あなたの声だけ聴こえない

ゆう

 どうして。Nは思う。
 
 2年A組。それがNのクラスだ。クラス全員で34人。そのうちNが友達だと思っているのは5人ほど。
その5人のなかのひとりがMだ。
 異変が起きたのは突然だった。
 休み時間にNはMを含めた3人の友達としゃべっていた。他愛ない、文字におこすほどでもないような話の最中、Nは異変を感じた。
 会話のなかに唐突に無音が挟まってくるのだ。
テレビを見ている時に、消音ボタンを押したように。
 Nは耳をとんとんと叩いた。するとちゃんと友達のひとりの声が届いた。
笑い声。どうやら、誰かが面白いことを言ったようだ。Nもとりあえず笑う。
だが、誰が、面白いことを言ったのか。どんな面白いことを言ったのかがわからない。なぜならその部分が聞こえなかったからだ。
 会話が続く。Nは少し黙って耳をたてた。
 するとやはり所々に無音が混ざることに気づいた。それはNの心をたまらなくざわつかせた。
他人が電話で話しているのを端で聞くのに似ている。片方が何を話しているかはわかる。しかし、電話越しの相手の声は聴こえない。電話をしているふたりは会話をしているから話も盛り上がるだろうが、端で聞いていると話の筋がわからないからもやもやする。
 そして端で聞いているNからして、電話越しの相手にあたるのは、どうもMのようだ。
Mか口から発せられる音は、Nに届かない。しかし、N以外の人にはちゃんと聞こえているらしい。
またしてもMが笑いをとったらしい。グループ内がわっと盛り上がった。Nを除いて。
 Nが難しい顔をしていることに友達たちが気づいた。次々に、どうした?大丈夫か?などと心配の声がNに向けられる。
Nはそれに応じる。平気だと。 
 だが、やはり、Mの声だけが聴こえない。MはしっかりNの顔をみて、そしてちゃんと口を開けて、そしてNに向かって言う。
「         」
 
 どうして。Nは思う。

 その日からMの声をNは聞いていない。たったひとりの声が聞こえななくなったことは、僅だがNの生活に歪みをもたらした。
 Mがいないときはいい。その時はしっかり聞こえる。空白は混ざってこない。
だが、Mが入ると、途端にNは難しい立場におかれることになった。
 Mの発した言葉を推測して会話をしないといけない。常の空欄を埋める問題を解いているようで、落ち着いていられない。
Nがどんなに気を配ろうと、やはり綻びは生じてしまう。
反応の遅れ。食い違う会話。
 Mと話すたびに起こるそれらの積み重ねは周囲の友達がNに対する不審を抱かせるには十分だった。
 全員の声が聞こえないならまだ事態は違っていただろう。
 Nが聞こえないのはMだけなのだ。そしてその結果、周囲からみればNがMに対して嫌がらせをしていると考えるのは、むしろ自然だった。
 Nは徐々にクラスの中で孤立していった。

 どうして。Nは思う。
 ひとりぼっちになって、考える時間だけはゆっくりとれるようになった。だが、いくら考えても答えなどでない。
こうしてまた休み時間が終わり、授業が始まった。
 教師の単調な声をNは聞く。
 ふいに教師がNを指名した。朗読をしろとのことだ。
Nは立ち上がり、教科書を読み上げる。
しかし、なぜか教師がそれを遮った。いらだちを隠そうともせず、ちゃんと読め、ふざけるな、と言う。
 Nはもう一度読む。クラスメイトたちがNを見る。ポカンとした顔で。あるいは不思議そうに。
 なんなんだ、一体。Nは気を取り直して朗読を再開した。

「          」 

あなたの声だけ聴こえない

あなたの声だけ聴こえない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-27

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