微力は、無力ではない ~七海、社会問題作品集

日本地図を、広げてみよう。
見えるものは何か。きっと沢山の街が描かれているだろう。
その地図に、描かれていないものは何だろう。
描かれていないものが、問題なんじゃないのか?

冷たい雨 ~Cold Tears

バキッとなにかが壊れる音が空中に響いた。
「なんでテメェはいっつもいっつも……」
******

あれは私がまだ小さい頃、雨が降る日のこと。母は、逮捕された。
私への虐待容疑だった。
山内行希。その名が全国で報じられた。
私は施設で報道を見た。視界が……滲んだ。
大好きなお母さんが、報道に悪く言われてるよ……
「そんな……」
その声を、誰も聞いてはいなかった。
私を叩いたりもしたけど、「あんたなんかいらない」って言ったけど、私のお母さんは一人しかいないんだ。
お母さんを悪く言わないで!

母のところに、帰りたかった。その夜、冷たい雨は降り続けた。
空からも、私の目からも。
******
幾つもの年月が過ぎた。
いまも、母の事は好き。
だけど、私は母のようにはならない。決して我が子を苦しめたりしない。
そう心に誓いながら、歩みを進めた。
夜空には黒い雲がうかんでいた。
******
バキッとなにかが壊れる音が空中に響いた。
私だった。
娘の葵に、私が何をしたか、それは私も気づいている。
時間は十数分ほど遡る。
「あのね~、あおいね、きょう、ばあばとあそんだの。たくさんたのしかった。」
葵は笑顔で報告した。
私は、それにイラッときた。
私が子供の時、周りの大人にそんなことしてもらってないのに。
母だって、私には遊んでもくれなかった。
この前も、夫に出ていかれた。
皆に優しくしてもらえる葵がズルい。うらやましい。
「あんたなんかいらない!」
気がつくと、私は葵を叩き続けて、そして蹴飛ばしていた。
******
いつのまにか、それらはエスカレートした。
葵はいつも長袖シャツを着ている。半袖なんか着せられない。
ある日、昔からの知り合いで、近くに住む里美ちゃんの家へ行った。
里美ちゃんの家も、いわゆる母子家庭。
男の子が一人、いる。高樹くん。
上がり込むなり高樹くんと葵は、仲良く遊び始めた。
私たちは、雑談。里美ちゃんといろんなことを話した。
平和そのものな風景。
そんな中、事件は起こった。高樹くんが葵のシャツの袖にジュースをこぼしてしまったのだ。
洗おうとする里美ちゃん。でも、長袖シャツを脱がすと私のしたことがばれてしまう。
「大丈夫、あとで洗うから」
断る私。そんな私に、里美ちゃんはこう言った。
「わたし、知ってるよ。」
そして葵の袖をまくった。
「痛かった?タバコでしょ?可哀想に。よしよし」
里美ちゃんは私に言った。ハッキリと。
「虐待してたんでしょ。亜子、思い出してみなよ」
何を、と問う私に、里美ちゃんはこう言った。
「母親みたくならない、って決めたときの事。葵がうまれたときの事」
涙が、止まらなかった。
私は、葵を守り抜く。葵と共に、生きていく。
決して、二度とあんな事はしない。
空は晴れ渡っていた。
その夜、私は思い出した。
里美ちゃんが言ったことを、私が決心したときの事を、葵がうまれたときの事を。
その直後、景色が滲み、冷たい雨が降りだした。
空からではない、私の目から。
私は、葵の母子手帳を開いた。
そして、山内葵と山内亜子、二つの名前を、娘と私の名前を親指でそっと撫でた。
となりの部屋では、葵が可愛い顔で眠っていた。

絶望~Despair

少年の周りを強い風が潮のにおいと共に吹いていた。
黒い雲が空を覆いつくすこの日。
絶壁に、波が当たっては砕けていった。
少年は、空を見上げた。
そこには、黒い雲だけがあった。
どこまでも続く黒い雲。
少年にはこの世界の全てが黒雲に思えた。
仲間などいない。
この世界は、人が恨みあい、傷つけあい、憎しみあい、殺しあう。
どこにも希望はない。
少年は、目線を地面に落とした。
仲間など、いない。
少年は、崖へと一歩、踏み出した。
後には、どんよりした雨雲と、赤く染まった海、そして、水平線の向こうの晴れ間だけが残されていた。

所在不明~Missing

潮の香りがする風は、神流川県(かんながわけん)縦浜市(たてはまし)を駆け抜けた。
そして、あの雑木林も、神流川の風に包まれた。
<2005年秋>
岩森雪(25)は、彼と共にニュースを見ていた。
「…期待されるところです。次のニュースです。宮形県仙城市の自宅アパートで、5歳の秀行くんが母親から熱湯をかけられてやけどを負っていたことがわかりました。秀行くんの体には、他にもいくつかのアザや傷があり…」
そのニュースを聞いて、彼は話し始めた。
「ヒデェ話だな。」
雪は言った。
「本当に信じらんない。母親失格なんてもんじゃないわ、人間失格よ。」
「まったく最近の親は…子供のことを考えてあげる事はできないのかね」
彼がそう言ったとき、ちょうど雪の娘である空(3ヶ月)が泣き出した。
テレビはいつの間にか、天気予報に変わっていた。
<2012年春>
あれから何回もの季節を過ごした。そして雪はある土地に定住しつつあった。
縦浜市である。住民票などは移していない。彼とは、ずいぶん昔に別れた。
空は雪に話した。
「ねぇ、ママ。」
なに、と雪は答えた。
「なんでそーちゃん学校行けないの?」
雪は回答に困った。住民票を動かしていない上に経済的な面でそれどころではなかったのである。
「いつか、いつか学校に行かせるから。お願い、それまでほんのちょっとだけ待ってて。」
と雪が言うと、
「いつかっていつ?」
今度こそ雪は答えられなかった。
<2012年初夏>
空は、現住所不明かつ、学校にも行かない(行けない)、いわゆる「所在不明の子」となっていた。
雪は、交際し始めた松戸竜(29)と同居を始めた。
ところが、竜は空に暴力を振るい始めたのである。
雪は、竜に嫌われたくないがために、それを黙認した。
<2012年夏>
外では蝉がミンミンジージーと鳴き始めた。
空は椅子に立って戸棚を漁っていた。
その手には、竜の好きなポテトチップス。
袋の破ける音が空間に響いた。
そこに現れたのは、竜。
「だから勝手に食っちゃいけねぇって言ってるだろうがこのチビ!」
それから竜は、空の髪の毛を引っ張りながら浴室に連れていった。
そしてとても冷たいシャワーを浴びせながら、暴力を繰り返した。
雪は、どちらに味方してよいのかわからず、ただただその場に立っていた。
月が、どこまでも澄んで見える夜だった。
何時間かが経った。布団に寝ている空。
雪は、その空にそっと話し始めた。
「あのね、実は…」
空の本当の父親の事。自分の過去。
目を冷まさない空に、雪は話し続けた。
そのまま雪は空のそばで一晩中起きていた。周りの家の明かりが消えても、だんだんと明るくなってきても。
未明の時点では、空の体温もまだあったと思う。
東の空に太陽が昇った。きれいな日の出だった。
ただ布団で眠る空は、岩森空という一人の人間は、永遠の6歳になった。
それはあと少しで、7歳の誕生日を迎えようとしていた日の事だった。
その小さな体を捨てるために山に行く車の音だけが静かな明け方の街に響き渡っていた。
それから、蝉が鳴き止み紅葉が散り、雪が降り桜が舞って、また夏がやって来た。
<2013年 夏>
亡骸が見つかった。縦浜の雑木林の中で。
その縦浜を、風はやさしく包み込んだ。
その雑木林でも、その風で供え物のジュースがそっと倒れた。
そのジュースは、土に染み込んでいった。まるで空が飲んだかのように。
しばらくの時が流れた。
納骨の日、空には虹がかかっていた。
所在不明の時点で気づけなかった児童相談所のピカピカの壁は、信用を失ったかのように汚れて見えた。
空の墓にある、誰かが供えた線香から上がった煙は、虹のかかる空に消えていった。
それはまるで、空が虹を渡って昇っていったかのように。
その時、縦浜市の海は、青く輝いていた。
その水面には、希望を表すかのように、まるでひまわりのように暖かな色の、オレンジ色のリボンが浮かんでいた。

みんな気づいていた ~Abuse

考えたこともなかった。
ママが、とつぜんいなくなっちゃうなんて。
———————————————————————
(ΧΧ10年6月9日・太酒市内マンション「ガーデンコート」303号室)
鳥のさえずりが聞こえる。あぁ、また朝が来たのか。
ドアがガチャっと音を立てて開く。ドアの向こうから、ミシミシとテープを剥がすような音。
ママだ。ママが帰ってきたのだ。
焦る気持ちをそのままに、わたしは素早く部屋のドアに向かった。しかし、まともに歩けない。
「ママ、おかえり。」
「ん。」
と、ママはコンビニの袋から食べ物を取り出して袋を開け、ジュースにストローを挿した。
ひさしぶりの食事、ひさしぶりのママ。
それなのに…それなのに。ママは、出掛ける支度を始めた。
「ママ、またいかなくちゃいけないの。梅、お留守番できるよね。」
ママが出掛けたら、もうママには会えないかもしれない。それはいやだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!
「ママ、いかないで、まってよ、ママー」
部屋のドアは閉まった。わたしの泣き叫ぶ声は、ただ部屋の空間に響いていた。
ドアに駆け寄る。ドアノブに手を伸ばす。届かない。
この時ほど、あともう少し身長が欲しいと思ったことはない。
外から、テープでドアを塞ぐ音。そして、玄関のドアを閉め、鍵をかける音。
わたしはまた、地獄の現実に戻っていった。
———————————————————————————
(6月13日「ガーデンコート」302号室)
今日も、子供の泣き声が聞こえる。
最近、毎日毎日である。お隣はどうなっているのだろうか…と、黒石みどりは考えた。
思い付かない。そうだ児相だ、児童相談所がある。電話番号はすぐにわかった。
思いきって、掛けてみようか…いや、間違いなら迷惑がかかる。
みどりは、持ち上げた受話機を、ゆっくりと下ろした。 ———————————————————————————
(6月15日国内某所)
私はこの地を歩いている。太酒から、遥かに離れた地。
忘れたい…逃げたい。母親であることを放棄したい。
なのに…どうして梅の顔は私の頭から離れないの?
その顔を無視するかのように、振り切るかのように、私はこの道を進み続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(6月20日「ガーデンコート」)
ピンポーン、と、ベルを押した。反応はない。ピンポーン。もう一度。
児童相談所に入ってから、子供に会わせてもらえない家は少なくないことは僕も知っている。
ドアスコープを外側から覗き込む。人のいる気配はない。
一応、報告だけはしておくか…と、僕は相談所へ戻り始めた。 ——————————————————————————————
(6月23日「ガーデンコート」)
ぴんぽーん
応答がない。
「お届け物でーす」
俺は言う。留守か…?
俺は、不在の紙を郵便受けに入れ、立ち去ろうとした。そこで気がついた。
イッタイコノニオイハナンダ?
異臭を感じたが、俺は早足でトラックに戻り、エンジンをかけた。
走るトラックの後ろには、土煙だけがのこされていた。
———————————————————————————————
(6月25日「ガーデンコート」303号室)
わたしは床に横たわっていた。視界がぼやける。
立ち上がろうとしても、全く立てない。
思い出してみると、ママが出ていった日まで、考えたこともなかった。
ママが、とつぜんいなくなっちゃうなんて。
壁には、暖かなオレンジ色のひまわりの絵。わたしは薄れる意識の中、やっとの思いで声を上げた。
「ママ…」
そうして、わたしは永遠の眠りについた。3歳と少しだった。
———————————————————————————————
(2014年下旬東日本某所)
七海は、リモコンのボタンを押した。ピ、と音がして、テレビがつく。
太酒の近隣の街で虐待によって衰弱死した3歳児のニュースがやっている。
ああ、またか…と、七海はテレビを消した。そして同時に思う。今度も、防げなかった、と。
児相への通報は市民の義務。それなのに…。太酒の時も、みんな気づいていたのに。
その部屋には、鮮やかなオレンジ色のリボンが落ちていた。
まるで希望の花のように、暖かく。

気づいていたから(『みんな気づいていた』番外編)~Orange

(あらすじ)
※詳しくは「みんな気づいていた~Abuse」本編をお読みください。※
考えたこともなかった。ママが、とつぜんいなくなっちゃうなんて。
太酒市内にあるマンション「ガーデンコート」の303号室に住む、梅(3)。
ママは、たまに帰ってきてはまたすぐに出掛けてしまい、何日も何日も戻ってきてくれません。
お隣の302号室に住む黒石みどりは間違いなら迷惑が掛かると、児童相談所への通報をためらってしまいました。
—————————————————————————————
(ΧΧ10年6月18日「ガーデンコート」304号室)
白い受話器が、澁谷太一の手に握られていた。右手の人差し指でボタンを押す。
1、8、9。
少し前までは10桁だった児相のダイヤルが、今はわずか3桁で分かりやすい。
「もしもし。お隣の家で毎日、子供の泣き声がします。大人のいる気配もないですし、なにかおかしいのですが…」
—————————————————————————————
(6月20日 国内某所) 私が考えていることは一つだった。 梅を、捨てたい。忘れたい。
でも……一目会いたい。
青空の下、私は歩みを止め、太酒へと戻り始めた。 ——————————————————————————————
(同日「ガーデンコート」303号室前廊下)
ピンポーン、と、ベルを押した。反応はない。ピンポーン。もう一度。
児童相談所に入ってから、子供に会わせてもらえない家は少なくないことは僕も知っている。
ドアスコープを外側から覗き込む。人のいる気配はない。
一応、報告だけはしておくか…と、僕は相談所へ戻り始めた。
——————————————————————————————
(同日 西太酒児童相談所)
「戻りました〜」
僕は席につくと、資料をまとめ始めた。
「どうだった?」
後ろから声を掛けられた。振り返ると上司の館林広樹が立っている。
「あ、先輩。この件なんですけど…」
僕の中途半端な対応に、館林先輩が雷を落としたのは言うまでもない。
———————————————————————————————
(6月21日午前 「ガーデンコート」303号室)
郵便受けを覗くと児相からの紙切れが入っていた。 私は鍵を開け、扉を引いた。
何かが腐ったような臭いやこれまでに体験したことのないような異常な臭い。
それらが部屋の空間に充満していた。
紙切れを玄関のゴミ箱に捨て、リビングへと進む。
玄関からリビングに通じる扉。そのテープを剥がし、扉を開けた。
扉の先は…地獄だった。
ふらふらと、梅がやって来た。
「ママ……」
「これ食べなさい。すぐまた帰ってくるから、良い子にしてるのよ。」
もちろんここには二度と帰ってくるつもりはない。
私は部屋を出た。テープを貼り、鍵をかけて。振り返ることは、しなかった。
————————————————————————————————
(同日午後 「ガーデンコート」)
僕は館林先輩と「ガーデンコート」にいた。
「どうするんですか、聞き込みをして」
「決まってるだろ、そこで何かが起きてるんだ。調べるしかない!」
「どうせ誤報ですよまた。」
「取り返しのつかないことになったらどうするんだ!調べてから言え!」
これ以上なにか言うと、また雷が落ちると思い、僕は口を閉じた。
303号室、栗原とある。ベルをならす。やはり何も起こらない。
304号室から312号室まで、3階の各部屋を聞いて回った。
しかし、泣き声以外の情報がほとんどない。これでは根拠が薄い。
唯一新たにわかったことは、この家に23歳の母親と、3歳ぐらいの梅という娘が住んでいることだけだった。
逆方向に向かい、302号室のベルをおす。
表札には、黒石とある。 出てきた女性は言った。
「何もおかしなことはありません。」
僕には、どこも異常ではない、普通の応答に聞こえた。
しかし館林先輩は、それは本当なのか怪しく思ったらしい。
「近くに、泣き声を聞いている方がいます。本当に何も知りませんか?」
「実は先日、隣の部屋から…」
女性は泣き声を聞いていた。しかも、それだけではなかった。
インターホン越しに、「ママ〜」と呼ぶ声が聞こえる事があるらしい。最近は減っているそうだが。
さすがに僕もおかしいと感じた。もしかしたら、母親がいないのではないか… 館林先輩は言った。
「帰って緊急受理会議だ。強制立ち入り調査をする!」
「強制…できるんですか?」
「許可が降りるかは厳しい。難しいのはわかってる。でもやるしかないんだよ!」
————————————————————————————————
(同日 児相へ戻る自動車の車内) 「先輩、さっきは別人みたいでしたよ。どうかされたんですか?」
その質問に、沈黙が流れた。しばらくして、館林先輩が口を開いた。
「オレだって気づいていたんだ…。オレは昔、縦浜市の児相で働いていた。 そこには空ちゃんって子がいた。まだ、6歳だった。母親の交際相手から、暴力を受けていたんだ…… オレの家は偶然、空ちゃんの家に近い場所だった。夜中に怒鳴る声や泣き声も聞こえた。職場の児相にも通報があった。」
「その子…どうなったんですか?」
「死んだよ」
先輩は続けた。
「その時オレはなにも出来なかった。いや、しなかった。気づいていたのに……だから、今回こそは助けたいんだ 」
「そんなことがあったんですね……」
「空ちゃんの泣き声が、今もオレの耳から離れない。なぁ、この事件、梅ちゃんの命はどこにあると思う」
「『ガーデンコート』ですか?」
「違う。梅ちゃんの命は、オレ、そしてお前の手のなかにあるんだよ」
僕ははっとした。自分達の仕事が、他人の命を左右すること。ずっと前からわかっていたはずなのに……
「先輩、僕、頑張ります。一緒に梅ちゃん助けましょう!」
————————————————————————————————
(同日夕方 新太酒駅新幹線ホーム)
<まもなく、26番線に、『きぼう189号』東京行きが16両編成で参ります。この列車は…>
線路の向こうにライトが見えてきた。私は、この街に別れを告げる。
新たな地でやり直そうと、わずかな所持金以外全てを捨て、列車に乗り込んだ。
梅のところにもどろう、という気にはならなかった。
—————————————————————————————————
(6月22日「ガーデンコート」303号室前)
立ち入り調査を宣言し、ガコガコとドアノブを動かす。ガタ、と音がして、鍵が壊れる。
館林先輩は乱暴に扉を開いた。僕は室内へ飛び込むと同時に叫んだ。
「梅ちゃん!!」
児相の名札についているリボンと、部屋に落ちているひまわりの絵。
二つのオレンジ色が、キラキラと輝いていた。
——————————————————————————————————
(6月23日「ガーデンコート」302号室)
つけたままのテレビがニュースを報じる。お隣の事件だ。
黒石みどりは、考えた。
何であのとき通報をためらってしまったのだろう。なんであの後児相の職員にあんな話をしたんだろう。
でも、これだけは言える。
気づいていたから。私や他の住民、児相職員が気づいていたから。
だから、救えた命だ。
——————————————————————————————————
(同日 館林広樹の自宅)
館林は一口、コーヒーを飲んだ。
梅ちゃんは救えた。でも、母親は救えなかった。
おそらく、母親は裁判で有罪になるだろう。 そうでなかったとしても……
梅ちゃんが死にそうな思いをしたのは確かだ。
誰も苦しむことのない、全ての子供たちが幸せになれる太酒を、日本を、世界を作れないのか。
ベランダへ出る。
空は、青かった。公園にある梅の木は元気そうに見えた。
オレンジの吹き流しが風に吹かれていた。 明るい未来を表すように、希望を伝えるように、梅ちゃんの幸せを祈るように。暖かな色で、ゆっくりと。

微力は、無力ではない ~七海、社会問題作品集

*冷たい雨~Cold Tears*
悲しい出来事は、絶えない。
多分、今このときも、どこかで泣いている、苦しんでいる子はいるはず。
もう一度考えてみませんか、虐待の事。
*絶望~despair*
この世界に絶望した少年の話です
*所在不明~Missing*
悲しい現実。
このようなことが二度と無いことを願います。
この作品を、A.Yさんに捧げます。合掌。
*みんな気づいていた~Abuse*
実話を基にしたフィクションですが、実際とは大きく異なります。
初めてのオムニバス形式に挑戦!
この作品の登場人物すべて(七海を除く)、303号室で起こっていることに何か気付いていました。
でも、誰も積極的行動を取らない。 これが、問題なんです。
皆さんに、お願いがあります。
あなたの周りで、何かおかしい家はありませんか? 子供の泣き声が連日する、子供に不自然なアザや傷があるなど、おかしな点はありませんか?
児童相談所「189」までご一報ください。 これは児童虐待防止法に定められた義務です。
この作品の執筆中にも札幌での虐待のニュースが入ってきました。
悲しい出来事を繰り返さないために。 匿名でも構いません。
この作品の全ての読者におねがいします。
2015年10月1日(執筆完了日)
オレンジリボンを片手に
七海
*気づいていたから(『みんな気づいていた』番外編)~Orange*
「空ちゃんの幼い命も、梅ちゃんの幼い命も、本当は作者の手のなかにあったのですよ。」
本編(「みんな気づいていた」)を公開した際、上のようなコメントがついた。
この言葉には正直、はっとした。
どうしたら梅ちゃんを救えたのか……
本編ではそれを読者に考えていただき、行動してもらい、日本を、世界を変えようと思った。
番外編では私なりに考えた助ける方法を描いた。
児相にはもちろん頑張ってもらう。でも、地域でも協力してほしい。
オレンジ色の明るい未来は、世界が変わった、その先にきっとある。

微力は、無力ではない ~七海、社会問題作品集

私が社会問題について書いた作品の数々。 これらを書くことで、少しでも社会問題に関心をもつ人が増え、解決に繋がったらいいな。 新作ができれば、更新するかもしれない。 私にはこれを書くという小さいことしか出来ないけど、その微力が山となって、大きな力になる。そして、世界は変わる。つまり、微力は無力ではないのだ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 冷たい雨 ~Cold Tears
  2. 絶望~Despair
  3. 所在不明~Missing
  4. みんな気づいていた ~Abuse
  5. 気づいていたから(『みんな気づいていた』番外編)~Orange