絶対に夢を叶える薬
Aは不安に駈られていた。
「絶対に夢を叶える薬、あります」。雑誌裏のパワーストーン並みの信用度の謳い文句につい引き寄せられ足を踏み入れたとあるビルの一室。
そしていまAの目の前にいる、例の広告を出していた主も、また胡散臭さでは比毛をとらない。
「時にあなた、人間ってのはとかく無駄足を踏みがちだとは思いませんか。例えば野球の才能がある子がいたとして、その子が野球の才能があることに気づかずに、サッカーだとかテニスだとかに時間を割くってのはまさに無駄ですね。最初から野球だけやってりゃあメジャーリーガーなんて量産ですよ」
Aはなんとか頷いた。
「えっと、つまり、夢を叶える薬というのは、わたしのなかにある才能を引き出してくれるもの、ということですか?」
「いえいえ、わたくしの薬は、プロ野球選手になりたいという夢を抱いたサッカーの才能を持つ子をプロ野球選手にする、というものですよ」
「その、すみません、つまり、、?」
「あなたが如何なる才能を持っていようと関係ありませんな。わたくしの薬さえ使えば、その道の資質の有無に関わらずあなたの夢を叶えて差し上げましょう。それが、こちらです!」
男は青いカプセルをじゃじゃーんばかりに掲げた。
なんの神秘性もないそれを、男はAの手のひらにのせた。
「使い方は簡単。あなたの夢を強く念じながら一息に飲み込むだけです。詐欺と言われるのは心外ですのでお代は結構。まあ、叶ったらお礼のひとつやふたつ言いに来てくださればそれで充分です。ささ、どぞー」
Aはカプセルに視線をおとした。もし、毒だったりしたら?
Aは苦笑いした。いまさら死ぬことを恐れるなんて。
「お金持ちになりたい」そう呟き、Aはカプセルを飲み込んだ。
半年後。Aは同じビルの一室に乗り込んだ。
「おや、あなたでしたか。随分上品な服装で。黒一色で素敵ですよ」
「これは喪服よ!あんた!なんてもの渡してくれたのよ!」
Aの目は血走り、髪はぼさぼさ。人が見れば思わず遠巻きにするような状態だった。
「あなたの夢は、お金持ちになりたい、でしたね。そういえばIT長者のNさんとの結婚会見、テレビで拝見しましたよー。夢も叶いましたでしょう?」
「えぇ!えぇ!叶いましたとも。物質的にも精神的にも満ち足りた生活を送れましたわ。それになによりわたしは夫を愛していたのです。そう、愛していたんです。それが最も大事でした。なのに、あのひとは、わたしの夫は、、、」
Aは上等な喪服が痛むのも厭わず崩れ落ちた。
「月並みな台詞ですがね」男はAを慰めるでもなくぶらりと部屋を歩いた。
「お金と幸せってのは生憎、仲良しこよしってわけじゃあないんですよねぇ。ま、なんにせよあれだけお金持ちの方なんですから、さぞかしがっぽりでしょう?い、さ、ん」
Aは男を突くような視線で睨み付けた。
男は道化じみた仕草でひょいと肩をすくめてみせた。
「なんにせよ、あなたの夢は叶えましたよ。お金持ちになるという夢はね。、、、そうそう、今のあなたにぴったりの夢を叶える薬がありますよ。幸せになれる薬です」
男は赤いカプセルをAの鼻先でちらつかせた。
Aは満身の力で男の手を払った。そのまま部屋を飛び出していった。
男はやれやれと床のカプセルを拾い上げた。
「勿体無い、勿体無い。しかし、まぁ、懸命な判断ですかね」
男はカプセルをポケットに仕舞った。
絶対に夢を叶える薬