「謎」「写真」「磯辺焼き」
珍しく早い時間に家に帰ると、丁度誰もいなかった。
母は専業主婦で妹は帰宅部だから、一人きりというのは本当に久しぶりだ。
腹が減っていたから、台所で何かスナック菓子でもないかと探してみたが、見つからなかった。
仕方なく麦茶をコップに注ぎ、それをもってダイニングに向かう。母が戻ってくるのを待つとしよう。
ダイニングテーブルに麦茶を置き、座ろうとしたところで、あるものがテーブルに置いてあることに気が付いた。
それは一枚の写真だった。
白い皿の上に、2つの、醤油を塗って海苔をまいた餅――つまり、磯辺焼きが乗っている写真。
さらにそれには付箋でメモがついていて、こう書かれていた。
《今日のおやつです》
と。
なるほど、今日のおやつは磯辺焼きらしい。ボリューム感があるし、餅は好きだから大歓迎だ。しかし、そこで首を捻ることになった。
――で、一体どこにある?
テーブルの上には写真だけしかない。台所を探したときにも磯辺焼きなど見かけなかった。それ以外に食品を置くのに適している場所は、この家には存在しないだろう。
「ていうか、なんで写真なんだよ・・・実物でいいじゃん」
写っている皿には見覚えがあるから、おそらく母が自分で撮ったものなのだろう。そこまでして、一体何がしたいのかさっぱりわからない。
わからないが、写真を見たらやたらと磯辺焼きが食べたくなってきた。テレビで食レポとかやってるとそれが食べたくて仕方なくなることがあるけど、写真でも起こるものなんだな、これ。他のことを考えて気をそらそうとしているのに、口の中が醤油味になっていって止まらない。
・・・よし、探そう。もう待っていられなかった。
もしかしたら、さっきはさらっと見ただけだったから見落としたのかもしれない。そう思い、再度台所へ向かった。
「・・・やっぱないし」
戸棚の中も冷蔵庫の中も探したが、磯辺焼きの姿はどこにもなかった。餅と海苔はあったから、作れないことはないのだろうけど料理したことないからよくわからない。・・・・・・あれ、餅って何で焼くんだろうか。フライパンだっけ。
「諦めるしかないか・・・」
肩を落とし、もうこれでいいやと冷蔵庫に入ってたちくわの磯辺揚げでも食べておこうと取り出したところ、玄関が開く音がした。
母かと思ったが、廊下からひょっこり顔を出したのは妹だった。
「ただいま。こんなに早い時間にいるのは珍しいですね、兄さん」
「ああ、部活が休みになったから。おかえり」
妹は、俺が手に持っているものに視線をやった。
「間食に磯辺揚げ? 今日、おやつないんですか」
そうだ、妹なら何か知っているかもしれない。
俺は彼女にこれまでの経緯を話した。
写真を見た妹は、なるほど、とうなずいた。
「何かわかったのか?」
「ええ、もちろん。これは、クイズのようなものですよ」
俺は首をひねった。
「クイズって・・・問題文は?」
そう問うと、妹は不敵に笑ってみせた。
「では、この謎を解き明かしましょうか。兄さんは少し待っていてください。磯辺焼き、食べますよね?」
「え? うん」
彼女は、写真を持ったまま台所へ。その途中で、写真をゴミ箱に捨ててしまった。
「は? いいのかよ、捨てちゃって」
「まあ、黙ってみててくださいよ」
言われた通り黙って待っていると、妹が完成した磯辺焼きをもって戻ってきた。
「さ、できましたよ。食べましょう」
テーブルに置かれたそれは、さきほどの写真と同じ皿を用いており、数も同一だった。
「なんだ、結局あの写真は自分で作れってことだったのか?」
妹は答えず、黙って磯辺焼きに手を伸ばす。・・・とりあえず食べようか。
磯辺焼きはおいしかった。食べ終わると、お腹が満たされたせいかどうでもよくなってきた。うん、もういいや。満足だ。謎なんて解けなくてもいいじゃないか。
一人で満ち足りていると、妹はポケットからスマートフォンを取り出した。
「兄さんは知らないでしょうが、今、母さんはちょっとした遊びにはまっているんですよ。クイズというか、なぞなぞといったようなものに」
そして彼女はスマートフォンで、磯辺焼きの乗っていた皿の写真を撮った。そのあと少し操作すると、部屋の隅のプリンターが動き出す。確か、スマホからの遠隔操作ができるタイプのものだったはずだ。そして、一枚の写真を印刷した。妹は立ち上がってそれを取りに行く。
彼女は戻ってくると、その写真をこちらへ向けた。
・・・ただの食べ終わった磯辺焼きの写真じゃないか。
意図はまだ見えてこない。黙ったままの俺を見て、妹は一言付け加えた。
「この問題は恐らく、『写真の中の磯辺焼きを食べてみせろ』ってことだと思うんですよね」
あ。そうか、そういうことだったのか。やっとわかった。
もちろん、写真の中の餅を食べることは誰にもできない。だから彼女は、食べ終えた皿の写真を撮ることで、あたかも俺達が写真の中のものを食べたかのように見せかけたのだ。
妹は鞄から筆箱を取り出し、太いマジックペンを手に取った。
そして、写真へ直接何か書き込んでいく。
「これで謎解きは終了です」
写真には、こう書かれていた。
《ごちそうさまでした》
「謎」「写真」「磯辺焼き」
三題噺で不自然なところをなくすのって難しい。母親が・・・