season『春、はなびら』

――俺は、桜が嫌いだ。

母さんを奪った、桜が。

4月。俺は中学生になった。
大嫌いな桜のはなびらが、うるさいくらい目の前を舞う。


「春人ー!!」


春に生まれたから春人。なんとも安易な名前だ。
そんな俺の名前を叫ぶこの声は・・・。


「亜美。」

「もー!家まで行ったのに、おじさんが先行ったって言うから走ってきたよー!」


息を切らしながら怒ってるのが、幼馴染の亜美。


「入学式に言っただろ。もう中学生なんだから一緒に登校なんかしないって。」

「なんでよー!お家だって2軒隣なんだし、小学校は6年間ずっと一緒に行ってたじゃん!」

「だから、俺らもう中学生だろ。んなガキみたいなことできっか。」

「まだ中学生になって1週間なのに、ガキとか言っちゃって!おっかしー!」

「・・・。」


昔から亜美はこうだ。
明るくて、誰にでも優しくて、世話焼きで。
でもそれが時には人を傷つけていることを知らない。

少なくとも俺は、傷つけられた内の一人だ。


「ねーねー、桜満開だねー!」

「・・・。」


特に、この季節にこのワードは発してほしくない。



俺の、大嫌いな桜の名前を。



「桜ってピンク色で可愛いし、咲くと綺麗だし、散るときはあっという間だけど、それもハカナイってゆーかさー」


儚いのイントネーションが微妙だったあたり、最近覚えたんだろう。
俺と3日しか違わない誕生日を理由に、お姉さん気取りにもいい加減慣れたもんだ。

でも、いくらお姉さんを気取っていても、俺の気持ちもわからずにベラベラNGワードを言うあたり、認めることはできない。


「桜の話はやめろ。」

「春人、まだ桜嫌いなの?」

「まだも何も、一生嫌いだ。」

「でもさ、桜は春人のお母さんの名前にも入ってる花だよ!それにこんなに綺麗だし・・・」

「その話やめろって言ってんだろ。」


少しきつい口調で言い切る。
亜美は一瞬表情が強張ったが、そのあとは視線を落として俯いた。


「ごめんね、春人・・・。でも私ね。春人にもう一回桜のこと好きになってほしいんだよ。」


そんなこと、なんでお前が言うんだよ。
俺の大切な人を奪った、憎い花の名前なんか・・・。



――4年前。小学3年生になったばかりの4月。

誕生日のプレゼントの下見に、デパートへ母さんとでかけた。
その日は桜の満開を少し過ぎ、バス停へ繋がる近所の桜並木道は、視界が真っピンクになるほどはなびらが舞っていた。


「春人、桜吹雪きれいね。」

「そーだね。」


その時は本当にそう思った。
桜の花も大好きだった。

母さんの名前が、「桜子」だったから。


「お母さんね、春人がお腹にいるとき、いつも病院の窓から桜を見ていたのよ。」

「そのときの桜もきれいだった?」

「もちろん!桜はね、おじいちゃんが大好きな花なのよ。だからお母さんも大好き。桜子って名前も・・・。」


おじいちゃん、母さんのお父さんは俺が生まれる前に亡くなったから会ったことはない。
けど、桜の花が大好きな優しい人だったって話は、よく聞いていた。

おじいちゃんに、会ってみたかった。


「ねえ春人、プレゼントはどういうものが欲しいの?」

「えっとねー!迷ってるんだけどね、ライダーベルトと~ライダーソードと~」

「あらあら、1個だけよ!」

「え~!!んじゃあね~・・・」


楽しい日になるはずだった。
欲しいプレゼントを決めて、レストランでクリームソーダを飲んで、帰りは駅まで父さんを迎えに行って、
3人で仲良く家に帰るはずだった。

はずだったのに・・・。



「あぶない!!!!」



横断歩道を渡っている最中、誰かが叫んだ。



「春人!!!」



母さんの声がした。


したはずなのに、僕の目には母さんが見えなかった。




――――ドンッッ


鈍い音。
悲鳴。

俺はいつの間にか横断歩道の端に倒れていた。
ひざをすりむいたけど、それよりも背中を押された感触の方が痛い。



「・・・お母さん?」


なにが起きたかわからない。
とりあえず母さんがいるであろう後ろを振り向く。

けどそこには、もう俺の知っている母さんはいなかった。



道路はコンクリートが見えなくなるほどの桜のはなびらに覆われていた。

淡いピンク色の絨毯の上に、鮮やかな赤い色が飛び散っていた。


それはもう、残酷に。


飲酒運転による事故だった。

数秒前まですごく幸せだったはずなのに、今はもう、不幸のどん底だ。

運転手は花見帰りの会社員。
舞うはなびらのせいで前が見えなかったと言ってた。

自分の名前にもある桜のせいで、母さんは死んだんだ。


許せない。
あの道を通らなければ、母さんは今でも優しい笑顔で微笑んでいてくれたはずなのに。




「――――人・・・?春人?」


「えっ・・・」

「大丈夫?学校ついた、よ?」

「ああ、うん。じゃな。」

「あっ・・・うん。」


亜美とは違うクラスだ。
昇降口で上履きに履き替えて教室へ行く。

教室に行くまでにも、窓から襲ってきそうなくらいデカい桜の木が見える。



(なんか、飲み込まれそうになるな・・・)



窓の外を見ながら階段をのぼる。



(口では嫌いだって言い続けてきたけど・・・俺・・・)


「春人っっ!!!」


階段の下から亜美が叫ぶ。

8時15分。
登校した生徒たちがたくさんいる。
みんな亜美と俺を見る。



「なっ、なんだよ大声で呼ぶな・・・」


恥ずかしくて亜美のもとへ階段を下りようとするが、それを待たずに亜美は叫ぶ。



「春人!桜が大嫌いなんて嘘でしょ!?まだ好きでしょ!?だって桜は春人のお母さんの花だよ!?春人の家の人たちみんな大好きな花なんだよ!?」

「ちょ、亜美待って・・・」

「もう毎年桜見ながら悲しい顔する春人なんて見たくない!!たくさん笑った春人に戻って!今の春人見たらお母さん悲しむよ!!」

「亜美・・・。」


亜美の目には涙がたくさん溜まっていた。

こぼれないのが不思議なくらい、たくさん。



にぎやかなはずの昇降口が、静かに亜美の言葉を聞く。



「ねえ春人。桜の花言葉って、知ってる・・・?」

「花言葉・・・?」



考えたこともなかった。
ただ桜はじいちゃんが好きで、母さんが好きで、俺も大好きな花で。

それだけだった。



「桜の花言葉は、『優れた美人』。ヤマザクラは、『あなたにほほえむ』・・・。」



あなたに、ほほえむ・・・?




「春人のお母さん・・・桜子さん、すごく綺麗な人だったよね・・・。桜みたいに綺麗で、優しくて・・・。」

「・・・。」

「いつも、春人のこと、優しい笑顔で見ててくれたよね・・・?」




なんだよ。なんでそんなこと言うんだよ。

思い出しちゃうじゃんか。

母さんとの、楽しかった日のこと。


こいつはいつもそうだ。

俺のこと全部知ってるような口ききやがって。


お前はいつも、俺の横にくっついてただけじゃねーか。


ずっと前から毎日毎日、よく飽きもせず・・・。



いつも・・・。



あれ・・・。



こいつ、いつから俺のこと見てくれてたんだろう。




亜美の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。


俺の顔は・・・どうだろう。


涙が、止まんない。



「春人のお母さん、今でも春人のそばで笑ってくれてるはずだよ?そんなお母さんの花のこと・・・嫌いなんて言わないで・・・っ」




―――――ねえ、母さん。

俺ずっとあの日のこと後悔してたんだ。


俺が春に生まれたこと。

桜を見たいって言ってあの道を通ったこと。

俺をかばって、母さんが死んだこと。



全部俺のせいだって思ってた。
罪のない桜を恨んで嫌いになった。


じいちゃんと母さんがあんなに愛してた、桜のこと。

俺、嫌いになってたんだ。



そんな俺をずっと横で見てた亜美。

本当におせっかいだよな。

こんなにたくさん人のいるところで、ぶっさいくな顔で泣いて、俺のために・・・。


ねえ、母さん。

もう過ぎちゃった時間は戻せないけどさ、

また、


俺のこと優しい笑顔で見てくれる?





窓の外を見ると、

桜が、

優しかった母さんが、


ほほえんでくれているような気がした。






「亜美。」


「グスッ・・・ん・・・?」

「4年前から、お前に嘘ついてたわ。」

「え・・・。」

「自分にも嘘ついてた。」

「・・・。」



「亜美のことうっとうしく思ってた。母さんがいなくなってから更にしつこくなったし。」

「うぅ・・・。」

「気付けばいつも横にいるし。毎年春には桜の話するし。」

「だって・・・。」



「亜美に迷惑かけないつもりだったんだ。母さんのことで俺が落ち込んでるとき、八つ当たりとかしちゃったことあるし・・・。」

「そのことは別に・・・。あたしも春人の気持ち考えずに・・・。」



「お前は悪くない。毎日毎日、迷惑かけてた。心配かけてた。助けてもらってた。気付かずに亜美に支えてもらってた。」

「春人・・・。」



「いや・・・気付いてなかったんじゃない。逃げて気付かないようにしてたんだ。自分の気持ちに鍵かけて、亜美に甘えてた。本当ごめん。」

「あっ謝らなくてもっ!」




「・・・亜美。母さんさ、俺たちのこと、今も見てくれてるよね。」


「・・・!うっうん!!もちろんだよ!!」


涙で真っ赤になった目をこすりながら、亜美は頷く。




「俺さ。」




「桜、大好きだよ。」



後ろの窓の外から、サワサワと風に揺れる桜の木の音が、すごく心地よかった。




-終-

season『春、はなびら』

season、春人編でした。


桜ってちょっと怖くないですか。
すごく綺麗なんだけど、あの迫力というか・・・儚さが。

なんか襲ってきそうな感覚になるんですよね。

でも、桜=綺麗なお母さんってイメージもあります。
なぜかは、自分でもわかりません・・・。

この話書いてるとき、すごく挿絵とか書きたくなったんですけど、
美術2だった私に絵の技術なんて皆無でして。

というか、今まで絵を描いたことがありません(笑)

「桜、大好きだよ。」のセリフは自分の脳内では
階段の途中に立った、涙を流しながら笑顔の春人。後ろは踊り場。
そこについた窓の外には桜の木。みたいなイメージです。

制服は学ランです。すみません。(笑)


お話を書くって難しいですね。
言葉の使い方もキャラ設定も。


seasonは、その名の通り4人の主人公を出していきます。
次は夏編です。

一番書きたかったのは夏編です。がんばります。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

season『春、はなびら』

大好きだったはずの桜が、ある日突然嫌いになった。 事故で亡くした母は、桜が大好きな優しい人だった。 春人は、母の死を悲しみ、桜を恨む。 四季の中の4つの物語。 1つ目は、春人(ハルト)のお話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-23

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