小説株式会社
「お宅のネタ、最近、鮮度が落ちたんじゃないの?」
着想課の仕入れ係からそう言われ、『ネタ元』という刺繍の入った作業服を着た男は、頭をかいた。
「すいません。近頃不作続きでして。かと言って、二次ネタはお上が厳しくて使えないもんで」
「しかしなあ。今時、こんな古くさいネタじゃ、少々細工したって売れないよ」
「本当にすいません。次はきっと、ピチピチした活きのいいのを見つけてきますんで」
「頼んだぜ。今回はしょうがねえから、これをもらっとくよ」
仕入れ係はそのネタに『暫定』という赤いスタンプを押すと、構成課へ回した。
受け取った構成課の筋書き係は頭を抱えた。
「何だ、これ。こんなネタで、ストーリーなんか作れるかよ」
すると、そこを通りかかった調査課の時流観察係が、筋書き係に声をかけた。
「どうした、難題かい?」
「ああ、ヒドイもんさ。こんなネタで一本なんて、無理だよ」
「どれどれ。うーん、こりゃヒドイな。だけどまあ、舞台を異世界ってことにして、少々辻褄が合わないところがあっても、『そこが異世界なんです』ってことにすりゃいいんじゃねえか」
「だめだだめだ。その手は、こないだ使ったよ。まあ、別の手を考えるさ」
筋書き係はなんとかストーリーをひねり出し、試作課の下書き係に手渡した。
下書き係は斜め読みしながら、フンフンとうなずいた。
「ちょっとストーリーに無理があるな。まあ、おれには関係ないけど」
下書き係はそのストーリーを、小学生の作文に毛が生えた程度の誤字脱字だらけの文章にして、推敲課に内線FAXで送った。
受け取った推敲課の錬成係は、苦行僧のような表情になった。
「どうせ書き直されると思って、雑な文章を書きやがって」
錬成係は、髪をかきむしり、四苦八苦して、どうにか読める文章に変えた。それをプリントアウトし、封筒に入れて校正課に持って行った。
校正課の奥の、何冊もの辞書に埋もれたようなデスクに、添削係がいた。度の強いメガネ越しに、錬成係の封筒を睨んだ。
「ふん。どうせくだらん話だろう。そこに置いといてくれ」
錬成係はちょっとムッとした顔になった。
「確かに話はくだらんが、一応読める文章にはしたつもりだ」
「どうだかね。前々から言ってるように、気取った美文なんか、今時流行らんぞ」
「あんたに言われる筋合いはない!」
二人の間に険悪な空気が流れたため、たまたま居合わせた販売課の売り込み係が割って入った。
「まあまあまあ、ご両人、落ち着いて。もう少し、柔らかく行きましょうよ。それでなくても、文章が硬いとか、肩が凝るとか言われてるんです。もう少しくだけた言い回しで、横文字なんかも混ぜちゃってくださいよ」
二人は余計に激昂し、三つ巴の争いとなった。
それを横で見ていた反省課の自己評価係がつぶやいた。
「小説って、こんなことでいいの?」
(おわり)
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