秘密。

秘密。

初恋は、

物心付いた時から、私には誰にも言えない秘密が在りました。
私の周りの女の子は、すこうしマセている…とでも云うのでしょうか、如何にも色恋に関して敏感な子が多かった様な気がします。小学一年生の時分からもう「○○ちゃんは××君が好きらしい。」「□□ちゃんと△△君は付き合っているらしい。」「あの先輩はもう経験済みらしい。」そんな噂が嬉々として飛び交う様な。そんな環境の中で、私一人が何時も取り残されている様な、違和感。

そう、私は男の子に全くと云って良い程、興味が無かったのです。

その事の何がいけないのかは判りませんでしたが、何となく口に出してはいけない様な。早熟な彼女等にこんな事を悟らせてはいけない様な認識が幼心にありました。
きっと自分にだって何時か好きな男の子が出来て、皆と同じようにあの輪の中に入ってはしゃげる時がくる。そう、信じていました。
結局、そんな日は一度も訪れないまま迎えた小学五年生の、夏休み直前のとても暑い日。

「今日からこのクラスで半年間一緒に勉強する事になった、転校生だ。皆仲良くしろよ。」

先生の紹介もそこそこに教室の引戸を開けてやって来た転校生。御世辞にも美少女と云った風貌では無いものの、何処か不思議な雰囲気を纏った少し背の高い(この年頃にしては自分も背が高い方であったけれどそれよりも数センチ程大きい位の)スレンダーな女の子が教壇に立って居ました。
転校生なんてそうそう頻繁に訪れるものではありませんから、勿論私も初めてで、未知との遭遇をしたクラスメイト達は途端色めきます。暑い中憂鬱な気分を持て余していたのだから、余計に。

「初めまして、××市から来ました。斉藤(サイトウ)柚葉(ユズハ)です、宜しくお願いします。」

凛としていて、よく通る心地の良い声でした。私の中で何かが震えたのを、今でも鮮明に覚えています。珍しい事への好奇心等ではない、電撃が走る様な。それはもう、あの時の快感と云ったら。暑さの所為ではない顔の火照りを覚えながら私は恥ずかしくなって俯いてしまいます。大人になった今だから判るけれど皆が瞳を輝かせて彼女に視線を向けている中一人机と睨めっこしている私の姿は教壇に立つ彼女の目にもよく目立ったことでしょう。

私は、一目で彼女に、…女の子に、恋をしてしまったのです。

戸惑い。


決して友達は少なくなかったと思います。男の子に興味が持てない以外は至って平凡な何処にでもいる女の子の様な気がしていました、この時までは。
好き?私が?女の子を?今、一目見ただけの、あの娘を?
机とにらめっこを決め込みながら、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を一つずつ消化しなければ、この火照った顔をどうにかしなければ、もう何処にも行けない様な気がしていました。精神的にも物理的にも。膝に置いた手が震えて何時の間にかスカートを捉えた指先でそこに深い皺ができるのを感じながら、焦る一方で私を放って時間は過ぎていきます。彼女の良く通る綺麗な声が自己紹介をしていた様にも思えましたがそんなものを気にしている余裕なんて私には有りませんでした。どんなに、どんなに考えても頭の中を占めるのは好きだという感情ばかりで、一体全体どうしたのか自分はとんだ馬鹿野郎になってしまったのか、気持ちの整理も付けられないまま俯く私を先生が呼び付けました。

「委員長、おーい、学級委員!お前今寝てただろう、本当に呑気な奴だなぁ。まあいい、今日のホームルーム後、斉藤(サイトウ)に校内を案内してやってくれ。寝ていた罰だ。」

「?!」
私の混乱は余所に担任教師(少しばかりデリカシーの無さの目立つ体育教師)は何時もの白い歯を見せて笑いながら言い放ちました。今学期の学級委員長はじゃんけん大会で大敗した私だったのです。後名誉のために言っておきますが決して寝てなんていません先生。嗚呼もうクラスメイトだけではなく、彼女まで笑ってるじゃないですか、今年最高潮に赤面しているのでは無いかと思うほど顔が熱い。揺れた視線の先ふと目があった彼女がゆっくりと口を開きました。「よ、ろ、し、く、ね。」声は聞こえませんでしたがその様に動いていたと思います。私は馬鹿みたいに大きく首を縦に振るしか出来ませんでした。やっぱり、頭には好きの文字しか浮かびませんでした。

来る放課後。一日の授業が全く頭に入らなかった私もホームルームで先生と終業の挨拶を交わすその頃には大分落ち着きを取り戻していて、彼女が近隣の座席に配置されなかったことだけが救いだ、やはりあんなものは珍しい転校生を初めて見た衝撃による勘違いなのだと自分の中で片を付ける事に成功していました。そうなると何だか滅多に経験する事の無いであろう『転校生の案内係』と云う任を命じられた事が誇らしく思えるようになってきて意気揚々と転校生の元へ校内探検の誘いを掛けるため席を立ったその時。

「委員長、」

先手必勝とでも云うのでしょうか彼女が私の目の前に。思惑通りか否か驚いて腰を抜かし再び座席に舞い戻る私を見て人懐っこそうに笑いながら全然悪いとは思って居なさそうな謝罪の言葉と共に差し伸べられた手を取りながら私の心臓は驚きの所為だけではない感情に跳ね上がっていました。

「そんなに驚くと思わなくて。校内、案内してくれるんだよね。宜しくお願いします。」

涙目になって失礼なほどの爆笑をかましながらも述べられる言葉の凛とした響きは変わらずで。思わず聞きほれてしまいそうな気持ちを抑え一言宜しくね、と返して名残惜しさに後ろ髪引かれる自分に戸惑いながら手を離しました。

――…人との触れ合いでこんな気持ちになるのは、当時の私には初めての事だったのです。

秘密。

秘密。

女性同士の恋愛描写が含まれます。御注意下さい。未完。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-11-25

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  1. 初恋は、
  2. 戸惑い。