寝室

未完の上に、ちょくちょく編集を行っています。 ご了承ください。

目を覚ますと全身が痺れていた。疲れからだろうか。それとも精神的な何かからだろうか。
「あ、ああぁ」
しゃがれた声が耳を撫でる。これは俺が発したものだ。だが、普段はこんなに醜い声ではないはず。
なら、声は本当に俺の声か?
「ドニ…デンケ…」

おれは…一体どうなった?

2

この世界は大きくわけて六つの国でなりたっている。

一つは 白の国。
神を絶対的存在とした神主義の国だ。
世界で一番大きな面積を持っており、神の使いである 天使 とよばれる人間が神の次に素晴らしい存在とされ、崇められている。

一つは、黒の国。
人間を中心と考える人間主義の国。
ここも土地が広く、人口は世界一である。
白の国とは敵対関係であり、昔から戦いが耐えないでいる。

一つは、緑の国。
死後の極楽をただひたすら信仰する国で、貴族以外は貧しい生活を送っている。

一つは、灰の国
もともとは小さな宗教だったが、次第に信仰する人が増えた国だ。
神の信仰とともに人間をも信仰する白と黒両方の宗教が混ざっている。

一つは、赤の国。
ここは一番小さな国であり、世界の警察(world of police)略してPOW養成所でもある。

そして、木の国。
何色にも染まらない無色主義の国。
昔から差別が絶えなかった悲しい国である。
小説の在庫が世界一。


─────そんな世界で俺は生きている。


・・・



「ジェス、おい朝だぞジェス」

朝の陽気な日差しに微睡んでいた。部屋の外からは俺の名を呼ぶ声がする。
マイクだ。
彼はこんなどこの骨かもわからない俺を随分と家においてくれている、いいやつである。

「ああ。起きてる。すぐそっちへ行くさ」

窓から入る光に目が痛むが、その痛みさえ心地よい。

「今日の朝食も目玉焼きだからな!」
「……」

今日もいい日だ。



・・・



「やっと起きた…遅いぞジェス!」
「あれから五分もたっていないと思うぞ」

マイクは服装を正していた。姿見で何度も後姿を確認する彼には悪いが、あまりいいセンスはしていないと思う。
「なんかおかしいところある?俺、今からデートなんだ」
「そうだな、デートならスーツはどうだ?きちっとした服装で臨めばいいと思うが」
「……いつも思うけどジェスって古典的だよな」

そんな彼の言葉を無視しつつ毎日の恒例である焦げた目玉焼きを食す。
今日はいつもより焦げが少ないようだ。

まあ、俺には関係のない話だが。

「今日は誰とデートなんだ?」
「悪い言い方よせよ!俺がいつもいろんな人とデートしてるみたいな!」
「違うのか?」
「違ぇよ!大体俺ばっかでジェスはどうなんだよ、お前俺より若いだろ?デートとか行かないのかよ」
「行かないな」
「なんだよ、面白くねぇな…まあ、お前しゃべり方とかお堅いもんな。それに童顔だし。モテないだろ」
「そうだな…よく言われる」

壁にかかっている時計に目を向けた。9時45分。
そろそろマイクが家を出る時間だ。

「じゃあ俺行ってくる」
「ああ」

ここ最近マイクは毎日同じ時間に家から出るようになった。
理由は必ずデート。
本人はそう言い張っているが、俺はそうじゃないと思う。

いや、思うのではなくて、これは確実だ。

マイクは知らないのだろう。
あいつが毎日大切に持っていく本の存在に、俺が気づいていることを。

「そろそろ潮時か…」

カップ並々に注がれたコーヒーを飲んだ。
湯気が出ていたが、熱さは感じない。


香ばしい匂いも、味も俺には分からない。


・・・


「ジェス、ただいま」

ジェスとは、俺と一緒に住んでいる野郎の名前だ。
一年前にふらっと現れてあれよあれよのうちに俺の家に住むことになった。

ジェスは不思議な野郎だ。
どこが不思議なのかというと、まずは外見だ。
あいつの髪は水色で、驚いたことに地毛らしい。
だけど地毛で水色の髪なんて、俺は今まで聞いたこともない。最初は嘘かと思ったけれど、よく考えればあいつは髪だけじゃなく、眉毛もまつ毛も水色だった。そしてその水色の髪で右側の顔を覆っている。一緒に住んでいる俺でさえジェスの素顔を見たことがないのだから、多分この世界の中でジェスの隠された素顔を知る人はいないんだろうと思う。
顔つきは童顔(少なくとも十八くらいに見える)で、体格も小柄(身長のことに触れるとあいつはすごく凹むからここでは言わないでおく)だから、ひょっとして緑の国出身なんだろうかと思ったけどどうやら赤の国出身らしい。

そして服装。
一昔の旅人を連想させるような体をすっぽりと覆った茶色のマントに、どこかの民族を思わせるような先端の丸まった木の靴。
マントの下にはジャージを着用していた。(それにはすこしがっかりした)
とにかくあいつが他人の目を引く要素はたくさんあった。

それ故だろうか、最近俺に近づいてくる輩がいる。
彼らの名前はPOW。世界の犯罪を取り締まっている警察だけど、そいつらがなぜジェスを追っているのか俺にはまだわからない。
もしかしたらジェスは人を殺した過去があるのかもしれない。けれど、POWの奴らは俺にあいつの一日の行動を俺に聞くだけで、逮捕しようとはしないから多分ジェスは罪人ではないと思う。
俺は今まで何回もPOWに理由を尋ねたが、タブーらしく、何も聞くことができないで終わった。

(なんだってンだよ一体…)

ジェスにはデートと言ってある。けど、多分あいつのことだから気づいているんだろうな。
それなのにここを出ていかないというのは、POWがジェスを逮捕する気がないのに気付いているのか、ただ単に俺の家が心地よいのか。
 
まあ、後者であってほしいが。


とりあえず最近の俺は疲れている。誰か、癒しをくれる人はいねーかな。
あー…彼女欲しい…

3

 
「もう朝か……?すごく薄暗いな…」
今日の朝はなぜだか胸騒ぎがした。
充電してあった携帯に電源を入れると、一通のメール。

〝今までご協力ありがとうございました。〝

POWの奴らからだ。
そしてすぐにそれが何を意味するのかを理解した。

――――ジェスが、逮捕される!



「ジェス!」
急いで二階にあるジェスの部屋のドアを開ける。
普段ならベッドにこんもりと盛り上がっている蒲団があるが、今日に限って、ぺたんこである。

「ジェス!!」

部屋が荒らされた形跡はない。ジェスは、抵抗しなかったのだろうか。

まさか殺された?

マイクは焦燥しきっていた。一階に降り、人間が入れないようなところまで確認し、彼を探していた。
「ジェス、どこにいるんだ、おい!!!」

ジェスの窓からは薄暗い陰湿な朝が見える。
――――今日の朝はなぜだか胸騒ぎがした。
マイクのひきつった口から、笑い声が漏れる。

「俺のせいだ……」


・・・


「薄暗い朝だ…こんな日は、あまりいい日だとは思えない」
風に揺られて木々のすれ合う音が響く中でアルトが混ざる。
「なあ……そう思わないか?」

ジェスはPOWに連れられ、森の中へと進んでいた。
空からの光が少ないため、普段歩くのに心地よい自然な道はとても気味が悪い。

「貴方は今から主と会ってもらいます」
「主、ねぇ…ファザーって呼ばないのか?」
「私共はここより先へと進めません。貴方お一人でお進みください」
「なんだ、逃げろと言っているといっても過言じゃないな」
「そんなことがあれば貴方を殺します」

殺しますよ。と腰に当てられた銃器を押し当てられる。「バカ野郎、弾を無駄にするんじゃあない」「ではお進みください」
しぶしぶと前に進み始めたジェスに、POWのメンバー二人は軽くため息をつく。
ジェスの身柄を拘束する前に主に言われた言葉を、破ることは許されなかったからだ。

――――ジェスを殺すな。殺すと俺はお前たちを殺すことになる。

主は絶対的存在。そして自分たちのファザーでもある。そんな彼に、見放されることだけは耐えられないのだ。


・・・


「よォ」

POWの二人に言われるがまま森の奥深くへと進んでいけば小さな野原にたどり着き、そこには腐りかけた木のベンチがあった。
その湿ったようなベンチに座り、シガレットを片手に俺を呼ぶ黒のジャージ姿の男には、見覚えがある。
クリーム色の切りそろっていないボサボサで痛んだ髪。襟足は腰ほどの長さで根元をゴムで縛ってあり、顔は面長で鼻が高くたれ目がちなその瞳は鋭くジェスを捉えていた。

その姿は、最後に見たときと全く変化は見られない。

「久しぶりだなジェス。……いや、ジーザス。相変わらずの小ささで安心した」
「俺は小さいんじゃねぇ、平均的な高さだっつの。てめぇは相変わらずの馬面だな、デンケ」

デンケ、と呼ばれた男は軽く舌打ちすると持っていたしがれっとをそのベンチにこすり付けた。


二人の間になんとも言えないような緊張感が走る。


そんな沈黙から先に言葉を発したのはデンケだった。
「ジェス、てめぇ俺に言わないといけねぇことがあるんじゃねぇか?」
「…なんの話だ?」
「しらばっくれんな」
「ありすぎてな。わからねぇよ」
「白の国のカイガ村、エノグ村。赤の国。そして黒の国のチズ町」
「……」
「それらの地域の滅亡にはお前がかかわっている。違うか?」

先ほどまでは薄暗かった空も曇りが段々とはれ、太陽の日差しが所々から差し込んでくる。
ジェスはデンケの問いかけに答えることはなかった。

「傑作だな、ジーザス。名前の通り自分が神だと思っているのかてめぇは」
「……」
「しかも今お前と住んでいるやつはカイガ村の生き残りだろうが」

両親だけでなくその地域の奴ら皆消した奴と一緒に住むなんてな。可哀そうな奴だ、とデンケため息をつく。マイクのことだ。

「…そうだな」
「罪滅ぼしか、好奇心か。俺にはてめぇの心情はわからねぇ」
「それを言うならお前もじゃねぇのか?デンケ」

「は?」いきなり話の腰を折られたデンケは眉に皺をよせジェスを見た。
「良い表情だ。まんま馬だな」
「殴るぞでめぇ」
「意味ないことはお互いよそうぜ相棒」
「俺は今てめぇの罪について話しているんだろーが。話の腰を折るんじゃねぇ」

苛立つデンケをよそにジェスは着ていたマントを脱ぎ、腰につけていたポーチから一冊の分厚い本を取り出した。


「まぁ、久しぶりに会ったんだ。俺のことは後にして少しこれで昔話でもしようや」

4


―――これはとある旅人の一生を記録した物語である。


「宿が空いていない?」
「すみません、満室なんです…」

そう頭を下げる宿主の目の前には二人の男がため息を吐いていた。
 

「すみません…」
「いや、あやまることはないですよおじさん」
そう言うのは水色の髪で右目を隠している背の低い青年。
「そうっすよ。ここらは宿とりにくいって有名ですからねぇ」
その隣にはクリーム色の髪で襟足の部分が長い長身の青年が宿主をフォローしていた。

だが言葉とは裏腹に二人は思いっきりうんざりとした顔をしている。
 
「す、すみません……」
「いやいやだからいいんですって」
「そうそう、これで十軒目だけどな」
「ぶっちゃけな。どうするデンケ、今日は野宿か?」
「そうだな…そういうことになるなぁジェス」

――だから宿に泊まる人がいる限り貴方たちを泊めることはできないんですってば…
嫌味のごとく宿主の前で話をする二人に気の弱い宿主はそう言うこともできずに額に脂汗を浮かべることしかできなかった。

ここは白の国の一角、アスパラ村。
白の国の中で比較的裕福なこの村は旅人にも人気が高く、宿も常時満室となることが多い。
ジェスとデンケもその旅人であり、現在宿を探している最中である。

「十軒目だとさすがになぁ」
「十軒目だからなぁ」

旅人初心者である二人には十軒という数字はいささか重いようだ。
そんな二人に宿主はとある提案をする。

「この村の限りなく端…あの森を抜けた先の野原に誰も寄り付かない宿があるんですが…」

あの森です、と宿主は二人の背後にある小さな森を指さす。
「え、なに、そんな穴場があるの?!」
「落ち着けジェス。どうせ廃屋とか幽霊がでるやらそういうことなんだろ?」
「いえ、ちゃんとしたところで幽霊もでないはずです…」
「!じゃあなんで誰も近づかない?」

宿主は禿げた頭にかいた汗をハンカチで拭きながら、震える声でこう言った。
「そこの主は無色主義者なんです…」


―――無色主義
旅人でもあまり近寄らない集団の名前である。
何も信仰することのない、無色の者たち。
本当かどうかはわからないが、所によってはその集団は昔無差別に他の国の者たちを殺していったという言い伝えもあるほど、他の国からは忌み嫌われていたりもする。

「無色主義か…だからどうしたっていうんだ?」
だるそうに首を回して骨をポキポキとならすジェスがつまらなそうに言う。
「よかったなデンケ。いい宿が見つかったじゃねーの」
「そうだな…幽霊がでるよりは千倍ましだ」

「貴方たちは…そこに行くんですか?!」
てっきり否定の言葉が出ると思っていた宿主は思わず目を見開く。

「え?いやいや勧めたのはアンタじゃんよ」
「ていうかそこをのがしたら俺ら今日野宿だしな」
いかないわけにはいかんでしょうよ。そういう二人に宿主は信じられないといったような目で二人を見た。

「貴方たち無色主義を知っているんですか?!あんなところへ行ったら殺されますよ!」
「え、なに。心配してくれるの?ありがたいねー」
「でもな、おっちゃん」

二人はニヒルな笑みを浮かべてこう言った。

「俺たちは世界を旅する旅人だぜ?そんな俺たちが世界に偏見を持ってどーするよ」

・・・


じゃーな、と背を向ける二人に宿主は始終汗をかきっぱなしだった。
びしょびしょになったシャツが重く感じる。
「行ってしまった…」
二人は行ってしまった。あの子の元へ。

「ドニ…」

あの子は悪くないことぐらい、人を殺すような子でないくらい私にだってわかっている。
だがしかし、あの子は無色主義者である。

「ドニ、すまない……」

宿主は手を組みもう会えないであろうあの子へと謝罪を述べる。

「すまない……」

そしてこれから犠牲になろうとする二人へと。

5

「ここが…宿か?」

歩くこと一時間。森を突き抜けるとそこは野原のようで、お目当ての宿はすぐに見つかった。
普通ならへばるだろうがジェスとデンケは腐っても旅人。
二人につかれた様子はあまり見受けない。

「なんていうか…なぁジェス」
「ああ…」

二人の目線の先には大きな宿……というよりも城と表現したほうがいいくらいだ。
そんな立派な建物に二人は言葉を失ってしまう。
純白の壁にステンドガラスの窓が規則正しく埋め込まれており、窓の枠には細かな細工がしてある。
玄関の前には階段が三段ほどあり、一段一段陶器でできた小人が壺を抱え花を咲かせている。小人には色がついていないが、まるで生きているかのようにいきいきとした表情をしている。
屋根は空を反映したような青色で、緑に囲まれている中で大きな存在感を醸し出していた。
城の国の宮殿、とまではいかないが、この豊かなアスパラ村でもめったにお目にかかれないような大きさだ。

「すっ…げぇ」
「でかいな…」
「おいデンケ!ステンドグラスだ…俺初めてみたぞ!」
「うおお玄関には小人がいるぞ!」
「めっちゃ壁真っ白!」
「小人!」
「屋根もすげぇ真っ青!」
「小人!」 

二人は興奮し、気が済むまで騒いでいたがふとあることに気づく。

「ここ、掘り返した跡がある」

デンケが指さしたのはその建物から少し離れたところだった。
そこにも小人が一体佇んでおり、持っている壺には花は植えられていない。
玄関にある三体の小人とは違ってその小人だけは無表情であった。

「あまりいい雰囲気ではないよな」
「…墓か?」
「おい掘り起こそうとすんなよジェス。骨が出てきたらどうする」
「俺たちもこの中に埋められたりな」
「お前と?だめだ俺耐えられそうにない」

若干冗談も交じっているが、表向きな場所ではないところというのは確かだろう。
不自然なそこは、誰かの墓なのだろうか。

「…気になるな」
「ああ。特に俺は小人の無表情さがな」
「……」
「やめようぜこんなこと。それよりも早く宿主に――」
「動くな!!!」

好奇心旺盛なジェスは何処からか拾ってきた木の枝でそこを掘り起こそうとしていた。
そんな彼にデンケは忠告をしようとするが、その前に鋭い声が二人に降りかかる。

「誰だ…?」

二人の前に現れたのは一人の女性だった。
デンケと同じくクリーム色の髪は短く、自然に生えている眉は吊り上っており、すらっとした鼻筋の両隣にある大きな青色の眼は鋭く二人を捉えている。

「今すぐここから出ていけ」
彼女の胸元にある木の枝のペンダントは、二人に彼女がここの宿主であることを瞬時に理解させるのには十分だった。

「アンタここの宿の主だろ?俺たち今日宿がなくて困ってるんだ。泊めてくれると――」
「宿?ここは私の家だ!さっさと出て行け!」
「ぶははっ!さっきからデンケさえぎられてばっかだな!うおっ」
「ぶはは大丈夫かジェス女にやられてやんの」
「早く出てけって言ってんだろ!!」

落ちている木の枝を投げつけられながらも笑う二人に彼女―――ドニは、小人まで投げようとする。
「ちょ、待てそれはダメだ!!」
「たんま、たんま!」

・・・

ドニが二人を無害な存在だということを理解するのにはそう時間はかからなかった。
二人は小人を投げようとするドニをどうにかおさえ、ここに至るまでのいきさつを話したのだ。

「アスパラ村のおやっさんが…?」
「おう。なんだ、知ってるのか?」
「知ってるも何も……」

そう言葉を濁すドニにジェスとデンケは顔を見合わす。
少なくともあの宿主は彼女と顔見知りであるようなことは言ってはいなかった。

彼女が無色主義であるが故なのだろうか。

「とりあえず中に入って。私の家は宿ではないけど、人二人泊めるくらいの広さだけはあるから」
今日はアンタ達を泊めてあげる。そう言うドニにジェスは家を見上げた。

「百人は泊められる広さだろ…」

6

ドニの家はとにかく広かった。
玄関から入ると出迎えたのは大きな木のオブジェ。それが何を表しているのかは分からなかったが、めったに見ないそれに二人は心を弾ませた。
「すげぇ…」
きれいな玄関に並ぶ二つの汚い靴はどこからどう見ても異様だった。

「どう?意外にシンプルな家だろ」

そんなことはない、と思ったが家の外見からすると確かにシンプルである方だろうか。通された広い客間には木のテーブルと椅子しか置かれてなく、壁には誰が描いたのだろうか、風景の絵が何枚か額縁に入れられ掛けられているだけである。
物足りないといえば物足りないが大きな窓から入るおとなしい風がこの空間を満たし、心地よい雰囲気を醸し出していた。

「家具はほとんど売ったんだ。この家は三階まで部屋はあるんだけど、こことキッチンと私の寝室以外はもう者の抜け殻と言っていいほど何もないんだよね」

お茶入れてくるからそこに座ってて。そういってドニは客間から出て行った。
「…なぁ、ジェス」「…なんだ、デンケ」

二人は椅子に座ることもせずただそこに佇んでいる。
「俺、初めてこんな豪邸に足を踏み入れたんだけど」
足、すっげぇ震えてやがる。
そう言うデンケの足は言うとおり震えていて、若干内股気味であった。
「ぶはははははは何その恰好お前ダサいな!!」


二人の喧嘩が始まったのは言うまでもない。
そしてその罵声を聞き駆けつけたドニに怒られるのはもうすぐのこと。

・・・

「二人はずっと一緒に旅をしているのか?」
「いや、ずっとと言うよりは今回からだ」

ずっ…とお茶を飲むドニの問いに答えるジェスだが、その丸く低い鼻からは血が垂れている。

「今回から?それまでは二人何してたんだ?」
「俺もデンケも旅族の一員だったさ」
「タビゾク?」
「その名の通り旅する族だ。そこで俺とジェスは出会った。俺はもともと下っ端で九年前に入っていたんだがそのあとにコイツが去年になって入ってきてな」
「いやあ懐かしい」
「俺が入ってた時は皆四十五十そこらだったから十年たつとその旅族はもうジジィの集まりみたいなモンになっちまってよ」

目の周りに青いあざをつくっているデンケがため息をつく。
ジェスはどこか遠くを見ていた。

「大変だった…あのときは…」
「そ…そんなに大変だったのか…?」

どこかうつろな瞳でつぶやくジェスにドニは固唾を飲む。

「きったねぇジジィ共のくっさい洗濯物を毎日毎日洗ったりくっさい荷物持たされたり笑えねぇ冗談でくっさい靴下を嗅がされたり…」
「お前なんかまだいいほうだろ…俺なんか九年もずっとだぜ…?」
「お互い苦労したよな…」
「そうだな…」

「そ…そうか……それは大変だったな…」
お互い意気消沈として昔を語り合う姿をドニはどう声をかけていいのかわからず、ただずっとその旅族で一緒だった親父共への愚痴を二人の気のすむまで聞かされるのであった。

寝室

寝室

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-20

Copyrighted
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Copyrighted
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