犯人は、ぼくだ!
阿久田猛は推理小説が苦手だった。名前に似合わず気の優しい猛は、たとえフィクションであっても、人が殺される話を読むのはイヤだった。だから、本屋の店頭でパラパラとめくったその小説が、どうやら推理ものらしいと気づき、元に戻そうとした。
(あれ?)
猛の手が止まり、もう一度その本を開いた。
(ええっ、阿久田猛って同じ名前じゃん)
確かに、登場人物の一人が同じ名前だった。
(まさか)
猛は、推理小説が好きな人間なら、決してやらないであろうことをやった。いきなり、最後の方のページをめくったのだ。
「やっぱり犯人だ!」
思わず声が出てしまい、店の親父から睨まれてしまった。
「あ、えっと、すみません。これ、ください」
気まずさを誤魔化そうとして、読みたくもない本を買ってしまった。
(なんてこった。こんなバカげたことってあるかよ。そもそも、この作者がいけないんだ。文句を言ってやる)
そう思ったものの、もちろん、住所も電話番号もわからない。出版社に聞いたって、教えてくれるはずもない。半ばあきらめかけたが、念のため調べてみると作者のホームページに『感想メール受け付けます』とあった。
すぐにメールを送ろうとして、ふと、猛は迷った。
(一応読んでからでないと、失礼かな。それに、お金がもったいないし)
悩んだ末、その本を読むことにした。
作者はあまり有名ではなかったが、文章は読みやすく、ストーリーの展開も巧みで、すぐに猛は引き込まれた。しかも、読み進むほどに、犯人が殺人を犯した動機が実に同情すべきもので、自分が同じ立場なら、あるいはそうしたかもしれないと思わせるものだった。
読み終わった時、猛は深くため息をつき、作者あてにメールを書き始めた。
《初めまして。先生のファンです…》
(おわり)
犯人は、ぼくだ!