大学ノートの終始事情 FILE:03.Circus。

大学ノートの終始事情 FILE:03.Circus。

今でも私のここにはお化けが住んでいる。

 今日は何もない日でした、まる。
 えーっと、提出物がありましたね。英語です。次の授業で小テストでしたっけ。それと数学のワーク。129ページ丸っとでしたね。帰宅次第終わらせましょう。
 授業以外では新聞部の次の冊子のアイデアを考えておかなくちゃ。次のコラムは図書委員推薦図書の特集も兼ねてましたっけ。帰りに図書室にもよりましょう。
 それと生徒会の活動。生徒会の書記報告も先生に提出。提出物の多い日です。
 今日も変わらない日です。
 ああ、でも一つ変わったことがありました。遠縁の親戚の要君がまたロシアに帰るそうです。さびしくなっちゃいますね。
 でも、今日も変わらない日でした。これは本当です。


――私のここにはお化けが住んでいます。


 母上様はよく私にこう云いつけました。
 『嘘をつかない誠実な人間になりなさい。礼儀正しい、お辞儀の美しい人間になりなさい。』
 幼い私にとって、その言いつけは守るべき当たり前の事。だって綺麗な世界ではそれが当然のことで、当たり前で、そうあってしかるべきだと誰もが言いました。
 ですが、社会に出た私が真っ先に目にしたのは、嘘をつく大人でした。


――私のココにはお化けが住んでいます。


 子どもは大人を真似して嘘をつきます。大人は大人で嘘をつきます。先生もテレビも絵本もみんな嘘をつきます。
 世界は嘘吐きでした。
 私は嘘をつかなくても、世界は平気で私に嘘をつきます。本当は当時の私くらいの子供は気づかないようなウソでした。ですが、私は不幸にも、聡明であるように育てられていました。
 嘘つきだらけの世界が怖くなった私は知識の世界に逃げ込みました。積み重ねた知識は、叡智は私に嘘をつかなかったからです。
 知識の世界に逃げ込んだ私を見かねてか、ある日母上様は私をたまたま町を訪れていたサーカスに連れて行きました。
 色んな催し物をしていたように思いますが、覚えているのは一つだけ。
 ステージの真ん中に置かれた大きな檻の中のピエロ。ステージ上を歩く二匹のライオンに檻越しに囲まれて尚、お道化て芸をする道化。


――私のココにはオバケが住んでいます。


 それを見た私は思いついたのです。檻の中にいれば、猛獣に食べられることはないのだと。
 そして私は、檻を作ることにしました。
 "桐生礼美"と言う檻を。


――私のココにはオバケが住んデいます。


 それ以来、私は一度も笑顔以外の表情を人に向けなくなりました。笑顔の檻の中にいれば、食べられることはないのです。
 人当たりの良い良い子。笑みを絶やさない明るい子。真面目な子。手当たり次第に、人に良い印象を与える要素、あるいは強くイメージとして残りやすい要素を身に着けては檻として纏って行きました。
 例えば生徒会。例えばクラス委員長。例えば料理下手……。
 出来上がった檻に何重にも貼ったレッテルの底の底に本当の自分を隠して、出来上がった"桐生礼美"。
 化粧を塗り過ぎたピエロの様だ、と思ったことを今でも覚えています。


――ワタシのココにはオバケが住んデいます。


 そんな私を周囲は多少は不気味に思えど迎合しました。私はそんな彼らを取り込み、また自身の檻の一部に組み込んで行きました。
 そうして出来上がったレギオン。人を動かす術なき術。それが私の唯一の武器でした。
 笑顔以外の表情を表に出さないことは非常に簡単な事でした。
 誰にも期待をしなければいい。そうすれば失望することもない。憤る事も、怒る事も、悲しむこともない。淡々と受け止めるだけ、そうでしょう?


――ワタシのココ にはオバケが住ん デいます。


 本当の私は誰も知りません。私自身にもわかりません。
 ただここにいるのは"桐生礼美"と言う取り換えの効く外殻だけ。



――ワタ シ  ココ に オバケが住 ん デいます。


「零花ーっ! 置いてかないでよー!」
「ありゃー? 遅いですよまりちゃんー」
「アンタが歩くの早いんでしょ!!」
「ふふり、ごめんなさいです」
「もー……。で、今日は図書室寄るんだったよね?」
「はい、本を借りて帰らないとー」
「真面目なんだから……」
「うふふー」



 私のここにはお化けが住んでいます。内緒ですよ?
 臆病者と言うオバケがね、囁くんです。
 【みんな君のことが嫌いだよ?】
 それは分かりきっていることです。ずっと昔からそうだろうと思っていることです。だから私は今日も笑うのです。
 私はピエロ。嫌われても構わない、蔑まれても意味はない。だって皆が馬鹿にするのはこの化粧と檻の事だもの。
 わたしはピエロ。お道化を辞めたら、きっとライオンに食べられてしまうから。
 ワタシはピエロ。だから道化を続けるの。滑稽で構わない、永遠の曲芸をせめて曲が止むまでは。


――今でも私のここにはお化けが住んでいる。

大学ノートの終始事情 FILE:03.Circus。

大学ノートの終始事情 FILE:03.Circus。
 あるピエロの前日談と後日談。

大学ノートの終始事情 FILE:03.Circus。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-28

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