エミの改心
今、僕はサイテイなことをしようとしている。
冴えない大学生活を終え、始まったのはこれまた味気のない社会人生活だった。会社とぼろアパートを往復するだけの日々。そんな日々がもう一年も経とうとしている。春先で、晴天が広がっている。しかし、友人も恋人もいない休日を過ごすのは平日以上につまらない。
ある日の休日。僕はとうとう出会い系サイトに手を出した。
期待半分、罪悪感半分。僕は判決を待つ容疑者のような面持ちでケータイを握りしめて、ネットの向こう側の「彼女」からの返事を待った。
『エミです。16さいです。いくらで〈援助〉してくれますかぁ?』
「彼女」、エミからの最初の返事はこんな文面だった。
土曜日にメールのやり取りをし、そのまま日曜日には会おうということなった。
日曜日、僕は久しぶりにまともな私服に袖を通し、○○広場に足を運んだ。
賑やかなその場所は、休みと言うこともあってか、大勢の本物のカップルたちで賑わっていた。
僕は、サイテイなことをしようとしている。
膨らむ罪悪感を押さえ、それでもその場で、エミを待つ。
「すみません、×さんですかぁ?」
少し鼻につく、間延びした声。
すぐそばにエミがいた。高校生というには大人びているし、化粧も派手だが、悪目立ちするような格好ではない。そこらを見渡せば、どこにでもいそうな子、それがエミだった。
僕はエミにうなずき、×という名を名乗った。もちろん×というのは偽名だ。エミだって、たぶんそうだろう。
「じゃ、いきましょっかー」
エミはごく自然に腕を絡めてきた。僕の腕が彼女のむねに押し当てられる。しかし、エミはまったく気にした風もない。
それよりももっとスゴいことをこれから僕とエミはするのだ。
エミはよくしゃべる子だった。適当に見つけたファミレスでも話すのはもっぱら彼女だった。
「×さん、ぜんぜんわたしの話きいてないよねー」
エミは笑いながらそういった。僕はあわてて弁解する。
「いいよー、べつに、きにしてないし。、、、ごはんも食べたし、じゃ行こっか」
エミはそういって、席をたった。
どこに?なんて、デートの経験のない僕にだってわかった。だから僕は黙って頷いた。
安いホテルだ。けだるそうなおばさんから鍵を受け取り、僕とエミは部屋に入った。
「先にシャワーあびるねー」
エミはまるでコンビニにでも寄るような口調だった。
僕はベッドに腰かけた。
僕はサイテイなことをしようとしている。
こんなこと、していいわけがない。彼女は高校生だ。これは、犯罪だ。
僕も彼女もいま、地獄に片足を突っ込んでいる。
「あれぇ?×さん、まだ服着てるんですかぁ?やだなぁ、いまさらもじもじされてもこまりますぅ」
エミはそういって僕のベルトに手をかけた。ずいぶん手慣れている。エミがどれだけ「場数」を踏んでいるかがうかがえる。
僕はサイテイなことをしようとしている。エミも、そうだ。
止めるなら、今しかない。
僕はエミの手を払った。
「もうやめるんだ。こんなことは!」
エミは目を丸くしている。僕の中の罪悪感は、正義感に姿を変えた。
「君は、高校生だろ。こんなことしてちゃだめだ。ちゃんと学校に通って、勉強して、まっとうに生きるんだ。君は綺麗なんだから、この先きっといい人に出会える。こんなことを続けていたら、そのとき絶対に後悔する!だから、だから、、、!」
僕は一息に言い切り、はあはあと息をついた。
「だから、こんなことすんなっていいたいわけぇ?」
エミは鼻につく声で呟いた。
僕は頷き、エミの目をまっすぐに見つめた。ひとの目をちゃんと見るなんて久しぶりだ。
しかし、エミは僕をまるでゴミでもみるような冷めた目で睨み付けた。
「なんだよ、あんたなにさまぁ。てか、自分の立場わかってんのぉ。あんたは、あたしを買ったんだよ。いまさらキレイゴトいって、いいひと気どり?ふざけんなっつーの!あんたみたいなイイヒト気取ったやつより、欲望まるだしのやつのが100倍ましだっつーの。、、、、わかった。あんた、かね払うのが惜しくなったんでしょ」
僕は、財布から、エミと取り決めていた額以上の金を出し、彼女に握らせた。
「これだけあればしばらくゆっくりできるだろ。だからゆっくり考えるんだ、今後の君の人生を」
エミは金を奪うように取り上げた。
「出てってよ!きがえるだからさ!」
僕はサイコウのことをした。
そうだ。こんな間違ったことをするなんて、バカらしい。まっとうに生き、そして道を踏み外しそうなひとには手を差しのべる。これこそが人生の意味だ、生きるというとこの意義だ。
僕は自宅で久しぶりの充実感とともに眠りについた。
月曜日、いつもより早く出社した僕の気分は最高だった。いいことをしたという充実感は消えない。
ハイな気分は朝礼時にも続いていた。
長々と続く部長の話も、終盤に差し掛かった。
「、、、さて、最後に今日から入社することになった新人を紹介する。じゃあ、意気込みをどうぞ」
地味な制服に身を包んだ、「新人」が朝礼台にあがる。
「えーとぉ、みなさん、今日からよろしくおねがいしますぅ」
少し鼻につく、間延びした声。
「彼女」はぺこりと頭をさげた。そして頭をあげたとき、僕と目があった。
「ほんとうに、よろしくおねがいしますねぇ」
にんまりと、粘っこい視線が僕に絡み付いた。
僕は、サイコウのことをした。、、、はずだ。
エミの改心