満月ロード
人間の土地では、国王を各国に。
魔物の土地では、魔王を一匹たてた。
城から抜け出した魔王は、人間が祭り上げた“勇者”という存在を気付かぬうちに潰してしまっていた。
そのことで“勇者”の存在に気づく魔王。
空いた“勇者”の席を奪いに行くことにした。
魔王の本当の計画はそれだけではなかった。
魔王らしくない魔王のお話。
第1話
短命で魔力を持たない者は、生き残るため、魔力を持った者を殺める。
長命で魔力を持った者は、生き残るため、魔力を持たない者、逆らう者を殺める。
魔力を持たない者は、自分たちのことを「人」と呼び。
魔力を持った、恐ろしい者たちを「悪魔」と呼んだ。
魔力を持った者は、魔力を持たない者を「化け物」と呼び。
魔力を持った、強き者たちを「魔物」と呼んだ。
時と年月が経る事により、自然と呼び名は統一された。
魔力を持たない者を「人間」や「人」と。
魔力を持つ者を「魔物」と。
但し、お互いの仲だけは、悪くなる一方で。
尚且つ、長命を持つ魔物の中には、魔物の間でも最も恐れられる、「魔王」が一匹。
短命だが、魔物を滅ぼす意思が強い人間の中には、「人王」が各国にあらわれた。魔物が魔力で使用する「魔法」に対抗するため、人々の一部で、呪文を使用する「魔術」の研究が進み、活用されていた。
「ひ、ま」
「狩りにでも出ましょうか?」
「えー。罪もない“人間”を殺す趣味はないよ」
暇で暇で仕方がない俺は、人間の敵といわれている魔物の王。魔王である。
強大な魔力を持ち、残酷な殺害を好む、善意のかけらもない魔物の中の魔物。「魔王」ということで恐れられている。
が、そんな噂と現実は違うもの。別に残酷な殺害・殺戮を好むわけでもないし、頭が良いわけでもない。確かに、幼い容姿の割に数千年生きているし、強大な魔力も持っている。
身長160センチ、人間容姿年齢18歳、精神年齢15歳と少々低め。魔物実際年齢1000歳越えの男。1000歳を過ぎた時点で、歳を数えるのをやめた。血で染まったかのように、赤黒い髪と赤と黒が混じる瞳。生まれつき、爪の色も赤と黒が印象的。魔物の中で綺麗だと言われている色合いを兼ねそろえていた。
ついでに、856歳という中途半端な時期に魔王に選ばれた。その時に 「お傍にて尽くします」 とやってきた、身長179近くの人間容姿年齢24歳、当時魔物実際年齢1059歳の男。生まれつきだろう金髪を腰付近まで綺麗に伸ばし、綺麗な青色の瞳。他の女魔物からモテモテな容姿だろうその姿の持ち主が現れた。そんな男の名を“シェイル” と言った。
そして、今も控えめにほほ笑みながら、魔王の椅子にてふんぞり返っている俺の隣に立ち、楽しく狩れそうな場所を考えている。
他にも俺に仕える者はいるが、懐いているのは数名。
魔物のくせに庭をいじるのが好きな男や、料理に命をかけている男。掃除が大好きな気の強い女と、情報収集の為自主的に旅に出ている男がいた。
「人間には罪があります。我々を殺そうとしている」
「それは無暗に人を殺すからだろう? 人間は敵だと感知したものは人だろうが魔物だろうが殺すんだ。俺たちと同じだろうが。魔力を持ってるか持っていないかの違いだろう?」
「…あなたはもっと
「魔王らしくしろ?」
「わかっているなら」
「んー。別に魔王だから、“あれしてくれこれしてくれ”って言われないじゃんか」
「恐れられているから言えないのでは? いいことです。アマシュリもそう言っていたではありませんか」
いいことなのだろうか。
王として魔物の要望を聞き、どういう風にこの世を持って行ってほしいという希望を聞かなければいけないものだと思っていたが、王となって数年後、特別何もしなくていいという結論になった。
人王の中では、その持っている国の民の意見を聞き、よりよい国にしようと頑張っている王がいた。その考え方が気に入っていて、何もしなくていいと思った数年後、魔物の中に潜り込み、いろいろな話を聞いていた。その中で、面白い情報を持っている者がいた。それが、今魔王に仕える情報旅魔である“アマシュリ”という男だった。
人間で言う15歳くらいの若い容姿をしたアマシュリは、記憶力のいい男だった。年に数回しか魔王の姿で城から出ない、俺の姿を覚えていた。特徴を口で伝えれるくらいに。そんな魔王の話を聞いているうちに、アマシュリを気に入っていた。
しかも城から出てもしゃべることをあまりしないため、魔王の声を覚えている者などそう多くはない。それなのに、俺が別の魔物のフリをして話している声で、魔王だと気付いた。魔王だとバレずに外に出るため、口を開くのを嫌う魔王というのを印象付けたというのに、少し話しただけで気付くということは、相当な観察力があると思い、城に招待した。
束縛されるのが嫌いな旅人としてみれば、仕えることなんて御免だと思っていたし、実際アマシュリもそう言った。
『別に束縛し、傍に置いておくつもりはない。そんなことをしたら情報が入らなくなるから。だから、自由にしていい。但し、情報がほしいときに呼ぶ。相当急いでいないときはすぐに来いなんて無茶は言わないし、来れないときはそう言っていい。そういうスタンスをする者を嫌うか?』
にっこりほほ笑みそういうと、想像や聞いていた魔王の性格とはかけ離れています。気に入りましたと言って、微笑んだ。
それから情報がほしいときにはテレパシーを飛ばしたり、自主的に城に訪れ、いい情報や悪い情報を伝えてくれた。いい友だ。
「アマシュリかぁ…元気にしてるかなぁ」
「お呼びしますか?」
「ううん。いいよ。俺が会いに行く」
「では、今いる場所を聞いておきます」
「いいって。探すよ自分で。たまには運動しなくっちゃね」
そう言って椅子から飛び降り、両手を合わせて天井に向けて身体を伸ばす。
最近、魔物の領域に人間が入り込もうとしてきているという話がある。アマシュリから聞いたわけではないのに、閉じこもっている俺の耳にまで入ってきているということは、相当被害があったのだろう。
その駆除もしておきたい。
実際、人間は嫌いじゃない。楽しいし、技術を持っている。最近、人間が作ったゲームというものが気に入り、人間のフリをしては、買い求めに走ったりしていた。
拘束魔法以外、魔力が強いわけではないアマシュリのためにも、魔術者を近寄らせないようにしなくてはいけない。
俺、魔王が成立するまで、人間と魔物の領域は混ざっていた。だが、そんなことは争いが起き続ける一因にしかならないと考え、魔王になって一番初めに、領域の確保を行った。魔王の城を中心に、徐々に人間の土地を占領し、広げさせた。そして、ある程度の領地領海領空を手に入れた後、広げるのをやめさせた。
人間の土地がなくなってしまうのは可愛そう。という心で。
もちろん、魔物には伝えなかった。
『全ての領地を奪ってしまったら、楽しくないだろう?』
そう微笑み止めさせた。
そんなんで止まると思っていなかった為、呆然としてしまった。
「さて…。出かけるか」
「魔王。これを」
「外、寒いか?」
「冷え込み始めています」
「そう」
シェイルは、黒いロングコートをそっと肩にかけてくれる。
その手付きがやさしく、そこが女にもてるんだろうなと、ほほえましくなる。が、優しく見えるシェイルでも、魔物だ。いったん戦闘態勢に入ると、相手が死してもなお、切り刻もうとするしつこい性格をしている。
以前一部の魔物が、魔王を殺す。という計画を目論んでいた輩たちがいるという情報をアマシュリから聞いた俺たちは、敢えて気付かないふりで魔王に面会を要求してきた計画者たちを入れ、牙を向けてきたところを、シェイルが片を付けた。
俺がやりたかったというのに、立ち上がる暇を与えずに潰した。
争いを見慣れているアマシュリもその場に立ち会っていたが、その恐ろしさに足を震えさせていた。
大丈夫だと慰めてやったが、アマシュリにとってのトラウマとなってしまったみたいで、今でもシェイルと関わる時は、かなりの緊張を見せていた。
「じゃあ城を頼むぞ」
「魔王…私を置いて行くのですか?」
「バーカ。お前まで連れて行ったら、城を誰に任せればいいんだ? そこらへんの魔物に占領されても面倒だろうが」
「…そうですが、ここにはヴィンスもリベリオもいます」
「一応だよ。確かにあいつらだってそこらの魔物よりは強いが、何かあったら困る。だから、シェイルが城とここの者たちを守ってほしい」
「…わかりました」
「大丈夫だって、(城を中心に)東西南北にある洞窟にいるドラゴンたちには近寄らないからさ」
「あたりまえです!」
いつもシェイルには無理を言っている自覚はある。
城を抜け出した時も、相当叱られる。
どこかへ出かけるときは、いつもついてこようとするが、魔王の俺よりもイザコザを大人しくさせるためにシェイルを向かわせるものだから、シェイルのほうが魔物には有名となってしまった。だからこそ、一緒に連れて歩くと魔王だとばれてしまう。
それに、この城に仕えているもので、一番力を信用できるのがシェイルだった。だからこそ、留守の間はここを護っていてほしい。
シュンとしてしまったシェイルの頭に、背伸びをして手を乗せる。
「すまないな。何かあったらすぐに俺を呼びつけろ。どんな些細なことでも報告をしろ」
「はい」
「長く離れはしない。戻ったらシェイルも自由に街を歩いてこい。休みだ」
「いいえ。私はあなたのお隣に」
「はいはい。それは戻ってから考えようか」
「はい」
入口までお送りしますと言ってきかないシェイルを説得し、魔王の間で別れ、長い通路を足音を鳴らしながら歩いた。
すると、奥から料理人のリベリオが、楽しそうな顔で食べ物が乗ったカートを押してきていた。何か出来たのだろう。
「あ、魔王! もしかしてどこかお出かけですか?」
料理に命をかけているリベリオは、人間容姿25歳でシェイルと似ている身長。姿かたちは、落ち着かない感じで、人間で言う「チャラ男」。だが肌は白く、白い髪は癖っ毛で肩にかからないくらいの長さで、あちこちにはねている。綺麗な顔つきをしているくせに、表情が豊かなおかげでとっつきやすい。
いつもおいしい料理を作ってくれて、料理人の中で一番気に入っているし、城の料理人の中でも人気がある。ご飯の時間以外は、なんだかんだとパンだのスイーツだの作っては、持ってくる。
今もその状況だったのだろう。
「あぁ。今日は何を作ったんだ?」
「スイートポテトと、ジャンボイチゴケーキ。フォンダンショコラに抹茶パフェです」
と、ボリュームと組み合わせが痛々しいのが玉に瑕。
「そうか。残念だが、シェイルとともにみんなで食べていてくれないか?」
「魔王様…食べて行かれないんですか?」
口に指をくわえ、甘えるポーズ。
175以上ある身長の持ち主がやっても、一切可愛くない。
「す、すまないな」
「いえ…。いつお戻りに? シェイルは出かけることご存知ですか?」
「知ってる。戻りはわからん。何かあったら呼びつけろ」
「呼びつけろだなんて…。お城に何かありましたらすぐに報告します…」
「あぁ。そうしてくれ。珍しい食材があったら持って帰るよ」
「はい。ありがとうございます」
にっこりほほ笑むリベリオは、少しだけさびしそうな瞳を見せる。
「あ、あの…魔王?」
「ん?」
「お気をつけてくださいね…」
「ありがと」
第2話
城から出て森に入り、気配がないのを確認すると姿を変える。
魔王の姿でいろいろな場所を歩きわたるつもりはない。少なくとも、今回は魔王の仕事というわけではないためだ。
シェイルには、アマシュリを探すという名目を伝えはしたが、実際は最近領域に入り、魔物に危害を加える人間が邪魔だった。
確かに、魔物が人間の領域に入ることは稀にあるし、殺人を行う魔物もいる。別にそれを咎めることはしない。なぜなら人間も魔物の領域に入り、害することがあるから。但し、最近それが多くなった。
されたらし返す。というものからかけ離れているのがわかる。
被害が多い地域に足を進めるため、走っていくよりは飛ぶほうが早い。
背中に魔力を集め、翼を具現化する。魔力の量により、その翼の大きさは左右する。もちろん大きければ大きいほど早い。しかし、今はそんなに急いでいるわけでもないし、“魔王”ではないため、平均な大きさにする。自在に大きさを変えられるのも、魔力の強さと器用さだった。
俺は幼いころから割かし強い魔力の持ち主だった。
しかし、もちろん負けることなんてよくあったし、俺よりも強いやつらがたくさんいた。すでに亡くした父なんか、誰とも比べ物にはならないくらい強かった。そんな父が大事にしていた母の形見を、死に際俺に託した。
自分の母を知らない。みたこともないし、話を聞いたこともなかった。でも、父は母を大事にしていた。形見を肌身離さず持っていたのが良い証拠だ。だから、父の形見と母の形見として、涙の形をしたネックレスを首からぶら下げ、服の下にしまいこんだ。
だが、それだけでは安心できずに、魔力でその胸元に埋め込んだ。もちろん取り出すことは可能だが、あまり取り出すことはしない。傷をつけるのはもったいないし、盗まれたりなんかしたら死にたくなってしまうだろうから。
なんていうネックレスかは知らないが、とても綺麗だった。
水色。よりも薄く、かといって白というわけでもなかった。濁っているようで、よく見たら透き通っていて、中で何かが揺れているようだった。
父のことを思い出しながら空を飛んでいたら、魔物と人間の領域の境目にさしかかっていた。
最近騒がれている地域だ。
今日もまた、騒がしく争っている様子がある。
もちろん、人間の死体があれば、魔物の死体もある。魔物の領域でなんてことを…と思いながらその争いの中に翼をしまい、足を下ろした。
争いに参加しようとしている魔物に近づき、声をかける。
「おい。これは何の騒ぎなんだ?」
「人間が魔王を倒すためって言って入り込んでるんだ。人間なんかじゃ魔王にかなわないってわかっているが、軽々と通してなんかやれねぇだろ!」
「そうだな。俺も手伝う」
「助かるが、自分の身は自分で守れよ」
「あぁ。そうするよ」
情報は得た。ここの魔物たちはいい奴らだ。
たぶん、魔王のため。と表面上は言っていたが、実際は暴れられる絶好のチャンスだとでも思ったのだろう。しかし、これは正当防衛。魔物は自分の領地を護っているだけであって、悪いのは人間。懲らしめるのにはちょうどいい。
(でも、魔王が俺だって気付いてないのはありがたいけど、“自分の身は自分で守れよ”か…)
当たり前だ。
実際争い時に、いきなり参入した魔物を護ることなんかしやしないだろう。しかし、ちょっとした寂しさが。きっと、魔王だと全ての魔物が分かっているのであれば、さらにここの収拾を張り切るだろう。
魔王のお傍にいたいだとか、魔王と顔見知りだと、自慢ができる。という心がある魔物がいるという話をアマシュリから昔聞いた。
そんなことを思い出していると、一人の人間が大剣を振り上げ、俺に向かって振り下ろしてきた。
「うああぁあぁぁっ!」
「おっと」
なんの準備もしていなかった俺は、右足を引き、身体を90度回して避けた。
地面に刺さった大剣はゆっくりと持ちあがり、片手に持ち替え横に振りまわす。二度目は交わすことなく、自分の髪を一本抜き、それを剣に具現化させ、刃先を下に向けて地面に刺すような体勢で大剣を受け止めた。が、あまり腕力が自慢できないため、数センチ引きずられたのちに放り投げられた。
後ろにあった木を数本背中でおり、勢いがなくなった体は、数本目で身体を止めた。
「いってぇ…剣嫌い…」
剣術や銃の使用はあまりしてこなかったし、習ってもいない所為で相手にするのがあまり好きではない。
すこし遊びたかったというのがあって相手をしたが、やはり大人しく剣でのやり合いは無理そうだ。
相手は標的を俺に決めたのか、大剣を片手に持ったままこちらに向かって走ってきた。
受けた時、相当な重みを感じたから相応に重みのある剣だろうに、片手で持ちあげられるなんてゴリラか。そう思いながらも、使い慣れない剣を捨て、片手デコピンをするように中指を丸め、親指で爪先を止める。狙いを定め、溜めた魔力を男の胸元に向かって親指を離し、中指に溜めた魔力を飛ばした。
反応した男は、大剣を自分の前に起き、その弾を大剣で受け止めようとした。
しかし、その弾は弾き返したり、受け止める事などできない。触れたもの全てが“無”となる。
自慢のように振り回していたその大剣は、受け止めた部分のみ弾の形をして消えた。刃先は崩れ落ち、大男くらいの長さがあった大剣は、短剣のような短さになり、太さは変わらなかった。
折れた大剣に、男は呆然としてしまった。その隙を狙い、身体を大男の真ん前に立ち、自分の腕を心臓を狙って胸元に突き刺した。
「残念だったね」
意識のなくなった大男は、そのまま前に倒れこむ。
受け止める腕力のないは俺は、胸から手を引き抜き、横に避ける。
「さよーなら」
そう言った瞬間、争いが起きているほうから、いきなり炎の球がこちらに向かって数発撃ちこまれる。
「魔術か」
撃ち込んだ奴の顔はまだ認識できないが、それを避けることなく魔力で水の壁を作り、森に引火しないよう護る。他にも炎の魔術を使う人間がいるかもしれないと思い、森と争いが起きている境目に、魔物なら入れるくらいの魔力で水の壁を作ってやる。
その水の壁で血で汚れた腕を洗い、水滴を振り払う。
引火を恐れていた魔物からホッとした声があちらこちらから聞こえてきた。魔王は魔物をできるだけ護ってやりたいし、領域を焼け野原になんかさせられない。
こういうところは、よく「魔王らしいところがあってよかった」とシェイルやアマシュリにホッとされる。
「らしい…か」
そういわれて、ホッとする自分もいる。
剣士や柔術者等は他の魔物に任せ、俺は魔術者を中心に潰しにかかった。
魔術者が嫌いだ。
魔物が使う魔法に対抗しようと、いつだったか“魔術”というものを編み出し、研究する者が増えていた。最近は扱える人間が増え、魔物を脅かす。
魔法のように、魔力によっての威力の違いがない。その代わり、儀式をおこなうように呪文みたいなものを詠唱している。
みてきた中では、その詠唱時間が長ければ長いほど、強い魔術を繰り出していた。
魔力を持つ者を魔物というが、魔術を使うものだって、人間ではないんじゃないか。別の種族になるんじゃないかと思う。が、アマシュリが言うには、人間だということだ。幼いころから修行に出され、魔術を習わされている。と言っていたから、人間なのだろう。
「お前すげぇな。助かったよ」
ここの地域の魔物だろう。
器用ではあるが、細かい作業が嫌いなせいで、作りだした魔力の水壁を一気に崩せないという欠点と戦い、踏むように水壁を崩していると、一人の男が声をかけてきた。
「あぁ。お前らも強いじゃないか。やっぱり今みたいなの多いのか?」
「多いな。たぶん境界に属する地区は苦労していると思う。特にここはひどい。だから、周りの地区の奴らが手伝ってくれてるから何とかなるけど…」
「ふぅん。警備つければもう少しましになりそうだよね」
「警備かぁ。魔王の下に配属してる魔物だったら強いだろうし、そういう奴らが来てくれれば大分違うと思うんだけどなぁ」
そうため息を漏らす男。
俺が魔王だと知ってのことか、知らずのことか。
口調からして、俺を魔王だと知っていればこのような言い方ではなく、お願いという形での話になるのだろうが、お願い。というよりも、こういう形で聞いたほうが動きやすい。
魔王だとばれないように、俺は口を開いた。
「確かにそうだよね。魔王って、王ってだけでなんか仕事してるのかなぁ」
「王はきっと忙しいんだ。きっとこの騒ぎのことだって知っているだろう。でも、もっとしなくちゃいけないことがきっとあるんだ。だからきっと、きっとその仕事が終わったら、こっちのことも気にかけて頂けるもんさ」
そうつらい顔ではなく、嬉しそうな顔でしゃべるこの男に、少しだけ親近感がわいた。
“きっと”という仮定だけだが、それでも魔王がいつか…。と思っているだけで、俺は何かをしなきゃいけないんだという気持ちにさせられる。その状態が好きだ。
何かあったらと、シェイルは警備や軍として数百人の魔物を育て、強くしている。その数百人の中でも、もっとも力のあるものを城の警護として日々動いている。その下にいる奴らでも、もっと人数を増やし、各境界地区に配属させるのもいいかもしれない。
いろいろ楽しいことを思いついてきたせいで、壁を壊す手が止まり、座り込む。
ついついテンションが上がると、自然と具現化してしまう尻尾を地面を這わせるように、右に左に揺らす。その姿が猫みたいだと、リベリオに好まれている。
「あんた、名はなんていうんだ?」
「あ? 俺か?」
楽しんでいた最中に、名を聞かれた。
魔王の名を伝えるのはまずいし、かといって適当に名前を言ったって、忘れてしまって呼ばれて気付かない。だなんて状況もまずい。
「んー。適当に呼んでよ。固定の名前ってないからさ俺」
「固定の名前って…親になんてつけられたのかって聞いてんだけど…」
「それがさー。幼いころに亡くなっちまったみたいで、知らないんだよね。あちこちに転々としてるうちに、名前忘れちった」
なんてホラを吹いたところで、その嘘自体も忘れてしまうんだろうなぁ。と思いながら、適当に口を開いている。
「そっかぁ。つらい思いをしてるんだな」
「結構適当に付けられるの楽しいんだよ? 忘れるけど」
「はははっ。忘れちまうのか」
「うん」
「でも、本当に今回はありがたい。またどこかにいっちまうのかい?」
「うん。まぁね。転々とするの楽しいし」
「じゃ、またよったら声かけてくれよ。俺はずっとこの地区にいるからよ」
「うん。そうするよ」
結局名をつけられずに、その男は俺の近くから去って行った。
魔物だって、手を出さなければ人間と同じように、話して仲良くなって、友達になる。人間と魔物の違いは、魔力があるかないかの違いだけだ。そう思っている。
第3話
長居はしないようにと、すぐに壁を壊す作業に取り掛かり、森の中へと姿を消し、シェイルとテレパシーを交わす。
(シェイル、城はどうだ?)
(相変わらず平和ですよ)
その言葉には、いいから早く帰ってきてください。と、鬼の形相をしているようだった。
魔王がいない間は、シェイルが魔王の間を護るという形をとっているため、軍に指導もまともにできない。報告等があれば魔王の間に入ってくるが、特別ない限りは、魔王が戻るまでシェイルがその間を護る。
(そうか。ちょっと相談があるのだが)
(どうかなさいましたか?)
(境界の地域が狙われてて、争いに混じったんだけど…)
(何しているんですか! ケガは? 汚れは!? ありませんか? 無事なんですよね!?)
魔王を心配する側近って…。
確かに、シェイルほどの残酷な潰し方はしないけれど、魔王なりに強いってことをシェイルはすっかり忘れてしまっているのだろうか。
シェイルが傍にいるときは、俺が手を出す前に潰しにかかり、見ていることしかできないのが現実だけれども、弱いわけではない。そこを主張したいが今はそんな話をしているわけではない。
(無事だよ。なめてんの? ったく。問題はそこじゃなくて、)
(どこですか)
(最近になってこの地域が相当狙われやすくなってるってわけ。なんでも、魔王を潰すって人間どもが、この地域から攻撃をかけてくるんだってよ)
(迷惑ですね)
(だろ? で思ったんだが、シェイルがOK出した軍の奴らを、各境界地域に配属させるのはどうだっておもったの)
(実際、今まで争いが多かった地域には配属させてますが)
(…えー。知らなかったんですけどー)
(言いましたよ? ただ、魔王が流しただけです)
(あーまーねー)
難しい話は嫌いだ。そのため、そういう話は右から左。もしくは左から右へと流してしまい、聞いていなかったのだろう。
認めます。
(しかし、そこの地域は今まで争いが少ないほうでしたから、配属はさせてません)
(シェイルも知ってるだろう? 最近ここ激しいって)
(はい)
知っている。ならば、どうしてここには配属させなかったのか。
確かに俺が配属しろといったわけではないが、今まで俺が理解せずに配属させていたのならば、ここだって配属させてもよかったのではないのだろうか。
もし理由があるというのであれば、配属させるほど、強い魔物が出来上がらなかったのだろうか。それだったら納得できるのだが。
シェイルは頑固だ。
ある基準を超えた魔物でしか、城の警備や街の配属は行わないだろう。
(なぜ配属させなかった? こだわりか?)
(はい。配属させられるほど、信用を得る強い魔物がいなかったので)
(配属の数を増やせ。他の地域には何匹だ?)
(争いの多さで違いますが、平均リーダー二匹と、100匹ほど)
(じゃあ、ここもその数で。主に剣術に長けてる者を。後、魔力に長けてる者数匹。最初はそれで様子を見よう)
(わかりました)
いったんシェイルとそれだけで交渉をやめ、野原に足を下ろした。
疲れた体をいやすため、身体を仰向けにして背中を芝生に預けた。その瞬間、背中に鈍痛が走る。
「いっ…たぁ」
反射的に身体を起こし、芝生を見る。しかし何か鋭利なものがあるわけでもない、フサフサな芝生だ。
何がそんなに痛みを走らせたのだろうと、周りを見てみるが、何もない野原だ。
先ほどの戦いで傷を負ったと考えてみれば、魔術者と戦っているときも、別に攻撃を受けた感覚がない。そう考えていると、最初に戦った大男の大剣を受けた時、放り投げられたのを思い出した。
あぁも簡単に投げられるものなのかと、少しだけパニックに陥っていたが、その時に背中から木々に体当たりしてしまった。その時の傷だろう。
「さいあく…シェイルに無事って言っちゃった」
嘘をつくつもりはなかったが、罪悪感。
背中をかばうように、うつ伏せになった。すると、遠くのほうから一体の気配がある。
この気配を俺は知っている。
「アマシュリか…?」
ぼそりと呟き、こちらに向かってきている気配のほうに顔を向けた。すると、飛ぶのが得意ではない、緑色の髪をした幼い顔つきの男が走ってきていた。
アマシュリだ。誰かを探すように、キョロキョロしているが、何かあったのだろうか。
立ち上がりアマシュリのほうに向かって足を進める。
「アマシュリ?」
「あっ…」
声をかけると、ようやく俺に気づきにっこりほほ笑んで足を速めていた。
近寄ると、小声で怒鳴ってくる。
「魔王! おひとりで何をしているんですか! さっきだってここらの地域で争いがあったみたいですし!」
魔王だとあまり周りにばれてはいけないと気付いたから小声なのだろうが、周りに魔物や人はいない。しかし、外ではアマシュリは気をつけている。“魔王”という単語を、できるだけ使わないように。
「あーほらっアマシュリを探して」
「そんな名目いりません。本題はなんですか?」
「ここらの地域が最近奇襲をくらってるということで潰しに来ました…」
「やっぱり」
「それより、誰か探してたんじゃないのか?」
「あなたを探してたんです! まったく…シェイルから連絡が入って、さっさと合流して連れ戻してくださいなんてあの人に言われたら、そうせざるを得ないじゃないですか」
「シェイルからぁ? 俺は自分で探すって言ったんだぞ!」
心配してだろうが、なんだか裏切られた気分。
確かに魔王が魔王の間にいないのはまずいのだろうが、ずっとあそこに閉じこもっているだなんて、無理。つらい。
「でしたら連絡ください。いる場所くらいはお伝えできます」
「それじゃあドキドキ感が味わえないじゃないか」
「いりません! って…怪我してるじゃないですか! 暫く監禁されますね。シェイルに」
「うっ…。治ってから帰るもん」
「治ってからって…。ちょっと冗談だったんですけど、もしかして…いや、確かに今まで見たことないかも…」
「なんだよ?」
ぶつくさ言うアマシュリを、じーっと見つめる。
言うことはなんとなくわかっている。
「もしかして、治癒魔法…得意じゃないのですか?」
「……。そういうのは今までヴィンスに任せてたもん」
「ヴィンスは庭師でしょう。確かに、利用できる者はしておいたほうが良いですが、きちんと治癒専門の魔物をつけたほうが良いんじゃないですか?」
「んー。考えておく」
「というより、治癒魔法、覚えてくださいよ」
「うるちゃいなぁ」
「可愛こぶらない!」
アマシュリと二人っきりで会うと、こうなることは分かっていた。
シェイル並みに口うるさい。が、シェイルがいる魔王の間では大人しい。だからこそ、二人っきりいになると、シェイルがいるときの分までしゃべる。なので、シェイルに叱られた後、アマシュリにも叱られること多々。
「ほらっ早く上着脱いでください! 手当はできますから」
「ぶー…」
「あ、後で文句言われるの嫌ですから言っておきますけど、怪我したのはシェイルに伝えておきました」
「えぁっちょっと! 言わないでよー」
「言いますよ。人間たちが決めた勇者を潰したという報告もしておきました」
「は? 勇者?」
手当て中、いきなりわけのわからないことを言い出すアマシュリに、首をかしげて振り向く。
新たな情報だ。
勇者というのは、よくゲームをしていると「魔王を倒すため、勇者が立ち上がった!」とかっていう場面や、「あなたは勇者だ! 是非魔王を…」という場面に遭遇する。人間が作ったゲームは、だいたい人間が主役なため、魔王が魔王を倒している気分で、ちょっといたたまれない部分がある。
アマシュリが言っているのは、その“勇者”なのだろうか。
「はい。最近ですが、人間全国の中から“勇者”という魔王討伐を目的とした人を出し、仲間を集め、数人…数十人を連れて魔物の領域に向かうっていう話です」
「へぇ、その勇者が潰されたのか?」
「はい。先ほどあそこの地域で」
「あれ? さっきの地域?」
「そうです。魔王様が戦ったあの団体は、勇者が築き上げた魔王討伐団体。あの中に勇者がいたのです」
「あー。じゃあ、また人間たちで勇者を祭り上げるかもしれない?」
「そうです。よくわかりましたね。あまりそういうのに頭を使われる方ではないと思っていましたが」
「んー。そうあってほしかったからかも」
「はい?」
勇者がいたら魔物にとってはしつこく、邪魔な存在だ。それを、また勇者を立たせるかもしれないということに、“そうあってほしかった”なんていえば、素っ頓狂な声が出てもおかしくはない。
今勇者がいないのであれば、勇者をまた選び出すだろう。アマシュリもそう言った。そこで考えたのは、人間のフリをして、自分が勇者になるようにし向けさせるのはどうかと考えた。
実際どうやって勇者になるかはわからないが、何かの選手権だの、投票だの行うのだろう。人間が考えることだ。
「つまり、それに参加するつもりですか?」
考えを伝えると、またややこしいことをお考えで。と言わんばかりに、いやな顔をされた。
まぁ魔王が勇者という面白い事をしたら、どうなるのかという想像をしたら、楽しそうだった。
もし、勇者の信頼が厚くなったのちに、「わたくし、魔物でしたー」なんて言ってみろ。勇者に決めた国の大恥だ。しかも、魔王だなんてばれたときには、恥を通り越して大馬鹿扱いだ。
想像するとなんだか面白そうだ。
「魔王。尻尾。出てます。可愛いですけどしまってください。楽しんでいるのがバレバレですよ」
「あ。あはっ」
呆れた顔でアマシュリがいうものだから、すぐにしまって笑って見せる。
「アマシュリ、人間にいい情報を持った者はいないのか?」
「…本当になるつもりですか?」
「まぁな。一応シェイルにも報告はするが、もし、人間に知り合いがいるのであれば、どうすれば勇者になれるのかを調べてほしいんだが」
「確認します。それは、魔王としての命令でしょうか?」
「いんや。お願いだ」
『一度お城にお戻りください。情報を収集次第、ご連絡いたします』
そう言ったアマシュリの言うことを聞くように、俺はすぐに城に戻った。アマシュリが、シェイルに怪我をしたことを伝えていることなんか、すっかり忘れて。
「魔王様…」
「……シェイル? 落ちつけよ」
「落ち着いていられますか! 怪我をしているならそう言ってください。何が無事ですか」
「その時はすっかり忘れてたんだよー」
魔王の間に戻ると、ドヨンとした空気が流れていた。
色で表すなら、黒。黒とグレー。主に黒。そこに死体があっても不思議じゃないような空気だった。窓を開けて空気の入れ替えをしたかったが、そんな時間は許されなかった。
椅子に座らされ、見降ろされる。そして今に至る。つまり、戻ってきてすぐにいやな空気を察し、すぐに座らされ、すぐに説教。他のことを考えている暇なんか与えてくれなかった。
「忘れていた? 怪我を?」
「そうだよ。ほんのちょっとだったんだって。切り傷をいちいち気にしていられるか? それと同じだ!」
「見せてみなさい」
「やだ! せっかくアマシュリが手当てしてくれたんだ。ほどくなんて勿体ない」
「いいから。今ヴィンスを呼びました。すぐに手当てさせます」
いきなり脱がされ、椅子を逆から座るように、背中を向けさせられた。
こんな空気の中ヴィンスを呼ばれるのか。かわいそうでならない。呼ばれるようなことをした自分が悪いのだが、すごく申し訳ない気持ちになってしまう。
時間がかからずヴィンスは現れたが、空気を察した瞬間魔王の間に入る足が止まった。が、傷を見た瞬間、そんなことなど気にせず足を踏み入れてきた。
会話を交わすことなく、ヴィンスは怪我の治癒に入った。
ヴィンスは庭師希望で、外の仕事ということで魔力はそれなりに強く、自分を護るには十分なほどだ。一時期、人間の土地に子供の姿に変化し身を隠していて、人間の習慣等を知っていて、よく人間の土地にいたころの話を聞いている。
出会いは、たまたま他の魔物の庭に遊びに行ってた時、転んでヴィンスが愛用している工具で腕を怪我したという間抜けな事をした時、治癒してくれたのがヴィンスだった。魔王だと知らないとしても、自分のもので傷つけたということで、相当謝ってくれたが、何もないところで転んだ俺を笑うことはなかった。
単純だろうが気に入った俺は、荒れ地となりかけていた城の庭師としてスカウトした。
もちろん連れ帰った時はシェイルにひどく怒られたが、治癒能力に長けているのを知り、庭師としてではなく、医療専門としようとした。が、ヴィンスの希望は庭師ということで、無理やりシェイルを納得させた。というか、逃亡してやる。と脅した。むしろ、俺よりも魔王としてシェイルのほうがお似合いな気がしている。
「終わりました」
そういうと、俺の背中から手を離し、お辞儀をした。
「サンキュ」
上着をはおい、ヴィンスに礼を言う。
この空気に少しは慣れたようだが、やはり長居はしたくないようで、すぐにこの一室から出て行った。
「で? 今回は何をたくらんでいるんですか?」
「そうそう。あのさ、いい情報を得たんだよね」
「勇者の話ですか?」
「なんで知ってんだよ」
「アマシュリに聞きました」
「じゃあ、計画も聞いてる?」
椅子にいつものように、足を組んでだらしなく座る。
勇者があの地域にいた。気付いた時には勇者を潰していた。そこまでアマシュリに聞いているのだったら、計画もなんとなく知っているような気がした。
「勇者になる。ということですか?」
「…やっぱり聞いてたんだ。アマシュリから」
「はい。しかし、いい案だと思いました」
「え?」
まさか、俺の案に賛同するとは思わなかった。だいたい俺が考えていることは却下されるという、冷たい男だと思っていたから余計に。
「しかし、問題があります」
「ん?」
「その間、ここの魔王はどうしますか?」
「…そうか。そこがネックだな」
考えていなかった。
魔物に示しをつけるためにも、年に数回。定期的にではないが、広場にて魔王の姿を見せる。その隣にはシェイルがいて、シェイルの恐ろしさを知っている者がいるため、手を出さない。手を出さないし、出す必要はない。ただ、魔王を殺すと企てている魔物がいないわけではない。
魔王の座はおいしいものなのだろう。
うまくすれば、魔物を利用して、人間を滅することができるかもしれない。しかし、それなりの能力を必要とする。信頼とか、信頼とか信頼とか。少なくとも魔王を潰すには、シェイルの相手をするということだ。シェイルの相手をしたのちに、魔王を相手になんてできる体力が必要だ。数人で来たとしても同じ。
(魔王の座かぁ)
そもそも、俺はそこらの魔物に負ける気はしない。が、もし何かあった時は、勇者と魔王。どちらも失うこととなる。その際は、周りからの指示としてシェイルがなるだろう。人間にそれがばれた際には、ラッキー。と、人間としての恥。どちらもあるだろう。
相当な魔力を必要とするが、一ついい案はある。もちろん俺が死してしまえば意味がないものだが。
「やるしかないかな」
「何をですか?」
「一度だけしかしたことはないんだけど、一つだけ俺の無駄にある魔力を利用できるいい方法があるんだけど…」
「…いい方法とは?」
スッと立ち上がり、シェイルに付いてこないように手で示し、部屋の真ん中に足を肩幅くらいに開いてしっかりと立つ。
右手を広げて、自分の前まで上げ、手の甲を見つめる。顔から約15センチくらい。手の平に魔力を集め、そっと目をつむる。
目の前に自分がいるのを想像し、自分の今の右手と、目の前の自分の左手を合わせた形の、同じ格好をした自分を。
自分の手が手に触れるのがわかった。少し冷たいが、自分だ。シェイルが奥で驚いているのが分かる。それはそうだろう。俺は今、自分のコピーを作っている。いや、コピーではない。俺の意思で動かせる入れ物を。
だからこそ、維持をするには精神力を問われるし、気を抜いただけで魂のないただの人形になってしまう。普段はそれでもいいかもしれないが、年数回の面会時にそれはないだろう。
ゆっくりと瞼を上げると、そこには色も形も姿も同じ自分がいる。こんなものだろう。
「どうよ」
「…完璧です」
「“そうだろう?”」
「ほぉ。声まで同じなのですね」
「まぁね。ただ、動くのはまだしも、しゃべらすには相当精神力を問われます」
技や術の説明をする先生のような口調でしゃべってみた。
実際、そのまま立たせていたり座らせたり、歩かせたりする程度だったら、他に集中する何かをしていない限り問題はない。
精神力を研ぎ澄まし、静かな場所であれば、精神を交換することも可能だ。
「では、これで問題は済むということですね。逃亡を企てられなさそうで楽そうです」
「だろだろ」
「但し…」
「ん?」
「十分気をつけてくださいね。怪我とか…許しませんよ?」
「ちょっとした怪我ぐらいは許せよ」
「駄目です。誰かを護衛としてつけさせますよ」
「まずいだろそれ」
第4話
コピーの集中に慣れてきたころ、アマシュリからテレパシーが入った。
人間の情報屋と交渉ができたみたいだ。勇者になるためにはという情報も入った。どうやら、近々闘技場で動きがあるみたいだ。それに参加し、優勝したものが勇者と認められるとのことだった。
シェイルに了承を得たとこちらの事情も伝えたところ、あのシェイルが!? と驚いていた。さすがに、コピーを作ったという事実は伝えないようにと、シェイルに言われ、そのことは伏せていた。事実を伝えれば、もっと驚いていただろう。
但し、 『魔術が使えないと難しい』 という話を聞いた。だがそこに関してはあまり問題はない。暇だと言い続けていた俺は、人間の領地に潜り込み、魔術を学んだ。あまり多くはわからないが、基礎技と、大技数個。それをチョクチョク使えば、そこらへんの人間をどうにかすることくらいはできるくらいの技術程度だが、それでどうにかなるだろう。
それでどうにもできなさそうだったら、呪文を詠唱しているふりして魔法を使っちゃえば問題はない。はず。
ただ、小さな問題がある。
あまりにも戦いに集中した際、下手したら“コピーでも呪文を唱えてしまう問題”がある。そのことに関しては、シェイルに一応伝えはしたが、危ないとかの問題ではなく、恥ずかしい。シェイルは詠唱すれば来るとわかって近寄らないだろうし、俺が使う魔術なんかは、シェイルに効くような代物ではない。
久々に人間の領域に入った。人目のつかないような場所でアマシュリと会い、情報提供していただいた人間ともご対面。
アマシュリは、今回行う魔物が魔王だということまでは伝えていないみたいだ。
情報提供をしていただいた人間の名は、“ジュディア”という珍しい名だ。闇で生きるのが好きそうな顔をしている。暗く、他人と接するのが嫌いなタイプ。
さすがに魔王としての姿ではなく、今までしたことのない容姿だ。さすがに身長等を変えるにはかなりの精神力が必要なため、そこまでは行わなかった。
暫くアマシュリとジュディアと会話をした後、その場を離れ、その土地に慣れるため街を歩いた。
「あ、そうだ。こちらで何とお呼びすればよろしいですか? 私は仕事上、本名を知っている者がいないので、アマシュリのままで構いませんが…」
「あーそうだな。考えてなかった」
魔物の中で、俺の名前を呼ぶものがいないから、本名を忘れている可能性があるため、その名前でもいいのだが、念には念をで駄目なのだろう。
闘技場に向かった先でも、名を名乗らないといけないそんなとき、スラッと名乗れないようでは怪しまれるだろう。
今まで出会ってきた者たちの中から、必死に探し出す。いつだったか、こんな名を聞いたことがある。
「シレーナ」
「え?」
「俺の名前だよ」
「女性みたいな名前だね」
「…そうだな」
聞いたことがあった。小さいころからその名前を聞いていた気がした。どこか遠くでだったが。
人通りの多い通りに出ると、店の音や話し声、近くのゲームセンターの音。とにかく音が響きわたっていた。周りをゆっくり見回し、今行くべき道を探していたが、アマシュリは何を迷うことなく、こっちと道を進めてくれる。
アマシュリの後ろをついて行きながら、いろんな人を見まわした。少しでも足を踏み外すと、迷子になってしまいそうになる。
しかし、しばらく歩いて気付いた。
ずっと同じ方向に向かって歩いている人がいる。俺達が進む方に。よく見ると、図体はでかく、鍛えてますと言う体系。向かっている先は、同じく闘技場だろう。どんなに筋肉がある男にも、負ける気がしない。
アマシュリに言われる通り、闘技場の受付にて、名を書き言われた通り、待合所に腰を下ろした。アマシュリも、面白半分に受けてみるそうだ。説明を受けたところ、どちらかが参ったというか、戦闘不可能だと判断した時、その戦いは終わる。
しかし、殺してしまったら失格。ここは殺しを目的とはしていない。という考えからだ。
残念ですが、武器は闘技場で用意した鋭利さのない武器。ということだった。
待合室で武器を選びながらボーっとしていると、後ろのほうから何かの視線を感じた、振り向くべきか振り向かないべきかを考えていると、アマシュリが不思議な目でこちらを見てきた。
不審な反応に気付いたのだろう。うっすらとアマシュリにほほ笑み、笑みを消して振り向いてみた。すると、そこには何もかもを見透かしたかのような、緑の瞳に、白く輝くような長髪。一瞬、シェイルがいるのかと思った。しかし、シェイルはそんな冷たい瞳を俺には見せないし、戦闘態勢に入らない限り、睨みつけることはしない。
壁に寄りかかり、腕を組んで観察するように見つめてくる。
「なに? あいつ…」
「しらない…」
知り合いというわけではないし、今まであんな奴とやり合った記憶がない。
きっと、ガキが来るような場所ではないと叱りたいのだろうと思いながらも、目を離さず、見つめ続けた。
先に話したのはどちらでもない。遮ったのは、闘技場が開かれたからだ。ようやくこれからが戦場。実際やってみないとわからない。負けたら負けで別にいい。面白半分だったっていうのがあるが、あの男。白髪の長髪野郎には負けられない。
(シェイル並みに強かったらどうしよう…)
試合は、トーナメント形式。
潰せば潰すほど、強いやつらと戦える。戦えば戦うほど、上へ勝ち上がり、勇者になれる可能性が高くなる。
最初のほうはあまり魔術を使わず、剣一つと体術にて潰していく。案外簡単に上のほうまで上り詰める。しかし人数の関係上、上までが長く、試合の間が長い。そのおかげで、いろんな人間の争い方。自分が取得していない魔術を、他人の戦い方で学んでいく。
「僕的には、魔術よりも、治癒魔法を覚えてほしいのですが…?」
誰にも聞かれないように小声でアマシュリが囁いた。囁いたと言っても、さわやかなものではない。低く、脅すような声色で。
ごめんなさいと口を開こうとした瞬間、次の試合のスタート音が聞こえてきた。
次はだれかと目を向けると、そこには最初待合室で睨みつけてきた男だ。その向かいに立っているのは、ごつい男だが頭は弱そうだ。
重そうな剣を振り上げるが、白髪長髪野郎はそれをいとも簡単に交わし、その瞬間に呪文を詠唱し隙を突いて魔術を使い、怯んだ瞬間刃のない剣でその男を殴り上げた。
その戦いっぷりがきれいで、魔物だったらシェイルと良いコンビになるだろうと関心した。勝利の笛が鳴ると、歓声がわきあがり、選手は引いていく。
「すっごぉい…シレーナ、魔術でやれる?」
「あ、あぁ」
無理だろう。
魔法を使えばできるだろうが、今取得している魔術で白髪長髪野郎に勝てる気がしなかった。しかし、勝たなければならない。わかっているつもりなのに、手が震えた。
引き際、ちらりとこちらを見た気がしたが、敢えて気付かなかったふりをした。
なんだか、シェイルが二人いるような気がした。気配も姿も違う。
アマシュリと俺の試合に時間はある。待合室の一角に座り、アマシュリに護ってもらい、俺は眠った。眠ったと言っても、それは表上の理由だ。本当のところは、俺のコピーとの精神交換だ。今のこの状況をシェイルに知らせておきたかった。
魔王が闘技場にて楽しんでいるとき、魔王の城では…。
「おっ菓子~おっ菓子ぃ~」
「リベリオ…。生き生きしてるな」
「魔王様のためなら、どんな料理も作って見せましょう!」
大人しく料理をしていればいい男だが、口を開かせてみたら、全てにおいて魔王様命。一度、魔王様がシェイルを殺せるかという実験のため、リベリオに毒を盛らせようとした時も、シェイルを気にせず毒入り料理を楽しそうに作成した。
もちろんそんな策略は見事に破れた。
破れたというよりも、魔王様がそんな策略を忘れ、シェイルのために用意した毒入り料理に手をつけ、案の定魔王様が嘆いた。そんな姿を見たシェイルは、もちろん料理人を疑う。犯人はもちろん時間がかからずリベリオだとばれた。
運よくヴィンスに治癒された魔王様の言葉にて、リベリオの命は助かったものの、暫くの間シェイルはリベリオを警戒し続けたという過去がある。
作りあがった三時のおやつをカートに乗せ、魔王のいる一室へと足を進めた。
もちろん、今の魔王がコピーだというのは知っている。コピーが作成された日、スイーツを持って行ったところ、いつもと微妙に違う反応を見せたところで違う魔王だというのに気付いた。真相を知った時は、かなりのショックを感じたが食べてくれることに違いはない。怪我をしないかと不安ではあるが、そう簡単に傷をつけられるはずがない。
「信じていますよ魔王様!」
そう響かせながら一室に入るなり、シェイルの冷たい瞳が向けられる。
たぶん、城の中であまりシェイルを気にしないのは、リベリオくらいだろう。どんなにドンヨリとした雰囲気になっていたとしても、持ち前の明るさで入ってくる。
「リベリオ…」
「あら、魔王様。今日は目を開けていらっしゃるのですね」
「うるさいぞリベリオ」
「うるさいのはお前だシェイル。いつも隣にいるのだから、たまには俺にも話させろ」
「…」
シェイルに向かってアッカンベーを向けるが、すぐに魔王に向き直り、手を合わせる。
「魔王様の大好きなスイートポテトオンリーにしてみました! っていうより、多く作ったら魔王様のご機嫌がよろしくなくなるからなんだけど……」
「リベリオ」
「ま、魔王様! 今日はおしゃべりになるのですね」
「あー。耳元でうるせぇよ相変わらずだなリベリオ」
「おや? 魔王様?」
魔王なのには違いないのだが、今までのコピーではなく、魔王本人のしゃべり方だ。
不思議に思い、ゆっくりと魔王の頬に触れてみる。今までの冷たい魔王ではない。温かく、生きていると思わせられるような感触。
いつもなら冷たく振り払われるのだが、そっと微笑まれるなんて、やっぱりコピーだったのだろうか。そう不安になるが、魔王は立ち上がりリベリオに背を向ける。何をするつもりなのかと、首をかしげると首だけ振り向き、ニッと子供のようにほほ笑んだ。
「ホレッ。いつもおいしいお菓子を作ってくれるお礼」
そういうと、気分が良いときの尻尾を上機嫌に出してくれた。
ホレホレと、猫じゃらしのように右に行ったり左に行ったり。その姿があまりにも可愛くって、ついつい後ろからギュッと抱きしめてしまう。
「ぬおっ! そうくるか」
「やっぱり魔王様は抱き心地が良い。こう、腕にすっぽり入って、護ってあげたくなるような大きさってぇっ」
「くっつくな」
リベリオの言う通り、すっぽりと腕の中に魔王が入って楽しんでいる最中、邪魔をしたのはシェイルだった。
後ろから首をつかむように引き剝がした。
「ところで魔王。勇者候補のほうはどうです? 何かあったから精神交換を行ってきているのでしょう?」
「んーまーね」
「報告を」
「それがさ……」
第5話
「お人形…みたい。無防備だなぁ」
アマシュリは、魔王が目を覚ますまで身の回りの警戒を任された。
魂の抜けた人形のようになるから、その間だけ注意を払ってくれていればいい。そう言われたのはいいが、ここまで無防備で意識がないとなると、何かあった時に自信がなかった。少し騒げば起きる程度のモノだと思っていたが、どこから見ても起きそうにない。
不安を感じながらも、壁に寄りかかり無防備に座っている魔王の前に、ちょこんとしゃがみ、周りを見回す。
本当に、目を閉じていればきれいな顔つきをしている。今は姿をかえていても、ほんの少しの面影がある。口を開けば、ただの子供のようにわがままを言ったり、騒いだりしているだけなのに。
人間が魔王を見たところで、あまり“魔王”だという印象からは、かけ離れているのではないのだろうか。もっと、凶悪な顔をしていて、強い魔力を放ち続けているイメージ。きっとそれが人間からの想像だろう。それを考えると、拍子抜けだ。ただのきれいな子供。そうとしか見えない。
じっとみつめていると、後ろから嫌な気配が近づいてきた。
感じたことがある。これは、魔王も気にしていた白髪長髪野郎。
体をひねらせ、視線の先を見つめる。
眠っているところを襲うだなんて、卑怯な真似はしないだろうが、警戒するに越したことはない。
闘技場で支給された武器を握り、体勢を落とす。争いごとはあまり得意ではないから、今行われている試合に途中まで勝ち進んでいたのだって、幼いころに教わった剣術のみ。しかも、普通の長さの剣を振り回す力がないので、小さい体を利用して短剣にて勝ち進んでいる。そんなハッタリ程度の力がしばらく続いただけでも、奇跡に近いものだろう。
本当に、この男に当たらないで終わったの事には、自分の運の良さに感動する。
「さっきから何なんだよおまえ」
「…別に。お前に興味はない」
「知ってる! シレーナをずっと見てるだろう」
「あぁ」
本当に興味がないみたいだ。
視線は一向にこちらを見ないし、意識を飛ばした魔王にしか目が行っていないみたいだ。
(魔王だと…ばれたわけじゃないだろうな)
そう簡単にばれないし、人間が魔王の姿を知っているわけがない。知っていたら、魔王だって簡単に人間の地に足を延ばさないだろうし、シェイルが許さない。
「なんで」
「お前に理由を言う意味がない」
「はぁっ!? 聞いてるのは僕だ!」
「うるさいガキだな。どうせ遊び半分で来ているみたいだが、早々に諦めたほうが身のためだろう」
「なんであんたに言われなきゃいけない。でも、お前も勇者希望なんだろう?」
「別に…勇者じゃなくったっていい。勇者と同行だっていい。ただ、魔王を倒す名目があればそれで」
「もしかして、魔王とか魔物に大事な人を奪われたとかか…?」
「そうだが? ここはそういうやつか、賞金目的でしかないだろう」
同情することができない。
なぜならアマシュリだって弱かろうが魔物だ。人間の気持ちに左右されるわけにはいかないし、おとなしくやられるつもりもない。しかし、考えてみれば、賞金目的か魔物を殺したい。そういうやつらが集まったって仕方がないのだろう。
考えるまでは、賞金目的か力自慢。勇者という肩書がほしいだけだと思っていた。この中には、本当に魔物を倒したいやつらがいるのだろう。
「もし、もしお前が勇者になったら、だれか連れて行くのか? それとも…」
「一人でなんて無理だろう。闘技場で見かける力のある奴を同行させるつもりだし、その辺は臨機応変に誰かを連れていく。一人だなんて、魔王に会う前に力尽きるのは目に見えている」
「へぇ、自信満々に一人で行くやつかと思ってた」
嫌味を含めたつもりだというのに、アマシュリの言葉にうっすらと微笑んだ。
しかし、最初に聞いた質問の答えをまだ聞いていない。どうして、魔王。シレーナを目の敵にするかのように、目で追い続けるのか。
「それより、何か用があったんじゃないの? どうしてシレーナばかり目で追うのか気になるんだけど」
「その男。強いだろう?」
「あ、あぁ。そこらへんのやつらよりは全然」
「会ったときに分かった。感覚で。でも、その力を闘技場で発揮しようとはしない。今のところ、雑魚ばかりだからどうにかなるが、他にはもっと強いやつらがいる。ここにいる以上、もう少し本気を出せと、忠告をしたかっただけだ」
「伝えておくよ」
(大変大変大変だよ魔王!)
その声で、俺は闘技場の体へと精神が引き戻された。
何が大変なのかと、アマシュリに話を聞くと、今さっきまで白髪長髪野郎が来ていて、どんな会話になったのかも話を聞いた。そのあと、何気なくトーナメント表を見ると、次の戦いがその白髪長髪野郎だった。
しかも、あまりトーナメント表を見なかったから気付かなかったが、呆気なく決勝戦まで上り詰めていた。歯ごたえのなさに、今回強いものは、すべて白髪長髪男のほうに回っていたのだろうと、勝手に納得した。
今までは、呼ばれたらいく。という形をとっていたから、どんな敵と戦うのか知らなかった。だが、これでどうしてあのタイミングであの男がやってきたのかが分かる。次戦う敵が、今何をしているのかが気になったのだろう。なのに、来てみれば寝ている。そりゃ忠告の一つも言いたくなるだろう。
嫌な重みを背中に抱えたまま、待合室から出て行った。
白髪長髪男はこの闘技場の中で、強いことから有名人となっていた。
白きオオカミ。身長の割に、素早く。しかも、素早いのは動きだけではなく、魔術の使い方も巧みだということで、そう呼ばれていた。
「はじめましてルーフォン?」
「はじめまして。シレーナ」
白髪長髪男というわけにはいかず、先ほど知らされた相手の名前を呼んでみた。すると、真似するように相手も俺の名を口にする。
シレーナ。やはりどこかで聞いたことがある。どうしても思い出せない理由として、1000年以上も生きている所為だと、長命を理由とする。
スタートの音が鳴った。
周りの歓声を聞きながら、ルーフォンという男を見つめた。
どこからやってくるのか。
「お前から来いよ」
基本的に自分から攻撃するのが好きではない俺は、低く何処にでも逃げられるような体勢をとり、ルーフォンに向かってそう言った。
すると、フンっと鼻で笑ったのち、地を蹴って走り出した。右手に持っていた剣を、左肩付近まで横に上げ、向かってくるその男の様子を見る。
左から振るつもりだ。相手ルーフォンも、それが分かるようにあえてそうかまえたのだろう。にやりとほほ笑んでいるその口元が、そう言っているような気がする。
体重をつま先に集め、左肩付近から斜め右に振られるその剣の上に乗るように、後ろにジャンプし、後ろに反った肩を軸に宙返りをして見せる。肩を軸にしてしまったせいで、宙返りが大きく後ろに行ってしまったが、避けるためには仕方がない。
最初は腰を軸にしようと思ったが、想像より高めの位置を剣が横通る気がして、反射的に軸を後ろに持って行った。
「ちぇっ」
本当は、宙返りをする際に、踵で顎から蹴り上げてやろうと思ったが、思ったよりもルーフォンの体勢が後ろに行っていたせいで、綺麗にすかしてしまった。
「頭は使うようだな」
「お前もね」
馬鹿にするようにほほ笑むその姿が、逃亡に失敗した時のシェイルのあきれ顔に似ていて、ちょっとプチっと脳味噌が鳴った。
シェイルとやりあったことはないが、きっとシェイルと戦っても、こう簡単に避けられるのだろう。
じっくり考えている様子を与えないかのように、右下に振り下ろした剣のまま、再度俺のほうへ剣先を向けてくる。
右下から左上。先ほどの逆だ。
それを前にジャンプし、ルーフォンの真上に自分の頭が来るように宙返り、横切る際に短い呪文を唱える。初歩水魔術だ。
水の玉が後頭部に向かって数個向かう。目だけで俺を追っていたからか、ルーフォンは左に肩を動かし、軽々とその魔術から避ける。剣のほうにまで気が行っていなかったのか、剣先に軽く当たったが、振り払われた。
ルーフォンに背を向けるように着地し、簡単に避けられたことにムカムカしながら、ルーフォンのほうに向きなおる。
「初歩的だな。剣術も弱ければ魔術もあまりか。得意なのは身軽さだけか?」
「悪いけど、それも大きな武器だと思ってるんでね」
魔王になるときだって、いろんな魔物を蹴落とした。別になりたかったわけではないが、俺の胸に刻んだ形見を手に入れようとしてきた魔物を、攻撃すべてを身軽さで避け、接近し強大な魔力で一匹一匹捻りつぶしてきた。踏みつぶすように殺した。その恐ろしさに、魔物たちは魔王にさせた。潰し始めて魔王になるまで数年経ったが、日々潰した。死した魔物の上で戦い、残骸を踏みつぶし続けた。
血に染まった姿に恐れをなし、近付いてこなくなった魔物たち。別に俺はそれでもよかった。
そんなとき、敵意がないシェイルが静かに足元に現れ、そっと手をとった。そこから魔王だと認識された。
まさか、ルーフォンの一言なんかで、何百年も前の記憶が甦るなんて思わなかった。
勝つ気満々のルーフォンは、俺に剣先を向けるのを止めなかった。避けつつ魔術を使うのにも、相当疲れてきているのが現実。魔術も、知っている中で強いのを使用しようとしても、その分の時間がない。
ルーフォンも合間合間に魔術を使ってくるが、止めれるものは止め、避けれるものはとことん避けた。しかも、俺が知っているような基本的な魔術ではなく、実践として使ってきているようなモノばかりで、対処のしようがない。
観戦していた際に覚えた魔術だって、実践していないから、あまりうまく発動させることもできず。だんだんイライラしていた。
「むかつく」
「お前も十分むかつくよ」
ルーフォンの戦いでこんなに長引く戦いをしなかったからか、歓声が最初よりも強くなっているのが分かるし、ルーフォンを応援する声や、意外にも俺の名を叫ぶ者もいた。
ちらりとアマシュリのほうを見ると、どうすればいいのか分からないような顔をしている。
もうそろそろ強めの魔術を発動したいのは山々なのだが、そんな時間はいただけない。新たに編み出したかのように、適当に呟いて魔力を使ってもばれやしないだろう。
そう安易に考え、力強く地を蹴り後ろに高くジャンプし、その間に魔術を省略させているように、知っているような呪文を引っ張り出してくっつけた。
自分の真上に、魔力で大きめの水の玉を作り、呪文を唱えながら大きくしているふりをする。実際にこのような魔術はある。しかし、これとはまた違うし、威力はあまり期待できないもの。だがこれは違う。自在に威力なんか変えられるし、詠唱している呪文も違う。適当に省略してみせ、その玉を着地する前にルーフォンに向かって投げつける。
驚いている様子のルーフォンは、身を守ろうと、何かの呪文を唱え、それに対抗する魔術をその玉にぶつけるが、水の中に入るのみで何の成果も上げられない。
諦めた様子で、持っていた剣で身を守った。その瞬間、観客から審査員、待合所のほうまで全て静まり返った。
水の玉が消えると、そこには剣を地にさし、魔術で薄い壁を作ったおかげでボロボロの中でも、何とか持ちこたえているルーフォンの姿があった。しかし、これ以上今までどおりの動きは出せないだろう。
「…なんだその魔術は…」
「開発した」
「…」
威力の割に、短い呪文だった。そう言いたいのだろう。
呪文なんてテキトウだし。なんて言えるはずもなく。
「言えよ。降参のサイン」
「…俺は言えない。俺は魔王を倒さなければいけないんだ」
「どうして」
「どうして…? お前は馬鹿か? あんなものがいるからこの世は崩れるんだ!」
「魔王がいなければ幸せだとでも?」
「少なくとも今よりはな」
肩で息をしながらも、ボロボロになったルーフォンの体は、突き刺さった地面から剣を抜く。
一瞬左右へ身体が振られていたが、そんなのも気にしている暇はないのだろう。
それ以上傷つく必要があるのだろうか?
魔王がいなければ幸せかもしれない、しかし、本当にそれでいいのか。共存しようなんて思わないが、魔物すべてが悪いのだろうか。人間は何一つ悪いことをしていないのだろうか。この世界は狂っている。
同じ生き物だというのに。
「そうか。ならやればいい。別に勇者じゃなきゃ魔王を倒しちゃいけないなんてルール、この世には存在しないだろう?」
「…どういうことだ」
「俺が勇者になったら、各国の王と顔を合わせてくる。どんな王がいるのか。本当に人間すべてが良いやつなのか。本当に魔物が悪いのか。そこを見極めてから魔物のいる地へ足を踏み入れる。その間にお前が魔王をやってしまえばいい。そしたら、今回の勇者は亀だって笑われ、お前は英雄。すげぇだろうが」
そもそも、魔王が死んだからといって、魔物が全滅するわけではない。
もしかしたら、魔物たちが暴れ出し、領地を気にせず人間をつぶしに行くかもしれない。そしたらこの男は、手を出してくる魔物すべてを殺しにかかるのだろうか。生きている魔物を、全てつぶす気なのだろうか。
そんなのは無理だ。
少なくとも、人間よりも魔物のほうが強いし長命だ。そう簡単にやられてなんてくれはしない。
俺ら魔物からしてみれば、人間だって罪もない魔物を手にかける。魔物だからといって、差別をするように殺すだろう。人間も魔物も同じ。どちらが悪いかなんて、わからない。
「英雄か…そんなものいらない」
「じゃあお前は何がほしい。魔王が死んだところで、別の魔王が出てくるだけ。魔王が死んだところで、魔物がすべて死ぬわけではないんだ」
「知っている! それくらい知っている」
「これ以上俺とお前がやりあう必要があるのか?」
(魔王様、アマシュリ様。ご連絡です)
ルーフォンと話している最中、ヴィンスから珍しくもテレパシーが入った。
(どうした)
(西の洞窟から、ドラゴンがそちらの国に向かって行きました。何か操られている様子。近くに魔物の姿もありました。何か企んでいる可能性があります。気をつけてください)
(西の…)
アマシュリも、きちんと聞き取れたみたいで、視界の端でうんとうなずいていた。
次にテレパシーを送ってきたのは、そのアマシュリだった。
(私の友からのご連絡です。その近くにいた魔物は、どうやらこの国の王とつながりがある様子。闘技場に向かってきています。嫌な予感がします。早く試合を終わらせてください)
(えぇっそんな無茶な)
そもそも、王と魔物がつるんでいると。しかも、西の洞窟に住んでいるドラゴンは、割かし大人しいほうではあるが、もともと強い種族。一度怒らせると、敵味方関係なく潰しにかかる。
魔物や人間が扱える動物ではない。
「やりあう必要…? あるさ…」
今の現状を理解していないルーフォンは、しっかりと構えた剣先を俺に向けてくる。
「先ほどの魔術。何かを省略した魔術に見えた。今までそのような魔術はあまり成功例がない。他にも持っているのだろう? 見せてほしいものだ」
「つまり今は、勇者を関係なしに、俺とやりあいたいってことかよ」
「そういうことだ」
「そうか。但し今は時間がない…」
「は?」
「悪いが、今はお前をあまり相手にしていたくないのだ。すまないが、負けを認めてはくれないか」
あまりにもひどい言いがかりだ。理由にもなっていないし、ただルーフォンを馬鹿にしているようにしか見えない。
ルーフォンの口が開く瞬間、場内にアナウンスがかかった。
『今の試合。シレーナ選手の勝利とみなします。もうすでに、ルーフォン選手は戦える状態ではございません。今回の目的は“死”の目的ではありません』
「なんだそりゃ…」
「許さないぞ!」
その闘技場側からのアナウンスに、俺やルーフォンだけではなく、周りの観客からも、かなりの非難を浴びていた。しかし、そこを大人しくさせたのは、意外にも不服そうな顔をしていたルーフォンだった。
剣を捨て、俺のほうを向いて座り、右足のひざを立て、その上に左手を乗せる。服従の姿。
「確かに、俺はもう戦える様子ではないみたいだ。負けを認めます。しかし、あなたの近くで戦いたい。是非シレーナ…いや、勇者様と同行させていただきたい」
ルーフォンの言葉に、場内の人々が静まり返った。もちろん俺も静まり返り、どうすればいいのかが分からなかった。
つまり、この時点で魔王兼勇者となったのだろう。
静まり返った場内は、一気に勝利した勇者への歓声と、潔いルーフォンへの素晴らしさで響きわたった。
「…いいよ。但し、俺と同行するとなったら、魔王への道は少し遠くなるぞ?」
「それでも構わん。非道なことを行うようでしたら、仲間から離脱させていただきますが」
「構わんよ」
そういって俺はルーフォンに向けて手を差し出した。
驚く様子が嬉しかった。綺麗に整った顔の男が、表情を崩して驚くなんて、そう見れるものではない。ゆっくりと表情を戻し、ルーフォンは抵抗することなくそこに手を乗せ、ゆっくりと起き上った。
「ところで主催者。王よ。貴様は何を考えている」
今後の行動について、俺はその場で王がいる方へ向き、大声で怒鳴ってやった。
王は危険を避けるように作られた、特殊ガラスの向こう側で観戦していた。上から見下ろす姿。何かをたくらんでいるようにしか見えない。
そんな王が、ゆっくりと立ち上がり、マイクに向かって口を開いた。
「ほぉ。どのことかわからないが、勇者が決まり次第大きな祭りを行おうと思っていた」
そういうと、観客のほうがザワッとざわめき、魔物の土地の方角に影が見える。
その影に入った観客や、その周りの人々がゆっくりと上を見上げた。
もちろん俺も見上げたし、ルーフォンも見上げていた。どうしてこんなものがここにいるのかという様子で。
現れたのは、大きな翼と大きな体。どんなものでもなぎ倒すような尻尾を持つ、西の洞窟に住んでいるドラゴンの一匹だった。
東西南北のドラゴンにあったことはあるが、場所によってちょっとした特徴が違う。一つに色。西のドラゴンは、全体的にオレンジっぽく黒い色。腹の部分が白く、そこの部分だけが無駄に目立つのが特徴だ。
そんなドラゴンが、背中に魔物を乗せて、闘技場の試合会場へと舞い降りた。
第6話
「戦闘態勢…」
「え?」
ぼそっとつぶやいた俺の言葉に、ルーフォンが反応した。
ボロボロだが、ルーフォンも戦えないわけではないだろう。しかし、あまり長時間戦わせるわけにはいかない。
魔力をここであまり使うわけにはいかない。という状況の中、ドラゴンと戦うには少々骨の折れる作業となる。そうなると、魔術に長けているルーフォンを生かしておいた方が、戦いやすい。
ルーフォンに背を向け、ドラゴンから手を出させないように、庇って見せる。
「どういうつもりだ! 王! 最近魔物と手を組んでいるそうではないか!」
「ほぉ…。知っておったか」
「何だと…」
後ろでルーフォンが反応するのが分かった。
足元に落ちていた剣を、再度持ち直す。そんな体で抵抗するつもりだろうか。俺の考えからすると、俺がおびき寄せている間に魔術で放り飛ばしてほしかったのだが、そうもいかないのだろうか。
少なくとも、こんな鈍らな剣で戦うのは無謀すぎる。
「さぁて、本当に勇者に向いているのかを見せてもらおうかとするか。これが今回のメインイベントだ。ドラゴンに負ける勇者なんて御免だろう?」
「なるほどな…。そんなことのために…」
怒り、魔力を使用しようとした瞬間、ドラゴンが大きな尻尾を振りまわし、観客席の一部に尻尾を振りおろし、見事に潰して見せる。
そこから奇声や悲鳴などが響きわたる。
「なっ…罪もない人を殺すつもりか!」
「ほらっ…早くしないと死んじゃうよ?」
楽しむように、王はそう笑っていた。
こんな人間のもとで、魔王を殺そうとしたいのだろうかルーフォンは。
「ふざけんなよ…。わかったぜ、人間の王のすることはこんなことかよ。罪もない人を向き不向きを知るだけために殺させるなんてな…アマシュリ!」
無事かどうかも知りたいため、そう呼ぶと、わかっていたのか待合所のほうから走ってくる。
高い位置にある観客のほうから飛び降りてくるものだと思ったが、さすがのアマシュリ、呼ばれるとわかっていたのだろう。
「はい」
「ルーフォンを安全な場所に。後、できるだけ多くの観客を逃がしてやること。あと、できれば王を逃げないように拘束しておいてほしいのだけど」
「え? 囮になっておびき寄せ、その間にルーフォンに魔術で締め上げると思ってたのですが」
想像と違う命令をするため、つい首をかしげて聞いてしまう。
よく外に遊びに出ては先々で問題を起こすため、逃げ脚だけは得意となり、誰かと手を組む時は自主的に囮となる、囮作戦が大好きとなってしまった魔王のことだから、てっきり今回も魔術の強いルーフォンと戦うものだと思っていたようだ。
さすが、いろいろなところで情報を蓄えているだけあり、変装した俺の姿も、噂だけでもわかるだけがある。
「あぁ、さすがアマシュリ。そうしようかと思ったけど、ちょっぴり今は誰も見てない状況で捻りつぶしたくなったんだよね…それにここにあるの鈍らしかないし」
「ふざけるな! お前一人でどうにかなるものでもない。一人より二人のほうが良い。囮作戦なら大歓迎だ」
「ということですので、ま、まずいので観客逃がしてきますね」
魔王様。と言いそうになったアマシュリは、必死に言葉を換えて、観客のほうへと足を運んで行った。
振り下ろしていた尻尾がもう一度上がる。またどこかをつぶすつもりなのだろうか。力強く、先ほどとは逆の方向に尻尾をずらし、振り下ろす。
「まずい!」
ルーフォンがそう怒鳴ったが、尻尾は、観客の真上で止まった。
その下にはアマシュリが、魔術を使っているふりで魔力を使い、両手を上げて持ち上げるように得意の拘束魔法で、ドラゴンの尻尾をこれ以上下へ落ちないように拘束する。
攻撃が達成できなかったことに気付いたドラゴンは、顔をアマシュリのほうへと向いた。その瞬間。伸びた首のほうに向かって、ルーフォンが炎の玉を投げつける。魔術だ。
いきなりの攻撃に、ドラゴンは再度こちらに向き直る。するとそこには、先ほどまで立ちはだかっていた、子供の姿がないと一瞬視線が泳ぐ。その瞬間背中に乗っていた魔物が叫び、背から血を流して落ちていく。
アマシュリのほうにドラゴンが気を取られている瞬間、崩れた瓦礫を利用して飛び移り、ドラゴンの背に乗っている魔物を目指した。
そのあとルーフォンに気を取られた瞬間に、魔物の頭をつかみ、魔術を使うふりをして魔物の耳に小声でこうつぶやいた。
「ごめんね…。魔王に逆らったお前が悪いんだからね」
そのまま手の平にためた魔力で頭を握りつぶした。
ドラゴンの背中を乗っ取ったかのように、堂々と座ってやると、操っていた主がいなくなったことにより、ドラゴンは暴れ出した。
振り落とされないようにしっかり毛につかまり、頭のほうへと登っていく。
揺れるドラゴンの尻尾は、あちらこちらへ叩き落しているが、すでにそこには観客がいなく、建物被害だけ。すでに、ルーフォンがいることすらも忘れてパニックに陥っているドラゴンは、綺麗に唱えられたルーフォンの魔術にようやく気付く。
相当怒ったのだろう。結構長い魔術を呟いていた分、攻撃は派手だった。
ドラゴン一体入りそうな円が、地面に描かれる。その中はどす黒く、飲み込まれそうな雰囲気があった。しかし、そこのどす黒さのところどころにある赤いもの。それが少し血に見えた。
翼を立て、飛び立とうとするドラゴンに、俺は呪文を呟いたふりをして、魔力で重力魔術に似た重みを、ドラゴンの背に乗せてやる。
飛び立つに立てないドラゴンの足元には、血のように駆け巡る赤い筋が増え、脈打っているようにも見えた。ルーフォンはまだ呪文を唱えている。いったいなんの技を出してくるのか分からず、少しだけ俺はワクワク感を覚えた。
地面が少し浮き出た気がした。いや、血のように脈を打っていた部分から、血の槍が地面から突き出し、その円の中にいるものすべてを突抜かせた。
感心して見ている暇はなかった。大人しく背に乗っていると巻き込まれると思い、ドラゴンの巨体に突き刺さった瞬間、俺は背から飛び降り、ルーフォンのほうへと舞い降りた。
少しすると、その槍は消えていき、その代わり、ドラゴンから流れ落ちてくる血が、試合会場を濡らした。
いったんその場から避難し、王のいる間へと向かった。すると、行動が早かったアマシュリは護衛を気絶させ、王の両手の自由を奪い拘束し、地面に這わせていた。
「あ、シレーナ。お疲れー」
「アマシュリも」
それから闘技場に、他国から来ていた警備の者たちが現れ、王を引き取らせた。
人間の間では、亡くなってしまった者を葬儀し、土へ返していた。
「…なんか、こんな大ごとになると思わなかったなぁ」
「ははっそうだね」
「しかし…王が魔物と手を組んでいるとは」
「まぁ、手を組んでることは悪くないんだけど、組み方が悪かったね」
そんな中、俺らは宿をとり、ルーフォンの手当てを行っていた。もちろんアマシュリがだが。
いろいろと疲れ切ってしまっている俺は、眠ってしまいたい。眠ると言っても、コピーに行くというわけではない。コピーを作成し続けているというのに、魔力だの魔術だの体術だのを使い続け、溜まりに溜まった疲労を本当にとりたいのだ。
もちろん、ルーフォンだって休みたいだろうし、アマシュリだって、シェイルに似た男の手当てなんて御免だろう。
あの闘技場の中には、審査員として各国の王の使いが来ていた。今回の騒ぎをすぐに各国王に伝えたらしく、勇者となった証をきちんと取りたいということで、思ったよりも面倒な書類を差し出され、それにすべてサインを入れた。
正式に決まりましたという印を、各国の王から頂くことになっているが、書類上のすべての手配は、アマシュリに任せてある。
「はい。手当て終了」
「っていうか、お前治癒魔術とか使えねぇのかよ」
「シレーナだって使えないだろう?(治癒魔法)」
「うるせぇな苦手なんだよー。もー疲れた。アマシュリ寝ようぜ」
自分の寝床にくるまり、布団の片隅を上げ、アマシュリを中に招き入れる。
どうして一緒に…とぶつくさ文句を言いながらも、魔王のお願いを聞き入れないといけない立場上、背中を掻きながら布団の中に入ってきた。
アマシュリを一緒のベッドに入れた理由としては、かなりの疲労の中眠ってしまうと、自分にかけている魔法が解けてしまい、魔王としての姿が浮かび上がってしまう可能性があるためだ。起きるときは、だいたい布団をかぶっているし、ぐっすり眠ってしまいたいタイプの俺のとしては、朝が早いのなんて御免。必死に起こしてくるアマシュリが、俺の変化に一刻も早く対処してほしいからだ。
次の日の朝、疲れた体は少し回復しており、まぶしい朝日がカーテンの隙間から射しこんでいた。
窓際のベッドを選んだ以上仕方がないのだが、右腕を布団からだし、左側にいる魔王でもあるシレーナを胸に抱きしめ、護るように眠っていたみたいだ。布団に包まっているシレーナは、どうせまだ夢の中なのだろう。
ゆっくりと這い出るように、欠伸をしながらベッドから降りる。すると、壁側に位置するベッドに眠っていたルーフォンが、俺の目覚めに気付いたみたいで、ゆっくりと体を動かしながら瞼を開けた。
一瞬シェイルがいるのかと思った。
せっかくシェイルのいない魔王と一緒にいれると言うのに、なんだかシェイルから離れた気がしない。
「起きたのか…」
「お前こそ」
「おはよう…」
「おはよう」
「まだそこにいるガキは寝てるのか?」
「ガキってシレーナのこと? 寝てるよ。起こすのが大変なんだ」
もう一度布団に入り、潜っている魔王のもとに体を寄せる。
ゆっくりと窓側の布団をめくり、シレーナの姿を確認するが、その姿は赤黒い髪を光らせていた。もう一度布団をなおし、もぐらせておく。
シレーナの背中をこすりながら、耳元で「シレーナ」と呟く。
(起きてください魔王! 姿が!)
「んぁっ…?」
脳味噌に直接話しかけると、ようやく起きたのか、姿を変えることなく体を起こそうとした。
まずいと思い、上にかかっている布団に力を入れ、ベッドに再度戻してやり耳元で囁く。
「姿が…」
「ん? あぁ」
(えぇっとシレーナ…シレーナ)
昨日の姿を必死に思い出しながら、ペンキで塗り替えるように姿を変えていく。
その姿は相変わらず手早く、綺麗だった。
少し髪をみださせ、ゆっくりと布団の中から這い出す。ボーっとした頭で周りを見まわすと、先日泊まった宿の景色だった。入口の方に目をやると、端にルーフォンの姿があった。どこか行っていたのだろうか。
「何? 夜遊び?」
「朝の挨拶する前に唐突だな。飲み物買ってきたんだよ。ほらっ」
そう言って、片手にたくさん持っていたペットボトルを、アマシュリのほうに向かって放り投げる。受け取りそびれたペットボトルが、床やベッドに散乱する。
その様子を見ていたアマシュリが、頬を膨れさせながらルーフォンに向かって怒鳴りつける。
「ちょっと買いすぎじゃない!?」
「えっ? そこ?」
てっきり、ものを投げるなとか言うと思っていたのに、まさか、買いすぎていたところに怒るとは。意外な言葉につい驚いて、アマシュリのほうを見てしまう。
ぶつくさ文句を言いながらも、散乱したペットボトルを物色し、お目当ての物を見つけて口に含んでいた。投げることに関しては問題ないのだろうか。
じっとアマシュリのほうを見ていると、視線に気づいたのかペットボトルを口から離し、またペットボトルを物色し始めた。次は何を見つけるのかと思ったら、甘いロイヤルミルクティだった。
「はい。甘いの好きですよね」
「おっ、さすがアマシュリ」
「で? なんで見つめていたんですか?」
ペットボトルの固い蓋と戦い、力いっぱいまわして開け、口に含める。
朝は甘い飲み物が喉にいい。と、誰かが言っていた気がした。
「ん? いや、なんか俺の知らないアマシュリがいっぱいいるなって」
「はぁ? 僕は一人しかいないです」
(いや、そういうことじゃないんだけどなぁ…)
こんなにも突っ込みがいのある奴だとは思わなかった。
仕えているのは長いが、実際一緒にいる時間自体はそんなに多くはない。だからこそ、知らないアマシュリの面があってもおかしくはないのだが、こんなにも面白いやつだとは思わなかった。
笑いをこらえている中、ルーフォンが口を開く。
「気になっていることがあるんだが」
「あぁっ? なんだよ」
「もしかして、シレーナのほうが立場が上なのか?」
いきなりな質問。それに、何処から出てくるのか分からないその質問に、アマシュリとともに首をかしげてしまう。
「どうしてだ?」
「乱暴だが、アマシュリはシレーナに少しだが敬語を使っている様子があるからな」
「あー、まぁ、連れですから。先日の闘技場にだって、無駄に暴れないか見張りのためだったから」
「なんだアマシュリ。嫌だったのか?」
「嫌とかではないですが…。そうですね。シレーナのほうが立場が上です。上どころじゃない。上の中の上」
呆れたようにため息をつきながら、ペットボトルの淵に口をあて、喉を潤おす。
アマシュリにとって、答えにくい質問だ。
魔王様だからこそ、一番上の立場であって、こんな身近にいていいものではない。これがアマシュリの考えだ。
だれにも見つからないような位置にいて、護衛に守られ誰の味方もせず、気に食わない者たちを無残に殺す。そんな奴が魔王だと思っていたアマシュリの想像力もすごいが、のほほんと呑気に人間の土地に足を踏み入れている現実の魔王も魔王なのだろう。
しかも、「勇者になっちゃった。エヘッ」なんて、舌を出しながら言ったっておかしくない性格をしている。
「そうか…。じゃあもう一つ聞いてもいいか?」
「なんだよ質問ばっかりだな」
乱れた髪を直しながら、ルーフォンのほうを見ることなく、文句をぶつくさ言う。
「先日の戦い、途中で魔術を数個使っていたが、最後の魔術はなんだ」
「え?」
「あんな魔術は聞いたことも見たこともない」
ドラゴンに使用したルーフォンの魔術も初めてみたよ。
と、言いたいのは山々だが、今はそれよりもあの時見せた、水の魔法だろう。
ルーフォンが好んで使用する炎系があまり好きではない。だからこそ、水の魔術や魔法を必死に覚えた。あまり数多くはないが、魔法に関してならば、ほとんどの事ができると言っても過言ではないくらい、鍛え上げた。その結果があの“偽魔術”。
いつかは聞かれるだろうと思っていたが、何の答も用意していない今、言葉が詰まってしまう。
「あ…れは…。言っただろう? 開発したって」
「そう簡単に開発なんかできないし、威力の割に詠唱時間が短い。どういうことだ? 是非教えてほしい」
「本当にあれは勘だったんだって。切羽詰まってたし(言葉も詰まってるけど…)」
なんてごまかしは効かないのだろうか。
そんなに威力を上げたつもりはないのだが、魔術にしては強すぎただろうか。いろいろ考えているうちに、頭痛がしてくる。アマシュリにバトンタッチをしたかったが、人間の飲み物が気に入ったのか、いろいろなものを空けては会話も聞かずに、次のものを開けていた。
「…そうか。だが、ドラゴンと戦っているときも、最後の重力魔術。初歩的な魔術しか使えないと思っていたが、他の魔術を知っているのならば、どうして試合中使用しなかった。俺の時だけじゃない。他の試合だって、本気でやりあっていない」
「だって…。魔術で傷つけたらかわいそうだろ…」
何とも言えない質問をされて、とっさに答えた言葉に、アマシュリは口に含んでいた飲み物をふきだした。
俺だって笑いたい。笑いこけたいのは山々だ。
だが、単純に 「本気でやりあったら、やり合いではなく、一方的な殺戮になっちまう」 なんて言ってみろ。不審がられるにきまっている。もしくは、 「その一方的な殺戮となってもいいから、本気で俺と戦え」 なんて、ルーフォンの場合言いそうだ。
「お前…結構バカなんだな」
「うるせっ」
「ぶあぁっはっはっ。もう駄目笑いが止まらない…」
呆れたルーフォンにプチっときた俺、笑いが止まらないアマシュリ。
いやだと言っても、ルーフォンはついてくるだろうし、この三人で人間の土地を旅する事を考えると、だんだん“勇者”から身を引きたくなってきた。
第7話
「さぁて。近くの国から様子を見に行きますか」
あの後、部屋に一国の使いの方が現れ、各国の王から印を頂いた勇者の証を受け取り、宿を後にした。
ドラゴンが暴れた闘技場のほうが心配だったが、行ったところで手伝えることはそうないだろうとルーフォンに怒られ、先の旅路へと足を進めた。
といっても、特別これといって目的地を考えていなかったから、国を出て、森をさまよう。
行く国で方向は決まるのだが、まだ最初の地点。行く場所なんかありすぎる。ということで、近い国から足を向けてみることにした。
天気は快晴、雲が現れることも、雨の様子を気にしなくてもいい。旅をするには良い天気だった。
しかし、天気と裏腹に、国と国の境目に位置する森の中では、魔物の気配が消えなかった。といっても、ルーフォン以外は魔物なのでそんなには気にしないのだが、殺気立っている魔物の気配だけはどうも気分がよくなれなかった。
人間には、あまり魔物の気配を感じ取ることができないと聞いていたが、殺気だけには反応したのだろう。先ほどからルーフォンが、いつでも剣を抜く気でいるかのように、右手を左側の腰に備えてある剣の柄を軽く握っていた。
「シレーナ…」
躊躇いがちに、俺の服の裾を軽くつかみながら、後ろに隠れるように弱々しい声を出した。
裾をつかんでいる手をつかみ、ゆっくりと握って落ち着かせてやる。
「アマシュリ、怖い?」
「怖い…わけじゃないけど、やっぱり慣れないんです。殺気とか、争いに」
魔物なのに。
あまり争い事が好きではないアマシュリは、自分は参戦しないため、見慣れてはいるものの、参戦することはなかった。魔物なのに珍しい気はするが、実際そこは心の持ちようと慣れだ。
幼いころから、そういう状況に立ち会っていなかったから、対処の仕方が分からないのだろう。それに、情報屋ということからして、魔物から護られる方が多い。自分を護る程度の魔法なら使えるが、傷をつけるほどのは…というのが情報屋のほとんどだ。
「大丈夫。アマシュリは俺が護るよ」
「お役に立てず申し訳ないです…」
「気にするな。魔術に関しては、ルーフォンもいるしな」
「ふん」
何もできないただの子供。と、アマシュリのことを考えているかのような、鼻の笑い方だった。
友人を馬鹿にするな。と怒鳴ってやりたいのは山々なのだが、闘技場で卑怯なことに、魔法を使ったという罪悪感のため、その言葉を口にはできなかった。
もうそろそろルーフォンに対しても、この殺気だらけの空気にしても、苛立ちが隠せなくなり、魔物の気配がするほうに向かって、木を倒せるくらいの呪文を唱える。
力強い水の玉が、ある木の根元付近の幹にぶつかり、衝撃に耐えれなかった古びた木は、根のほうから崩れていく。
その木の枝に隠れていた魔物二匹が、倒れる木を蹴飛ばし、地に足をついた。
「短気な人間だなぁ。もう少し楽しませてくれてもよかったんじゃねぇの?」
現れたのは、白に近いベージュ色の短い髪を、ツンツンに立たせて、タンクトップにジーンズという楽な服装をした魔物。黒い髪が肩付近まで伸ばされ、その辺の女をナンパしていそうなナルシスト系魔物。どちらも弱そうだが、アマシュリには十分の強敵に見えるのだろう。
本当に運だけで闘技場の敵を数名倒したのだろうと、運の強さに感心してしまう。
一応先ほどの街で武器の調達はしているから、短剣等のアマシュリが割と得意とする武器は持たせてある。この二匹の魔物程度だったら、アマシュリにも自分を護るくらいならできるだろう。そう信じ、にっこりとほほ笑みながら、アマシュリの元から離れ、魔物のほうへと近寄っていく。
「安心しなよぉ。俺が今から楽しませてあげるから」
飾り程度に所持している剣を抜き、二匹の魔物に向かって剣先を向けた。
基本的に剣や槍など、大きなものを武器として所持しない魔物だからこそ、相手は丸腰同然だ。しかし、その代わりと言わんばかりに魔法を優位に使ってくるだろう。
先攻は俺に任せるつもりなのか、ルーフォンは剣を抜き、戦う準備をしているものの、アマシュリをかばうように背に回して俺と魔物の様子を眺めていた。
「そうかよ。それはありがたいことで」
ツンツン頭の魔物の右手に、魔力が溜まるのが分かる。そこを目掛けて、先ほど木に向けた基本水魔術を発動させる。ルーフォンさえいなければ、魔力を使って捻りつぶしていたのだが、全てのものを見逃さないかのように後ろで見守られていれば、闘技場のようにこっそり魔力を使うこともできない。
邪魔した魔術の所為で、溜めた魔力を撒かれ、魔物の機嫌はあまりよろしくない方向へと向かっているようだ。
黒髪のほうへ気をまわすことは忘れない。二人を一気に魔術で相手をするのは疲れるが、今はそんなことを言ってもいられない。邪魔な剣をいったん鞘におさめる。
魔力を十分にためることができなかったツンツン頭のほうに身を接近させ、近距離で姿勢を低くし、左足を相手側に向けて右手を拳にし、右下から左上に向かうように腰をひねり、拳を相手の腹部に向かって持ち上げるようにアッパーをかます。
くの字に曲がり、近付いた魔物の広く用意された額に向かって、思いっきり頭突きを喰らわせる。
意識を飛ばしたのか、そのまま崩れる魔物の後ろから、黒髪が魔法を俺に向かって使用してきた。
黒い矢のようなものが、頭や心臓、腹部を狙って数本向かってきた。
もともと低めに態勢をとっていたせいで、しゃがんでもどれか一本には当たってしまう。
(魔法が使いたい!!)
口では言えないから、アマシュリやリベリオ、ヴィンスに向かってテレパシーを送った。
シェイルにまで送ると、使ってしまえと冷たく言われてしまいそうだったので避けたが。
あまりしたくはなかったのだが、右足に体重をかけ、地を蹴りつけ横に転がるように避ける。地に手をつき、自分の身を押し上げて再度足を地につけた。しかし、ゆっくりしている暇をも与えず、次から次へと使用してくる魔法に、だんだん苛立ちを覚えてくる。
「アマシュリ!」
「はい!」
(魔法を使うことを許すから、あの魔物を止めてくれ…)
(いいのですか?)
(お前だったら問題ないだろう)
「攻撃を仕組んできたあなたが悪いんですからね」
そう言って、アマシュリは両手を黒髪の魔物のほうへと向け、得意の拘束魔法で黒髪野郎の身体をきつく硬直させる。
「なっ…貴様魔物だったのか…どうして人間の味方に」
「事情がある故」
拘束された魔物は、アマシュリが魔物だということに気づき、どうにか抵抗してやろうと暴れ出すが、そう低級魔物にアマシュリの拘束魔法から逃げ出すことなんかできやしないだろう。
その隙に、黒髪野郎の目の前にジャンプし近寄ると、一度鞘に納めた剣を抜き、首を綺麗に跳ね飛ばしてやった。
うるさかった殺気が、ようやく静まりかえり、緊張の糸が切れたアマシュリは、その場に崩れるように座り込んでしまった。
「無事か? アマシュリ」
剣に付着した血を振り払い、鞘に納めてアマシュリのほうへと向かった。
何とかといわんばかりに、片手をあげて見せていた。
「…お前魔物…だったのか」
ルーフォンの存在を忘れていた。
抜いていた剣先を、座り込んでいるアマシュリの首元にあて、口を再度開く。
「答えろ」
「…そうだよ。魔物だよ…。だからなんだよ」
「なんだよだと!?」
「実際僕はルーフォンに対して攻撃を仕掛けたか? 違うだろ?」
「ルーフォン。魔物を毛嫌うのはわかるが、俺の親友にまで手を出すとなると、俺はお前を殺さなければいけないのだが?」
アマシュリに魔法を許したのは俺だ。それに関して、アマシュリに手を出すようだったら、どんなにいいやつだろうが容赦なく殺さなければならない。
剣を抜かず、ルーフォンの目を見つめ、手を出すなと瞳だけで脅して見せる。
ルーフォンが魔物に対して、何らかの怒りを見せているのは知っている。だからこそ、魔物であるアマシュリを許せないのだろうが、今の現状でアマシュリに手を下して罪があるのは、ルーフォンとなってしまう。それは、ルーフォンにだってわかっていることだろう。
ゆっくりと剣を握る力が抜けてきているのに気づいた。
諦めたかのようにいったん目をつむり、剣を鞘に納める。
「そうだな。今まで黙っていたのも、俺が魔物を毛嫌いしているっていうのを知っていたからだろうし、魔物が人間の街に堂々といることを知っている人が増えるのが困るからだろう」
「そんなとこ」
「しかし、聞かせて頂きたい。どうして人間であるシレーナと、魔物であるアマシュリが手を組んでいる?」
ルーフォンは、自分を落ち着かせるためにか、その場に座り込み胡坐をかいた。その自分の右ひざに右ひじを乗せ、手の平に顎を乗せた。相当考えているのだろう。
そう深く考えないでいただきたいのが本音なのだが、ルーフォンにとっては大事なところなのだろう。
「魔物に襲われているアマシュリを、俺が助けただけ」
「たったそれだけか?」
「たったそれだけでも、命の恩人だと感じるのです。魔物は、自分が慕う一番のものを知っている」
アマシュリは、俺の適当な嘘に乗ってくるように、そう口にした。
確かに、魔物は自分が慕い、尊敬する者に対しては、従順になる。しかし、それは人間も同じだろう。だから、ルーフォンにだってわかるはずなのだ。
「だからアマシュリは、シレーナを立場が上だと言い、文句は言いながらも口調に馴れ馴れしさを感じないのか」
「そういうこと。だから僕はシレーナを護りたい。力にはなれないとは思うけど、今回みたいに敵を拘束するくらいだったら、僕にはできる」
「…先ほどは悪かった。魔物はすべて敵だと決め込んでいたから、つい剣先を向けてしまった」
「わかってます。気にはしてない」
第8話
アマシュリが魔物だとばれたおかげで、少しは戦いやすくなった。
いざとなったらアマシュリに堂々と拘束してもらえる分、次の街へと行く間の戦いは、だいぶん楽になっていた。しかし、他の人間の前ではあまり魔法は使えないだろう。
いいところでは追い出され、悪いところでは始末を考えるだろう。そのことをアマシュリに言わなくとも、一番わかっているとは思うのだが、少しだけ不便にさせてしまった。
一日で次の街に着くのは無理があったのか、地図上ではまだ半分くらいしか歩いていないという位置で、日が暮れてしまった。途中途中、魔物の襲撃があったからこそ、余計に進むスピードが落ちてしまった。
さすがに、ルーフォンにも疲れが溜まったのだろう。今日はもう休もうと俺が口にし、寝床を確保すると、一番に腰をおろしたのがルーフォンで、それで何よりもう動きたくないかのように、準備した寝床に身を任せていた。
魔法が使えるということで、あまりアマシュリに気を取られなくなったルーフォンは、魔術や巧みな剣術で魔物と争っていた。基本的に、俺は囮となったり、ずるがしこい方法で魔物を潰し続け、楽しんでいたからこそ、あまり疲労を感じてはいない。しかし、もうそろそろ城の状況を知るために、コピーと精神交換を行いたい。
だが、残念ながらアマシュリも久々に連続で魔法を使用したことにより、座り込んだ状況で、ウトウトし始めていた。そんな状況で、見張りをさせるわけにはいかない。
ルーフォンのほうを見ると、今すぐに寝そうな雰囲気とまではいかないが、寝ようと思えばすぐに夢の中に入れるだろう。
「見張りは俺がするから寝てろよ」
アマシュリにそう囁くと、うんとうなずき、ゆっくりと寝袋の中に身をゆだねていた。
あやすようにポンポンっと肩付近をなでてやる。いつもとなんだか逆で、少しだけ嬉しかった。
「ルーフォンも疲れてるだろう? 暫く寝てろよ」
「あぁ、そうさせてもらおう。見張り、交代したくなったら起こせ」
「あぁ」
言われなくても。と言いたかったが、瞼を伏せたルーフォンは、浅いのだろうが、眠りの中へ入って行ってしまった。
ルーフォンが眠っていても、魔法は使えない。性格上、眠っているフリなんかしてそうだし、暴れている様子があったら、すぐに目を開けるだろう。警戒心がそれなりにあるルーフォンにとって、少しでも気を抜いたりなんかできやしない。
暫くボーっとしていると、ルーフォンの寝床がゴソゴソ動きだした。
昨日のソフトなベッドとは違く、身体が痛くなってきて目が覚めたのだろう。
腰を軸に上半身の身起こし、首の裏を掻いている。いったんあたりを見回して、右斜め後ろに位置する俺の姿をきちんととらえた。
「見張り、交代する」
「いや、まだいいよ。っていうか、今日はいいかも。なんか目が冴えて寝れそうにないや」
「そうか。でも横にくらいなっておけ。思っているよりも疲労があるはずだ。寝れなくても、目をつむっているだけで少しは違うぞ」
「…はいはい」
どうせいやだと言っても、文句を言ってくるのだろう。
疲れていないわけではいない。お言葉に甘えて、アマシュリのすぐ隣に準備していた寝袋の中に、身をひそめた。
寝袋は便利だ。身体すべてを隠そうと思えばしまいこめるから。少し気を抜いてしまって変身が解けたとしても、事前に戻すことができる。
しかし、眠れない。
すぐ隣に起きているルーフォンが座っているという状況で、ぐっすりと眠ってしまうほうが難しい。きっと、アマシュリは俺が起きていると思って睡眠に入ってしまったのだろうが、すぐ近くに起きているルーフォンがいることを考えたら、いつ寝込みを襲われるかわからない。
「ルー。お前はなんで魔物が嫌いなんだ?」
「…昔は嫌いじゃなかった」
「昔…は?」
「そう。昔はな。住んでいたところは、魔物の地から離れていたせいか、被害があまりなくてな、人間とは違う、別の生き物である魔物がこの世に存在する気がしなかったんだ。でも大人は子供に魔術を教え、身につけさせる。どんな時に必要なのかなんて、小さかった俺には分からなかった」
今は、小さい子供にまで魔術を教えるようになってきているのか。
ある一族だったり、決心を持った者たちが修行を積み、魔術を習っていた時代とは少し変わってきているのだろう。
一般の民間までも、基礎の魔術は使えるように鍛えられているようだった。
「でもある日、ある魔物が俺の家族を襲ったんだ。いや、俺だけじゃない。町のみんなが襲われた」
奇襲だろう。
人が多く住むところを狙ったり、人が眠っているところを襲ったりするのが、魔物のやり方だった。それは、仲間の仇だったり、恨みだったり。一切の害もないところに、魔物がいきなり襲撃を向けるなんて思えなかった。
子供では分からなかった、大人の行動により、魔物を怒らせたのだろう。
「数の多い魔物を見たのは初めてで、どうすればいいかわからなかったんだ。父も母も、魔物の魔法によって潰された。その時が魔法を初めてみた瞬間だった。魔術しか見ていなかったから、あんなにも早く攻撃できるなんて思ってもいなかった」
「そっか…両親が」
「あぁ。魔術が得意だった歳の離れた姉が、俺を魔物から見えないように術をかけてくれて、逃げようと森へ走ったのさ。でも、その時俺は知らなかったんだ。その、魔物に見えない術を、姉は自分自身にかけれるほど器用じゃなかったなんて」
年齢が離れていて、それで何より得意なものがある姿を見てしまうと、何でもできるんじゃないかと、子供は錯覚してしまう。それで安心しきっていたのだろう。
よく人間に見られる光景だった。
馬鹿な子供は、ただ大人がふざけて魔物のフリをしているものだと、思い込む地域もあった。
ルーフォンも、いきなりの奇襲なのに姉が対処してくれたせいで、何でもできる姉だと勝手に思い込んでしまったのだろう。
「すぐに見つかった姉は、後ろから何かの魔法に刺されて…。これからどうすればいいのかとか、子供なんてそんなとき考えれないだろう? 怖くなって声も出なくて。足を動かすこともできなかった。でも、術をかけた本人が死を迎えた時、残した術は時間はかかっても、徐々に崩れてしまう。そんなこともわかんなくて、ただ姉の死体を両手で口をふさぎながら見降ろしてるしかできなかった俺を、魔物が気付いたんだ」
逃げろよ。
そう思ったが、今の話ではなく、子供の頃の話だ。
恐怖でどうすればいいのかわからない子供は、今まで世話してくれた人がいなくなった瞬間、道を失い、そのまま魔物に殺されてしまう。そんな光景はよく見かけてしまう。
「気付かれたとは思った。でも、一人残っていたって仕方がないし、足なんか震えて逃げられなかった。たぶん、何か襲撃する理由があったのかなんか知らない。でも、わけもわからない子供や大人まで殺す魔物の気持ちがわからなかった。だから魔物を嫌った。憎んだ。それから行く先々で、魔物に襲われたという話を聞くたび、怒りは収まらなかった。でもどうしてだろうな、アマシュリが魔物だと知ったはずなのに、アマシュリをあまり憎く思えない」
「それは、アマシュリがお前に何もしないからだろう? それより、お前はどうして生きていられた? 動けなかったのだろう?」
そこが気になる。
足が震えてその場から逃げられないというのに、どうしてその時魔物に襲われず、今ここに生きてたくましく育っているのだろう。
質問に、暫く答えようとはしないルーフォン。言いにくいのだろうかと思い、言いにくいのならと諦めようとした時、ゆっくりと口を開いた。
「助けが来たんだ。一人の男の子が」
「男の子?」
襲撃をされていて、あまり魔物と接点がない街に、他の男の子が無事でいる気がしなかったし、無事でいたとしても、他人を助けられるほど、余裕がある子供がいたのだろうか。
話が気になり、寝床から身を起こし、上半身だけを外に出して月の光を浴びるように、月を見上げているルーフォンの後頭部を見つめた。
「あぁ。そのころの俺と同じくらい、子供のくせして安定した表情をしていた。魔物を目の前にしているというのに、怖気づかなかった。あまりにもこわくって、その男の子がどうやって魔物を退散させたのかまでは覚えてないが、気がつけば魔物がいなくて、目の前にその男の子が座って、気がつくのを待っていた」
「へぇ…。そいつは今は?」
「知らない。俺の手を引いて、大きな街に連れていかれて、孤児院に預けられた。その孤児院の子なのかと思ったけど、安心して泣いている間に姿を消していた」
「じゃあそれから会ってないのか?」
「いや、たまに出かけると、人目の付かない位置で見かけては一緒に遊んだ」
「そいつの名は…?」
聞いてどうする。
そう思ったが、このエピソードをどこかで聞いた気がする。しかし、何処で聞いたのかも、本当にこれだったのかもあまり思いだせないのだが、少なくとも似たような内容を知っている。
魔物に襲われた子供。
それを追い払うことができた。
尚且つ安全なところまで送っていく。
ときどき様子を見に…。
見に? しかし、ルーフォンが言うには、見かけた。と言っている。
「名前か? 忘れはしない。ヴィンスという名だ」
「…ヴィンス…」
思いだした。
一時期、子供の姿をして人間の土地で過ごしたことがあると言っていて、興味がわいた俺は、よく人間の土地であったことを、庭の手入れの休憩中、ヴィンスに聞いていた。
その中の一つに、珍しく楽しげに話す内容があった。それがこれだった。
怖いくせに、逃げようともしないで、ただ立ち尽くしている子供がいた。それを助けてやって、安全なところに送って行った。そのあとは、こっそり様子を見に行ったり、話し相手になってやったりしていた。と。
その立ちつくしている子供が、ルーフォンだったのだろう。
「んー…なに? 寝ないんですか…?」
声に気付いたのか、もぞもぞとアマシュリの寝袋が動き、顔がもそっと出てきた。
「あぁっ起こしたか?」
「まー。っていうか、ヴィンスがどうかしましたか?」
「…ヴィンスを知っているのか」
「…あ」
丁度ヴィンスという単語が聞こえていたのだろう。内容まではわからなくて、つい知り合いのような言い方をしてしまった。
魔物だということがばれていたとしても、ヴィンスが魔物だということ自体、ルーフォンは知らないだろう。
「アマシュリが、旅をしているときによく会ってたんだよな。アマシュリから聞いてて、耳に残ってたんだ」
「お前も…ヴィンスと会っていたのか」
「あぁ。本当時々だったけど…」
適当な嘘に、アマシュリも不自然なく乗ってきた。
しかし、魔物に助けられたとルーフォンが知ったら、どうするのだろうか。一見魔物だとわかる魔物と、人間と見た目が変わらない者がいる。城にいるものはほとんど人間と見た目があまり変わらない者たちばかりだ。
助けられていて、慕っているのであれば、別に魔物だろうが良いだろう。逆に、ヴィンスも魔物だと伝え、魔物すべてが悪いやつばかりというわけではないことを、味わわせてみるのもいいかもしれない。
「ルーは魔物か人間かわかるか?」
「一目見て魔物だとわかる容姿のやつ以外はわからん。アマシュリみたいなのは気づけない」
ということは、ヴィンスを見ても、魔物だと言われない限り、人間だと思い続けるつもりなのだろう。
だったら…。
「じゃあ、ヴィンスが魔物だったらどうするさ?」
「…別に。ヴィンスは命の恩人だ。どういう状況かは知らないが、アマシュリでいうお前のような存在に当たる。恨んだりはしない」
「そう」
「じゃあ僕の口から言わせてもらうよ? ヴィンスは魔物だよ」
「…そうか」
一言だけ。
そのたった一言だけでも、ほんの少しは傷ついているのがわかる。嫌っていた魔物に助けられた。あまり喜ばしいことには感じられない。ただ、俺としては、仲が悪くなるよりは、停滞。もしくは良くなるほうがいいに決まっている。
何か思いついたのか、近くにあった自分の荷物から、ある輝く物を取り出した。
ガラスのような、宝石のような石が付いているネックレスだ。それを今にでも寝てしまいそうなアマシュリの首にかけてやる。
「礼だ」
「なんの?」
「ヴィンスの話。不思議だと思っていたんだ。小さい子供が、魔物を追い払えるはずがないと、心のどこかではわかっていて、どこかでこの人も魔物なんじゃないかとは思ってた。でも、人間だって信じていたかった。現実を見せてくれた礼だ。それは魔術や魔法の威力を増大する宝石が入ってる。少しは役に立つだろう」
「いいのか?」
「よくないなら渡さない」
「ありがとう」
冷たいやつだと思っていたからこそ、こういうほんの小さな優しさがうれしくなる。照れたのか、ルーフォンのほうを見るのをやめ、再度寝袋の中に潜り込むアマシュリ。
少し赤く染まった頬を、アマシュリでみられるとは思わなかった。そういうのも、冷たくかわしそうな気がしていたから。
「ん? まてよ」
「なんだ」
「宝石が何だって?」
「入ってる」
「そうじゃなくて、その宝石はどんな役割してるんだって聞いてんの」
「魔術や魔法の威力が増すって…もしかして知らなかったのか?」
「はじめて知った…。アマシュリにだけずるい!」
「わかったわかった。次の街で選ぶの手伝ってやるよ」
「約束だぞ!」
第9話
「シレーナ。知らなかったの?」
「誰も教えてくれなかっただろう」
「じゃあなんで…」
「ん?」
「いや」
次の日、目が覚めて次の街へ足を進めていると、夜中に話していた宝石の話になった。
魔王である俺は、既に知っているものだと思っていたのだろう。呆れたような顔をした後、何かを思い出したかのように、アマシュリは何かを言いかけたが、何も気づいていない様子の俺を見た後、口を閉ざしてしまった。
シェイルがそのようなものを持っていたのに。と言いたかったのだろうか。
シェイルなら持っていても教えてくれなさそうだし、あり得る。
(そういえば、宝石といえば…)
宝石。ではないとは思うが、父から譲り受けたネックレスも、同じようなものなのだろうか。
「そういえば、アマシュリなら知っているか? 人魚の涙」
「あ、うん。噂には…」
「人魚の涙? 何だ?」
はじめて聞いた言葉に、俺は首をかしげながらルーフォンを見る。
ちらりとアマシュリのほうを見ると、少しだけ気まずそうにしている。話していたから聞いたのだが、聞いてはいけないものだったのだろうか? それとも、ただ馬鹿にされるぞという忠告だったのか。
「まぁ、そんなこったろうとは思ったよ。宝石の中でも最上級の物だ。身につけているだけで、強力な力を得るって」
「すっげぇっ! じゃあ、ほんの小さな魔術でも、威力がつえぇってこと?」
「そーいうこと。ただし、扱うのが難しいっていうのと、そう簡単には見つけれないって話」
「へぇ…どういうところでとれるんだ!?」
「人魚が死に際に流す涙がそうなんだが、人魚自体本当にいるのかも危うい上、争いを好まない癖に、人間よりも魔物に懐きやすいから、魔物の領域に位置する。っていう言い伝え。宝石がほしいがために魔物の土地に行く勇気のある奴がいないからこそ、貴重で言い伝えにしかならないってわけ。噂では、魔王が持っているという話もあるからこそ、ただの言い伝えなんじゃないかってあきらめてるけどな」
「魔王が…」
噂だとしても、魔王が持っている。
それでなおかつ貴重。
手に入れたら莫大の力を得る。
一度だけ不思議に思ったことがある。魔王になる際に、魔物が狙ったもの。それは俺が所持している、父からの形見。これさえ手に入れば、強い力を得るからと、狙ってくる魔物がいたとしてもおかしくはない。
どうして形見がそんなにほしがるのか不思議になっていたが、これが“人魚の涙”といわれているものであれば、辻褄が合う。
それに、噂だとしても魔王が持っているとなれば、これくらいしかない。
黙り込んでしまった俺に、アマシュリはテレパシーを送ってきた。
(魔王…? どうなされました?)
(…アマシュリ。もしかして、俺が持ってるこの形見って…)
(…)
(アマシュリ! 知ってるんだろう?)
(そうです。俗に言う“人魚の涙”です)
これが。魔王の証。
見つかってはいけない。
噂というものは、先入観にもなる。
俺が持っていたら、魔王だと疑われかねない。もしくは、結局噂は噂。こんなガキが持っていて、“人魚の涙”と知らずだとすれば、見つからなくてもおかしくはない。どちらかだろう。
(アマシュリ、俺ってもしかして)
(…王?)
(俺って…すげぇっ?)
(は? まぁ、持ってる時点で貴重ですからね)
(使いこなせれば最強じゃん! 魔王殺せんじゃん!?)
(いや、シレーナ。だんだん勇者化してきてますけど、魔王はあなたですからね!? 自分を殺すことなんて、人魚の涙がなくても簡単でしょうが。何を言い出すんですか)
(だから、魔王を適当な魔物に仕立て上げて、俺が魔王さっさと殺せば、みんなが納得するんじゃねぇかって。そんで、魔王を殺したから、魔王の座は俺が頂く。そんでもって、共存してみましょ。なんて言ってみろ。なんか、認められた気が…)
(馬鹿ですか…)
(ひどっ!)
「おい」
「あっ?」
アマシュリと会話をしていると、ルーフォンが、不思議そうな顔で見ていた。
「いきなり黙り込んで、何を考えてる」
「いやー。その“人魚の涙”さえ手に入れられれば、魔王簡単に殺せそうだなって」
嘘は言っていない。
手に入れている。という現状を隠しただけであって、この旅の最終目的は“魔王討伐”なのだから、そういう思考になったっておかしくないだろう。
「その“人魚の涙”が魔王所持疑惑あるんだって」
「奪えばいい。もしくは、それ一個しかないわけじゃねぇだろ? 別個の物を見つければいい」
「簡単に言うな…」
(魔王。ご連絡です)
今日も魔物を数匹潰しながらも、先へと進み、日が真上まで来ていた。丁度昼ごろだろう。少しおなかがすいたなと思いながらも、ボーっと歩いていると、いきなりシェイルから通信が入った。
一瞬足が止まりかけたが、気にせず足は進める。
(どうした?)
(ヴィンスが感じたのですが、遠くの方から魔物が数匹城へ向かってきてます)
(へぇ。なに? 危険な気でも感じた?)
(はい。戦闘態勢に入っているみたいだと。魔王。城にお戻り願います)
(えー…精神だけでもいい?)
(構いません)
ただ、何かの報告だけかと思っていたが、敵意を感じてしまえば、シェイルは戦闘に入るだろう。ということは、ボーっとしているコピーだけでは、いろいろ不便だということだ。
数匹と言っていたが、はっきりと何匹か気になるところだ。
足をすっと止め、子供が歩くのに疲れたかのようにしゃがみこみ、振り向いたアマシュリに上目づかいで見つめる。
「どうかしましたか?」
「眠い…疲れた。もう歩きたくない」
「だからちゃんと寝ておけといっただろう」
「寝たもん。ちょっとだけ」
頬をふくらまし、ルーフォンの冷たい一言に目を伏せる。
拗ねたように、地面に人差し指で8の字を書き続ける。そのウザったい雰囲気に、アマシュリが先にため息をつく。
「じゃあ、少し休みますか。ずっと歩きっぱなしでしたし」
すぐ近くの木に寄りかかり、座るアマシュリ。
仕方がないなと、ルーフォンもアマシュリの隣の木に立ったまま寄りかかる。
やったと顔を輝かせながら、アマシュリの隣に座り、膝の上に頭を乗せて横になる。
「ちょっと甘えすぎですよ」
「いいからいいから」
(すまない。魔王の城に敵意をもった魔物が数匹近付いてきてるみたいなんだ)
(えっ…。でも、シェイルだけでも十分じゃ?)
(言ってなかったんだが、魔王の間に俺のコピーを作っておいたんだ)
(じゃあ、そちらに精神を持っていくつもりで?)
(そういうこと。収まるまで向こうに精神飛ばしてるから、俺の警護よろしく)
(早めに帰ってきてくださいよ)
(まかせろ)
第10話
前に、闘技場でも抜け殻のように眠ってしまったことがある。
ただ疲れて眠っただけなのかと思ったが、今もまた、無防備に眠ってしまったところを見ると、もしかしたら前回も、精神を向こうに持って行っていたのかもしれない。
あの時は、さすがに騒げば起きるだろうと思っていたが、今回は騒いだところで、起きる起きないの問題ではないとわかってしまった。向こうも危ない状態になっているとなれば、こちらの本体に傷をつけるわけにはいかない。
しかも、前みたいに魔物がいるわけでもなく、人間同士の戦いで、それでなおかつ選手権みたいなものだったからこそ、控え室にいる分にはあまり危険がなかったようなものだ。しかし、今ここは魔物がウジャウジャいるような状況だ。見つかったら戦闘態勢に入るのは間違いない。
シレーナ…魔王がこちらに戻るまで、魔物が現れなければいいのだが。
「アマシュリ。そいつはいつもこうワガママなのか」
「え? うん。そうだね。いつもわがままでみんなを振りまわしてたな」
柔らかいシレーナの髪を、そっと優しくなでてやる。
口を開かなければ、可愛いものだ。しかし、口を開くとワガママだったり、喧嘩だったりを始め出してしまう。それでも魔王の側から離れない俺やリベリオ、シェイル達は、ワガママじゃない面の魔王も知っている。
姿かたちが魔王と離れているシレーナでも、性格は同じだ。子供っぽい性格をしているからこそ、扱い方が簡単だ。喜ぶことをしてやれば、わがままも少なくなる。
「みんな? ほかにも仲間がいるのか?」
「うん。勇者とかに興味がないし、魔王討伐にも興味がないやつらがね。勇者になるって言った時も、みんなまた面倒なことをって顔をするんだ」
「それでもお前はついてきたのか」
「まぁね。何かあったら嫌だし」
「もしかして、唐突なわがままに付いていけなくなって他の奴は来なかったのか?」
「ううん。興味がないって言っただろう? シレーナのことはすごい心配してると思うけど、意思がないやつが勇者の近くにいても仕方がないしね」
そもそもみんな魔物だし。
と心の中で笑いながらも、うっすらとほほ笑み、瞼を閉じたシレーナの顔を見つめる。
実を言うと、魔王の父を数回見たことがある。誰とも比にならない強さを持っており、不用意に近づくことも許されなかった。しかし、無邪気な子供は、そんな迫力も知らないのか、気にせず足元に寄ってくる。
なんて命知らずな子なのだろう。
その時はそう思ったが、何度か観察していてわかった。
その最強の魔物が護りたがっているものが、その子供なんだと。
だから力を持っている。その子に対しては、優しくほほ笑む姿も数回見れた。うらやましかった。あんなにも強い魔物の近くにいられるなんて、どういう対象なのかと。
時間がたつにつれて徐々にわかっていく。
あの魔物の子供なのだろうと。
しかし、ある日いつものように観察に出向くと、何があったのか魔物の死体がいつもよりも積み重なり、子供の泣き声が聞こえてきた。
何があったのかと近づいてみると、子供を腕に抱えた状態で、その最強と謳われた魔物が血だらけに傷ついていた。
誰の攻撃でとかではなく、積み重なった疲労と傷のせいだろう。
魔物の足元には、数千匹の魔物がいる。こんなにもいっぺんに相手にしたのだろう。疲れて当たり前だし、全ての攻撃をかわすことなど難しい。いつかはこうなってしまう。そうはわかったとしても、悲しかった。
まだ息はあるみたいだが、治癒魔法を使用できるほど体力があるようには思えなかった。
飛び出して、助けてやりたい気持ちはいっぱいだったが、治癒魔法を使えない俺は、ただ見ていることしかできなかった。
じっと見ていると、子供がピタリと泣くのをやめた。
首にかかっていたネックレスを、そっと子供の首にまわしてやる。
その時、身体が一切動かなかった。
持っていたそのネックレス。
(ウソ…。人魚の涙…?)
遠目であまりよくは見えなかったが、人間の土地に入って宝石の書物を読んでいた際に、貴重なものとして記されていた写真に、“人魚の涙”と載っていた。
すごくきれいで、他とは見間違えないほど覚えていた。記憶力に自信はある。あれが、手に入るのは困難で、言い伝えのようになってきてしまった宝石。
強かった理由が分かった。それがすべてではないのだろうが、元が強かったために、相当な魔力を所持できたのだろう。
そのネックレスから手を離すと、その魔物は息を引き取ったように見える。
子供も、必死に揺らしたりしてみるが、起きる様子もない。
大きな声で泣き叫んでいる。仕方がない。護ってくれていた人が亡くなってしまったのだから。しかし、あの子の母はどうしているのだろうか。
今まで見たことがない。もしかしたら、もうすでに亡くなってしまったのかもしれない。あの子はどうするのだろう。
小さい子供が、両親を失くし単独で行動している姿はよく見かける。むしろ、それが魔物の中では普通の領域になってしまっている。いつ親が死ぬかわからない。いつ自分が死ぬか分からない。いちいち泣いてはいられないだろう。でも、あの親子だけは、しばらく見ていたというのもあってか、涙が出てきてしまった。
「おい…」
「えっ?」
「泣いてる」
いきなりルーフォンが話しかけてきたと思えば、唐突な内容だった。
耳を澄ましてみても誰かが泣いている様子はない。鳥もいないのか、鳥の鳴き声も聞こえない。
「…誰が?」
そう聞くと、あきれたような顔で指差してきた。
「僕…?」
ソッと目元に指をかけてみると、いつの間にか思い出して泣いていたようで、涙が指に触れた。
まさか、他人の死で二度もなくとは思わなった。しかも同じ魔物。あまりにもおかしくって、つい笑ってしまった。
「ははっ。また泣いちゃった」
「また?」
「うん。ちょっとね。思い出しちゃって」
「思いだした? そいつとの出会いか?」
「そうだね…。シレーナは僕を助けた時が初めてのような事を言ったけど、本当は一方的に僕はシレーナのことを知ってたんだよ」
あの後、何度か様子を見に子供のところに足を運んでいた。
元気かどうかはわからないが、とにかく生きてはいた。
じっと座って、口を開くこともせず、どこか一点を見つめていたり、木の枝を折り続けていたり、暇そうな日常を過ごしていた。
父と遊ぶのが楽しかったのだろう。だからこそ、一人遊びは知らないし、友達もいない。友達になろうかと足を運ぼうと思ったことは何度かあった。でもどうやって話しかければいいかがわからなかった。
それからしばらくして、子供は成長はしていた。しかし、毎日毎日暇そうで。
目をかけられた魔物を潰す力を持っていたおかげで、自分の身を守ることに苦労はしていないようだった。暫くしてから“人魚の涙”の所持がばれてしまい、大勢の魔物に狙われた。しかし、いとも簡単に潰す姿を見て、恐ろしくなった。
遠巻きに見ていたシェイルに俺は気付いていたし、シェイルも俺に気付いていた。争いが収まりかけた時、シェイルはようやく動きを見せた。
こいつは強い。
わかっていた。子供が危険な目にあうんじゃないかと思ったが、手をかけることはなかった。
その時、その子供は魔王となった。
もう大丈夫なんだ。一人じゃないんだとわかり、それ以降その子供。魔王を見に行くことはなかった。だからこそ、魔王の声は覚えていたし、たくましくなった姿を数回見たとき、ホッとした。
まさか、こんな側にいられるとは思わなかったが。
「一方的に?」
「うん。一方的だったね。話しかけることはなかったし、その時シレーナは一人じゃなかった」
「その時? 他にも仲間がいるんだろう?」
「それは全然後の話。俺と出会った後だからね」
シェイルに俺。ヴィンス、リベリオ。その他もろもろ。
大勢での行動があまり好きではないのだろう。
シェイルの希望で警備等に仕える者はいるが、魔王から特別会いに行ったりなどはなかったみたいだ。
「強い人と一緒にいたんだよシレーナは」
「へぇ。なに? 魔物としてお前はシレーナを狙ってたのか?」
「ううん。観察。別に人間嫌いじゃないしね俺」
「そうか。その強い人今は?」
「死んじゃった…。強い人ってお父さんみたいなんだけど、大勢の魔物に襲撃にあってね。ひどいよね。子供を持った一人の大人に、魔物が大勢寄ってたかったんだよ? ルーフォンとシレーナは似てるのかもね」
「俺のように誰かが助けたのか?」
「…ううん。助けたのはお父さん。何とか魔物を除去することはできたんだけど、重傷で…」
「助けてやらなかったのか?」
「多すぎた。それに、俺は魔物だろう?」
「そうか…」
「なのに数年後俺が助けられて。馬鹿みたいだよね。あの時見殺しにしちゃったのに」
「…」
本当勝手だ。
いきなり俺の前に現れた魔物が、魔王の声をしているなんて。
冗談半分で、魔王でしょう? と聞くとあっさり答えたし、その上城にまで招いてくれた。
眠っていなくても、魔王は無防備すぎる。
城でシェイルにもう一度会った時、魔王は気付いていなかったみたいだけど、珍しくシェイルが驚いている顔を見せていた。
覚えているとは思わなかった。
あのときしか視線は合わせてなかったし。
それに、助けてくれたというのは、魔王の嘘ではない。
魔王が話しかけてくれるまで、魔物から逃げていた身なのだ。
気に食わない魔物に情報を提供してほしいと言われ、大ウソをついたのがばれた時だった。殺されないように逃げ回り、ようやく落ち着いたというときに魔王と会った。助かったと、心の奥底で安堵した。
第11話
「どうしたんだよこれ」
精神をコピーに移すと、そこは魔王の間であることは間違えないのだが、俺の目の前に位置する壁が、相当破壊されていて、修復中のようだった。
あまりにも驚いてそう一言漏らすと、シェイルから大きなため息がこぼれた。
「向こうでは相当戦いを楽しんでいたようで…?」
「あ…。もしかして魔術使ってた?」
コピーに気が回らなくなると、一緒にコピーと魔術を使ってしまうかもしれないと言ったのは俺なのだが、すっかりそのこと自体忘れていた。
確かにドラゴンの時といい、街への移動中といい、相当戦っていたから忘れてしまったようだ。
「で? 魔物の様子はどうなんだ?」
「入口で魔物が争っています。この一室に入っては来ていませんが」
「行くぞ」
「は?」
「暴れたい」
椅子から降り、いつも羽織っていた、懐かしい黒のコートに手を伸ばした。
長い通路を歩いていると、リベリオが入口の方を見ながら壁に寄りかかっていた。
「こんなところでボーっとしてると食われるぞ」
「あ、魔王」
ようやく気付いたように、俺の方を振り向くと、にっこりとほほ笑んで近づいてくる。
戦いよりも料理に集中するリベリオが、争い時に調理場から出てきているなんて珍しかった。お疲れさまと、タイミング良く争いが終わるのを見計らっておやつを持ってくるため、籠っていたというのに。
「おやつは作らないのか?」
「何を作ろうかなと悩みながら。それに、珍しく魔物の量が多いので、お手伝いしようか迷っていたところです」
「そうか。料理人の腕を疲れさせるほど馬鹿じゃねぇよ。ちょっくら暴れてくるから、おやつよろしく」
「はい」
いつものように、にっこりとほほ笑んで、いつもの調理場へと楽しそうに足を進めていた。
料理にしか興味のないリベリオが、争いに気を取られていることなんか珍しかった。だからこそ、深く理由を聞こうと思ったが、あぁもすぐに調理場に向かうなんて思わなかった。渋ったら、一緒に連れて行こうと思ったのだが、その必要もなさそうだ。
タイミングを計っていたのか、向かっていた先からヴィンスが現れる。
争いが終わったのだろうか。
庭が荒らされるのを嫌がるヴィンスは、魔物が近付いてくると、今回のようにシェイルか俺に連絡が入る。そして、積極的に争いに混ざっているのだが。
「魔王様。お戻りですか」
「おう。様子はどうだ」
「それが、魔王を倒す。とかではなく、単に争いたい魔物たちのようで」
「はぁ? 何それ。つまんねぇ」
「つまらなくはないですよ。争いたいのであればお相手してあげますよ。魔王が目的じゃなくてよかったです」
右後ろにいたシェイルが、冷たくほほ笑みそう言った。
魔王が目的の魔物はそれなりにいるが、今回のように、ただ単に争いたくて、魔王の城に集まる輩もいる。
シェイルの手により強く育てられた魔物は、戦うのにはちょうどいい強さなのだろう。
「シェイルを相手にした魔物がかわいそうで涙が出てくる」
「魔王…。それは笑って言う言葉じゃありませんよ」
ヴィンスとシェイルを左右に連れた状態で、争いが始まっている門のほうへと足を進めた。
そう簡単に壊れるような素材を使っていないはずなのに、門は崩壊し、大勢の魔物が押し寄せていた。
城のほうに結界を張り、低級魔物は入れないように警備の魔物がしているが、中級魔物は軽々と中へ入ってきている。
待ち構えていた警備の者が相手をしているが、そう簡単に潰れる魔物でもなかった。
大きな扉が開かれ、シェイルとヴィンスが姿を現すと、城の魔物は肩をびくつかせ、襲いかかってくる魔物から距離を置いた。
すぐに片付けなかったことに、後で叱られるのだろうと想像してしまったみたいだ。すぐに始末しなかったとき、シェイルは相当怒る。死体が出ることはないが、それなりに罰を下すからかわいそうでならない。
こっそりヴィンスに頼んで治癒させているが、そのこともシェイルはお見通しだ。
「おぉ。いいねぇ。やりがいがありそうだ」
そう大声で笑ってやり、警備の者を魔物から引かせる。
「ヴィンス。怪我した者の手当てを。シェイルは警備の者をまとめておいて」
「はい」
「魔王。私に戦わせないおつもりで?」
ヴィンスは言うことを聞くように、すぐに重傷を負った者から治癒を始めているが、シェイルは戦わせないことに少しだけ意見があるようだ。
しかし、俺が暴れると、そこらへんに警備がいては巻き込んでしまうからだと言うのに、たまには暴れさせてくれる気がないのだろう。
「シェイル。あまり俺に命令しすぎると、お前も一緒に殺すぞ…?」
最近まともに暴れていないことからイライラしていた俺は、目だけでシェイルを睨みつける。
別に、シェイルを殺そうと思えば殺せると思う。シェイルに任せているのは俺のコピーであって、本体ではない。そのため、本体に精神を取られている隙に殺されようが、別にかまいはしないし、この状況で俺に傷をつけたところでただのコピーだ。シェイルはそれを忘れてはいないはずだろう。
睨みつける時間は長くはなかった。
すぐにしゃがみ、服従を示すように頭を下げた。
「すぐに警備の者を引かせます」
動く前に目線を敵に回し、どれくらいの数かを目だけで数える。
数匹と連絡は入っていたが、そんなかわいいものではない。四百はいるだろう。
攻撃の手は止めているが、しっかりと魔王である俺を睨み、いつでも戦える準備をしているみたいだ。
(この殺気…気持ちが良い)
ルーフォンの近くでは、こんなに殺気があろうと魔力を使うことができない。しかし、魔王としてこの場に立っている今、我慢していた魔力を開放し放題だ。
手始めに、右手と左手の人差指と中指の先に魔力を溜め、ボーリングの球を投げるように、下から“無”の魔法弾を、前衛にいる魔物の足を狙って数弾投げ込む。
それがスタートの合図となったかのように、動けなくなった魔物の後ろから、数十匹の魔物が俺を目掛けて向かってくる。その後ろからは、炎の魔法弾を撃ち込んでくるが、しゃがみ、向かってくる魔物の後ろ付近に水壁を作り、炎弾を防ぐ。
向かってきていた魔物は、しゃがんでいる俺に遠慮なく切り込むが、身軽さで器用に避け、隙をついて魔法で爪を伸ばし、避けたついでに首や腹部を切り込んだ。
血が飛び、上着や髪に浴びてしまう。
なつかしかった。
飛ぶ首、飛ぶ上体、飛ぶ血飛沫。
負けじとやってくる魔物や魔法を、意図も簡単にひねりつぶし、得意の水魔法や無魔法を使い続ける。
城の魔物は、ただ見守ることしかできない。
下手に加勢に入ると、巻き込まれ、死を迎えるしかないだろう。
まだまだ奥に控えていた魔物たちは、舞うように身を動かす魔王に切り込まれた、血の塊にしか見えなくなってきた味方の魔物を見ると、刃向かおうとする気すら失せてきたのか、逃げ帰る者が数匹いた。
別にかまわない。逃げたければ逃げればいい。
自分の命を扱うのは勝手だ。
刃向かってきた奴を潰せればそれでいい。自業自得だ。
敵意を向けない奴を殺す気など更々ないから。
逃げ帰る魔物も少しずつ増えるが、飽きずに向かってくる魔物も、何処からかわいて出てくる。
「まだやるのか…一掃してやるよ!」
腕を振り、近くにいた魔物を振り飛ばし、動かない隙に“無”の魔法弾を作るため、、両手を真上に上げ、大きく黒い魔法弾を作り出す。その間に、数匹の魔物が向かって来たが、一軒家が二軒入るくらいの大きさの魔法弾は、すぐに作ることが出来た。
魔物が俺に触れる前に、その魔法弾を目の前に放りだした。
「なんだ…?」
俺とルーフォンは、大きな地響きと、何か大きなものが崩れるような大きな音に反応し、聞こえてきた方へと顔を向けた。
その方向は。
「魔物の土地…?」
「…魔物が暴れでもしたのか? でも今の地響きって…」
方角のせいもあって、つい目を見開いてしまう。
魔物が暴れているのだろうと、ため息をついたルーフォンも、さすがに驚いている様子の俺に気づいたみたいだ。
ゆっくりとルーフォンのほうを見ると、どうしたと言わんばかりの顔だ。
「あの方角…」
「なんだ? 何かがあるのか?」
「あの方角と位置的に…」
「だからなんだ」
「魔王の城…」
「あの位置が…?」
魔王に何かがあったのだろうか。
実際コピーなど作れない俺は、精神が入ったコピーが死んでしまったら、その精神がどうなるのかとか。怪我をしたらどうなるのかとか。本当はどうなるのかとか。そういう事情を知らない。
もし魔王に何かがあったのならば、駆けつけなければいけないはずなのだが、魔王の本体が今足元にある限り、下手に動くわけにはいかない。
別に魔王に何かがあったわけではないのかもしれない。魔王が、大暴れして大きな魔法を使っただけかもしれない。でも、暴れるほど怒らせるようなことがあったのだろうか。
相当怒らせない限り、大きな魔法は使わないはずだ。もしかしたら、魔法が使えない状態が続いていたせいで、魔力をコントロールできていないのかもしれない。
いろいろ考えても、やはり答えは見つからなかった。
(ヴィンス! 魔王は!?)
(アマシュリか? 無事だよ。今のは魔王の攻撃だ。争いの前にシェイルが少し怒らせたから、余計にイライラしてるんだろう)
(シェイルが…? 魔王が無事ならいいんだ…)
(何かあったらすぐ連絡を入れる)
(お願い)
第12話
大きな音と響き渡った地響きにより、砂煙が舞い上がった。
そのせいで見えなくなった現状に、城の魔物たちに緊張が走った。
魔王の心配ではない。どのくらいの魔物が死して、どのくらいの魔物が生き残ったのか。そして、魔王の自我は健在か。
極稀にだが、自らの魔力に耐えきれず、暴れた拍子で魔力に乗っ取られ、自我を失って暴れ続ける魔物がいる。魔力が強ければ強いほど、起きる現象だ。他には、宝石に乗っ取られるケースもある。
自分の魔力では抑えられない宝石を使用し、自ら命を絶ったり、宝石の魔力に乗っ取られたり。
どうして城の魔物がそんな心配をするのかは、王が“人魚の涙”を所持しているからだろう。
コントロール不能になった人魚の涙を抑えられるほど強い魔物は、ヴィンスやシェイル、リベリオしか止められそうな魔物はいないだろう。しかし、この3匹でも、止められるかどうかの確証はない。
砂煙の中に、1匹の影。
魔王だ。
呆然と立ち尽くすように、両手を下げ、ただまっすぐに立っている。
乗っ取られたか否か。
近くにいるシェイルを見ても、それを恐れるように砂煙の奥を見つめていた。
治癒魔法をやめ、魔王のほうに目を戻す。
「ゲホッ…」
魔王が咳込む声が聞こえた。
数回咳込み、左手が上がり、空気を流すように振り払った。その流れに従うように、砂煙は徐々に消え去っていく。ゆっくりと足が動き、徐々にこちらへ進んでくる。
「ゲフォゲフォ…す、砂っ…」
乗っ取られるようなことにはならなかったみたいで、城の魔物全員が安堵の息を漏らした。
シェイルも、肩に力が抜け、ため息のようなものを吐き出していた。
生きていた。とか、乗っ取られていなかった。とかの安心ではないのだろう。自分も死せずよかったと安心しているのだ。
よく喧嘩をしているのは見かけるが、あのように魔王がシェイルを睨みつけることがなかった。もともと、シェイルが魔王の傍にいたがっていると言うのもあり、最終的にはシェイルが身を引いていた。だから大きな喧嘩にはならなかったのだろうが、今回はさすがにシェイルも身の危険を感じたのだろう。
砂煙が舞った元を見ると、そこには作り上げていたあの大きな円の中に消えたかのように、地面が丸く削り取られていた。そこにいたはずの魔物の姿もなく、円に入りきらなかった魔物の上体のみや、下半身のみの死体が端々に転がっていた。
そこにあったものが消滅したのだろう。
恐ろしき威力。
このような状況を見てしまうと、俺やシェイルはともかく、警備の魔物や低級魔物は逃げ腰となってしまう。
(俺も魔王を怒らすのだけはやめておこう)
するつもりまではないが、たまに魔王らしくない面に甘えてしまいそうになるからこそ、余計に。
今のところは、まだ庭師とさせていただいているものの、周りからは治癒専門にといわれる。しかし、魔王はしたいことをすればいい。というスタンスだ。だからこそ、庭をいじらせてはいもらっているが、魔王が医師専門とさせるのならば、文句を言わず従おう。そう今誓う。
「ヴィンスー…目がチカチカするー。目が痛い…」
「砂埃のせいでしょう。診せてください」
近づいてきた魔王に向かい、立ち止まると、言われた通り目をつむって顎を上げて上を向く。
ゆっくりと目を開くと、砂が目に入ったのか、涙がちらりと見える。
「少し我慢しててくださいね」
殺傷能力ゼロの水を手の平に魔力で集めると、魔王の目の前に合わせ、ゆっくりと水の中に目の部分を埋めていく。
「ゆっくりと瞬きしてください」
「うー……。俺もう下が砂の場所で今のしない…」
「アスファルトならやるのですか?」
「うん…するならね」
「でもその下は結局砂なので同じ事になると思いますが…」
「じゃあ地面に向かってやらない」
「もしくは至近距離でやらなければいいのでは?」
「あ! それいい! そうする」
今の会話で、あまり深く考えずに魔法を出したのが丸わかりだ。
まぁ、後先考えずに戦うのはいつものことなのだが、なんとなくあの魔法弾を作っている最中に、こうなるだろうなとは、薄々感じていた。
そっと水を目から離してやり、空気に触れさせる。
「まだジャリジャリしますか?」
「んー…。ちょっと」
まだ砂が残っているのだろう。
新しく水を作り、再度目に触れる。同じことを数回繰り返すと、次は口の中にも入ってて気持ち悪いと言いだし、同じく口の中も洗った。
それと同時に、顔に付着した敵の血を洗ってやり、綺麗な顔に戻して見せる。
「ヴィンス髪も…」
「いいですけど、服の下も砂でジャリジャリしてませんか? お風呂に入った方が早いかと」
「そーする。っていうか、もうそろそろ戻らなきゃ。ヴィンスやっておいて?」
「はい。仰せのままに」
といっても、身の回りのことは俺の仕事じゃないんだけど。
だいたいそういうわがままは、いつもシェイルに言っていたから、今回もそうなのだろうと思ったのに、名指しで俺に命令してきた。その珍しさに、ゆっくりとシェイルを見るが、悔しそうに腕を組んで立っていた。
先ほど王を怒らせたから、自分がやりますと口を開けないのだろう。
どうしてかまでは分からないが、シェイルに異常なまで仕えようとする。しかし、他に命令してしまったのであれば、やるにやれないのだろう。
「そういえば、ヴィンス」
魔王の間への通路で、黙っていた魔王が口を開いた。
「はい?」
「ルーフォンという男を知っているか」
「ルーフォン…存じております」
「どこであった?」
「襲われていた人間の名です。地名までは覚えておりませんが、はずれの孤児に連れて行き、暫くは様子を見に通ったことはあります」
「前に話してくれた少年か?」
「はい」
唐突な話ではあるが、何か理由があるのだろう。
確かに、昔人間の子供を助けたことがある。それを魔王にお話ししたことはある。しかし、どうして子供の名まで覚えていたのだろう。話した本人ですら、名前を忘れかけていたというのに。
「今そいつ俺と行動している」
「そうですか」
「感謝してたよ」
「魔物だと知らないからだと」
「あ、すまない。ついポロリとヴィンスが魔物だって言ってしまった」
「構いません」
あの子供が、魔王と。
ということは、魔王討伐隊に参加しているということか。
でも、魔物だと知れば、感謝の気持ちなど現れない者だと思ったが、魔物だと承知で感謝していたということか。どういう子供に成長したのか見てみたい。
人間であることは間違いないから、もう年齢的には子供ではないのだろう。
「変だよな。アマシュリやヴィンスが魔物だと知ってても、アマシュリを最初は警戒していたが、ひどく言わなかったり、ヴィンスに感謝の気持ちは変わらないって言ったりするんだぜ? 魔物嫌いだって本人言ってるのに」
「たくましく育っておりましたか?」
「たくましいのかな? でも頼りがいはあるかも。相当強いぜ。魔術も素晴らしいさ。外見少しシェイル似で、シェイルから離れたっていうのに離れた気がしねぇ。剣術もいい方だと思う。シェイルと一度戦っているところを見てみたい」
「魔王様。それはシェイルの一方的な惨殺になってしまうのでは?」
「まぁ、シェイルが勝つのは目に見えているが、戦いがいはあると思うぜ。俺もついつい魔術のフリして魔法つかっちった」
なんて笑う。先ほどのシェイルへの苛立ちは収まっているようだ。
シェイルもそれに気付いたのか、ホッとした様子を見せていた。
「魔王様が魔物だということは?」
「ばれてねぇと思うよ」
「それはよかったです」
「でも、いつかはバラしてもいいかなって思ってる。本当に魔王を殺したいようだったら、相手にしてやってもいいと思う。ヴィンスが助けたやつだし、殺したくはねぇけど、あいつの気が晴れるなら戦いくらいはな」
「そんなっ…。もし手を出してくるようでしたら…」
「もちろん手を出してくるようだったらな。でも思うんだ。俺を殺しても、魔物が全滅するわけじゃないだろ? だから、魔王を殺すとかじゃなくて、共存。もしくは、一切お互いに干渉し合わず、壁を作っちゃった方がいいと思うんだ」
「壁。ですか」
「そう。たぶん、共存は、魔物はいいかも知れんが抵抗する人間が多いと思うんだ。だって、どう考えても人間が不利すぎる。それに、もし俺を殺して魔王の座があいたとしたら、他の魔物が魔王となるだろう? それをつづけたって意味がない。それに、俺の前にはシェイルがいるし。シェイルを相手にした後に魔王の俺の相手をする元気があるかどうかだろう? それに、もし暗殺か何かでシェイルと争わずに殺せたとしても、魔物の候補的に言わせてみれば、次魔王の座はシェイルになるだろう? つまり、俺より手ごわい魔王になるぞってこと」
「そんなことありません! 暗殺なんてさせませんし、魔王は魔王様の座です。私なんかよりもお強いでしょうに」
「じゃかぁしいわ! あんな殺し方するような奴に言われたかないわ…。そう思うだろ? ヴィンス。あんな残酷な殺し方をする奴はそうおらん」
「はい」
「ヴィンス!」
そのあと、精神は魔王本体の元へ戻り、シェイルに人払いをさせ、その間に魔王の体を綺麗にしてやった。
その時ふと思ったのだが、今の姿はコピー。コピーにも飾り程度の“人魚の涙”を着用しているものだと思ったが、コピーの魔王にそれはなかった。さすがに、“人魚の涙”を複製することまではできなかったのだろう。
今までの力はその宝石によって増幅されたものだろうと思っていたが、着用していないというのに先ほどの威力。
(何と恐ろしいお方…)
一生敵には回りたくない存在だ。
満月ロード