僕たちの“秘密基地”

最後に会ってから一度も会わなかった彼女との約束を果たしたのは、その日だった。

 
 「絶対、またここで会おう」

 緑が深い裏山の、ちょっとした広場。
ここが僕たちの“秘密基地”だった。


その約束をしたのは高校を卒業した三週間後。
僕が引っ越しする前日だった。

僕も彼女も田舎を出て、都市部にある大学に進学することが決まっていた。
僕は東へ。彼女は西へ。

 僕と彼女は、ただの幼馴染だった。
小学生の頃からなんとなくずっと同じ学校に通い続けた。
でも、小説みたいな展開はなく、出会ってから12年経った当時でも僕らは幼馴染のままだった。
彼女にも恋人ができたし、僕にだって何人かいた。
その度に相談し合って、そんな関係だった。


 だけど、僕はその約束をしたときに、気づいた。
彼女のことが好きだったことを。
いざ、離れるとなると、今までなんとなく一緒にいたあたりまえの存在が傍にいなくなることを実感した。
彼女の傍にずっといたいと、思った。



 言わなかった。
その約束が僕の精一杯だった。
僕も彼女も真新しい土地での、真新しい生活に、真新しい人間関係に、胸を大きく膨らませていた。
僕は、彼女もそう思っていることを知っていた。
だから言えなかった。
なんとなく続いていた関係だったからこそ、言うことができなかった。


 そして、 旅立った。




 

――――――綺麗なところね。

 僕の隣にいる彼女が言った。
僕はそうだろう、と頷いた。子どもの頃の“秘密基地”だったんだ、と教えた。
そう言うと彼女は僕を見上げて微笑んだ。素敵ね、と言いながら。

 結婚の挨拶のために、僕は僕の奥さんになる人と一緒に故郷に帰ってきた。
挨拶が済んで、彼女は地元を案内して、と言い出した。
困った。
何もない田舎なのだ。
そこで、僕はここに連れてきた。僕の“秘密基地”。

 広場の隅にある大きな岩は、昔から変わらずそこにある。
彼女はそれに腰かけて空を仰いだ。
深呼吸して、空気がおいしいね、と笑顔で言った。
その姿をみて、僕は愛おしさを感じた。
ずっとその笑顔を、守っていこうと、誓った。


 冷えてきたから帰ろう、と呼びかけると、立ち上がってスカートをはたいた。
その仕草にすら愛らしさを覚える。
重症だ、と心の中で自嘲しつつも、こんなにも大切に思える人に出逢えたことに感謝した。



 歩き出そうと振り返ると、いた。

 向こうもこちらに気づいた。
僕と同じ反応。驚いて、動きを止めた。


――――――どうしたの?知り合い?
彼女に声をかけられるまでお互い動かずにいた。
向こうも、隣にいる男性に声をかけられるまで動かなかった。


 僕は、あぁ、と一言だけ呟いて、行こうか、と促した。
彼女は、僕の腕に自分の腕を絡め、同意を示した。
彼女の温かさが、心地よい。



 隣を通り過ぎるときに、ふと彼らの手をみた。
お互い固く握りあった手には、約束の指輪があった。


 
 あぁ、考えること同じだな。
僕はそう思って、少し笑いながら通り過ぎざまに心の中で挨拶した。




「久しぶり。おめでとう」

僕たちの“秘密基地”

僕たちの“秘密基地”

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted