恋に落ちたのはどっち

転校生はいつもマスクをしている。風邪をひいているわけでも、花粉症であるわけでもないのに。
「君はどうしていつもマスクをしているの?」
訊ねた僕に一瞥もくれず、転校生は机に広げた新聞を眺めながら答える。
「顔を隠すためだよ」
「どうして隠すの?」
「自分の顔が嫌いだからさ」
嫌いだと、隠したくなるものなのか。
自分の顔が好きな僕は、本人に直接訊ねなければ、その答えには辿りつけなかっただろう。
「君はいいよね」
転校生が顔を上げた。羨むような、憎むような目で、僕を見上げる。
「君は美しいから」
何を当たり前のことを。そんなことは、僕が一番よくわかっている。
僕は彼のマスクの紐に指を掛け、ゆっくりとマスクを剥がした。
露わになった彼の顔を見て、一瞬息を飲む。
「……なんだ。嫌いって言うからどんなに醜い顔をしているのかと思えば、かわいい顔してるじゃないか」
転校生は目を見開いて固まった。耳が赤くなっている。
僕はマスクを彼の顔に戻すと、内緒話をするように顔を近づけた。
「これからもずっとマスクをするといいよ。君がかわいい顔をしているってことは、僕だけが知っていればいいからね」
転校生は僕とは目を合わせずに、こくこくと頷いた。

恋に落ちたのはどっち

恋に落ちたのはどっち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-03

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