インロック!
*オープニング
https://www.youtube.com/watch?v=iflsELvgrfw
https://www.youtube.com/watch?v=9h9hX4yMYhk(予備)
暮れも押し迫ると、酒のつき合いが多くなる。
酒の飲めないアキラは、今年の忘年会もひとり、アルコール臭の漂う中でジンジャーエールを飲んでいるのであった。入社二十年目で大学時代からの親友であるマサルは普段からアル中気味で、当然この日も瓶ビールひとケース、およそ二十本以上はひとりで飲んでいた。
「アキラ、帰りは送ってくれよ」
「ああ。ガソリン代は貰うぞ?」
「そうせこいこと言うなよ」
みんなにとってはあっと言う間だったのだろうが、アキラにとっては長い忘年会が終わった。マサルを助手席に乗せ、人通りの少ない深夜の田舎の峠道を走っていると、雪がぱらぱらとちらつき始めた。
「顔色が悪いな?」
ワイパーを動かしながらアキラが問いかけるが、マサルは返事をしない。助手席で強烈なアルコール臭を放ちながら、こうべを垂れてぐったりしている。
「吐きそうか?」
「ああ。ちょっと止めてくれ」
車の中で吐かれたらたまらない。アキラは急いで路肩に停まった。
「すぐ戻る」
マサルが吐いてる姿をバックミラーに映しながら、アキラはタバコに火を点けた。
「にしても、酒くせェなあ」
アキラは外の新鮮な空気が恋しくなり、車を降りた。
「まだか?」
アキラは口に含んだ紫煙を吐き出した。
「ああ。もうだいじょうぶだ」
「ちょっと乗って待ってろ。小便してくる」
足元に落としたタバコを踏み消すと、アキラは歩道の端でチャックをおろした。〝放水〟を始めて間もなく、車のドアが開く音がした。マサルが降りてきたのだ。
「なんだ、また吐きそうなのか?」
「いや、オレも小便だ」
少し離れたところで、マサルがチャックをおろした。アキラは小便を済ませて車に戻った。運転席のドアノブを引く。開かない。助手席側のドアも開かない。後ろのドアも。全部開かない。アキラの車は4ドアセダンだ。それも、年式が古い中古車だった。
「おまえ、カギかけたの?」
ロックされていることは、いま確認したからわかっている。そして、マサルがどう答えるかも知っている。もちろん、そんなわかりきっていることを訊くつもりもない。たしかに、口では「カギをかけたのか?」と訊いたが、少し勘のいい奴ならこう聞こえているはずだ。「おまえ、殺されたいのか?」、と。
だが、〝大トラ〟はこう答えた。
「ああ。盗まれると大変だからな。カギをかけたんだ」
彼は、紅い顔で笑っていた。
信じられない。この酔っぱらいめ。なんてことをしてくれたんだ。こいつは自分がなにをしたかわってるのだろうか。アキラはうんざりしたようにため息をつくと、天を仰いだ。
「なんでエンジンかけたままカギかけんだよ」
「開かないのか?」
「開かねーよ。開くわけねーだろ? インロックだよ、インロック!」
「い……いん、ろっくぅ?」
足元をふらつかせながら、マサルがマヌケな声を発した。
「そうだ。インロックだ」
インロックとは、まず運転席以外のすべてのドアをロックする。次に、キーを車内に残した状態で車を降りる。最後に、運転席のドアをロックし、ドアノブを引いた状態で閉める。すると、なぜか決して外からは開けられなくなるという、知る人ぞ知る恐るべき裏ワザなのである!!
「ああ、そうだ。オレが悪いんだ。いつまでもこんな旧車に乗ってたオレがな!」
アキラはガチャガチャと乱暴にドアノブを何度か引くと、忌々しそうにこぶしをドアにたたきつけた。そんな自分の姿がおかしかったのだろう。マサルはフラフラとよろめきながら腹を抱えて爆笑していた。
エンジンがかかってるのにドアが全てロックされて開かないのだ。たしかに奇妙な光景だ。だれだって笑うかもしれない。
「おかしいか?」
アキラは笑みを浮かべた。もちろん笑ってるのではない。怒っているのだ。怒っているが、笑うしかないのだ。
「おい、アキラ。早く開けてくれよ~」
「開くわけねえだろ。ぜんぶロックされてんだよ? キーも中にあんだよ? どうやって開けんだよ」
マサルにもあたまにきていたが、なによりもエンジン音にあわせて、まるでワルツでも踊ってるようなワイパーの動きが、アキラには馬鹿にされてるようで我慢がならなかった。
「ロードサービス呼べばいいだろ?」
赤い顔でへらへら笑いながら他人事のようにマサルが言う。アキラは怒りのこもったため息を吐き出すと、ポケットから携帯電話を取り出した。
「ロードサービスの料金、おまえも半分出せよ?」
そして、事件はここで新たな展開を見せるのであった!
「充電が切れてやがる……」
携帯電話をポケットに突っ込みながら、アキラは舌打ちをした。
「おい、マサル。ケータイかしてくれ」
「ケータイ?」
「ああ、ケータイだ。オレのは充電が切れちまってたんだよ」
すると、マサルは笑いながらアキラの肩をたたいた。
「なにがおかしいんだ?」
彼は、肩に手をまわしながら言うのである。
「アキラ、後部座席見てみろよ。なにが見える?」
後部ドアのウィンドウ越しに車内をのぞき込む。
「コートだ」
アキラが言うと、マサルは人差し指でコンコン、とウィンドウを小突いて車内のコートを指さした。
「そう。オレのコートだ」
アキラは不安そうにマユをひそめると、車内のコートを絶望のまなざしでながめた。もはやわかりきっていることだが、となりで酒の臭いをぷんぷんさせている例のコートの持ち主に、とりあえず確認のため訊いてみることにした。
「あの中か?」
「そう。コートのポケットの中」
「くそっ!」
アキラが後部ドアのウィンドウをドン、とこぶしでたたくと、車内のカーステレオからクリスマスソングが聞こえてきた。すると、マサルはまた笑い始めた。いったいこの男はなにがおかしくて笑っているのだろうか。
気がつけば、降り積もった雪でアスファルトの姿が見えなくなっていた。
「だいじょうぶ。そのうちだれか通るって」
「おい。いま何時だと思ってる? 夜中の一時だぞ? こんな峠道をこんな時間にだれか通ると本気で思ってるのか?」
「おちつけよ。おちつけって。なにを怒ってるんだ?」
「おちつけ? おちつけだと? この酔っぱらいめ。いいか、よく聞け。こんな時間にこんなところでインロックしたあげく、ケータイすら使えないんだぞ? しかも雪まで降ってんだぞ? 凍え死ぬぞ? いつまでもラリってんじゃねえよ、このくそったれが!」
アキラがこぶしをボンネットにたたきつけると、マサルは馬鹿にしたような笑い声を張り上げた。この男はいまどんな状況なのか理解しているのだろうか。あるいは、理解した上でふざけているのか。酔った経験のないアキラには、彼の行動が理解できなかった。が、そのあまりにも馬鹿にした笑い方に、とうとうアキラは堪忍袋の緒が切れてしまうのであった。
アキラは近くに転がっていた人間の頭ほどの大きさの石を両手で抱えると、つかつかと車のほうへ向かった。本当ならこの石でマサルの頭をかち割ってやりたいところだが、アキラはその殺意を、怒りに満ちたうめき声とともに後部座席のドアウィンドウに叩きつけるのであった。カーステレオから流れてくるクリスマスソングが一瞬、ウィンドウが割れる音でかき消された。
「気の短いやつだなあ」
まだ酔いが醒めないのであろう。マサルは相変わらずへらへら笑っている。そのニヤケ面を睨みつけながら、アキラは割れたドアウィンドウから手を回し、運転席のドアロックを解除した。
「おいおい、オレのコート、これじゃあもう着れねえよ」
ウィンドウの割れた後部ドアから車内をのぞき込みながらマサルが言った。
アキラは後部ドアを開けて石を外に放り出した。それからコートを軽くバサバサとやってウィンドウの破片を落とすと、マサルに放り投げて返した。
「掃除機かければだいじょうぶだろ」
アキラが運転席に乗り込むと、マサルが外からドアウィンドウをノックした。
「なんだ?」
「見ろよ。ケータイがおシャカになっちまった」
マサルは笑ってるのか泣いてるのかよく分からない顔で言うのであった。どうやらアキラの投げた石が彼の携帯電話に直撃していたらしい。
「うるせー。ケータイとドアウィンドウの修理代、どっちが高いと思ってんだ? さっさと乗らねえと置いてくぞ」
マサルは不服そうにぶつぶつ独り言を言いながら助手席のシートにケツを押し込んだ。これでやっと帰れる。そう思ってアキラがアクセルを踏み込もうとした瞬間、うしろから車のヘッドライトの光が差し込んできた。
「くそったれめ」
アキラが舌打ちをすると、マサルは「だから言ったんだ。おちつけって」と、あきれ顔で言うのだった。そのにくたらしいマヌケ面をアキラは一瞬ジッとにらみつけた。それからタバコに火を点け、忌々しそうに紫煙を吐き出すと、乱暴にアクセルペダルを踏みつけた。静かな峠道の夜空に、怒り狂ったようにタイヤの音が鳴り響いた。
「なあ、アキラ」
「だまってろ。なにも言うな。オレに話しかけんじゃねー」
「そう尖がるなよ。もう酔いは醒めてる」
「いまごろ酔いが醒めても遅せーんだよ」
「わるかったよ。わるかったって。それよりこの車、ヒーター壊れてんのか? 寒くて死んじまいそうだ」
「そりゃあ寒いだろうよ。ドアウィンドウが割れてるんだからな。弁償しろよ」
「おいおい、おまえもオレのケータイ壊したじゃないか」
「なに? ケータイとドアウィンドウどっちが高いと思ってんだてめーは。ここで降りるか? 歩いて帰るか?」
「はいはい、オレがワルぅござんした」
「謝ってんのか。それともケンカ売ってんのか。どっちなんだ?」
「なあ、たのむよ。もうかんべんしてくれ」
「くそったれが」
「……なあ」
「なんだ」
「ちょっと止めてくれ」
「なんで」
「小便」
「さっきしたんじゃねえのか? 歩いて帰れ。おまえは」
―― また来週!! ――
インロック!
*エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=eupinCqW_Wo
https://www.youtube.com/watch?v=FZXx6Xic5xY(予備)
*提供クレジット(BGM)
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https://www.youtube.com/watch?v=03-qKNpFWgc
https://www.youtube.com/watch?v=nVKYixctPQc(予備)
【映像特典】
https://www.youtube.com/watch?v=tjUah5o_EZI
https://www.youtube.com/watch?v=U92ELU1T-s0
https://www.youtube.com/watch?v=fkvAowiNDgA
https://www.youtube.com/watch?v=XWuvbljfGe4
https://www.youtube.com/watch?v=Y-ZxyQj2SeE
*** ストップ! あおり運転 ***
https://www.youtube.com/watch?v=r0_dplSj7FU
あおり運転(妨害運転)は、重大な交通事故につながる
極めて悪質・危険な行為です。車を運転する際は、周り
の車等に対する「思いやり・ゆずり合い」の気持ちを
持って、安全な速度・方法での運転を心掛け、十分な
車間距離を保つとともに、不必要な急ブレーキや無理な
進路変更等は絶対にやめるニャンよー!!
警察庁ホームページより