ゆっちーのホラー体験
ゆっちーのホラー体験
小さい頃に刷り込まれた感覚というのはなかなか消えてくれない。朝寝坊することが世の中で一番怠惰なことなのだと怒鳴りつけられる日々を送っていれば、大人になった今も朝寝坊すると罪悪感で一杯になる。
弱い事は悪い事だ、頑張れないことは悪い事、努力出来ないのは悪い事。
そう言われながら育てば、きっともの凄く頑張る子に育つのだろうが精神的無理を重ねたつけは大人になってからやってくる。思いはあるのに、気持ちはあるのに体が動かない。自分の意志とは裏腹に体はどんどん怠惰な方向へと向かっていく。これではだめだ、これではまずい、と思いなんとか頑張ろうとするけれど、どうもうまくいかない。
その時ふと気が付く。私はおかしくなんかない。なんでここまでして踏ん張らなければならないのだ。疲れたら休めばいい、ダラダラしたかったらだらだらすればいいのだ。きっと体がそれを求めている。体が求めていることを放棄するほうが怠惰である。よし。
思いっきりダラダラしてやろう。今までの分まで取り戻してやろう。
覚悟を決めたゆっちんは学校を辞めた。バイトもやめた。安い部屋に移り住み、毎日ひたすらダラダラする生活を過ごしていた。
しかし気が付いてしまった。ダラダラする生活は半年ほどで飽きるのだ。これはまずい、とい思った。自分は将来のことなど考えていなかった。ただ目の前の苦しみに対処することだけを考えていたのだ。これからもこんな生活を続けるつもりだったのか?
まさか。
ゆっちんは起き上った。何かしなければならない。
何か行動をしなければならない。
ゆっちんはホラー研究会という地域のサークルに入った。そこはホラーというよりはオカルト研究会だった。その地域に住んでいる暇な人たちがそれぞれに不思議な話をもちよりみんなでそれを解明していこう、という研究会だ。
謎を解く、という部分を見るとミステリー研究会ともいえるだろう。
ある日、あるメンバーが両脇を高層ビルに囲まれた空き地の話をもってきた。
「知ってます? あの空き地。間宮商工と光也銀行の真ん中にポツンとある、あの空き地。あそこが何で空き地になっているか知っていますか?」
「その土地は呪われていて、工事をしたら人が死んだとか?」
ありきたりな説を持ち出してきた年輩のメンバーに、明人はのんのんと首を振る。
「その土地にはね、実は建物が建っているんです。だけど僕らには見えない」
なんだ、漫画の話か。ゆっちんは心の中で呟いた。ゆっちんが好きな漫画家の漫画に、そんなような話があった。
「その見えない建物にはね、ある女性が住んでいるんです」
やっぱり漫画の話だ。
「そしてその女性の正体はね、幽霊なんですよ」
うーん、違うような違わないような。ま、いいんだけど。
「その建物を見るにはどうしたらいいんですか?」
年輩のメンバーが言う。
「それはね、水晶の眼鏡を使うんですよ」
「水晶の眼鏡?」
「そうです。水晶の眼鏡を使うと見れるんです」
明人はそう言うとカバンの中からなにやら取り出した。じゃらじゃら、と音をたて、それらは床に散らばる。
「みなさんの分、あります。行きましょう!」
水晶の眼鏡をかけたゆっちんの感想は、何これ、普通のプラスティックじゃん、だった。
特別なんの力も感じない。明人は詐欺師か。
例の空き地につくと、少し冷たい風が腕をなでた。
ふー、雰囲気だけはあるんだけどね。
「みなさん、眼鏡、かけてますね?」
明人が興奮したように言う。
「それでは、なかに入りましょう!」
空き地は草がぼうぼう生い茂っている。しかも土がぬかるんでいて歩きづらい。
空き地の真ん中ぐらいに来たが、特に何も見えてこない。
「明人さん、何も見えないっす」
他のメンバーがうなずく。
「明人さん、僕らを騙したんですか?」
「冗談にしてはたちが悪いですね」
その時だった。
突然目の前の土が盛り上がった。
轟音えおたてて出てきたのは、大きな大きな怪物のようなもの。
「きゃあああああああああああああああああああああっ」
研究会のメンバーの悲鳴は途中で遮られた。
次の瞬間、ゆっちん含めた研究会の人間は、皆怪物に飲み込まれてしまった。
ゆっちーのホラー体験