招霊機 「逝く処」 4章 リベンジ

「生き返る」という感覚は妙な気分だ。
 それは自分が「死んだ」という記憶と感覚を完全に打ち消してしまう。
 ただ、体はやたらめったら重く動かしにくい。
 額に汗を滲ませながら気力で杏奈は歩み続ける。
 すれ違う人々達は、この少女がつい最近同級生に惨殺された話題の張本人だとは気づいていない。
 ちょっと不機嫌な女子高生だな―そんな視線をちらりとなげやってそれぞれの行き先へと向かって行くだけである。
 不機嫌な女子高生の向かう先はただ一つ、自分を殺した同級生、佐々木信也のいる場所だ。
―ごめん、好きな人いるんだ―
 告られた時、丁寧にかつはっきりきっぱりとお断りしたというのに、毎日24時間しつこくしつこくつきまとって精神的苦痛を与えてきやがったあげく殺すなんて。
 奪われたのは自分の未来だけではない―杏奈は死んでから傍でずっと見てきた家族の顔を思い返していた。
 お洒落な母が泣きすぎて瞼がパンパンに腫れていた。小さい爺ちゃんがますます小ちゃくなってしまった。うざくてしかたなかった気持ちが消えうせてしまうくらいしょぼくれていた父―皆、これから死ぬまでずっと泣き暮らすのだ。その事実が杏奈の怒りのボルテージをぐいぐいと上げている。
 自分と同じ、いや自分が味わった以上の苦しみと恐怖を与えて殺さずにはいられない。
 最初は母にすがった。母の体を借りて恨みを晴らそうとした。でもできなかった。
 この方法では母に罪を犯させてしまう。
 だけど呪い殺す程、自分には力はないようなのだ。それができていれば今頃アイツの呪い殺し作戦は完了している。
 だから、こいつ―銀色の顔をしたロボットに賭けた。
 こいつの冷たい手を握った瞬間、彼女のすべてが吸いこまれた。
 そして彼女は肉体を取り戻したのだ。
 しかも鋼鉄の肉体を。
 佐々木の居場所が判る。
 不思議と判る。
 奴は街外れのビジネスホテルで身を潜めている。
 さっさと自殺でもすればいいものをまだのうのうと生きていやがる。
 許せない、私が死刑にしてやる。
 目的地に近づくにつれ気持ちが高ぶってくる。
 吐き気がするほど。
・・・吐き気?
 杏奈の足が止まった。
 吐き気とそして眩暈がする。
 上半身が激しく揺れる。
 ふっと意識が真っ暗闇の中に落ちた。

―真っ暗闇の向こう、何か誰かいる。『彼ら』は彼女に何か話しかけてきている。
「え?」
 内容が聴こえず杏奈は耳をすませる。
 何故だかそれが大事な事を言っているような気がしたからだ。
―・・・・くよ・・・-
 何?もっとはっきり言って。
―・・・いってしまうよ―
 イッテシマウ?言ってしまう?行ってしまう?・・・

(アンナ)
 強く呼ぶ別の声。
(シッカリシロ)
 再び視界が現実の風景に戻る。
「何・・・」
 アンナはぐらぐらする頭で一生懸命自分の垣間見た事象を再現しようとした。
「何なの、あれ」

 体だけがガリガリに痩せた裸の中年女。血まみれの男児。

 気が遠くなった瞬間、見えた二人。
 彼女の疑問にロボットは答えてくれなかった。
(早ク行カナイト奴ガ逃ゲルゾ)
 抑揚のない言葉に彼女の復讐心が再び煽られた。
「そうよ」
 重い足を再び「稼動」させる。
「行かなきゃ」
 そう、奴を見つけるまで早くこの機械の体に慣れなくては。
 この鋼鉄の手で奴を引き裂くまでには。

 
 母の気配が夜気を伝って彼の元へやってきた。
 それも、ほんの少しの間で、消えてしまった。
 永遠に、この世界から。
「やられたか、ババア」
 母を失ったことなど彼にとっては些細なことにすぎなかった。
 他人と同じ生活ができない能力の遺伝子を自分にバトンし、そのうえに自分を金儲けに利用した女が憎くてしかたなかった。ご機嫌をとるようにうろうろした視線で自分の顔を覗きこむ、あのうっとうしくてたまらない視線をうけなくていいと思うとせいせいした。
 しかし、あまりにも早い時間で撃沈されたものだ。
 あの水月神社の連中、やはりタダモノではない。
 特に跡取り娘の顔が佐々木の脳裏に浮かぶ。
 入学式の時、不思議とやたらに彼女が目についた。
 群を抜いて可愛いということもあったのだろうが、彼女の放つ普通ではない気配を気迫を彼は見逃さなかった。
 後に噂に彼女が霊能者を産出することで有名な水月神社の跡取りだということを聞いて自分の勘が外れなかったことを誇らしく思ったものだ。
 彼は彼女と同じクラスにならなかったことを神に感謝した。遅かれ早かれ彼女は自分の正体を見抜いてしまうだろうからだ。なるべく彼女と接触しないように日常でも注意した。(まあ、あまり登校はしていなかったけど)
 だが、迂闊にも一度だけ接触してしまった。
 木村杏奈にフラれて自殺を決行しようとしたあの日。
 人払いの為に蟲毒で結界を張っていた用心深さが仇になった。
 それが逆に水月美月を誘ってしまったのだ。
 まあ、そのお陰で今回の作戦を思いついたのだから、悪くはなかった偶然である。
 水月美月はきっとこの計画を邪魔しにやってくる・・・あらかじめそう計算して計画も立てられたことだし。
 木村杏奈は霊感持ちの家系であることは知っていた。母親が霊媒体質だということも調査済みであった。だから殺害後は必ず彼女に憑依してリベンジにくる、そこまで計算していた。
 しかし、他の家族がそれを放っておくわけがない。父親の容一、もしくは祖父の総司が(こっちは昔からの地元民だから率先して行動を起こすだろう)この辺では有名な水月神社に駆け込むことは容易に予測できたのだ。
 直接、宮司が出てくるか、それとも跡取りの美月がでてくるか、どちらにしても最初は直接対決するつもりでいた。
だが、あいつ―銀色ロボットと出合ったことで作戦は少し変わった。
 霊魂を体内に取り入れて再生するロボット―ネットで調べてみると『招霊機』という名前のレアなオカルトグッズらしい。主に景気のいい霊能関係者や探偵業者、非公式で警察の連中が捜査の為に購入しているようだ。
 製造元は不明。販売ルートも不明。明らかに政府非公認の通称アンダーグラウンド・ロボットと呼ばれる類のロボットだ。彼らには普通に生活していてばまずお目にかかることはない。
 それが、佐々木の周囲に出現したのだ。それも2機。
 理由は判らないがこの幸運を使わない手はない。
 一体は杏奈の寄り代として、一体は自殺した母を招霊機に取り込み『使役』し囮に使った。
 腐敗が進むばかりの彼女の肉体なんて役に立つわけがない。
(最低、足止めを喰らわせることはできたな)
 誰もいない真夜中の公園のベンチに腰掛け佐々木は足を組んだ。
 水月神社の連中は間にあわなかったのだ。

 近づいてくる。
 愛しい女、木村杏奈の気配が近づいてくる。
 
 彼女は退屈極まりない自分の人生に『鮮やかな刺激』を与えてくれた。だけど自分は彼女を手に入れることができなかった。
 彼女を所有できない世界に未練はない。他に心躍るような事項は全くない。
 だったら。
 あの世で一緒になろう。
 二人で「人を殺めた者が逝く地獄」で永遠の時を過ごそう―。
 そう心の底から渇望していた素晴らしい瞬間が訪れようとしているのだ。
 

(これはアトラクション、アトラクション、アトラクション・・・我慢したら必ず生きて帰れる・・・)
 美月は現実の感覚を暗示で紛らわそうとしていた。
 激しい風が頬を打ち髪をざんばらにはためかせ視界がめまぐるしく上下左右に移動し景色が記憶に刻み込まれる暇もない。しっかり全身に衝撃(ショック)やらGまで体感できる。
 しかし、後ろへ後ろへ流れる景色はアトラクションのスクリーンに映し出される恐竜や氷山や火山でもなく平凡な夜の住宅街である。
 たった一つ、流れない景色は見上げるとそこにあるJの顎だけ。
 美月は今Jに抱えられ―いわゆる世間でいう『お姫様抱っこ』のスタイルで家々の屋根を尋常でないスピードで飛び跳ねながら標的佐々木のいる場所まで移動している。

「私がいきます。あなたは帰って下さい」
 Jが言葉こそ丁寧だが指図してきた。
「断る」
 美月の眉間に皺が寄る。
「契約済の仕事を奪う権利は、人間にもロボットにもない」
「危険です」
「この業界、そんなもん怖がってたら、どんなチンピラ悪霊にだって負けてしまう」
「向こう見ずな情熱は推奨されない」
「待って」
 美月に背を向けるJの腕を美月の手が掴んだ。
 
「木村さんが殺されたのは、私にも責任がある」

 Jが振り向いた。

「言ったでしょ。自殺は浮かばれないって佐々木に言ったのは私だ、って」
 Jは美月をまっすぐ見つめている。
 彼女の言葉は彼に響かなかったのは明らかである。
「あなたは蟲毒を自在に操れるハイレベルの霊能者と闘った経験はありますか?」
 百鬼夜行当たり前の平安時代あたりならともかく、普通そんな機会めったにない
「私のレベルでは負けるって言いたいの?」
「経験に勝る戦闘技術はありません。そして、あなたは佐々木信也のみならず木村杏奈をも敵に回す可能性は十分にあります。しかし、あなたには彼女を徐霊してはいけないという絶対条件がついてまわる。不利です」
 Jのジャケットを掴む手に力が入る。
「その対処ぐらい考えてる」
「それはきっと、ロクな作戦ではないと予測できます」
「・・・っ」
 なんだ、このロボット。嫌味めいたことが言えるのか。腹がたつけど、それはかなりの高性能(ハイスペック)クラスのAIの証しだ。やっと学習能力を持つヒューマノイドが完成した頃のロボット創世記であった50年前に造られた製品とはとても思えない。
「J。私は霊能者としてしか生きては行けない」
 Jは無言だ。
「あんた、捨てられたばっかりだから知らないだろうけど、水月神社ってそれはそれは厳しいんだから。主様が呼び寄せた人間しか住めない処なんだから・・・これ、どういうことだか解る?」
「・・・」
「逆に、能力のない者はいらない、ということよ」
「・・・」
「ここで負けたら、これ以上進むことが出来なければ、私は居場所を失う」

「知っています」
 しんとした空間にJの調子の強い声だけが聞こえた。

「昔から水月神社は実力のある霊能力者を集めてきました」
 月明かりがJの完璧な形体と配置の顔を冷たい色で照らしている。
「逆に見込みのない人間を呼び寄せることは決してないのです、美月。選び抜かれた人間しか生きて住むことができないはずだ」
 美月は息を呑んだ。
「あなたは成長途中の子供です。実力に見合わなさすぎる敵に無鉄砲に向って命を落とすということは愚行というしかありません」
「・・・J・・・もしかして水月神社にいたことがあるの?」
「・・・人の話を聞かない人に答える義務はない」
 明らかにロボットの眼が彼女を睨んできていた。
 
「・・・あなたには生き続けてほしい、と言う人がいました。あなたはその人の事を忘れてはいけない」
「・・・誰?」

「あなたのお母さんです」

「・・・お母さん?馬鹿な」
 美月は視線をあげた。
「お母さんの魂はあの時点ですでに粉砕されてたのよ。どんな力を持った霊能力者でも見つけられなかったわ」
「あの日、あなたの体を、僅かなエネルギー体が薄く覆って守っていました。それが最期の力を振り絞って誰にでもなく叫んでいました―私には聞こえました」
「あなたは、完全に粉砕された霊魂も感知することができるの?」
「そのように造られました」
 ロボットらしい言い回しでJは答えてきた。
「私は高レベルで破壊されたエネルギーを感知する必要があります。それを元に『巨大容量の霊体(ビッグ・ファット)』による事故を予防します」

『巨大容量の霊体(ビッグ・ファット)』による事故。

 それは、やはり半世紀程前に霊媒達の間で発生した。
 降霊中に突然、霊媒の体が破裂するのである。
 時には指、時には耳、時には腕や足、ひどい時には全身が異常に膨らんで割れてしまう
 指やら耳朶ぐらいならなんとか治療もできるが、不幸にも体の大部分に被害が及んだ霊媒達は間違いなく命を失ってしまう。
 最初は当然のことで悪霊の仕業と思われていたのだが、それらしき様子のない霊体を引きこんでいても事故は発生した。
―交霊中、別の何かが入ってきた。
 生き残り達の証言は一致していた。
―何か、とてつもなく巨大な大きさの・・・大きい、としか説明できないモノが。

 だから招霊機は製造された、らしい。そう聞いたことがある。
人間より頑丈な金属の身体(ボディ)なら『巨大容量の霊体(ビッグ・ファット)』を取り込んでも破裂しないだろう、という理屈から。
 
「私は霊媒を守る為に造られたロボットです。だからあなたに警告しています」
 Jの呟く声が聞こえる。
 それだけか?
 美月は腹の中で突っ込む。
 それだけであの凄まじいとしかいいようのない戦闘能力はまで付随しているのか?軍隊からでも霊媒を護ろうというコンセプトなのか?
 製作者の意図が読み辛いロボットだ。

 だけど。
 ならば。

「J」
 美月は呼びかけた。
「もしも、アンタが到底勝ち目がない奴が相手で、それでも霊媒を守らなきゃいけないとしたら、どうする?」
 見事にJは即答した。
「私に敗北はありえない」
 よし。
 彼女の読みの通りの反応。
 美月は胸の内で勝利を確信した。
「もしもの話よ」
「私に『もしもの話』はない」
「だったら私を現場に連れて行っても大丈夫だよね?私を護りきる自信があるわけだし」
 美月は満面に出来る限りの侮蔑の笑みを浮かべた。
「・・・まさか、『出来ません』とか?」

Jが無言になった。

「あっ!」
 Jはなんのためらいもなく妙齢の少女を抱えあげた。
「・・・っ!」
 その辺ズレがいかにもロボットらしい―美月が妙な感心と羞恥の激情を感じた瞬間にJの体が飛び上がった。
 それが佐々木の元へ向かう猛スピード猛振動のアトラクションの始まりであった。

 

 だんだん自分に向けられる視線が増えていくのを安奈はひしひしと感じていた。
 何故?
 二度見までしていく人もいる。
 そんなに自分は凄い顔をしているのだろうか。
 そりゃそうでしょう、なんてたって自分を惨殺した奴がもうそこにいるのだから。
 判る。何故か奴の居場所は外さない。これは人間が死んでから得られる能力なのだろうか。
 そう、この公園に入った奥の人気のない場所においてあるベンチに奴は座っているはずだ。

 自分が手にかけた人間が近づいてくる足音が聞こえてくる。
 自分を殺す為に愛しい彼女はやってきた。
 それを、待っていた。

 いた。 
 やっぱりベンチに相も変わらず暗い目をして座っている。
 馬鹿な奴。何故、逃げないの。

 笑っちゃいけない。こらえるんだ。
 彼女には、俺が一番不幸に感じる事は『死』だと思わせるのだ。
 それが、俺にとっての一番の幸せだと勘付かれてはいけない。

 私と同じような目に、いいえ私より苦しませて殺してやる。

 いいよ、安奈。
 その招霊機の鋼鉄の拳で、君の怒りで俺を殴り殺せ。

 まずは顔面、潰してやる―。

 安奈の利き手の右拳が上げられた。

 人を殴るなんて初めてのことだけどとてもうまく出来そうな気がする。
 この一発でこいつの顔の形は無くなる。

「あ」
 杏奈の視界が、また暗くなった。
「あ」
 今度は暗闇の中、顔が見えた。
 おばさんと、子供。
 一瞬手が止まった。
「邪魔しないで!」
 何故かそう叫んでしまった。
 全身の力を振り絞って拳を振り下ろす。

―え?―

 佐々木が笑っている!
 何故?
 死んでもいいって?
 殺されたっていい、って?
「殺される」・・・「私」に?。
 杏奈の脳裏に、あの同学年のシビアな霊能美少女の顔が浮かんだ。
 
―人を呪い殺せば、あんた、それなりの処に落ちるのよ―
 
 ううん、私には呪い殺す程の力はない。
 だから物理的に鋼鉄の腕で殴り殺すのよ・・・。

 私は佐々木に「殺された」。
 その私が佐々木を「殺す」。

 それは同じ行為。

―人を呪い殺せば、あんた、それなりの処に落ちるのよ―

 それって。

 佐々木と同じ処・・・?

 頭の中でぱっと開いた解答。
 繋がった総ての出来事。

(このロボットも佐々木の差し金だった、ってこと・・・?)
 
 しかし気がつくのが遅かった。

 もう拳は佐々木の頬の手前まで到達している―。



「目標発見」
 Jの報告と共に景色が急降下した。
 公園と思しき場所がぐんぐんと接近してくる。
 いた。
 ベンチに座る佐々木、腕を振り上げている杏奈。
「霊気が消えている」
 美月にはもうその理由が理解できていた。
 木村杏奈は招霊機・試作品(プロト)に収容されているのだ。
「間に合わない?」
「いいえ」
 Jの冷静な声。
「間に合わせます」

「わっ!」
 美月の視界が眼下に広がる夜の街並から星空で一杯の景色になった。。
 Jが美月をお姫様抱っこから、彼女の腹部だけに手をかけた体勢に変え急降下し始めたのだ。
「うわあああ!」
 力が加わる方向が先刻とは真逆の後ろ向きとなり、おまけにこの仮想アトラクション最高の加速が加わって美月は腹の底から叫び声をあげる。

 上空から急降下してきたロボットの靴底が杏奈の背中ド真ん中に命中した。

「きゃっ!」
 背後から蹴りつけられた杏奈はそのまま前のめりに倒れ込み、その身体はベンチを粉砕してしまった。。
「・・・な、なんだ?」
 ベンチ崩壊時、跳ね飛ばされた佐々木は茫然と地面に座り込んだままの姿勢で急な展開に茫然としている。

「間に合わせました」
 クールにそれでいても誇らしさをたっぷりと含んだ声。

 そこに立っているのは水月美月を片手に抱えた黒服の長い金髪もまばゆい王子様キャラの青年。

「・・・つ」
 埃と木屑をはらいながら立ち上がる杏奈にJに抱えられながら美月が呼びかける。
「・・・やっぱり、あんたも招霊機の中、ってことか」
 何もかもお見通しの何故かぼろぼろの制服の美月。
「あのね、復讐すれば、この馬鹿と一緒の処に行くってあれほど言ったじゃない。それ、この変態の思う壺だし。情けないな―、こんなバレバレのベタなコイツの作戦に引っかかっちゃって」
「さっきまであなたも判ってませんでした」
 眉一つ動かさないで指摘する美青年。美月はそんな彼を凄い目で睨みつけた。
「いらんこと言いなさんな。それと降ろせ」
 美青年は美月を降ろしながら杏奈に話しかけてきた。
「木村安奈さん」
「は、はい!」
 名を呼ばれただけで瞬間で心拍数が増加するほどの美青年外人に杏奈の視線は釘づけになっていた。
 こちらに真っ直ぐに向けられるブルーの綺麗な瞳に迂闊にもうっとりとしてしまう。
「理解できましたか。この人の言っていることが」
 美青年の手が杏奈に差し伸べられた。
「理解できたなら、そこから出てきてください」
 手を差し出しながら金髪の美青年が接近してくる。

 あの手を掴めばここから出られる・・・何故そう確信できるか理由は判らないけど杏奈は手を差し伸べた。

「させるかぁ!」
 立ち上がり佐々木は叫んだ。
 もう少しのところを。
 あと1センチもない距離で一生をかけたドリームが打ち切られた。
 あの金髪外人ロボット(空から水月を抱えて降りてきたから間違いなくロボットだ)が何を企んでいるのか検討つかないが、あの手を杏奈に掴ませてはいけないのだ。
 佐々木の腹の底からの絶叫が夜空に響いた。

「ササキ・リモートオォォォ・・・!」

「・・・はぁ?」
 あっけにとられる美月と杏奈。
「何ですか・・・今の?」
「・・・まさか霊能系対決の最中にヒーロー系絶叫を聞くなんて・・・」
「マジ痛い、アイツ・・・」
 当人の佐々木は、いたって真剣オーラを放っている。
 呆れかえっている美月と杏奈の表情は眼中になしといった感じで白目を剥いている。
 その幼稚な彼の所作をスル―するJのどこまでも静かな呟き。
「半径4.2メートルの範囲の空間を構成する物質に異常な振動」
「いちいち言われなくても判る」
 美月の感覚全体にも、それはびりびりと伝わってくる。
 冷たい、凍りついた、痺れた、それでいても何かぐにゃりと動いたような気配が周囲を波打つように広がったのだ。
 美月の右腕が反射的に三日月丸を鞘から抜き出した。
「あっ」
 杏奈の身体が頭から爪先へと波打った。
 どくん。
 次には全体像が大きく脈打つ。

 杏奈の目つきが変わった。
 いきなりガシッとJの手を掴む。
 美月が警告の叫びをあげる。
「J、危ない!」
 杏奈がJの手を掴み体を「ぶおんっ」と回転させた。
 ひきずられたJの体が宙に浮く。
 杏奈を軸にしてJの全身が振り回される。
 いきなりの杏奈の攻撃。
 これが「ササキ・リモート」なのか。
(殺した動物の魂を使役する蟲毒の術者ならそれは不可能ではない)
 にやにやしている佐々木を睨みつけ美月は悟った。
(あいつは霊体なら動物であろうと人間であろうと、それが『死霊』でありさえすれば操る事ができるんだ!)
 安奈が手を放した。
 ブンッ。
 空を切り裂きJの体が吹っ飛ぶ。
 金属で構成されたボディが公園の母と子の銅像に激突した。
 バリン!
 深緑色の母子像は見事に元の形を失くし、鉱物の破片は地に落ちたJの体の上に降り注ぎ、彼を奥深くに埋め込んでいく。
「このーっ!」
 美月は三日月丸を構え、リモート源の佐々木目掛けて突進した。
「いい根性だな、水月さん・・・生きている人間を斬るってか」
 刃物を目にしても佐々木は動じる様子も逃げようとする様子もなくニヤニヤしている。
 作戦決行だ。
「あんたみたいな」
 翻る刀の刃。
「あんたみたいなカスはこれで充分!」
 銀色に光る残像が高速で佐々木へと描かれた。

 ガキ―ン。

「なるほどね。峰打ち、ってか」
 嘲笑う佐々木の声。
「コントロール源を殺すことなく気絶だけさせようとしたわけだ・・・ベタな作戦だな」
 掌に走る激痛。
 刀身は素早く佐々木の前に移動してきた杏奈の前腕で止められていた。
「確かあんたの兄さん刑事だってね、水月さん。俺を生きたまま警察に引き渡すなんてぬるい事考えたな」
「・・・そういえばそんな職業の奴、いたっけ・・・あんたに嫌がらせするのに夢中でうっかり忘れてたわ」
 強がりを言う声が擦れる。
 マジ、手が痛い・・・。
(佐々木母に斬りつけた時と同じパターンだ)
 総ての指が美月の意志とはうらはらに刀の握り手から順序よく剥がれていく。
 姿は木村杏奈という女子高生でもボディは金属でできた招霊機という名のロボットである。それに峰打ち狙いとはいえど全力で刀を打ち込んだのだ。ダメージは強烈だ。
 カラ―ン・・・刀がとうとう地に落ちた。
 激痛のあまりぼやけつつある視線の中、杏奈が拳を振り上げるのが見えた。
(・・・くる!)
 最後の力を振り絞り、体を後方に引く。
 ぶしゅっ。
 杏奈の拳が空を切る音。
 彼女の狙いどおりパンチが美月の腹に命中することは避けることができた。
 が、それが美月にできる精一杯のディフェンスだった。
 ばっ!
 ブラウスが裂け、腹部の皮膚が切れて血が噴出した。
 パンチの軌道にかすっただけでもこうなるのに、まともに喰らっていたらどうなっただろう。
「卑怯じゃん・・・」
 激痛の上の激痛の中、美月は呟いた。
「生身でかかってこい・・・!」

 体重が背面へ一気に移動した。
 どっ。

 あわや後頭部がレンガで敷き詰められた地面に激突する寸前に何者かが彼女の体を受け止めた。

「ナイスキャッチ」
 佐々木は気のない声でロボットに賛辞の言葉を投げた。
「J・・・」
 腹と腕の痛みでぼやける視界の中、王子様ロボットの顔が見えた。
「・・・潰れてなかったんだ」
「当然です」
 もう美月は目を開けていられなかった。
 Jは美月を抱え素早くジャンプした。
 佐々木から遠く離れたベンチに着地し気絶した美月を横たえる。
「予想どおりでした。あなたの作戦とやらは失敗です」
 通常の美月ならJの分析に文句の一つも言っただろうが、気を失いかけている今は静かに聞いてくれている。
 破れた制服の白いブラウスの向こうに、腹部を縦断した傷が見える。内臓までいってはいないが、傷口が大きい為に出血量が半端ではない。
 Jはジャケットを脱ぎ出血箇所に押し当てた。
「・・・J」
 擦れた小さな声で美月は彼に呼びかけた。
「どなたかに向けて遺言ですか。記録します」
「まだ、死ぬか・・・」
 ほとんど眼を閉じているのに口はしっかり反撃をかましてくる。
「佐々木が・・・どうやって木村さんを殺したか、解った」
「後で聞きましょう」
 遮るJの腕を美月の手が力いっぱい握りしめる。
「聞け」
 さっきより眼が開いている。
「その人工頭脳にしっかり記録して、後でうちのバカ義兄に伝えて。あいつ、あれでも刑事だし」
「手早く」
 美月の口元に笑みが浮かぶ。
「佐々木はまず自分の手下の動物霊を木村さんに憑依させたのよ。そして、あの佐々木リモートで木村さん内部の動物霊をコントロールして自殺させた・・・結果、木村さんの 意思で自殺した訳ではないので他殺、そして佐々木は霊の存在を考慮にいれていない法律では無実となる・・・」
 Jが微笑んだ。
「やっと私の見解と一致しましたね、美月」
 ついでに、今更解ったの?と言いたげな笑顔だ。
「・・・ムカつく・・・」
 思わず口に出た。
 なんという高飛車なロボットだ。
 幼い頃、助けてもらった時の印象とはえらく違う。
 あの時はなんていうかこう・・・慈悲溢れた包み込むような、決してこんなナルシストっぽい奴ではなかった。
 おまけに、目の前で本気で腹を立てられても動じる事のない図々しさも持ち合わせているようだ。
 Jの頬笑みは美月の悪口にも崩されることはなかった。

 彼は確かにこう言った。
「ムカつくことが出来れば、生き延びることもできる」

 本当に苦しい時、急に優しいことを言われると強情を張って踏ん張る力が抜ける。
 それまで頑張って持ちこたえさせていた美月の意識がすっと消えた。

 もちろん、その隙を佐々木&リモートされた杏奈が見逃すわけがない。
 杏奈は高く飛び上がった。
 あのロボットが彼女の救急処置に手をとられている、今がチャンスだ。
 
 眼下のJが振り向いた。

(・・・これが、ロボットの顔?)
 意識の奥の奥、杏奈の自我に恐怖が走った。
 佐々木のコントロール下にあっても自我を揺さぶってくるような、そんな顔。
(人間でも・・・こんな顔、見たことがない、かも)
 あくまでもそれはただのグラスファイバーであるはずのJの青い瞳が放つ感情。
 怒り?
 違う・・・それだけではない。
 あれは・・・何だろう?

 それでも杏奈の体は止まらない。
 着地と同時に拳を真っ先に傷を負っている美月の頭めがけて振り下ろした。
 がしっ。
 Jは掌で杏奈の拳を受け止めた。
「木村さん」
 Jは杏奈の目を覗き込んだ。
 あの瞳で。
「あなたは簡単に蟲毒にされる動物ではない。人間だ。自分で何が起こっているか判断できる人間です。操られている事に気がつくことが出来る人間です」
 しかし、杏奈の口からとびだしたのは獣そのものの唸り声だけであった。

 ばりっ。
17歳の少女の華奢な腕の皮膚が裂ける音。

 腕の中から腕―鍛え上げられた筋肉しか存在しないような太い腕が現れた。
 棒きれに皺だらけのぼろきれが巻きついたような皮膚の、腕。
 体全体から湯気が立っている。
 彼女の異様に巨大な醜い右腕が、ベンチの横でひざまづいているJの側頭部を殴打した
 重いパンチが執拗に抵抗しないロボットに繰り出される。

 意識が自分に意に反してぼんやりとしてくる。
 何か考えようとするのだが、それすらも自由にならなくなる。
 自分のしていることが判っているようで判らない。


(止めな!)
 突然、鼓膜が破裂せんばかりの大音声。

 杏奈の熱くぼーっとしていた意識がはっきりした。

 いつのまにか杏奈は真っ暗闇の中、座り込んでいた。
「何よぅ・・・」
 どういう言語を叫ばれたのか判らないが、復讐心も一瞬ぶっ飛ぶ程のきつい刺激だった。
「・・・お姉ちゃん」
 背後から今度は小さな声。
 振り向くと目の前に坊主頭の幼い子供の顔。暗闇に顔だけ浮かんでいる。ふっくらした頬っぺたが可愛いくりくり目玉の男の子だ。奇妙な現れ方をしているのに不思議と怖いという感情は湧かなかった。
 そうだ。
 さっきから聞こえてきていた声だ。
「やめとき、って。聴こえたやろ」
 子供らしい高い声の関西弁。
「あの兄ちゃん殺すの、やめ、って。 僕ら、そう思う」
「あのね、ボク。お姉ちゃん、あの馬鹿に殺されたんだよ。悔しいんだよ。僕だって殺されてお母さんと会えなくなったら悲しいよね?」
『ボク』の目はじっと杏奈を見つめた。
 子供らしい白目のところが青みがかかった綺麗な、そして強い光を放つ瞳であった。
「お姉ちゃん、あんなぁ」
 小さな唇から衝撃的な台詞が飛び出した。
「ボク、おとうちゃん殺してもうてん」
 息が詰まった。
「・・・嘘?」
「嘘やない。お姉ちゃんがこれからしようとしてることをボクはしたんや」
 私がしていること・・・銀色ロボットに魂をゆだね、仇を撲殺したというのか?こんな、愛くるしい幼い子供が?
「・・・嘘・・・だよね?」
「嘘じゃないよ」
 『ボク』の声ではない声が聞こえてきた。女・・・中年の。
「・・・ひ・・・!」
 声が聞こえてきた方に視線をやった杏奈は危うく悲鳴をあげそうになった。
 餓鬼、って実写版ならきっとこんな感じだ・・・。
 そこには痩せこけた女が横たわっていた。
 胸郭も骨盤も腕も肩も足も総ての骨の構成が一目瞭然に理解できる裸の体。
 骨が皮を纏っているとしか表現できない体。
 だが右の眉の上のホクロがやけに目立つ顔にだけは―幾分か色も悪くやつれてはいるが―普通の人間並みに肉がついていた。
 餓鬼女は杏奈のリアクションには無関心な様子で言葉を続けた。
「その子、両親からひどい虐待を受けて死んだんだよ。だからこの招霊機とかいうロボットの力を借りて継父に仕返ししたんだ」
「嘘・・・」
 信じたくなかった。
「嘘じゃないよ、よくその子、見てごらん」
 
 自分の体毛の総てが立ち上がったかと思った。
 
 『ボク』も体だけが餓鬼であった。
 茶色い皮膚からダラダラと黒い液体が滲みだして流れている。
 その両手についているはずの小さな指が半分以上ない。
(溶けている・・・?)
 気が遠くなりそうだ。もっとも既に死んでいるから気絶は不可能だ。
「・・・地獄なの?ここ」
「銀色ロボットの中さ」
 同じように体が溶けつつあるオバサンが笑った。
「何で、こんなことに・・・」
「解らないよ。この中にいるからか、それとも天罰の一種なのか」
 よいしょ、オバサンは両肘をついて大儀そうに上半身を起こした。その下半身、膝から下は既になくかろうじてそれと判る膝関節の頭が真っ黒になって覗いている。
「ただ、解ることは、このロボット、事が済んでも私達を開放はしてくれない。天国に住む人達も人を殺した私達を助けにはきてくれないみたいだしね。だから、どこにもいけないで、ここで溶かされて消えるのを待つしかないんだよ」
 ぐいっ。
 残った指で『ボク』が杏奈の手をひいた。

「だから、あいつ殺すの、止めとき」
「あんたは私達と違って、まだ殺していない。ひょっとしたら綺麗な身体のままで、ここから出られるかもしれないんだよ」

 何故だか、『ボク』の残りの骨が剥きだした小さな人差し指と親指から暖かさが伝わってきた。
 杏奈の両目から涙が伝った。
「だけど・・・私・・・」
「殺されて悔しいんだろ?その気持ちが止まらないんだろ?」
 畳み掛けるオバサンの言葉に泣きながら杏奈は頷く。
 オバサンは手を差し上げた。
 腕の部分がするすると杏奈に向かって伸び、痩せきって関節が節くれだった掌がふわっと杏奈の頭に乗せられた。
「よしよし」
 優しい声。
「悔しかっただろう。こんな形でこの世から去らなくてはいけなかったんだから」
 もう一つの小さな手も安奈の頭を一生懸命撫でている。
『ボク』の手だ。たぶんこれも常人ではない技でのびているのだろう。だけどちっとも気味悪くない。
 涙が止まらない。
「どうしても『悔しい』のが消えないんだね?判るよ」
 杏奈は頷いた。
「だからこそ・・・いいこと教えてあげるよ」
 おばさんは囁いた。

「復讐しても気持ちはすっきりしない・・・本当だよ」
 
 その言葉が杏奈の胸にぐさりと突き刺さった。
「私は旦那をミンチにして殺した。だけど、そうしても生きている間、旦那に殴られ続けた日々は決して私の人生から消えはしない。この子が平気で我が子に暴力をふるう親の元に生まれてきてしまった事実も消えない。解るかい?お嬢さん。その馬鹿男を殺したとしてもあんたが殺された事実は消えはしない・・・あんたが生き返るという奇跡はおこらないんだよ・・・そして不条理な事に、あんたはリスクを背負うだけなんだ。損なんだよ」
「そんな・・・」
 本当は重々判っている。あの水月美月にも言われたことだし。
 だけど、感情が納得できない。

 杏奈の動きが急に止まった。
 最後に突き出された彼女の拳はJの顔面直前で静止し震えていた。

「木村さん、もう一度確認して下さい」
 Jの静かな重みのある声。
「あなたにとって『復讐(リベンジ)』が本当に最優先すべき事項か、どうかを」
 ボンッ。
 彼の合金でできた拳が杏奈の姿を顕わしたロボットの腹にめり込む。
 Jは手をひいた。


 その手を白い小さな手が掴んだ。

「あなたの魂、お預かりします」

「・・・え?なになになに!」
 赤や黄色や青の配線を体に纏わりつかしながら招霊機からひきずりだされる杏奈の霊体を目にした佐々木は狼狽した声をあげた。
 やがて杏奈はすっかり招霊機から抜け出し、Jに引かれるまま美しい曲線を描いて宙を舞った。

 そして瞬時にその姿はかき消えた。

 残ったのは、腹部を破壊されて倒れている銀色ロボット―試作品(プロト)であった。

招霊機 「逝く処」 4章 リベンジ

いつも読んで頂いて有難うございます。

招霊機 「逝く処」 4章 リベンジ

『招霊機』ジェイソン・ミナツキモデル001―通称「J」。彼は霊魂を収容し再生し、また攻撃・破壊する機能を持つ霊能者守護用ロボットである。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-04-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted