよ美佳ちゃ~ん!」
「グフッ、首が――!」

 感激極まってものすごい力で香苗とエリシエルを抱き締める美佳。

 抱き締められてる二人はノックアウト寸前ではあるが。

「そうと決まれば明日の準備をしなきゃね! これがラストチャンスかも知れないんだから!」

 そう言うが早いか、美佳はクローゼットを開いて一世一代の大勝負に着ていく服を選別し始めるのだった。

遊園地デートの幕開け

 翌朝、心地の良い朝日が照らす中で美佳はオープン直後で人のあふれるバケネズミーランドのゲートのそばで腕時計とにらめっこしながら待っている。

 普段は一つに結んでいる赤髪を大人っぽく下ろし、もみあげも普段よりも一層きっちりと縦に巻いた。

 深紅のコートと深緑の膝丈スカートから覗く、黒タイツに包まれたか細い脚は美佳を普段よりもエレガントにしている。

 彼女は勝負の日に向けてまさに最高のお洒落を整えたのである。

「よしっ、これでばっちり!」
「本当について来なくても良いのか?」
「いいのよエリシエル、今日はゆーたと二人きりのデートなんだから!」

 どうしても二人きりのシチュエーションを演出したいのか、使い魔(サーヴァント)のエリシエルは上空でスタンバイ。

「おーーい、美佳ぁ~!」
「来たぞマスター」
「ホント!?」

 待ちに待った優太の登場に色めき立つ美佳、しかしその顔はすぐに曇った。
「――ねえゆーた、なんでクロエもいるのよ……?」
「え、駄目なの?」

 耐熱制服姿のクロエが優太と一緒に来ていたのだから。

 しかもこんな時に限って背中ではなく優太のそばで手を繋いでいる。

「だってチケットは二人分しかないのよ!? 常識的に考えれば――!」
「クロエは使い魔(サーヴァント)だからタダだよ。ね、クロエ」
「うんっ!」

 舌をペロッと出して満面の笑みを浮かべるクロエとそれにメロメロな優太によって、念密に練り込まれた美佳のシナリオが音を立てて崩れていく。

「ああ、今日のためにここまで気合いを入れたあたしって一体……」
「大丈夫!?」

 目頭を熱くする美佳に優太は狼狽えるが、あることにすぐ気付いた。

「そうだ、今日の美佳すごいお洒落だね! 見違えたよ!」
「えっ、本当に!? いやっ、別にあんたなんかのために頑張ったわけじゃないんだからね!」

 優太に褒められて照れ隠しにそっぽを向いていつものツンデレを披露する美佳。

 彼女が次に目を向けたのはクロエだ。

「クロエ、せっかく可愛い服着てるんだから髪型もあたしが可愛くしてあげるわよ」
「ホント!? やったぁー!」

 可愛い即ちご主人の優太を笑顔にできると結び付いてるのかクロエも大はしゃぎ。

「それじゃあちょっとこっち向いてくれるかしら?」

 そう言って美佳はコートのポケットから取り出した黒いリボンでクロエの長い金髪を結んだ。

「できたわっ」
「どう、ご主人?」
「おおっ、可愛いじゃないかクロエ!」
「ホントに!? 嬉しい!!」

 優太に褒められてクロエはピョンピョン跳ね回って全身で喜びを表す。

 黒いリボンで結ばれたクロエの金髪は、後ろ髪を残しつつ前髪とサイドの髪を二つに結んだツーサイドアップとなって彼女の快活さを見事に表現するまでになっていた。

「ありがとう美佳。これでクロエも大喜びだよ!」
「これくらいどうってことないわ」
「ところでミカ、エリシエルは一緒じゃないの?」
「上にいるわよ」

 クロエの問いかけに美佳が頭上の空を指差すと、上空で待機するエリシエルの姿が見える。

「あ、ホントだ」
「それじゃあ今日は三人(・・)で楽しみましょっか!」
「それじゃあクロエも一緒でいいんだね!」
「もちろんよ! だってクロエはあんたの大切な家族なんでしょ?」
「もちろんだよ、良かったねクロエ」
「うんっ!」

 美佳にも認められてにこやかに微笑む優太とクロエの二人。

 そして美佳も入れた三人は意気揚々とバケネズミーランドのゲートをくぐったのだった。

 一方かの秘密基地では寺門がこの様子をモニターで食い入るように見ている。

「ほう、あの使い魔(サーヴァント)はバケネズミーランドに行ったんだね」
「大丈夫ですかプロフェッサー寺門。この三日三晩ずっとそいつの様子を見てお疲れではありませんか?」

 寺門を案ずるカーミラだが、それに耳を傾けることなく寺門はモニターとにらめっこした後、基地内に呼びかけた。

「おーい、触手(テンタクル)はいるかぁい?」
「お呼びっすかプロフェッサー?」

 呼びかけに応じて闇から姿を現したのはサングラスをかけた何とも柄の悪い金髪の青年だ。

触手(テンタクル)。君を呼んだのは他でもない、その力でこの使い魔(サーヴァント)を捕獲してもらいたいのだ」

 そう告げて寺門はモニターに大きく映るクロエを指し示す。

使い魔(サーヴァント)って、ただの小娘じゃないっすか。そんなのとっ捕まえてどうする気なんすかプロフェッサー?」

 疑問と不快感を表情に表した触手(テンタクル)に寺門は詰め寄って圧力をかける。

「君は私の言うとおりに動いてくれればそれでいいのだよっ」
「はいはい、プロフェッサーがオレなんかに話してくれるわけないっすからね。分かった、今からそのバケネズミーランドとかいうところに行ってやるっすよ」

 そう吐き捨てるように言ってから触手(テンタクル)は再び闇に消えた。

「ふふふっ、期待してるよテンタクル」

 不気味にほくそ笑むプロフェッサー寺門。

 この男の野望に巻き込まれることになることに、クロエたちはまだ知る由もなかった……。

バケネズミーランド

「あーーっ! あれがオバッキーマウスだね!」
「あら、知ってるのクロエ?」
「クロエもヤモリだった頃からテレビでオバッキーマウスを見てるからね」

 めまいがするような人混みの中で初めてオバッキーマウスの実物を見たクロエは腕をブンブン振って早速大はしゃぎだ。

 ちなみにオバッキーマウスとはネズミとお化けを足して二で割ったようなこの遊園地の看板キャラクターで、その姿がキモカワイイと中高生を中心に幅広い世代で人気を博している。

「おお、今度はあっちにロナルドチキンとブービーキャットがいるぅ!」
「そんなにハシャいだら迷子になるよクロエ!?」

 次々と遊園地の看板キャラを見つけては人混みを縫うように駆け回るクロエに優太と美佳はてんてこ舞いだ。

 余談だが、ロナルドチキンは赤い帽子とチョッキを身につけた傷だらけの鶏で、ブービーキャットは足にいつもトラバサミを付けた少し痛々しい猫のキャラクターである。

(全く、せっかく三人で楽しもうと決めたばかりなのにあたしってばクロエに振り回されてるじゃない!)

 駆け巡るクロエに美佳は息を切らしながらそんなことを思う。

 そんなクロエがようやく立ち止まったのはソフトクリームの売店であった。

「ごしゅじーん、アタシあれ食べたぁい」
「いいよ、クロエ。ちょっと待っててね」
「じゃああたしの分もお願いね、ゆーた」
「うん、もちろん」

 クロエと美佳のおねだりに優太は笑顔で応じ、小銭を手にして売店に買いに行く。

 その間、クロエは美佳と一緒にテラスでご主人を待つことにした。

「どうしたのミカ、もう疲れたのぉ?」
「誰のせいだと思ってるのよ……」

 能天気なクロエに美佳は額に手を当ててため息を付く。

 突然美佳が思い立ったかのようにクロエに訊ねた。

「ねえクロエ、今の姿での生活はどう?」
「そりゃもちろん、ご主人と今まで以上に仲良くなれてすっごく楽しいよっ」
「そっか」
「それにね、今まではご主人の力になれなくてずっと悲しかった。期待に応えられないでご主人の悲しげな顔を眺めることしかできない、弱くてちっぽけな自分が大嫌いだった」

 ニコニコしてたかと思えば、続いて拳を握りしめ歯をギリリと食いしばりながら胸の内を明かすクロエを前に言葉が出ない美佳。

 だけどクロエは表情を再び明るいものに変えて告げた。

「でもね、今はご主人の力に立てて本当に嬉しいんだっ! 大きく強くなった自分、この手で勝利を掴めるようになった自分が今は大好き。そしてそんな自分に喜んでくれるご主人はもっと好きっ!」
「クロエ、あんた……!」

 クロエの朗らかな告白に美佳は目頭を熱くする。

「おーい二人とも~、ソフトクリーム持ってきたよー」

 十分ほどしてようやくソフトクリームを両手に優太が戻ってきた。

「もー、遅いわよゆーたぁ!」
「ごめんね二人とも。屋台が思ったよりも混んでたんだよ……」

 むくれる女子二人に優太は後頭部をさすって弁解する。

「それよりこれっ。すごく美味しそうだよっ」
「うわーっ、これがソフトクリームかぁ!」

 初めて手にしたソフトクリームに目をキラキラ輝かせるクロエ。

 もちろん美佳にもソフトクリームを渡してある。

「いっただっきまーす!」

 クロエが純白のソフトクリームを一舐め。

「うひっ、冷たーーいっ!!」

 思わぬ冷たさに舌と尻尾をピリピリさせるクロエ。

「大丈夫、クロエ!?」
「クロエ、ソフトクリームってのは冷たいから美味しいんじゃない。うんっ、なかなか美味しいわっ」
「――そうなの?」

 美味しそうにペロッとソフトクリームを舐める美佳の真似をしてクロエが再びソフトクリームを舐める。

「冷たいけど甘くて美味しい!」
「それなら良かったよ」

 夢中になってソフトクリームにがっつくクロエを優太は微笑ましく見つめる。

「うーっ、美味しかったけどなんか寒いよーっ」
「大丈夫かいクロエ!? ほら、カイロ持ってきてるから使って!」

 そうかと思えばソフトクリームで身体を冷やしてブルブル震えるクロエに優太が慌ててカイロを手渡した。

「寒さが苦手なのは爬虫類のままなのね……」

テンション最高潮

 続いて三人はバケネズミーランドのアトラクションに向かうことにした。

「ごしゅじーん、アタシあれ乗りたぁい!」

 クロエが指差したのはこの遊園地で特に人気の高いアトラクション、【ギガントサンダーマウンテン】と言う名の絶叫マシーンである。

「えっ、あれかい……!?」
「どうしたのゆーた、もしかして大の男が絶叫マシーンを怖い訳じゃないわよねぇ?」

 ギガントサンダーマウンテンを目にして顔を青くする優太を美佳が煽った。

「ま、まさかぁ! ぼぼぼ、僕だって男なんだ、これくらいはヘッチャラさ!」
「それじゃあ行こーっ!」
「ちょっとクロエ!?」

 やせ我慢で強がる優太を連行するかのようにクロエは腕を組んでギガントサンダーマウンテンの行列に入る。

 しかし人気の高いアトラクションなだけあって、なかなか行列は縮まらず順番が回ってこない。

「--なかなかアタシたちの番にならないね……」
「そりゃあ二時間待ちだからね」
「えーっ、そんなに待つんだったのぉ!?」
「最後尾の看板にそう書いてあったじゃない……」

 待ち時間を聞いて驚きを隠せないクロエに美佳は額に手を添えてボヤく。

「クロエ、待てないんだったら空いてる他のアトラクションにしない?」
「うーん……それもそうだね」

(さり気なく苦手な絶叫マシーンから逃れたわねこいつっ)

 優太の提案で三人は長蛇の行列から外れて今度はそこそこ行列が短い、シューティングアトラクションである【シューティングギャラクシー】を楽しむことにした。

「これならすぐだね」
「やっほー! どんなアトラクションなのかなぁ?」

 改めて胸を躍らせるクロエたち三人の番は五分ほどで回ってきた。

『それでは宇宙船にお乗り下さい~』

 宙に浮かぶモニターからのアナウンスで何とも宇宙っぽい光線銃の取り付けられた宇宙船型トロッコに乗り込む優太たち。

「これからどうなるの?」
「このチープな銃で的を狙うのよっ。これでも射的には自信があるんだからね?」
「アタシだって負けないもん!」

 作り物の光線銃を掲げて得意げにする美佳にクロエが対抗意識を燃やす。

「それじゃあどっちがたくさん的を撃てるか勝負よ! もちろんゆーたもなんだからね!」
「えっ、僕もぉ!?」

 そして宇宙船型トロッコが動き出してアトラクション内に入ると、UFOやら怪しげな宇宙人やらのホログラムが暗闇の中から点滅して現れた。

「まずは一つ!」
「アタシもっ!」
「えっ、これ全然当たらないよ!?」

 作り物の光線銃で的に当てていく三人。

 そして宇宙船型トロッコから降りる頃には彼女たちのテンションは最高潮となっていた。

「いやーっ、楽しかったねミカ!」
「ええ、あんなに燃えたのは久しぶりかしら! と言うことで一つも当てられなかったゆーたはあたしのお昼おごってね」
「ええっ、そんなぁ!」

 シューティングギャラクシーで一度も的に当てられなかった優太は肩を落として近くにあった売店へと向かう。

「ねえクロエ」
「なぁに、ミカ?」
「最初はあんたのこと邪険にしてごめんね。あたし本当はゆーたと二人きりで楽しむつもりだったんだけど、もしかしたらそれだと今ほど楽しめなかったかも知れないわ」
「それって……?」

 突然の意味深な言葉に首を傾げるクロエ。

「ううん、何でもないわ。それより午後からも楽しむことを考えなきゃね」
「うん!」
「おーい、これでいいんだよね?」

 二人が話してるところへ優太がホットドッグ二つとプリンを持って戻ってきた。

「んもーっ、遅いわよゆーた」
「ごめんごめん。クロエにはこれだよ」
「ご主人、なにこれ?」

 クロエは見慣れないプリンを一目して優太に訊ねる。

「それはプリンと言ってね、とても甘くて美味しい食べ物だよ」
「クロエって甘いものが好きだから気に入ると思うわ」
「ふーん」

 プリンすれすれで舌をチロチロさせてからクロエはペロッと一舐めした。

「うぅん!? 何これ、すっごく美味しい!!」
「良かった。それとクロエ、プリンはこうやって食べるんだよ」

 続いて優太は取り出したプラスチック製のスプーンでプリンをすくってみせる。

「ほら、使ってごらん」
「うん!」

 クロエも見よう見まねでスプーンを使おうとするがまだ手先を使い慣れていないのか、すくったプリンの欠片を落としてしまう。

「ああっ! アタシのスカートが~!」

 落とした欠片でお気に入りのスカートを汚してしまい涙目になるクロエ。

「全く仕方ないわねえ。ちょっと貸して」

 すると美佳はポーチからウエットティッシュを取り出して汚れを拭き取った。

「おおっ、すごーい! 汚れがなくなったぁ!」
「ありがとう美佳、そんなものも用意してたんだね」
「当然よ。何があるか分からないからねっ」

 そして三人仲良くお昼ご飯を食べ終えたところで次に向かうのは。

「次は午後一番のパレードよ! バケネズミーランドでも一番の目玉だから見ないと損するんだからね!」
「そうだね。それじゃあクロエも行こうか」
「うんっ」

 こうして三人はパレードが行われる広場へと向かうことにしたのだった。

パレード後の事件


「うわーっ、すごい人混みだね~!」
「さすが天下のバケネズミーランド、これは相当だわ」

 日が空のてっぺんに上った午後一番、優太たち三人がたどり着いた広場は早くも人であふれかえっている。

「クロエ、美佳」
「なぁに?」
「何よ?」
「はぐれたら大変だから手を繋ごうよ」
「はあ!?」

 その言葉を聞いた美佳が一瞬で顔を真っ赤に染めた。

「ん、どうしたの?」
「て、手を繋ぐってことは……あれよね?」

 しきりに手を動かして動転する美佳に優太は首をかしげる。

「手をつなぐんだね! こう?」

 一方クロエはすぐに優太と小さな手をつないだ。

「そう、よくできたねクロエっ」
「えへっ」
「――恥ずかしがってたのがバカみたいね」

 優太に褒められて舌をチロッと出しながら微笑むクロエを見て、美佳も呆れつつ手をつなぐ。

「あっ、ついに来たわ!」

 美佳が指差す先に見えたのはオバッキーマウスを始めとするバケネズミーランドのキャラクターたちが勢揃いした巨大な山車で、それがこちらに向かってきてるのだ。

 パレード開始を告げる山車の到着を合図に大勢の人々が一斉に山車へ向かって動き始めた。

「ギュムッ! 助けてごしゅじーん!」
「クロエ、その手を絶対離しちゃ駄目だよ! もちろん美佳も!」
「分かってるわよそんなこと!」

 はぐれないよう気を付けながら優太たち三人も山車の近くまで移動しようとするが、凄まじい人混みに翻弄されてなかなか進めない。

 そして人混みが落ち着く頃には既にパレードは終わってしまっていた。

「全く、何だったのよ一体……」
「――あれっ、いない……!」

 拳で汗をぬぐう美佳は優太が落ち着きなくキョロキョロ辺りを見渡してることに気付く。

「どうしたの一体?」
「どうしよう、クロエがはぐれちゃったんだ!」
「何ですって!?」

 突然のアクシデントに美佳も大声をあげた。

「ど、どうしよう~~!!」
「落ち着きなさいよゆーた! そうだ、モニターでクロエと連絡できないか試してみなさいよ!」
「そ、そうだね!」

 美佳のアドバイスで優太はすぐに空間を指差してモニターを展開させる。

『ごしゅじーん、どこぉ~~!?』
「クロエ!」

 画面の向こうではクロエが噴水の近くで泣きじゃくりながらウロウロしていた。

「クロエっ、聞こえる? 僕だよ!」
『あれ、ご主人! 今どこにいるのぉ!?』
「落ち着いて聴いてクロエ、今からあたしたちがそっちに向かうから絶対に動いちゃダメ――」

 美佳がモニター越しに指示を出す途中で突然モニターの画面が砂嵐になってしまう。

「クロエ!?」
「あーもう、こんな時に電波トラブル!?」

 不意の出来事にモニターを操作していた優太と美佳が慌てふためく。

 その時だった、優太はこちらに迫ってくる何かの気配を感じた。

「美佳、危ない!」
「えっ!?」

 優太が美佳を抱えて屈み込むと、彼の背中すれすれを掠るように円盤状の何かが飛んできた。

「大丈夫かい、美佳……うっ!」
「優太? ちょっとその背中!」

 優太の背中は刃物で切られたみたいに服が裂けてうっすらと血が滲んでいる。

「な、何よこれ……!」

 そして二人が少し上の空間を見上げれば、円盤の形をしたタコのような生き物がおびただしい数で宙を漂っていた。

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

 不思議な鳴き声をあげながらそれはフリスビーのように回転しながら辺りを縦横無尽に飛び回り、硬く鋭利な腕の先端で周囲のものに切りつけていく。

 そしてその招かれざるモノの登場が人々をパニックに陥れることとなった。

「もしかして急にモニターが映らなくなったのって――!」
「多分あいつらのせいね。――エリシエル!」

 謎の生き物(以下円盤タコ)によってへし折られた電波塔を一目してから美佳が空に向かってその名を呼ぶと、純白の羽根を舞い散らしてエリシエルが空から舞い降りる。

「エリシエル、あれが何なのかあんたには分かる!?」
使い魔(サーヴァント)の一種であることは確かだが……何だ、少し様子がおかしいぞ。こいつらを使役してる輩が見当たらん」

 エリシエルが怪訝に思うのも無理はない、使い魔(サーヴァント)なら近くに主人がいないと力を発揮できないものだが、そんな人物が辺りに見当たらないのだ。

「つまりあいつらは単独で暴れてるってこと……!?」
「そんなことはどうでもいいわ。エリシエル、あいつらをやっつけましょう!」
「私のマスターたる者、そう来なくてはなっ!」

 優太の心配をよそに、美佳はエリシエルに暴れまわる円盤タコを退治するよう命じた。

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

 身構えたエリシエルに反応して一斉に集まり出す円盤タコ。

「早速集まってきたわね、上等じゃない。エリシエル!」
「もちろんだ! 降臨せよ、聖天光臨剣(ヘヴンアドヴェンター)!」

 片手を天に掲げて叫んだエリシエルの目の前に光の筋が降り注ぎ、差しのべた手に大きな大剣が握られる。

「貴様らのような小物、この大剣で断ち切ってくれよう!」
「キョロォーーーーーーン!」

 大剣を構えるエリシエルに円盤タコの一体が手裏剣のように回転しながら迫る。

「はあっ!」
「キョロッ!?」

 大剣一振りで真っ二つに両断される円盤タコ。

「なんてパワーだ……!」
「感心してる場合か!」
「そうよ、もしかしたらクロエのところにもこいつらがいるかも知れないのよ!? だからここはあたしたちに任せて!」

 手を掲げてエリシエルに力を送りながらの美佳の言葉に、エリシエルの力に圧倒されていた優太は理解しつつも躊躇いを見せる。

「でも、君たちだけで大丈夫なの!?」
「逆に今のお前がいて何になると言うのだ」
「そう言うことっ。だから行って、早く!!」
「分かった!」

 襲い来る円盤タコを大剣で食い止めるエリシエルと必死で彼女に力を送り続ける美佳に背中を押されて優太はその場を離れてクロエの元へ向かうことにした。

絶体絶命のクロエ

 一方クロエはパレードの行われた現場から少し離れた噴水の近くにいる。

「ご主人、どこ~?」

 モニターも繋がらなくなって涙目になりながらキョロキョロと辺りを見回すクロエ。

 先ほどのパレードの人混みに流されてここまで来てしまったのだ。

 突然クロエは何かに気付いたのか身を屈める。

「な、何!?」

「キョロォーーーーーーン!」

 クロエの背中を掠めたのは、かの円盤タコだった。
 気が付けばそいつは周りに何十匹と宙を浮遊している。

「一体何なんだろう……!?」
「やっと独りになったか、このガキっ」

 声がする方を振り向いてみれば、細身でサングラスをかけた柄の悪い金髪男が面倒くさそうにクロエの元へ歩み寄ってきていた。

「だれ……!」
「んあ? オレは触手(テンタクル)、あのお方がテメーに用があるんだとよ。来てくれねーか?」

 顔を近付け威圧する触手(テンタクル)にクロエは尻尾を揺らめかせて身を引く。

「イヤだ、怖い……!」
「逃げても無駄だぜガキ。こうなったら力尽くでも連れてってやるよ! やれ、ユーフォパス!」

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

 触手(テンタクル)の指示で円盤タコ改めユーフォパスが一斉に飛んできてクロエの身体を掠めた。

「ユーフォパスはまさに生きた手裏剣、当たったら痛てーぜぇ?」

 意地汚く薄ら笑いを浮かべる触手(テンタクル)

「あんなやつ、このアタシがやっつけてやるんだもん! 炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)! ――あれ!?」

 手を揺らめかせて従具(アームズ)を出そうとするクロエだったが、長剣どころか炎さえ出ない。

「あれっ、おかしいなぁ!? 出ろっ、出ろ!」
「おや、知らねーのか? 使い魔(サーヴァント)は近くに主人がいないと力が発揮できないんだぜ?」
「そんな……!」

 触手(テンタクル)の宣告にクロエは愕然とした。

 生まれてこの方優太の元を離れて戦ったことのないクロエはこのことを知らなかったのだ。

「さてどうする? まさかこのまま立ち向かうなんて言わねーよなぁ?」

 戦える状態でないのになかなかこの場を離れようとしないクロエに触手(テンタクル)が薄ら笑いを浮かべる。

 怖くて逃げ出したい、だけどこの場を離れたらご主人たちに会えなくなるかも知れない。

 クロエの尻尾に目を向けてみれば、左右にゆらゆらくねらせて彼女の葛藤を如実に表していた。

「こうなったら……!」

 小さく呟いてからクロエは地面を蹴って宙に漂うユーフォパスのうち一体に飛びかかる。

「おりゃあっ!」

「キョロッ?」

 しかしその拳は漂うユーフォパスにヒラリとかわされてしまう。

「このっ、このっ!」

 腕と脚、それから尻尾まで繰り出して攻撃しようとするクロエをあざ笑うかのようにユーフォパスたちはフワリフワリと避けていく。

「フハハッ、無様だぜ! 主人の力なしでオレのユーフォパス共に太刀打ちできるとでも!? ――やれ」

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

「ううっ!」

 触手(テンタクル)の冷徹な指示でユーフォパスたちが一斉にクロエの身体をすれ違いざまに斬りつけた。

「――痛いよぉ……!」
「主人がいなければ使い魔(サーヴァント)なんて取るに足らねーぜ! それに引き替えこの操縦魔(マリオネット)は遠隔操作で自由自在だ! ナーーッハッハァ!!」

 主人の加護もなく普段よりも傷付きやすくなっているクロエに触手(テンタクル)は容赦なくユーフォパスを仕向け、彼女の服はズタズタに切り裂かれ紅の血で滲む。

 クロエは今まさに絶体絶命であった。

三吾の助け

 その頃優太は最後にクロエのそばでモニターに映っていた噴水目指してお客がいなくなった道をひた走っている。

(嫌な予感がする、早く行かないと!)

 額にジトリと汗をかきながらがむしゃらに向かう優太、するとまたしても斜め前からユーフォパスが回転しながら数体飛んできた。

「うわっ!」

 慌てて身をかわしつつも優太はユーフォパスに行く手を阻まれてしまう。

「こんな時に……!」

 周りを見渡してみれば、警備員たちは他の場所で飛び回るユーフォパスへの対応でてんてこまいになっており、ここにまで手が回っていない。

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

(通してはくれないか……!)

 優太の前方を飛び回るユーフォパス。

 そしてそいつらは何かを感じ取ったのか、目をチカチカと点滅させて一体ずつ優太目がけて飛んできた。

「うわっ!?」

 慌てて身をかわす優太、しかしあまりに数が多すぎてなかなか前に進めない。

 そしてうち一体に足首を切りつけられてしまう。

「ううっ!」

 切りつけられた痛みで血の滲む足首を押さえてうずくまる優太、その瞬間を逃さずユーフォパスが一斉に優太に急接近。

 もう駄目かと優太が目を逸らしたその瞬間、目の前の地面から轟音を立てて何か巨大なモノが突き上がってユーフォパスのうち数体を口で捕らえた。

「キョロッ!?」

 地面から飛び出し、くわえたユーフォパスを滅茶苦茶に振り回すのは十メートルはあろうかという巨大なウツボであった。

 その巨大ウツボを目の当たりにして優太はピンと来る。

「君はもしかして!」

「待たせたな、優太!」

 後ろを振り向いてみると、そこにいたのは筋肉隆々の腕をかざすルームメイトの三吾であった。

「三吾君! ってことはやっぱりあれはランボーなんだね!」
「そう言うことっ!」

 なんと、目の前でユーフォパスを喰らう巨大ウツボは三吾の使い魔(サーヴァント)なのだ。

「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 雄叫びをあげながらユーフォパスを威圧する巨大ウツボのランボー。

 彼は数ある使い魔(サーヴァント)の中でも特に巨大な種族、ウツボガンドである。

「だけどなんで三吾君がこんなところに!?」
「聞いて驚くなよ? あの会長がいきなりこいつを貸してくれたんだ!」

 意気揚々と三吾が掲げたのは見覚えのある真っ黒なカードだ。

「それって真琴の――!」
「そんでもってオレのランボーも一緒に連れて行けっつーから何かと思ったけど、そういうことだったんだな。ったく、会長にしてやられたぜ!」

 清々しく笑う三吾の言葉に嫌みはない。

「とにかくっ、ここはオレたちに任せろっ! 行くぜ相棒!」
「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 そして三吾はランボーに開戦の合図を出してユーフォパスの大群に仕向けさせた。

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」

 ユーフォパスも散らばって巨大なランボーの周りを飛び回り、隙を狙おうとする。

「ったく、うるさいやつらだぜ! ランボー!」
「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

「キョロッ!?」

 巨大な尻尾の一振りでユーフォパスを五体叩き落とした。

「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 そしてランボーは飛び交うユーフォパス共をものともせず尻尾を振り回して叩き落とし次々と喰らっていく。

「いやー、これでしばらく食費が浮くぜ!」

 遂にはユーフォパスの大群はランボーに食い尽くされてしまった。

「す、すごい……!」

 その様子を黙って見ていた優太はランボーの圧倒的な強さと食欲に言葉が出ない。

「それじゃあクロエを迎えに行こうぜ! ほら乗った!」
「えっ、ちょっと!?」

 優太は三吾の為すがまま一緒にランボーの頭に乗せられる。

「それじゃあ飛ばすぜ! 行くぞランボー!」
「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 三吾に両脚で合図を出され、ランボーが雄叫びをあげてから身体をくねらせて急発進。

「ちょっと!? ――うわああああああ!!」

 そして優太は超特急のランボーに乗ってクロエの元へ急ぐことになった。

「しっかり掴まってろよ!」
「そんなこと言われてもすごいスピード――うひいいいい!!」

 あまりの猛スピードに優太は振り落とされないようランボーの分厚い皮膚にしがみつくのが精一杯だ。

「そんな必死になんなくても大丈夫だぜ? 力抜いてみろよ」
「そんなこと言われても――あれ、本当だ」

 三吾に指摘されよく見てみればランボーの粘液が接着剤のように優太の手足をその身体にくっつけている。

「それにしても君のランボーも随分と大きくなったよねっ。前見たときより一回りも二回りも違うよ!」
「だろぉ? こいつよく食うから日に日にデカくなりやがるんだ! なっ、ランボーっ」
「グルゥン!」

 優太にそう言われて三吾はニッと笑みを浮かべてからランボーの頭をペシッと叩いた。

 叩かれたランボーも心なしか嬉しそうに応える。

「で、会長からは何か大変なことが起きてるとしか聞いてねーけど、今何が起きてんだ?」
「実はね――」

 ランボーに乗って進みながら優太はさっきまでの経緯(いきさつ)を説明した。

「――なるほどな、そいつは大変だ。ランボー!」
「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 三吾の合図でさらにスピードを上げるランボー。

「うわっ、ちょっと!?」
「大丈夫だって! んなことよりクロエが危ないんだろ――ったく性懲りもなく!」

 優太に叱咤激励しようとしたところで三吾は顔をユーフォパスが掠めるのを紙一重でかわす。

「キョロォーーーーーーン!」
「キョロォーーーーーーン!」
「こんなところにまで!」

 進行方向にも大量に浮遊するユーフォパス、それを一目して三吾は次なる指示を出した。

「ランボー! おまえの仲間も動員だ!」
「ルオッ!」

 ランボーが口を大きく開けると、そこから白黒のエビと白とピンクを基調とした体色のエビがわらわらと這い出してくる。

「これは!?」
「まあ見てろって!」

「コロロロロロロ……」

「キョロッ!?」

 這い出てきた白黒のエビたちが振り上げたハサミから水鉄砲を発射してユーフォパス共を撃退していく。

「これって!?」
「こいつら白黒のエビはメイドシュリンプ、ランボーの身体に引っ付いてゴミを取ったり小さな敵を撃退してくれる、頼もしい助っ人なんだ! でもってこの白とピンクのが――」

 三吾の説明の途中で白とピンクのエビたちが負傷した優太の足首に液体みたいなものを浴びせた。

「あれ、何だか楽になった!?」

 すると優太の足首の傷がみるみるうちに治癒していく。

「こいつらはナースシュリンプ、怪我の治療をしてくれるんだ! これで傷はもう平気だろ?」
「うん、ありがとう!」

 そしてランボーの身体の上でユーフォパス共とメイドシュリンプが抗戦を繰り広げている間に目的地の噴水が見えてくる。

「見ろよ、あそこにクロエがいるぜ!?」

 三吾が指差した先には傷付きながらも手足と尻尾を繰り出して必死の抵抗を見せるクロエの姿があった。

「クロエ!」
「おい、今ランボーから降りたら危ねえって――行っちまった……」

 いてもたってもいられなくなった優太は三吾の制止を無視してランボーから飛び降り、クロエの元へがむしゃらに走り出すのだった。

再会

「ちっ、このガキ諦めが悪くて困るぜ! やれ、ユーフォパス共!」
「キョロォーーーーーーン!」
「ああっ!!」

 ユーフォパスの大群を前に手足と尻尾を繰り出して懸命な抵抗を試みるクロエだが、主人の優太がいないこともあって一方的に身体を斬り込まれていく。

「ううっ……!」

 そして遂には体力の限界を迎えてクロエが跪いてしまう。

「悪あがきもそこまでみてえだな、クソガキっ」

 吐き捨てるように呟いてから触手(テンタクル)は頭上で待機させていたカプセルみたいなものを呼び寄せる。

「それじゃあ来てもらうぜ」

 そして身動きの取れないクロエの元へカプセルを漂わせて中に入れようとしたその時、

「やめろーーーーーー!!」

「何だ!?」

「その声は……ご主人?」

 触手(テンタクル)とクロエの間に割り込むように駆け寄ってきたのは優太であった。

 優太はすぐさまクロエに駆け寄ると、手を差しのべて力を送り始めた。

「遅くなってごめんねクロエ。大丈夫?」
「ううっ、ちょっと平気じゃないかも……。でも来てくれてありがとう……アタシ、ご主人が来てくれるって信じてたよ?」

 優太に力を注がれてクロエの傷が少しずつ癒えていく。

「ごめんねご主人、お気に入りの服をズタズタにされちゃったっ」
「君が無事ならどうでもいいよそんなことっ」

 弱々しく詫びるクロエを優太が抱きしめた。

「後から割り込みやがってぇ! やれっ、やれぇ!!」

「キョロォーーーーーーン!」

 突然の乱入に激昂した触手(テンタクル)の指示でユーフォパスが優太に向かって飛び向かう。

「ご主人!」

「光よ乱れ撃て、閃光の乱射(フラッシュ・マシンガン)!」

「キョロッ!?」
「キョロッ!?」

 優太とクロエが目を背けたその瞬間、無数の光の弾丸が空中から放たれてユーフォパス共を蜂の巣にした。

「何っ!?」
「このスキルは――!」
「ゆーた、クロエ! お待たせぇ!」

 上空を見上げてみれば純白の大きな翼を広げたエリシエルと彼女に抱きかかえられた美佳の姿が。

「美佳にエリシエル! 来てくれたんだね!」
「当然だ少年! ったく、あの雑魚共に邪魔されて合流が遅れてしまった!」

 大剣を肩に掲げてそんなことを豪語しながら力強く舞い降りるエリシエル。

「オレたちも忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「グルゥゥオオオオオオオオン!!」

 続けて後方から長大な身体を躍動させてユーフォパスの大群に突っ込むのは三吾とランボーだ。

「どこの誰だか知らないけど、ゆーたとクロエを傷つけるなんてこのあたしが許さないんだから!!」

 突然の援軍に狼狽える触手(テンタクル)相手に腕を組みながら美佳が一喝、そしてエリシエルとランボーが彼の前に臨戦態勢で立ちはだかる。

「畜生……! こうなれば!!」

 歯をギリリと噛み締める触手(テンタクル)は両腕を天に掲げて、このバケネズミーランドに散らばっていたユーフォパスを集結させた。

「なんて数だ!!」
「まさかこのバケネズミーランドにこんなたくさんいたなんて!」

 目を点滅させた、数百を超えるおびただしい数のユーフォパスにおののく三吾と美佳を一瞥して触手(テンタクル)は下品に高笑いする。

「フハハハハ! どうだ、この数相手にやりあおうだなんてバカなこと考えねーよなぁ?」

 両腕を大きく広げて勝ち誇る触手(テンタクル)

「終わりだぁ!」

 触手(テンタクル)が攻撃の指示を出そうとしたその時、どこからかニヒルな声が聞こえてきた。

「いい判断だ、それが後数秒早ければな」

「この声は!?」

 突然響き渡る声に周りを見渡す一同。

 続けて聞き覚えのある透き通った声での指示がバケネズミーランドに響く。

「剣よ降り注げ、幾千の剣(サウザンド・ソード)!」

 その瞬間、数百のユーフォパスを遙かに凌駕する千の剣が空から降り注ぎ、寸分違わずユーフォパス全員を一瞬で貫いてズタズタに切り裂いた。

「バカな、百のユーフォパスが一瞬で……!」

「なんてことはない、ワタシの剣が雑魚共の数を超えていたのだ」

 そう高らかに告げながら舞い降りてきたのは、

「君は……ガラ!」
「会長もいるじゃねーか!」

「やあ、待たせたね!」

 使い魔(サーヴァント)のガラとその足で肩を掴まれた真琴であった。

遊園地デート終了

 そして真琴は「よっとっ」と危なげもなく着陸すると、ガラと共に触手(テンタクル)に歩み寄る。

「どこの誰だか知らないけど、よくもボクの友達をいじめてくれたね」
「ふんっ、クソガキが何を言い出すかと思えば――いや待て!?」

 反抗的な態度を取る触手(テンタクル)を威圧するためか、ガラが虚空から剣を一本取り出し、その喉元に切っ先を突き立てた。

(あるじ)には逆らわないのが身のためだぞ?」
「と言うわけで、なんでこんなことしたか教えてくれないかい?」

 問いかける真琴は一見にこやかだが、そのドングリ眼が全く笑っておらずに不気味さを引き立てる。

「話します話します! だからその不気味な顔と剣を仕舞っていただく――おっと!」

 狼狽えて秘密を暴露しようとした触手(テンタクル)だったが、遙か空の向こうから巨大な翼竜のようなモノに足で引っ掴まれた。

「と言うわけでオレはここでトンズラさせてもらうぜ。あばよっ!」
「待てっ!」

 ガラの制止も振り切って触手(テンタクル)を引っ掴んだ翼竜はそのまま空の彼方へと飛び去っていく。

「――逃げられちゃったね」
「仕方がないさ、我々も到着が遅れたのだからな」
「――なんで真琴がこんなところにいるのよ……?」

 ガラと共に空をあっけらかんと見つめる真琴に美佳が訝しげに訊ねる。

「いや~、ボクも暇だったからバケネズミーランドにでも、と思ったけどまさかこんなことになってるとは――」

「真琴、君は三吾君に大切なスペシャル・ブラックカードを持たせてここに行かせたんだから、そんな見え見えの嘘ついても仕方ないんじゃないのかな?」

 指で頬を掻きながら弁解する真琴に優太は事実を突き付けると、真琴はため息を付いて説明を始めた。

「あはは、やっぱりキミにはお見通しなんだね。分かったよ、この先の内容は企業機密もあるからあまり詳しく話せないけどそれでもいいかな?」
「いいからさっさと話しなさいよ」

 じれったそうにもみあげを指でいじりながら催促する美佳。

「簡単に言うと、この辺りのどこかにそのヤモリの小娘を狙う悪い科学者がいると言うことだ」

「クロエを……狙ってる……?」

 真琴に代わってのガラの説明に優太は言葉を失う。

「それでその尻尾を掴むために暇そうにしていた石垣クンにも協力を頼んで目星のついていたこの場所に駆けつけたわけさ。ま、わずかなタッチの差で失敗しちゃったけどね」

 自虐気味に苦笑する真琴だが、さらっと浮上した事実に優太たちは終始緊張をほぐせない。

「キミたちに話せるのはここまでだけど、ボクからは今後から気をつけた方がいいとだけ言っておくよ。それじゃあボクはここで失礼するから。ガラっ」
「了解っ」

 さらっと説明を終えた真琴はガラに足で肩を掴まれてその場を飛び去り、そしてその直後園内にアナウンスが鳴り響いて、中のお客全員が立ち退きを余儀なくされたのだった。

 バケネズミーランドを出た優太と美佳はどこか釈然としない様子でダッシュボードに乗って併走している。

「結局あのまま終わってしまったな、デート」
「そうね、エリシエル。それよりゆーた、クロエはもう大丈夫?」
「クロエなら三吾君が連れてきたナースシュリンプのおかげで回復したよ」

 その言葉通りクロエは先ほどの傷付いた様子が嘘のように全快していて優太の背中でニコニコしている。

「それより美佳」
「何よ?」

 突然思い立ったかのようにその名前を呼んだ優太に美佳が戸惑いながら応じると、優太は清々しい笑顔で続けた。

「こんな形で終わっちゃったけど、今日は美佳とバケネズミーランドに来られてすごく楽しかったよ」
「なっ……!?」

 思いがけず伝えられた感謝に美佳は耳の先まで顔を赤く染める。

「アタシもすごく楽しかったよー!」

 続けてクロエにも舌をペロッと出しながら満面の笑顔を向けられて、美佳はクイッとそっぽを向いた。

「ば、バカねえ! 今日のはあたし独りで行くのが気が引けたからあんたたちを誘っただけよ! 別に感謝される筋合いなんて――」
「もっと素直になった方がいいぞ、マスター」
「う、うるさいわねぇ!!」

 エリシエルに案じられて一喝する美佳。

 だけど誰にも聞こえないくらい小さな声で頬に一筋の涙を伝わせ美佳はこう呟いた。

「――あたしだって楽しかったに決まってるじゃない、バカッ」

 そんな美佳の気持ちを察したわけではないだろうが、優太が朗らかに笑みを浮かべながら美佳に一言。

「それじゃあまたここに来ようよ! 今度は僕がチケットを手に入れるから!」
「――約束だからねっ!」

 こうして優太と美佳は約束を結んでからハイタッチを交わし、帰り道を共に辿るのだった。

二つの意図

 一方三吾は真琴によってGTCの社長室に連れて来られている。

「――協力ご苦労だった。大変だっただろ?」
「いえいえ、オレとランボーにかかればあれくらいへっちゃらっすよ!」
「――だってさパパ」

 社長に労を労われてはにかむ三吾はつづけてこんなことも訊ねられた。

「ところで石垣君、私も映像を見ていたが現場にいた君は何か気付いたことはあるかね?」
「そうっすねえ……あっ、あの使い魔(サーヴァント)、たくさんいたのもそうっすけど一番気になったのは主人から遠く離れていた奴らも近くにいた奴と変わらないくらい力を発揮してたことっすかね」
「ふむ、映像でもそれは分かるがやはりそうか……」

(となるとあれは操縦魔(マリオネット)、そんなイレギュラーな使い魔(サーヴァント)を使わせる輩と言えばあの男くらいしかおらぬ。しかしあいつは獄中にいるはずだ……)

「――社長?」

 突然黙り込んだ社長は三吾に声をかけられて我に返る。

「済まない。しかしこれは厄介なことになるかも知れぬ。石垣君、ここから先は我々に任せて、君はこのことは忘れてくれ」
「――まあ、いいっすけど……」
「それから優太クンたちにも気を付けるよう言っといてね~」

 こうして三吾は釈然としないまま社長と真琴に見送られてGTCを後にしたのだった。

「――それで、私のユーフォパスを全滅させられたあげくに捕獲失敗か」
「ちっ、あんとき邪魔さえ入らなければ――うぎゃあああああ!!」
「言い訳は聞きたくないのだよ!」

 寺門は手元のスイッチを押して、捕獲に失敗しても悪びれない触手(テンタクル)に制裁を加える。

「すんませんすんません! だからオレの首のマイクロチップを作動させないでくれ、死ぬーーーーー!!」

 触手(テンタクル)の首筋にはマイクロチップが埋め込まれており、スイッチ一つで苦痛を与えるのだ。

「ったく、これだから人間は使えなくて困るっ」

 スイッチを解除した後、寺門は不満を吐き捨てる。

「今回は失敗でしたね。次はいかがなさるおつもりですかプロフェッサー?」

 無機質に問いかける助手のカーミラに寺門は薄ら笑いながら答えた。

「安心してくれたまえカーミラ君。次の手は既に考えてある。フフフッ、フハハハハハハ!」

 狭い地下室の中でプロフェッサー寺門の不気味極まりない高笑いが木霊する。

 彼の野望はまだ始まったばかりだ……。

楽しくて大変だった一日の終わり

『――今日は美佳とバケネズミーランドに来られてすごく楽しかったよ』

「んもーーーーっ! そんな甘いことこと言われてもあたし困るわよ~~~!」

 女子寮の部屋に戻った美佳はうっとりとした表情で枕を抱き締めて、優太の言葉を思い出しては黄色い声をあげながらベッドの上でバタ足をしていた。

「その様子だと今日は楽しい一日になったみたいだねっ。それで、返事はどうだったの? もちろんOKだったんだよね?」

 そんな様子を眺めていたルームメイトの香苗が嬉しそうに笑みを浮かべてから訊ねた途端、バタ足が止まってその腕から枕が落ちる。

「――忘れてた……!!」
「美佳ちゃん……?」
「――やはりか」

 突然の態度の豹変を前にして目を丸くする香苗と額に手を添えながらため息を付くエリシエル。

「うああああああああああん!! 何のために気合いのお洒落までしてゆーたをバケネズミーランドに誘ったのよバカーーーーーーーーーーッ!!」

 枕に突っ伏して泣きべそをかく美佳に香苗とエリシエルは二人してうなだれる。

 しかしそれは案外すぐに落ち着いた。

「――まあいっか。あんな楽しそうなあいつの顔久しぶりに見られたし」

 そう呟いてから美佳はベッドに突っ伏したままポケットから一枚の写真を取り出す。

「クロエ、結局あんたには敵わないわね」

 美佳が穏やかな眼差しで見つめるその写真は本日のバケネズミーランドで撮影した記念写真なのだが、ダブルピースを作って満面の笑顔になっているクロエと、彼女を背負って心底幸せそうな笑みを浮かべる優太の姿が自分と一緒に写っていた。

「今のゆーたには恋よりもクロエとの日常の方が大事なのかも知れないわ」

 そう穏やかに呟く美佳の表情は憂いのない清々しいものだ。

 一方優太とクロエも男子寮の部屋に戻って二人一緒にベッドに寝転がっている。

「今日は楽しかったね、ご主人」
「そうだねクロエ。またこうして君と楽しいことができるといいな」

 にこやかに告げる優太にクロエが抱きついて尻尾もその身体に絡めた。

「クロエ?」
「アタシはご主人とこうしてそばにいられるだけで嬉しいんだぁ」
「僕もだよ、クロエ」

 寄り添うクロエの脇腹を優太は愛おしそうに撫でる。

 こうして美佳と優太の楽しい一日は終わりを告げたのであった。

選抜戦の幕開け

『あーっとぉ! 夜森君の使い魔(サーヴァント)のクロエが対戦相手のマンディラに向かっていくぅ!』

 遊園地デートから三日経ったこの日の放課後、優太とクロエは学園の室外闘技場で他の生徒と使い魔合戦(サーヴァントファイト)を繰り広げている。

 この週の初めから使い魔合戦(サーヴァントファイト)の公式大会に出場する代表を決めるべく、学園で選抜戦が行われているのだ。

 そしてこの日の対戦相手はマンディラ、上半身が人間の女性で腕と下半身がカマキリと言う異形の使い魔(サーヴァント)である。

「クロエ! あいつのカマに気を付けて!」
「うんっ!」

 優太の指示通りクロエは振りかざされるマンディラの巨大なカマを避けつつ懐に潜り込もうとチャンスを狙う。

「マンディラ、あいつを近付けちゃ駄目よ!」
「分かってるわよぉ」

 しかし主人である女子生徒の指示を受けたマンディラもその柔軟な身体を活かして、接近しようとするクロエから目を離さずカマを振り回し牽制する。

「これじゃあ埒があかない、一旦離れるんだクロエ!」
「うん!」

 すかさず後ろに飛び退いて距離を取るクロエ。

「無駄よ。切り裂け、風の刃(ウインド・カッター)!」
「はあっ!」

 主人の指示を受けてマンディラがカマを振り回して風の刃(ウインド・カッター)をいくつも飛ばす。

「おっとっ!」

 意表を突かれつつも飛んでくる風の刃(ウインド・カッター)の全てを紙一重で何とかかわすクロエ。

『おっと、立て続けに放たれる風の刃(ウインド・カッター)にクロエもタジタジか?』

「近付けばカマ、距離を取れば風の刃(ウインド・カッター)。こいつは厄介ね……」
「負けるな、優太ぁ!」

 観席から見守る美佳と三吾に応えるかのように優太は次なる指示を出した。

「クロエ、正面でもいいから風の刃(ウインド・カッター)をかわしてあいつに近付くんだ!」
「う、うん! はああっ!」

 指示を受けたクロエは素早い身のこなしで、放たれる風の刃(ウインド・カッター)をことごとくかわしていく。

「んもうっ、ちょこまかとぉ!!」

 苛立っているのかマンディラのカマに力が入ってさらに風の刃(ウインド・カッター)が乱れ撃たれるが、クロエはそれをものともせずマンディラの正面で肉薄した。

「炎をまといし双剣で切り裂け、炎上せし十字架(バーニング・クロス)!」
「はっ!」

 飛び上がってマンディラの目の前まで接近したクロエが手にしていた二つの長剣に炎をまとわせ、交差させるように振り下ろす。

「私のマンディラに正面から挑むなんてトンだ馬鹿ね。マンディラ、受け止めなさい!」
「こんな攻撃っ!」

 その一撃はマンディラのカマに掴まれて止められてしまうが、優太は慌てず騒がず次の指示を出した。

「今だよクロエ! 息吹け、火炎の吐息(ファイヤー・ブレス)!」
「ブフーッ!」

「まさかっ!?」

 剣を掴まれたままクロエは口から激しく火を吹いてマンディラの顔面に浴びせかける。

「キヤーーーーーーーーーーッ!!」
「マンディラ!」

「トドメだ! 撃ち込め、火の弾丸(ファイヤー・バレット)!」
「はあっ!」

 剣を離して後ろに飛び退いたクロエは背後から火の弾をいくつも乱射してマンディラに炸裂させた。

「ううっ……!」

『マンディラ戦闘不能、クロエの勝ちぃ!』

 火の弾を一身に受けてマンディラが四本の足を跪かせたのを確認して実況が判定を下す。

「やったねクロエ!」
「うんっ! 今日も絶好調だよ!」

 勝利したクロエはすぐさま優太に駆け寄りハイタッチを交わす。

 そしてバトル会場に三吾と美佳も駆け寄ってきた。

「すげーじゃねえか優太!」
「あははっ、苦しいよ三吾君……!」

 三吾に腕を肩に回されて苦笑する優太。

「これで無傷の四連勝ね!」
「早くも私たちと並んだな。早く追い付いてこい少年!」
「そう言えば美佳たちも四連勝してたっけね。うん、もちろんそのつもりだよ!」

 決意を表明して優太は美佳とエリシエルの二人と拳を突き合わせる。

 その後優太とクロエの二人は美佳と三吾たちと別れて寮への帰り道を辿ることにした。

優太の不安

「今日も頑張ったねクロエっ」
「うんっ! アタシもここまで勝ち進められて夢みたいだよぉ!」

 優太に背負われながらクロエがガッツポーズを決める。

 ふとクロエが何かに気付いて指差した先にいたのは、

「ご主人、あれってマコトだよね?」
「あ、本当だ」

 いつもの公園でガラに手をかざして力を送る真琴の姿であった。

「何やってるの真琴?」
「おや、キミは優太クン! こんなところに来てどうしたんだい?」
「僕たちこれから寮に帰るところなんだ。そう言う真琴は何をしてるの?」

 優太の問いかけに真琴ははにかんで答える。

「いや~、こいつの決め技が結構ボクの力を使うからこうして補充しないとなんだよね……」

「昨日の使い魔合戦(サーヴァントファイト)、すごかったもんね」

 真琴が昨日出場したバトルでは、バケネズミーランドでもガラが見せた幾千の剣(サウザンド・ソード)で対戦相手の三吾とランボーを瞬殺していたのだ。

「でもまさかこんなに早くあのスキルを使うことになるとはね。去年よりもみんな強くなっていてビックリだよ」
「この分だと我々が負ける日も近いかもなっ」
「冗談はよしてよガラ~」

 皮肉るガラの頭を真琴がペシペシと叩く。

「それじゃあお互い頑張ろうよ、真琴っ」
「そうだね優太クンっ! それじゃあまた明日!」

 真琴に手を振って優太は公園を後にした。

 寮の部屋に戻った優太とクロエはこの日も疲れて二人仲良くベッドにダイブする。

「ふひひっ、フカフカのベッドだ~」
「駄目じゃないかクロエ、ベッドで転がり回っちゃ~」

 ベッドで転がり回るクロエに優太が注意するもののその言葉には力がない。

「毎度仲良しでいいよなぁ、おまえらはっ」
「「まあね~」」

 半ば呆れ気味の三吾に優太とクロエは揃って返す。

「それより三吾君たちは調子どう?」
「ん、オレたちか? オレとランボーも軽く四連勝……と言いてえところだけど昨日の段階で会長に一回負けちまったよ」
「そっか。そう言えばそうだったね」
「それってアタシたちの方が勝ってるってことだよね~」

「おいっ、何だその妙にイラッとする誇らしげな顔はぁ」

 (ほう)ける優太とクロエに三吾は額に薄く青筋を浮かべる。

 そんな時に何もない空間から着信音が鳴り響いた。

「お、明日の対戦相手が発表されたかな?」
「オレにも見せろよっ」

 空間を指差してモニターを展開させると画面に映し出された名前は、

「東條……真琴……!」

 先ほど挨拶を交わしたばかりの真琴であった。

「っておい、おまえも会長と当たるのかよおまえ!? あの人学園序列で二位だぞ!!」
「そうみたいだね……!」

 思いがけない通達に声を震わせる優太。

「不安なの、ご主人……?」

 そんな様子を察してクロエが優太の顔を覗き込む。

「――ううん、僕は平気だよクロエ。そんなことより明日も頑張ろうね」
「う、うん……」

 口でそう言いつつも表情を引きつらせた優太にクロエは一抹の不安を感じるのであった。

 翌日の昼休み、優太とクロエは食堂で少しのサンドイッチを買って屋上に来ている。

 憂鬱げな暗雲の立ちこめる曇り空の下で優太はなかなかサンドイッチを口にしようとしない。

「ご主人……、やっぱり不安なんだよね……?」
「え? ううん、僕は平気――」

 空笑いで取り繕おうとした優太にクロエが顔面を近付けた。

「ウソ。昨日の夜からムリしてるよご主人。アタシには分かるんだもん」

 クロエの言うとおり、この日はランニングにも出ず、授業でもミスを連発している。

 ここまで来ると誰が見ても大丈夫でないことは明白で、ましてや生まれてからずっと優太と寄り添っていたクロエがこれを見過ごすわけがない。

 続けてクロエはこんな話題に切り替えた。

「アタシがまだちっぽけなヤモリだった頃、負け続きで今みたいなご主人の顔をずっと見てきた。弱いアタシが悪いのにご主人はいつも周りに取り繕って責任を独りで抱え込んで、そんなご主人を見ててずっと辛かったんだよ?」
「クロエ……!」

 気が付けばクロエの大きな目からは涙が滴り落ちている。

 優太は思い出していた、クロエが負けるたびに自分が無理して表情を作っていたことに。

 それがまさかクロエを悲しませていたとは、優太は言葉が出なかった。

「――でもアタシは強くなった、もうご主人を悲しませないくらいに強くなれたんだよ? だからもうアタシにそんな悲しい顔見せないで……!」

 だけどその次に続いたクロエの言葉で目の前が開ける思いになり、優太は彼女を抱き締める。

「ごめんねクロエ、今まで君がそんなに悲しい思いしてたなんて気付いてあげられなかった!」
「ご主人……、いいよ。やっと分かってくれてアタシも嬉しい。今日の使い魔合戦(サーヴァントファイト)も頑張るから、ご主人もアタシを信じてね」
「もちろん、もちろんだよクロエ」

 二人は熱い抱擁を交わしてお互いの絆を再確認した。

激闘の幕開け

「まさか本当にボクと戦うことになってしまうとはね」
「同感だよ真琴。だけど僕は決めたんだ、誰が相手でもクロエを信じるって!」

 屋外の闘技場で優太とクロエ、それから真琴とガラの四人が向き合っている。

「正直キミには棄権して欲しかったんだけど、あくまで挑む気ならボクも手加減しないよ」

 ため息を大きく付いてから真琴は優太を指差して告げた。

「そんなわけで本気を出した(あるじ)はかなり危険だ。引き下がるなら今のうちだぞ小娘」
「アタシはそんな弱虫じゃないもん!」

 ガラの皮肉った警告をクロエはピシャリと払いのける。

『おーっとぉ? 試合の始まらないうちから腹の探り合いかぁ?』

「それじゃあもう時間だから始めようか」
「うん、だけど負けないよ!」
「こちらこそっ!」

『双方配置についたようなのでここで使い魔合戦(サーヴァントファイト)開始っ!』

 優太たちがそれぞれの配置に付いたのを合図に実況が試合開始のゴングを鳴らした。

「先手必勝だよ! クロエ、従具(アームズ)を出して突っ込むんだ!」
「オーケー! 炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)!」

 手をかざしながらの優太の指示でクロエは燃える長剣を手にしてガラに突っ込む。

「そう来るんだね、優太クン。それじゃあこっちも真似をしようかな、頼んだよガラ!」
「了解っ!」

 真琴も負けじと手をかざしながら指示を出すと、大きな翼となった腕を羽ばたかせてガラも突進して、

「ハーーーーーッ!」
「はっ!」

 クロエの長剣とガラの脛がぶつかり合って火花が飛び散った。

「はああああああああっ!!」
「はああああああああっ!!」

 お互いに同じ雄叫びで剣と脚のつばぜり合いを繰り広げる双方。

「おおっ、クロエがガラと互角にやり合ってるぜ!」
「それはどうかな……?」

 観席のエリシエルの懸念通り、力の差ですぐにクロエがガラに押され始めた。

「一旦離れるんだクロエ!」
「分かった!」

 優太の指示通りつばぜり合いを中断して後ろに飛び退くクロエ。

「なかなかいい判断だね。さすがだよ優太クン、君の努力は並大抵のものじゃないと見た!」
「ありがとう、真琴!」
「だけど努力だけでは超えられない壁もあるってことを思い知ってもらおうか! 天を舞い踊れ、虚空の乱舞(エアー・アクロバット)!」

 その指示を聞き入れた途端にガラは翼の腕で宙に舞い上がり、躍るように空を飛び回ってクロエに連続で蹴りを仕掛け始めた。

「ううっ!」
「落ち着いてクロエ!」

 優太が指示を出すも宙を舞うガラにクロエは翻弄されるしかない。

『なんと! 舞い踊るたびにガラのスピードが増していくように見えます!』

「それだけじゃない、見たところ攻撃の威力も上がってるんだわ……!」

 実況と美佳の解説を地で行くかのようにガラは攻撃するたびにスピードと攻撃の威力を高めていく。

「それがこのスキル、虚空の乱舞(エアー・アクロバット)の効果だというのか!」
「その通りだよ。それにしてもみんな鋭いねぇ!」

 周囲の観察眼に手を叩きながら賞賛してから真琴は優太に発破をかけた。

「さあ、どうするかな優太クン!」
「手加減しないと言いつつ余裕たっぷりだね、逆に恐ろしい限りだよ……! それなら!」

 深呼吸するとガラに翻弄されるクロエに向かって優太が叫んだ。

「クロエ! 焔の花道(フレア・オンステージ)を回転しながら放つんだ!」
「えっ!? わ、分かった!」

 今までにない指示で戸惑いつつもクロエが回りながら火炎をらせん状に放射する。

『おっとぉ!? クロエの周りで火炎がらせんを描いております!』

「何っ!? ――ぐっ!」

 機転の利いた攻撃に意表を突かれたガラはらせんを描く火炎に巻き込まれた。

「どうだい、クロエの炎は!」
「まさか全方位に火炎を放って牽制するとはね! 名付けるなら焔の螺旋(フレア・スパイラル)ってところかい?」
「新しいスキルの名前をつけてくれるなんてありがたいよ。でも余裕ぶってる場合かな!?」

 クロエが回転するたびに勢いを増す火炎のらせんに巻き込まれてガラがダメージを受け続けている。

「意表は突かれたけど、これくらいどうってことないさ。ガラ!」
「承知っ!」

 炎の中でガラが目を見開くと、翼の腕を広げて炎のらせんを吹き飛ばした。

「キミの強さはよく分かった、だけどここで決めようか」

「マズい、来るぞ優太ぁ!!」
「えっ!?」

 真琴の不敵な笑いで感付いた三吾が優太に警告する。

「剣よ降り注げ、幾千の剣(サウザンド・ソード)!!」
「はぁあああああああ!!」

 ガラが宙で気合いを込めると、虚空に形成されたおびただしい数のモヤから同じ数の剣の切っ先が突き出した。

「これがガラの大技……! 気を付けるんだクロエ!!」
「うんっ!」

「千の剣に召されるがいい! はっ!!」

 扇ぐようにガラが翼の両腕を振り下ろすと、無数の剣が放たれてクロエに向かって降り注ぐ。

『出たああ!! これぞガラの決め技、幾千の剣(サウザンド・ソード)!! クロエはこれを凌げるかぁ!?』

「クロエ!」
「うんっ! はああああああああっ!!」

 対するクロエも闘技場を駆け回りながら手にした二つの剣を振るい、雨あられのように降り注ぐ剣を次々と払い落としていく。

 バトルフィールドに響き渡る金属音がその熾烈さを物語っていた。

『おっとぉ? クロエも降り注ぐ剣に真っ向から立ち向かってるぅ!』

「すげーぜクロエ! オレらだってあのスキルを攻略できなかったのに!」
「――あんたにはそう見えてるの、石垣君?」
「は?」

 クロエの奮闘に興奮する三吾に美佳が物申す。

「ゆーたと真琴の二人を見てごらんなさいよ、あれでも互角だって言えるの?」
「なっ……!?」

 美佳に指摘されて目を向けてみれば、歯を食いしばって力を送る優太に対して真琴は涼しい顔と言う構図になっていた。

「頼む、頑張ってくれクロエ……!」

 手の甲から火花を散らしながらも優太は縦横無尽に駆け回るクロエに必死で力を送り続けている。

「あの分だと少年が限界を迎えるのも近い、そうなれば勝ち目はないぞ……!」
「そんな……!」

 厳しい状況に言葉を失う三吾。

 一方優太も顔を歪めつつ幾千の剣(サウザンド・ソード)の突破口を探ろうとしていた。

(あのスキルにもきっと弱点はあるはず! そう言えばあのスキルは力をすごく消費するって真琴が言っていた!)

 閃きに至りそうになったところで優太は首を振ってそれを却下する。

(駄目だ、今の状況だと僕の力が先に尽きる! 何か突破口は……あれ?)

 ふと見てみれば、剣が降り注いでるのはガラの前方で、真後ろががら空きになっていることに優太は気付いた。

「クロエ! あいつの後ろに回り込める!?」
「ご主人! 分かった、やってみる!」

 起死回生の指示を聞き入れたクロエは降り注ぐ剣を両手の火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)ではね除けながら徐々に進んでガラの背後を取る。

「飛びかかれ!」
「はああっ!!」

 そしてがら空きとなっている背後からクロエは地面を蹴り、ガラに向かって飛びつこうとした。

 しかしこの期においてもガラと真琴は動こうとしないことに優太は違和感を感じる。

(あれ、一体どうしたんだ……?)

 そして背後からクロエが肉薄した途端にガラがその体勢のまま横に身を翻した。

「ウソ……!」

 あっさりとガラにかわされて虚空に舞うクロエ。

「まんまとこちらの罠に引っかかってくれたな」

 その瞬間、クロエを取り囲むように虚空から剣の切っ先が突き出して、

「終わりだ」
「クロエぇ!!」

 その全身にまんべんなく剣が突き刺さった。

試される二人の絆

「そんな……!」

 苦痛の悲鳴をあげるまでもなくクロエは火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)と共に地面に墜落して粉塵を巻き上げる。

「ガラの死角をそのままにしておくとでも思ったかい? その手はお見通しなんだよっ」
「僕の手が逆に利用されてたってこと……!?」

 勝ち誇った真琴の宣告に優太は愕然として両膝を着いた。

 そして着地したガラの腕の一振りでクロエに突き刺さっていた剣が独りでに引き抜かれ、その身体から噴き出した鮮血が地面に紅の水たまりを作る。

「う、ウソでしょ……!?」

 その凄惨な光景に美佳を始めとしたギャラリーが口を押さえて言葉を失った。

「クロエええええええええええええええええええええええ!!」

 優太の悲痛な叫びも虚しくクロエは地に伏したまま身動き一つ取らない。

「どうする優太クン、早く降参した方がクロエクンのためだよ?」

 そんな光景を目の当たりにしても真琴は平然として降参を提案する。

「ヒドい……!」
「血も涙もねえな会長……!」

 その様子にギャラリーが口を揃えてそんなことを呟く。

 もちろん優太も既に打ちひしがれて戦意を失おうとしていた。

「分かったよ会長、僕たちの負け――」

「――――ダメ…………!」

 優太が降参を宣言しようとしたその時、今までピクリとも動かなかったクロエの弱々しい声がバトルフィールドに木霊する。

「クロエ!?」
「アタシ約束したよね……、何があっても頑張るから、ご主人はそれを信じるって。――それはウソだったの……?」
「クロエ……! 違う、嘘なんかじゃない! だけど――!」

 言いかけて口を噤む優太を一目してクロエは足腰を震わせながら再び立ち上がった。

「馬鹿なっ、あれだけのダメージを受けてなお立ち上がるだと!?」
「あの小さな身体のどこにそんな力が残っていたと言うんだい!?」

 よろめきながらも立ち上がったクロエに驚愕を隠せないガラと真琴。

 その時観席から美佳が声を張り上げて叫んだ。

「ゆーたああああ! クロエはあんたのために身体を張って頑張ってるのよ、主人が自分の使い魔(サーヴァント)信じられなくてどーすんのよーーーーーーーーー!!」

 その言葉で優太は今までのことを思い出す。

 かつて負け続きだった頃でも共にいてくれたクロエ。
 辛いことや悲しいこと、そして嬉しいことも二人で分かち合っていた。
 そしてそれは人型になって強くなった今でも変わらないどころかさらに強固なものとなっている。

(そうだよね、僕がクロエを信じてあげられなくてどうするんだ!)

「ごめんクロエ! さっき約束したばかりなのに傷付く君から目を背けようとしていた! 僕がしっかりしてないと君も頑張れないよね。 ――それでもクロエは僕を信じてくれる?」

 開眼した優太の言葉を聞いてクロエは苦痛をこらえて満面の笑みを浮かべて応えた。

「――もちろんだよ、ご主人!!」
「戯れ言はもう終わったか?」

 優太とクロエのやり取りを律儀に見守っていたガラが退屈げに腕を上げてあくびをする。

「うん、待たせたね! 勝負はここからだぁ!」

 優太が叫んだその瞬間、彼の手の甲とクロエの身体が炎のような赤いオーラを放ち始めた。

覚醒の瞬間

「な、何だ!?」
「すごい……、力がみなぎるよ!!」

 おののくガラを後目にクロエも自分の手を見合わせてその力を噛み締める。

「クロエ、まだ行けるかな!?」
「もちろんだよ!」
「それじゃあ行くよ、正面突破だ!」

 顔を見合わせてから優太の指示でクロエがガラと向き合い、正面から突進して瞬時に肉薄した。

「は、速い!」
「はああああっ!!」

 そのままクロエが燃える拳でガラの顔面に一撃。

「ぐあっ!」

『あーっとぉ! クロエがいきなりパワーアップしたぁ!! これにはガラもタジタジかぁ!?』

 殴られたガラは大きく吹き飛ばされてバトルフィールドを囲む見えない障壁に激突する。

「はああああああああ!!」

 火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)を手元に引き寄せたクロエはその後もガラの連続蹴りと競り合うも、今度はクロエの方が優勢だ。

「馬鹿な、このワタシが押されてるだと……!?」
「平賀さんが言っていた、クロエクンの身体に眠る強化因子……まさかあれがそうなのか!?」

 突然絶大な力を発揮したクロエにガラと真琴は信じられないと言わんばかりに目を見開く。

「あれがクロエの本当の力だって言うの……!?」

 そして優太もまた驚きを隠せない。

 そうこうしている間にもクロエが長剣でガラのガードを外して何度も斬りつけていく。

「ぐっ……!」
「ガラ! こうなったらもう一度幾千の剣(サウザンド・ソード)だ!!」
「了解っ!」

 翼の腕を羽ばたかせて宙に舞い上がってからガラは再び虚空から無数の剣の切っ先を出現させる。

「また来るぞ、優太ぁ!」

 大技を前に叫ぶ三吾、しかし優太の頭には新しいスキルの名前が浮かんでいた。

「クロエ! もしかしてこれはできるかい!?」
「えっ、何!? ――やってみる!」

 いきなりの提案に一瞬戸惑うクロエだったが、すぐに指示を聞き入れる体制に入る。

「焼き尽くせ、核爆の業火(アトミック・ビッグバン)!!」
「こ、これはぁ!? うあああああああ!!」

 その瞬間、クロエの身体を中心に核爆発のような激しい炎がバトルフィールドを包み込み、直前でガラが回避するも放たれる前の剣を全て焼き尽くした。

「くっ! まさかガラの剣を一瞬で!」
「まだまだあああああ!!」

 真琴が唖然としたのも束の間、激しい炎を突っ切ってクロエがガラに飛びかかり、その懐にしがみついた。

「しまった!」
「いいよクロエ! 続けて炎上(バーニング)!」
「んああああああ!!」

 そしてクロエは尻尾も絡めながら全身全霊の力を込めて自らの身体を炎に包む。

「ぐあっ!!」
「振り落とすんだガラ!!」

 真琴の指示を聞き入れたガラはすぐさま空中で急上昇に急降下、それから急旋回にきりもみ回転を繰り返すが、尻尾も絡めて死に物狂いでしがみつくクロエを振り落とすことができない。

「くああああああ!!」

 そしてガラの身体も火だるまになる。

「そんな、ボクのガラがここまで追い詰められるなんて……!」

 形勢逆転されて顔面蒼白の真琴。

 優太はそしてさらなる指示を出した。

「トドメだよクロエ! 爆ぜろ、爆焔(フレア・エクスプロージョン)!!」
「んああああああ!!」

 クロエの身体が眩い光に包まれた途端、空中で盛大な爆発が巻き起こって周囲に爆風が吹き荒れる。

『これはすごい! なんて爆発なんだぁ!!』

 そして粉塵を突っ切るようにクロエとガラの双方が空から落下してきた。

「クロエ!」
「ガラ!」

 二人の絶叫の中でガラは体制を立て直しつつ着地したが、クロエは土煙を上げて地面に激突した。

「ううっ……!」
「ここまで来てどうやら体力切れのようだな」

 うつ伏せで地に伏すクロエに身体のあちこちが焼き焦げたガラが肩を上下させながら吐き捨てる。

「終わりだ」

 そして鋭い爪の付いた足で踏み付けようとしたその時、地に伏したクロエの身体に再び赤いオーラがまとわれた。

「まさかっ!?」

「まだ……終わりじゃ……ないもん……!!」

「クロエ!?」

「んああああああ!!」

 赤いオーラをまとったクロエはよろめきながらも再び立ち上がって雄叫びを上げるもすぐにオーラは消えて跪く。

「何かと思えば最後の足掻きか。ったく、手こずらせてくれるっ」
「待ってガラ! ――ボクたちの負けだよ」
「なっ!?」

 力尽きたクロエにトドメを刺そうとしたガラを真琴が制止して降参を宣言した。

勝利の余波

「何故だ(あるじ)! ワタシはまだ戦える、戦闘不能寸前の小娘を倒すなど造作もない!」
「ガラ! キミこそボロボロになって、そうまでして勝っても綺麗じゃないだろ?」
「しかし――!」

「それにキミも見たよね、あの瞬間クロエクンの瞳に宿った熱い闘志を。あれだけでもボクたちに勝るものだと思わないかい?」
「花を持たせようと言うのか。まあ良い、(あるじ)がそうしたいのならワタシはとやかく言わん」

 ガラが納得したところで真琴は改めて降参のサインを出す。

「なんとーーーーーっ!! あの生徒会長がまさかの降参ーーーー!! と言うことでこの勝負、クロエの勝利ぃ!」

 実況の判定で観席が一気に歓声で満たされる。

「え……!?」

 この状況に優太は何が起きてるのか分からないと言った感じで呆然としていたが、おぼつかない足取りで歩み寄るクロエに抱き付かれて我に返った。

「ご主人……アタシ勝ったんだね……!」
「そう、みたいだね……。――よく頑張ったねクロエ」
「えへへっ」

 胸元にすり寄るクロエの脇腹を優しく撫でる優太。

 するとそこへ咳払いをしてから歩み寄ってきたのは真琴だ。

「おめでとう優太クン。これでキミがボクに代わって学園の序列二位だ」
「なんか実感が湧かないけど、夢じゃないんだよね……?」

 優太は戸惑いながら自分の頬をつねってこれが夢でないことを実感する。

「全く、君の使い魔(サーヴァント)はとんでもないことをしでかしてくれたな」
「いやぁ、それほどでも~」

 ガラの皮肉った賞賛に優太は後頭部をさすってはにかんだ。

 すると真琴が優太の右側に密着し、緑色のネクタイをほどいてからワイシャツの上から二つのボタンを外す。

「ちょっと、真琴!?」
「はぁっはぁっ、優太クン……このボクを二位の座から突き落としてくれた責任は取ってくれるよね?」
「いや、だから何やるつもりなの!?」

 胸元の谷間を露わにしながらあえいですり寄る真琴に優太は激しく狼狽えた。

「こらーーーーーーーっ! 真琴おおおおおおおお!!」

 そこへ絶叫しながら観席から美佳が駆け込んで、優太から真琴を引き剥がす。

「何するんだい美佳クン! せっかくいいところだったのに!!」
「なぁにがいいとこよこの雌狐っ! ドサクサに紛れて色気を売って、ホントムカつくんだから!!」

 優太から引き離されて口先を尖らせる真琴に美佳は吠えた。

 しかし真琴はすぐにゲスな笑みを浮かべて美佳にこう告げる。

「ははーん、もしかしてキミは胸がなくてこれができないから妬んでるんだねぇ?」
「なっ、何言ってるのよ真琴ぉ!?」

「おや、キミは知らないのかい? 女の胸は男の憧れ、ペッタンコな胸のキミよりもそこそこ胸のあるボクの方が有利なのは事実だ。ねっ、優太クンっ」

 誇らしげに胸を張ってから優太の腕に胸を押し当てる真琴。

「えっ、いやあの……!?」

「ゆーた……、やっぱりおっぱいがあった方がいいわけ……!?」
「美佳!? いや違うんだ、僕は決して胸なんかで女の子を選んだりなんか――!」

 自分の平坦な胸に手を当てながら涙ぐむ美佳と相変わらずアピールしてくる真琴に優太はすっかりしどろもどろだ。

 ふと優太は自分の胸元にしがみつくクロエに目をやって、彼女が負傷してることを思い出す。

「ごめん二人とも! 僕はクロエを保健室に連れて行かないとだから、それじゃあ!」
「「あーっ、ちょっとぉ!!」」

 そして優太はクロエを抱えると美佳と真琴の二人を振り切って保健室に直行したのだった。

真琴の思い


「安心して夜森君、これでクロエは無事に治癒するはずよ」
「ありがとうございます」

 学園の保健室にクロエを連れ込んだ優太は保健室の先生である山崎に処置を施してもらった。

 ちなみにクロエは今リカバリーカプセルと言う、治癒成分の含まれた薬液で満たされたカプセルの中で安静にしている。

「よく頑張ったねクロエ。ゆっくり休むんだよ」

 透明なカプセルの壁越しに優太が語りかけると、クロエは中でにこやかに微笑みながらチューブで繋がれた口から(あぶく)を噴き出す。

「それで夜森君はこれからどうするつもりなのかしら?」
「できればクロエが元気になるまで見守っていたいです」

 山崎先生に問いかけられた優太はクロエを愛おしそうに見つめながら答えた。

「そう。クロエの容態も安定してるみたいだから先生は少し席を外すわ。だけど遅くなる前に寮に帰りなさいよ?」
「分かりました、山崎先生」

 確認を取った山崎先生が保健室から出ると、代わりに入室したのは真琴とガラだ。

「優太クン!」
「真琴! どうしたのそんなに慌てて!?」

 慌てて駆けつけたのか、保健室に入る頃に真琴は息を切らしてショートカットの黒髪も乱れている。

「優太クン、さっきはゴメン!」
「いきなりどうしたの一体!?」

 突然頭を下げる真琴に優太が戸惑っていると、代わりにガラがぶっきらぼうに説明を始めた。

「なんでも先ほどの使い魔合戦(サーヴァントファイト)で小娘をあのような目に遭わせたことを謝りたいんだとさっ。あれはあくまでバトルなのだから謝る必要などないとワタシは思うんだがなっ」
「そんなこと言っちゃダメだよガラ! クロエクンは優太クンにとって大切な家族なんだからさあ!」

 素っ気ないガラの頭も無理矢理下げさせる真琴を優太は苦笑してなだめる。

「気にしなくていいよ真琴。クロエもこの通り大丈夫そうだから」
「そうかい、なら良かった」

 優太の穏やかな言葉にホッと胸をなで下ろした真琴は今度は真面目な顔でこんな話をもちかけた。

「優太クン、ボクを破ったキミには言っておかなければならないことがあるんだ」
「何、真琴?」
「いいかい優太クン、勝負に勝つってことは負かした者の思いを背負うと言うことなんだ。ボクはまだ公式大会に出場するチャンスを失ったわけじゃないけどそのことは忘れないでおくれよ?」
「ついでに言えば君が第二位になったと言うことはその地位に居続けることに全力を注がねばなるまい。それが君にできるか?」
「真琴、ガラ。僕は大丈夫、だって――」

 優太はクロエに目をやりながら言葉を続ける。

「――僕にはクロエもいるんだから」
「そうかい、キミらしい答えだねっ」

 穏やかな答えを受けて真琴は少し苦笑気味に微笑んだ。

「それから優太クン――」
「な、何?」

 それから真琴は急に目をトロンとさせてから優太にすり寄る。

「やっぱりボクはキミを放っておけない、だからお嫁さんとしてキミを支えさせておくれよ」
「どうしてそうなるの!?」

「何やってるのよバカーーーーーーーーーーーーッ!!」
「今度は美佳ぁ!?」

 何を察したのか息を荒げながら駆け込んできたのは美佳であった。

「またキミかい美佳クン! どうも最近タイミング良すぎないかい!?」
「真琴ぉ……、あんたってやつは性懲りもなくうううううう」

 嫉妬に燃える美佳は双眸をギラギラと光らせ、気のせいか声のトーンもいつもより二段階くらい低くなっている。

「まあまあ落ち着いてよ美佳。ほら、真琴も僕から離れてっ」
「ゆ、優太クンがそう言うなら……」
「真琴、あんたなに雌の顔になってるのよ」
「ボクは最初っから女の子だよぉ!」

 優太に言われて渋々離れた真琴は美佳の言葉に口先を尖らせる。

「全く、お前たち二人は仲がいいなぁ」
「「良くないっ!」」

 後から舞い込んできたエリシエルに美佳と真琴が二人仲良くツッコむ。

新たなる戦いへの決意

 そして下校時間も間近になった保健室では優太と美佳にエリシエル、それから真琴とガラの五人がクロエの入ったリカバリーカプセルを見つめていた。

「そろそろ下校時間ね」

「ずっとここにいたいのも山々だけど、ボクたちはここで失礼するよ」
「さよなら、真琴」

 山崎先生に下校時間と告げられ真琴はガラを連れて保健室を後にして、その場に優太と美佳、それからエリシエルが残される。

「ねえゆーた」
「何、美佳?」
「あんたはその……真琴のことはどう思ってんの?」

 美佳の唐突な質問に優太は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに答えた。

「君と同じで大切な友達ってところかな」
「そう、それなら良かったわ。――あいつはそう思ってないでしょうけどねっ」

 目を細めて拳をギュッと握り締める美佳に優太は背筋を寒くする。

 続けて話題を振ってきたのはエリシエルだ。

「少年、あのオトコ女たちがバケネズミーランドで言っていたことは覚えてるか?」
「えーと、クロエが悪い科学者に狙われてるってことだっけ?」
「あれなんだけど、真琴はあたしたちに関わらないで欲しいって言ってたわ。でも――」

 口を少し噤んでから美佳は続ける。

「やっぱりあたしはクロエを危ない目に遭わせるやつらは放っておけない。だってそれでゆーたとクロエが辛い思いをするなんていやだもの……!」
「美佳……ありがとう、僕たちのことをそこまで思ってくれてるんだね」
「なっ!? べべべっ、別にあたしは――ってごまかしてもしょうがないわよね」

 純粋な優太の感謝に美佳はいつものツンデレを発揮しかけて踏み留まる、すると優太からも一言。

「だけど僕もしっかりしないとかな。だって僕はクロエの保護者みたいなものなんだもん。だからもしクロエが危ない目に遭おうとしたら僕も全力で彼女を守りたい」
「そう来なくてはねっ」

 美佳が親しげに優太を肘で小突くと、リカバリーカプセルから治癒完了のアラームが鳴って開いた。

「あれ、ご主人……?」
「クロエ!」

 一糸まとわぬ姿でカプセルから出てきたクロエを優太はたまらず抱き締める。

「良かった……!」
「うん、アタシもう大丈夫だよっ」

 抱き締められたクロエは舌をペロッと出しながら笑みを浮かべた。

 そして美佳が事前に持ってきた新しい耐熱制服に着替えさせてから、優太は改まってクロエに一言。

「クロエ、まだ頼りない僕だけどそれでもこれからずっと一緒にいてくれるかな?」

 その問いかけにクロエはにこやかに微笑んで答えた。

「もちろんだよご主人、アタシたちこれからもずーっと一緒!」
「クロエ!」

 その言葉を受けて優太は感激で改めてクロエを抱き締める。

「苦しいよご主人~!」
「全く、相変わらずなんだからっ」

 そんな様子を美佳は少し呆れつつも微笑ましく見守っていた。

「それじゃあこれからも選抜戦頑張ろうね!」
「うん!」

 窓から雲一つない夕焼け空を見つめながら優太とクロエの二人はさらに絆を強め、今後の闘いに向けて意気込んだのであった。

JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。

JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。

夜森優太はクロエと名付けたクラウンゲッコーを使い魔《サーヴァント》としていたが、突如クロエが人間の姿に生まれ変わってしまう。 さらには戦闘力までもが大幅に上がり、今まで連敗続きだった優太の境遇を大きく変えることとなる。 ヒロイン最強系サーヴァントファンタジーここに開幕。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-15

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 小さき願い
  2. 清々しい朝
  3. 新学期
  4. 宣戦布告
  5. クロエVSアレス~第一ラウンド
  6. クロエの決意
  7. 再誕
  8. 生まれ変わったクロエ
  9. 共に歩む道
  10. 再戦
  11. 新たなる力:前編
  12. 新たなる力:後編
  13. 生徒会長の真琴
  14. バトル後の夕焼け空と渦巻く野望
  15. ドタバタお風呂タイム
  16. 長い一日の終わり
  17. 朝のランニング
  18. クロエVSエリシエル
  19. 真琴からの招待
  20. GTC社長
  21. 急接近
  22. 研究結果と贈り物
  23. ドキドキのち修羅場
  24. それぞれの夜
  25. 遊園地デートの幕開け
  26. バケネズミーランド
  27. テンション最高潮
  28. パレード後の事件
  29. 絶体絶命のクロエ
  30. 三吾の助け
  31. 再会
  32. 遊園地デート終了
  33. 二つの意図
  34. 楽しくて大変だった一日の終わり
  35. 選抜戦の幕開け
  36. 優太の不安
  37. 激闘の幕開け
  38. 試される二人の絆
  39. 覚醒の瞬間
  40. 勝利の余波
  41. 真琴の思い
  42. 新たなる戦いへの決意