現実世界で電脳世界の夢に溶ける。

ゆう

○はテレビに釘付けになっていた。日頃大好きで応援している芸人の×が、初の旅ロケに出ていたからだ。
「やっぱり×は面白いなー」
 深夜番組を足掛かりに、徐々に徐々に頭角を表してきた芸人の×。最近はテレビに引っ張りだこだが、○は密かに自分は売れてない頃から応援してたんだぞ、という自負を持っていた。
 ○は大のテレビ好きで、暇さえあればテレビの前に座っていた。×出演の旅番組を見たあとにも、話題の映画の前作をロードショウで堪能した。
 観たい番組を粗方見終わったあとも、テレビの電源は入れたまま。いつものことだ。○がテレビを見ないのは寝るときだけだった。
 テレビの世界はいい。電源ひとつで世界の隅々を味わえるし、面白い人たちとも出会った気になれる。
「週末なにしようかな」
 ゴロリとベッドに横になり、○は思案した。
 旅行にでも行ってみるか。×が旅ロケにでていた地域は、日帰りで行けることがわかった。
 ○は近所の旅行代理店に来ていた。旅行にいくのはいいが、プランを考えるのはおっくうだったからだ。
 担当者はにこやかに出迎えてくれた。
「あの、昨日テレビでやってた場所にいきたいんですけど」
「昨日の、と申しますと」笑顔はそのままだが、困惑していることが口調で伝わってきた。
「えーと、×っていう芸人が出てた番組で紹介されてた、△っていう場所なんですけど、、」
担当者はますます困惑の度合いを深めてしまったようだ。
「申し訳ございません。テレビには疎くて」
「い、いえいえこちらこそあやふやでごめんなさい」
急に恥ずかしくなり、○は逃げるように旅行代理店をあとにした。
 気を削がれた○は町をぶらついた。なかなかテレビのように段取りよくは進まないな。
 そのとき、○の脳裏に昨晩のロードショウが浮かんだ。そういえば、CMで最新作が絶賛公開中とあった。 
 映画館はなかなか賑わっている。○は券売機の前にたち、昨日見た作品の最新作を探した。
 ない。何度見てもない。
 ○はスタッフに声をかけた。
「あの、昨日テレビでやってた◆の最新作ってまだこの映画館では公開されてないんですか?」
「◆でございますか?少々お待ちください」スタッフがパソコンをいじる。「申し訳ございません、お客様、◆でお間違えありませんでしょうか?」
「え、ええ。そうですよ。いまCMでばんばんやってたんですけど、、」
「当館ではお取り扱いはしていないようです、申し訳ありません」
 ○は自宅に戻った。おかしい。テレビではあんなに華やかに写っていた△は旅行代理店の担当すら知らず、話題の映画はCMを流しているにも関わらず、映画館では放映していない。
 時刻はちょうどお昼時、テレビには×が写っていた。しかも、その場所は○の家の近所だ。どうやら、新作の漫才のライブを行うのだという。
○は一も二もなく、自宅を飛び出した。大好きな芸人が、テレビ越しではなく生で見れるのだ。
 5分もかからず、到着した。
 しかし、そこには誰もいない。×はおろか、スタッフらしき人も見当たらない。
○は携帯を取りだし、同じく近所に住んでいる友人に電話をかけた。
「も、もしもし!ねぇ、近くで芸人の×が漫才やるんだってんだけど、知ってる?」
友人はただ一言だけ応じた。
「×ってだれだよ」

現実世界で電脳世界の夢に溶ける。

現実世界で電脳世界の夢に溶ける。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-10

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