すーちーちゃん(14)

阿門 遊

十四 桜の三月

「皆さんに、残念なお知らせがあります」
 担任の川崎先生が教壇に立った。
「龍野子さん、前にいらっしゃい」
 あたしは、隣の席のすーちーちゃんの顔を見た。すーちーちゃんは、いつものように、微笑をたたえている。すーちーちゃんが横井先生の隣に立った。
「龍野子さんは、お父さんの都合で、この三月で引っ越して、別の学校に行くことになりました。折角、お友達になったのだけれど、残念です。それじゃあ、龍野子さん。クラスの皆さんに、ひと言、言ってください」
 すーちー笑顔はいつもの通りだ。
「皆さん、この一年間、仲良くしてくれて、ありがとうございました」
 ぴょこんと、ほんとに、ぴょこんと、頭を下げた。口からは、あの可愛い八重歯がきらりと光った。出会った時と同じだ。
 みんなが拍手する。だけど、あたしは、突然のことに驚き、体が固まって動かなかった。もちろん、拍手なんかできない。すーちーちゃんが隣の席に戻ってきた。
「すーちーちゃん、本当に引っ越すの?」
 嘘だと言って欲しかった。
「うん。昨日、急に決まったの」
 すーちーちゃんはあたしの顔を見た。
「そうなんだ・・・・」
 あたしは、もう言葉がなかった。
 帰り道、すーちーちゃんと一緒に帰る。いつものような楽しい会話はない。お互いに黙ったままだ。神社に着いた。すーちーちゃんの家だ。このまま別れたくない。
 あたしは、すーちーちゃんと一緒に、鳥居をくぐった。神社の本殿の前に立つ。すーちちゃんが階段を上がる。扉が開いた。竜太郎君だ。
「お姉ちゃん、お帰り。あっ、さやかちゃんだ。ママ。さやかちゃんだよ」
 竜太郎君が奥に引っ込んだ。その後から、すーちーちゃんのママが顔を出した。相変わらず、色白で、きれいだ。今日は特別に、色が白いように思えた。
「あら、さやかちゃん。短い間だったけど、すーちーと仲良くしてくれてありがとう。ほんとうは、家の中に入ってもらいたのだけど、引っ越しの準備で、荷物でいっぱいなの。ごめんね」
 すーちーちゃんのお母さんが軽く頭を下げた。
「いえ、いいんです。お忙しいのに、お邪魔してすいません。じゃあ、あたし帰ります」
 あたしは、すーちーちゃんに小さいバイバイをした。神社の鳥居の所で、振り返ると、お母さんや竜太郎君はいなかったが、すーちーちゃんがあたしの方を見つめていた。あたしは、今度は大きく手を振り、バイバイと大きな声を上げた。
 翌日、あたしは神社に向かった。すーちーちゃんの家だ。鳥居をくぐり、本殿の前に立った。ひっそりとしている。あの、「お姉ちゃん」と叫ぶ、元気な竜太郎君の声も、「こらっ、竜太郎」と叱る、すーちーちゃんの厳しい声もしない。
「あら、小さいのに、熱心だね。お参りかい」
 境内の掃除をしていたおじいさんが箒を履きながら尋ねてきた。
「ここで、住んでいた、すーちーちゃんは、もう、引っ越ししたんですか」
 掃除のおじいさんは、不思議そうな顔をしながら、「ここは小さな神社だから、社務所には誰も住んでいないよ」と答えた。
「でも、あたしの友だちのすーちーちゃんは、昨日まで、この本殿に住んでいたんです」
「本殿は、お参りする所だから、人なんか住めないよ」
「いえ、昨日まで、確かに、それも一年間、友達が住んでいたんです」
 あたしがあまりにも真剣だったせいか、おじいさんは手を休め、ポケットからじゃらじゃらと鍵を取り出すと、本殿の扉を開けた。
「ギ―」という音がした。
「もう、古いから建てつけが悪いんだよな」
 おじいさんが誰に言うでもなく、一人、呟いた。
「上がってもいいですか」
「どうぞ」
 あたしは靴を脱ぐと、本殿の中に入った。
「年、数回しか入らないから、少し湿気ているだろう」
 おじいさんは、窓を開けた。あたしは、祭壇の後ろに回った。確か、ここから、部屋がつながっていたはずだ。 だけど、祭壇の裏には、どこを探しても、扉はなかった。
 おじいさんは、あたしが本殿の中を探し回っているのを見て、「ほら、誰も住んでいないだろ。まあ、住んでいるとしたら、神様だろうかな」と言った。
 神様か。だけど、すーちーちゃんも、竜太郎君も、神様には見えなかった。
「おじいさん。ありがとうございました」
 あたしの頭の中は何がどうなっているのかわからず、こんがらがっていた。でも、いつまでも、ここにいる訳にはいかない。あたしは、礼を言うと、本殿を出た。靴を履き、神社の境内を一周した。
「バサバサバサ」羽の音だ。
 あたしは空を見上げた。本殿の屋根の黒い物が動いた。何かの生き物だ。
 鳥かな。
 あたしは、黒い影を見た。黒い影が、突然、あたしに向かってきた。それもふたつ。
「きゃあ」
 あたしは思わず、叫び声を上げた。黒い影はあたしの目の前を通り過ぎて、真上を飛んで行った。ふたつの黒い影は、互いにじゃれあうかのように、空中で交差している。
「こうもりか。家に帰りそびれたのかな」
 知らない間に、あたしの横におじいさんが立っていた。
「こ・う・も・り・・・」
 空はまっかだった。すーちーちゃんの大好きな色だ。あたしはいつまでも、二匹のこうもりが飛んでいった空を見つめていた。

すーちーちゃん(14)

すーちーちゃん(14)

ある日、転校してきた少女は吸血鬼だった。 十四 桜の三月

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-28

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