アナログ課長
「佳代ちゃん、これ、どうしたらいいんだっけ」
また始まったと、佳代は心の中で舌打ちした。
(いい歳して、甘ったれた声を出すのはやめて。それに、『佳代ちゃん』という呼び方もウンザリ)
もちろん、表面上は爽やかな笑顔を微塵も崩さない。
「どうされました、秋元課長?」
「今、企画書作ってるんだけどさ。ほら、この間、佳代ちゃんに教わった、自動的にA4サイズに縮小する方法を使ったんだけど、すっごく文字がちっちゃくなっちゃってさ」
「ちょっと見てもいいですか」
「うん」
佳代が秋元のパソコンの画面を覗くと、とてもA4サイズには収まらない分量の文章がギッシリ書きこまれていた。
「これは、ちょっと」
「ねえねえ、どうしたらいいかな?」
「そうですねえ…」(どうしたも、こうしたも、こんなの無理に決まってるじゃない。バカみたいに『企画書はA4サイズ1枚以内に』とかいうビジネスマナーを信じ込んじゃって。こういう場合は複数ページ分けるか、重要でない部分を添付資料にするか、しかないじゃない。パソコン操作以前の問題よ)
「なんとか、パパパッて変換できないかな?」
「それは、難しいですね」(もう、ホントにイヤになる。パソコンのことがよく理解できていないから、逆に、何でもパソコンでできると思ってるんだわ)
「へえ、佳代ちゃんでもできないかあ」
「…」(誰だってできないわよ!)
「しょうがないか。じゃあ、2枚にわけるか」
「両面印刷になら、できますけど」
「ああ、それいいね。うん、そしたらA4サイズ1枚だ。良かったあ。じゃ、お願いするよ。ついでに、10部ほどコピーしといて。両面コピーでお願いするよ。ぼくがやると、両方とも同じ面になっちゃうからさ」
「はあ」(もう、もう、もう!それぐらい、自分でやってよ!)
佳代に企画書を押し付けると、秋元は電話を掛けた。
「ああ、どもども。さっき送ったメールですけど、届いてますか。ああ、良かった。それじゃ、今から説明しますね」
背中で聞きながら、佳代はため息をついた。
秋元はいつも、メールを送る前に一度『こういう内容のメールを送る』という予告を延々としてから送信し、その後、こうしてクドクドと内容の説明をするのである。
(何のためのメールよ。全然意味ないじゃない)
長々と話してから電話を切った秋元は、立ち上がって上着を着た。
「すまないけど、ちょっと出かけてくるよ。メールや電話だけじゃ、なんだか心もとないんでね」
「行ってらっしゃいませ」(バーカ!)
(おわり)
アナログ課長