氷の惑星

「最近、やたらと氷震が多いな。もしかして、また氷山が噴水するんじゃないか」
 隊長にそう尋ねられた氷質調査班のチーフは、うなずいた。
「ええ。有感氷震の間隔がだんだん短くなってきています。大規模な噴水の可能性がありますね。撤収の時期を考えた方がいいかもしれません」
 隊長は唇を噛んだ。
「うーん、惜しいな。もう少しで生物が発見できるかもしれんのに」

 元々この恒星系には生命の可能性は低いと見られていた。母星が三連星で引力が安定しないため、大きな惑星は形成されずに、無数の小惑星が複雑な軌道を回っている。地球から調査隊が派遣されたものの、めぼしい鉱物資源も見つからず、調査は早々に打ち切られる予定だった。
 そんな時、生命反応のある小惑星が見つかり、調査隊は色めきたった。99パーセント水でできた、比較的大きな球形の小惑星で、表面は厚い氷に覆われているが、内部には大量の液体状の水があるようだ。生物がいるとすれば、その中だろうと思われた。
 着陸すると、山脈のような氷の山々が連なっており、中には地球の火山のように活発な活動をしているものもあった。もっとも、噴出するのは溶岩ではなく、シャーベット状の氷が混じった水だった。やはり、小惑星の内部に液体状の水があるのだ。
 調査隊の生物学者は最年長の老人だったが、率先して探査に加わり、内部の海の水(といっても塩分は含まれず、ほぼ真水)を分析した。その結果、有機物やDNAらしきものが検出されたが、肝心の生物は一向に発見できなかった。生物学者は、なかなか成果が上がらないためかイライラし、「そんなはずはない」とか、「もっと深く潜らないと」とか独り言ばかり言うようになった。だが、深海に潜るようなことは今回の調査では想定外で、もちろん、潜航艇も用意してきてはいなかった。

「隊長、ちょっといいですか」
 話しかけてきたのは、若い惑星物理学者だった。
「どうした、何か発見したか?」
「あ、いえ、生物の調査は、ぼくの管轄外です。そうではなく、この小惑星の軌道のことなんですが」
「軌道がまたズレてきてるのか?」
「ええ。母星の引力のせいです。それが、最近の氷震の原因かもしれません。このままだと、最悪」
「どうなる」
「小惑星が壊れてしまうかもしれません」
「うーむ」
 隊長は腕組みをして、天を仰いだ。
「やむを得ん。調査は打ち切りだ。撤収しよう」
 その時、調査隊の仮宿舎がバラバラになりそうな大きな揺れが来た。
「氷震だ!でかいぞ!全員宇宙服を着用し、ただちに調査船に乗り込め!撤収だ!」
 慌ただしく、全員が避難していく中、老生物学者はフラフラ歩きながら「そんなバカな。あり得ない」とつぶやいていた。
「何をやってるんですか!早く避難してください!」
 隊長に怒鳴られて我に返った生物学者は、熱に浮かされたように叫んだ。
「発見しましたぞ!間違いない!」
「え、何をですか?」
「もちろん、生物です!」
「わかりました。後日改めて調べましょう。今はとにかく、一刻も早くこの小惑星から離れないと!」
「そうか。うん、そうだ。宇宙に出た方がいい」
 尚もブツブツ言う生物学者を別のスタッフに任せ、隊長は他に誰も残っていないか確認し、自らも調査船に乗り込んだ。
 また、大きな揺れが襲ってきた。
「発進しろ!」
 調査船は急上昇し、一旦、小惑星を周回する軌道に乗った。いつでも戻れるようにだが、さらに危険な状況になれば、もっと離れるか、帰途に着くしかない。
 隊長は気になっていたため、生物学者をコックピットに呼んだ。
「生物を発見されたということでしたが、やはり、単細胞生物ですか?」
 隊長の質問が理解できないように、ボンヤリしていた生物学者が、ハッとした。
「そうか!そうとも。単細胞だ。何故気が付かなかったんだろう」
「え?何をですか?」
 隊長を無視するように窓を見ていた生物学者が、外を指差した。
「ごらんなさい」
「こ、これは」
 隊長が見たものは、真っ二つに割れていく、小惑星の姿だった。それを一緒に見ながら、生物学者がささやくように言った。
「そうです。今まさに、細胞分裂してるんですよ」
(おわり)

氷の惑星

氷の惑星

「最近、やたらと氷震が多いな。もしかして、また氷山が噴水するんじゃないか」隊長にそう尋ねられた氷質調査班のチーフは、うなずいた。「ええ。有感氷震の間隔がだんだん短くなってきています。大規模な噴水の可能性がありますね。撤収の時期を考えた方が...

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-26

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