陸をただようくらげ

 生まれてから何度目かの夏、オレは浜辺を散策していた。この浜辺は他の浜と違い、人間がいなくていい。
 打ち上げられた間抜けな魚でもいないかと歩いていたとき、クラゲを見つけた。そのクラゲはオレが知ってるクラゲに比べると、ずいぶんでっかかった。
 浜から10メートルほどの離れた海の上、そいつはぷかりぷかりと浮かんでいた。よくみるとクラゲじゃなかった。人間だった。
妙なやつもいるもんだと何気なく見ていると、そいつはすいすいと泳いで浜に上がってきた。
 めすの人間だ。まだガキと言ってもいいだろう。シャンと伸びた背筋と海色の眼が印象的だった。
そいつはオレを一瞥したのち、岩場に置いていた服をささっと着て去っていった。
 翌日、またしてもオレは例の浜辺に来ていた。理由はない。
 いた。あのめすの人間だ。懲りずにまたぷかりぷかりと海のうえを漂っている。
 オレはそいつをくらげと呼ぶことにした。
 きつい日差しをさけるため、オレが岩場の影で涼んでいると、くらげがやってきた。どうやらオレが涼んでいることに気づいていないらしい。
 じりじりと照る日差し、白い砂、そしてなんとも言いがたい潮の匂い。水辺は苦手だと言うやつもいるが、オレは嫌いじゃない。
 くんくんと潮の匂いを楽しんでいると、不意にくらげと目があった。
オレを見るとすぐ手を伸ばして撫でようとする人間がいるが、そういう失礼なやつには爪を見舞うことに決めている。
しかし、くらげはなかなか出来た人間のようでオレを見ても手を出したりはしなかった。
 その日はくらげとオレと、ふたり、静かに浜辺に佇んでいた。
 翌日、やはりくらげは漂っていた。オレはかわらず岩場で丸くなっていた。
 なぜくらげはいつもひとりなのか。人間は群れる動物じゃないのか。むしろ病的にひとりであることを嫌っている節さえある。
それでもなおくらげがひとりなのはなぜなのか。
 もしかすると孤立させられているのか。人間は、得てして自分と違う特徴のある人間を傷つけるクセがある。
 昨日近くでみたくらげは確かにこの辺りによくいる人間とは異なる点があった。
 月の色をした髪、スラッとした背、そして海色の目。
 そのせいでくらげはひとりで海をさ迷っているのか。もしかすると、陸でもクラゲのようにぷかりぷかりと所在なさげに漂っているのか。

「おーい!!」
 
オレの繊細な鼓膜をやぶらんばかりの大声。思わず声のした方を見ると、そこには黒髪のめすの人間がはち切れんばかりに腕をふっていた。もちろんオレにじゃない。
 くらげはすっと立ち上がった。ぱんぱんと砂を払うと、黒髪のめすに手を振りかえした。
 なんだ、ちゃんと仲間がいるんじゃないか。オレは一声鳴いた。すると、くらげが振りかえってオレをみた。
「きみの声、はじめて聞いたよ」
そういって笑った。
 くらげのくせになかなかいい顔で笑うじゃないか。
 オレはもう一度にゃーと鳴いて、浜辺を去った。

陸をただようくらげ

陸をただようくらげ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-10

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