今日の晩ごはん なに?
世界中の全ての妻や母親達を奈落の底に突き落とす言葉は、今日の晩ごはん なに?であるー
ー 20世紀のある有名な詩人の名言ー
仕事や学校から帰って来た夫や子供が最初に発する言葉は「ただいま」ではなく「今日の晩ごはん なに?」が大多数を占めている。妻や母親達はその言葉を聞き、私はあなたの飯炊きおばさんか、と溜息を零す。一日中洗濯や掃除の家事に追われ、専業主婦でさえもこの言葉を聞くとウンザリし、仕事をしている妻や母親なら尚更ウンザリする。ウンザリしながらも精一杯の笑顔を作り晩ごはんのメニューを告げると、嫌いなメニューや簡単なメニューだと夫や子供はあからさまに嫌な顔をする。夫や子供が心の中で舌打ちする音が聞こえてくる様だ。なんだこれか、またこれ?
私だって忙しいのよ、毎日手の込んだ晩ごはんは作れない。大体晩ごはんを作っても感謝もされない。美味しい、いつもありがとう、と言ってくれた事がある?妻や母親達は不満を感じているが、夫や子供は妻や母親は晩ごはんを作って当たり前、と思っている。
作って食べて洗う、作って食べて洗う。単純な様に見えて実はとても手間のかかる作業。毎日それの繰り返しー全ての妻や母親達は疲れていた。果たして料理を作る必要はあるのか?空腹を満たすだけなら買ってきた総菜を並べるだけで充分なのではないか?いや、買ってきて並べる意義もないー
全ての妻や母親達のストレスを解消する為にレボリューションフード(通称RF)なる画期的な食べ物が開発された。パックに詰め込まれた全ての食品をゼリー状にした飲み物。片手で持ち、口で吸い込むだけであらゆる栄養素を補充する事が可能になった。RFの発売を仕事や学業に追われる夫や子供達は大いに喜んだ。朝ごはんを食べる為に朝早く起きなくて済む!通勤や通学途中に電車やバスの中でRFを食べる?飲む?否、吸い込むだけで良いのだ。晩ごはんもRFがあれば妻や母親に嫌味を言われながら嫌々作ってもらわなくて済むのだから。
RFの普及を一番喜んだのは無論、妻や母親の女性達だった。晩ごはんの献立で頭を悩ませる事もない!料理を作らなくて済む!食器の後片付けをしなくていい!万歳、RF!
そして飽きる事が無い様にRFにはあらゆる味のバリエーションが用意されていた。ハンバーグ、焼き肉、スパゲティ、唐揚げ、野菜好きの方はサラダ味は如何?デザートには果物、スイーツ、老人の方は煎餅味は如何?
やがて世界から料理という言葉が消えた。昔の人達が空腹を満たす為に薪で白米を炊いていたという事実に人々は驚愕する。何て無駄な時間の使い方だろう。牛を焼いて食べる?魚を刺身で食べる?何て気持ちの悪い行為なのだろう。何故なら今の私たちにはRFがあるのだからー
料理という言葉が消えたと同時に家族団欒という言葉もこの世界から消えた。空腹を満たす為、栄養素の補給の為だけにRFを摂取するのだから、家族が同じ時間に同じテーブルを囲む必要は無い。残業で遅くなった夫達はわざわざ時間をかけて家に帰らなくなった。家に帰るなんて時間の無駄、会社に寝泊まりしてRFを摂取すれば良いのだから。子供達は部屋にRFを持ち込み、片手にRFを持ちながら片手でパソコンやスマートフォンを操作する。家族との時間なんて無駄、友人や恋人との時間の方が大切なのだから。妻や母親達は料理からの開放感を満喫し、有り余った時間を趣味や仕事に費やした。家族の為に料理するなんて無駄、だって誰も感謝していないのだから。
家族団欒という言葉が消え、家族崩壊という言葉が世界から溢れ出した。誰かが誰かの為に料理をする、という事は当たり前の事だけれどとても尊い事だったのだと人々は気付き始める。家族崩壊の増大を阻止するべくRFも進化を遂げ、肉じゃが味(おばあちゃん風味)や、お味噌汁味(母親の味)等の新商品が続々と発売されたが夫婦の離婚や子供の非行の歯止めには何の効果も無かった。RFを摂取し続ける以上、家族とのコミュニケーションを取り戻すのは最早不可能の様に思えた。妻や母親の手作りの、家族の為に作ってくれる愛情のこもった晩ごはんを食べたい。例え嫌々料理していたのだとしても、家族の為に作ってくれていた晩ごはんを家族皆んなでー
徐々にRFの廃止を謳う運動が人々から起こり始める。今こそ!手作りの料理の復活を!家族一緒にテーブルを囲む食事を!家族の絆を取り戻そう!スローガンは皮肉にも世界中の妻や母親達が奈落の底に突き落とされていたあの言葉、「今日の晩ごはん なに?」だった。
今日の晩ごはん なに?