旅の一幕

大学時代の作品です。こういう男と男の物語に憧れて、書いてみました。ある意味で冒険ものの様な気がします。

 男が惚れる男の生き様。欧州で言う所の騎士道。日本ではブシドーがそうなのだろうか。男ならば誰しも憧れる生き方だ。そして、現代の男が無くしてしまったものだ。
 かくいう私も、そうした生き方とは無縁である。ニューヨークの人込みをかき分け、ビジネス街にある電子掲示板で株式情報を知り、仕事の合間に新聞を読む。毎日それの繰り返しだ。まるで、ケン・グリムウッドのリプレイのような生活というべきか。醜く肥えた同僚の自慢話。けばい化粧に仮面の様な笑みで媚びる女子社員。同じ時間を繰り返しているような感覚に陥るのも仕方ないだろう。
 だが、私はジェフ・ウィンストンではない。繰り返しに感じる毎日でも、時は過ぎていく。浪費していくというべきか。だから、私は少しでもこの繰り返す日常から抜け出すべく、旅に出ることにした。ちっぽけな私の小さな自慢なのだが、入社してから一度も会社を休んだことが無いのである。有給を使うことに反対するものはいないだろう。ちっぽけな私のちっぽけな反抗として、最も忙しい時期に有給届を部長に申請した。部長は渋い顔をしていたが、了承してくれた。
 こうして私は、ウォール街を後にし、旅に出かけた。いつもは億劫に感じていた帰り道も、その日だけは清々しかった。


 溜めこんでいた貯金を使い、新しい大型バイクを購入した私は、フロリダ州を目指しバイクを走らせた。憧れの地であるマイアミに向かうためだ。バイクのエンジン音と風を切る感覚。なにより、自由であるということが、私の心を幸福感で満たしていた。
 前置きが長すぎるかな? ビジネスマンの悪い癖か、いちいち細かい所まで説明してしまう。プレゼンでは、物事の本質よりも、些細な事象を優先して話さなければならない。ゲーテを理解しようともしない連中にファウストを理解しろというのも無理な話だから、仕方がないことではあるのだが。

 まあ、話を戻そう。
 ニューヨークからフロリダに向かうのだから、何軒ものモーテルを利用することになる。正直、長旅を終え、マイアミの美しい景色を眺めている時よりも、数々のモーテルで出会った様々な人との交流の方にこそ価値があったのではないかと思えるほどだ。
 ここで、男が惚れる男の話に戻る事になる。私が出会い、その生き方に魅せられた人々。記念すべき最初の一人はヤマモトという男だった。彼との交流を、まずは語ろうと思う。

 あれは、雨に降られて、気分が滅入っていた時だった。



「ちくしょう! だから天気予報は信用ならないんだ。雨は絶対に降らないとか言っておいてこのザマさ!」
 私は、視界を阻む程の豪雨を切り抜け、やっとモーテルにたどり着いた。豪雨を乗り切ったという不思議な高揚感に満たされており、部屋についてから外れた天気予報への愚痴、いけすかないバイカーに煽られたことへの愚痴を、怒鳴るようにこぼし続けていた。
 そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。押し込み強盗かもしれないと警戒した私は、護身用の拳銃を取り出し、覗き穴に目を近付けた。そこには、サングラスをかけた小柄な男が立っていた。中国人か日本人であろうと思い、私の警戒はスッと消えうせた。アジア人への差別的感情があるわけではない。ただ、大柄なバイカー一人とアジア人十人どちらが怖い? と聞かれたら、誰だってバイカーを選ぶだろう。連中は、チャイニーズとジャパニーズが挨拶をする感覚で、無駄にでかいリボルバーをぶっ放す。
 すっかり警戒心が消えた私は、ドアを開けた。顔つき的に、おそらく日本人だろう。日本人は礼節にうるさいと言うから、私はウォール街で身に付けた、嘘くさくない嘘の笑みを浮かべつつ、ハローと挨拶をしようとした。だが、私はハローということが出来なかった。口を「ハ」の形にした所で、私の頬に拳がみまわれたからだ。
「うるせぇんだよ。今、何時だと思ってんだ糞野郎。ファックっていえば分かるかアメ公」
 日本語でまくし立てる男。何を言ってるのか分からないが、ファックだけは聞きとれた。怒っているのは明白だ。
 私は、騒ぎたてたお詫びにと、日本人を部屋に招き入れ、一杯やろうと提案した。英語が通じないようで、ジェスチャーで意思疎通をはかったが、きちんと意思は伝わった様だ。
 日本人の男は、ヤマモトと名乗った。隣の部屋に宿泊しているらしい。英語を理解することは出来ないようだが、話す際には、単語を並べたような不自然なものではあるものの、英語で話してくれるので、何が言いたいのかを理解することはできた。
 私は、鞄の中からウイスキーとグラスを取り出し、それぞれのグラスにウイスキーを注いだ。深い茶の色合いが美しい、高級品だ。
「酒を飲むのは久しぶりだ」
 ヤマモトは嬉々としてウイスキーを飲みほした。高級品なのだから、もっと味わえばいいのにとも思ったが、ヤマモトがあまりにも美味そうに酒を飲むので、私も一気に飲み干した。喉が焼けつくような感覚と、アルコールがしみわたる感覚が心地よかった。


 酒を飲みつつ、ヤマモトと会話を続ける。会話といっても、私はジェスチャー、ヤマモトはたどたどしい英語なので、コミュニケーションがとれているとはいえない。だが、男と男の会話は、これでいいのではないかと私は思っていた。女と会話するように気を使う必要はないし、かっこつける必要もない。そこには、何の感情も無い。ただ、二人の人間がいるだけ。そうした繋がりを友情と呼ぶのではないだろうか? こんな事を言ったら、会社の連中に、君はゲイなのかい? と、からかわれそうだ。


 程良く酔いがまわってきたころ、ヤマモトが私の拳銃をみて笑った。私が怪訝な顔をしているのに気がついたヤマモトは、懐から何かを取り出した。
それは、四五口径の自動拳銃だった。アメリカを象徴する銃であるが、無骨で荒々しいフォルムが、ヤマモトにピッタリだと私は感じていた。
「アメリカ人のクセして、ずいぶん小せぇマラだな」
 私は、あまりにもストレートで低俗なギャグをかますヤマモトが可笑しくて、腹を抱えて笑った。となりでヤマモトも笑っていた。それからしばらくは二人で笑いながら酒を飲み続けていた。


 酩酊一歩手前のふわふわした感覚に陥った私は、ヤマモトのほうに視線をむけた。顔色一つ変えず、ヤマモトは残った酒をちびちびと楽しんでいた。
「俺はな、追われてんだ。親分を殺しちまったからな。ヤクザもんが親殺したなんてのは許されることじゃないから、確実に殺される」
 ヤマモトは物騒なことを語っていた。
「弟を殺されたんだ。売り物のヤクに手を出したっていうから、親分が何に使ったかって問い詰めたんだ。そしたら、女とヤルのに使っただとよ。バカだよな。嘘でも何でもつけば、指詰めるだけで済んだのかもしれないのによ」
 所々言葉のニュアンスが独特で理解出来ない部分があったが、ヤマモトの表情を見ていれば、それがどれだけ重大な問題であるかは理解できた。
「弟は殺された。クレーンに縛られてよ、海に沈めてはあげて、沈めてはあげて。それの繰り返しさ」
 ヤマモトは、弟の死に様を語りながら笑っていた。だが、目の色は暗く、沼のようにどんよりと濁っていた。
「気が付いたら、俺は親分も周りの連中も殺してた。で、追われる身ってことだ」
 ヤマモトはグラスに残ったウイスキーのしずくをなめとり、グラスを置いた。
「日本で居場所がなくなって、こっちにきてもこのザマだ。でも、俺は仁義は捨てたくねぇ。わかるか? 武士道みたいなもんだ」
 ブシドー。なんとなくだが、私にも意味が分かる。クロサワ映画の様な生き方ということだろうか。
 ヤマモトは、孤独を選んだということだろう。自分の意地を通し続けている。時代から取り残されようと、自分の道を曲げない強さ。私は、ヤマモトが羨ましかった。アウトローな生き方や、サムライのような生き方にではなく、自分で生き方を選んでいることが私には心底羨ましかった。
 酩酊状態の私の意識は、しだいに薄れていった。薄れゆく意識の中で覚えているのは、雨の音に交る車のエンジン音。拳銃を手に部屋を出るヤマモトの姿。そして……
「サンキュー」
 ヤマモトのたどたどしいお礼の言葉だった。


 次の日の朝、私は隣の部屋を訪ねたが、もうそこには誰もいなかった。その後、ヤマモトがどうなったかは私にはわからない。だが、ほんの一晩すごしたに過ぎないヤマモトとの記憶は、私にとってかけがえのないものになった。もし、まだ逃亡を続けていて、もう一度会うことが出来たのなら、また酒を飲みかわしたいものだ。


 

 最初の出会いをパソコンで打ち終え、私はホテルのベランダに出る。哀愁を漂わせるマイアミのビーチの夕暮れは、ヤマモトに重なるような気がした。

旅の一幕

こういった、バディもののテイストを持った作品をまた書きたいですね。未熟ではありますが、精進したいです。

旅の一幕

仕事に「生かされている」男は、非現実を求めて、地上の楽園マイアミを目指して旅に出る。 そんな旅の途中、男は立ち寄ったモーテルで、ヤマモトという日本のヤクザと出会い共に夜を過ごす事になる。

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-22

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