夢見るおばさんじゃいられない
わたしのように長年スーパーのレジ打ちをしていると、買い物カゴの中をチラッと見ただけで、どういう人なのかわかってしまう。
カップラーメン二種類、惣菜盛り合わせ(小)、ペットボトルのウーロン茶、カップケーキ、ポテトチップス(Lサイズ)。多分、一人暮らしの女性だろう。商品のバーコードをポスレジに当てながら、横目で見てみた。やっぱり。三十代ぐらいのほぼスッピンの女性。
「お箸はお付けしますか?」
黙ってうなずき、紙幣を出した。
「ありがとうございます。おつりとレシートになります」
手渡す時、指先に絵の具の跡が見えた。わたしは思わず心の中で、がんばってね、と言っていた。
次のお客さんが来るまで、さっきの女性のことを想像してみた。油彩のニオイはしなかったから、水彩だと思う。どんな絵を描くのだろう。なんとなくだが、写実にこだわらない具象画という感じがする。それとも、わたしのように絵本作家なのかもしれない。
いやだ。わたしったら、アマチュアのくせに作家気取りで。少し赤くなった顔を次のお客さんに見られて、余計に恥ずかしくなった。
パートの時間が終わると、すぐに保育園に亜優美を迎えに行った。
「いい子にしてた?」
「うん。今日はお絵かきしたよ」
「そう。帰ったら、ママにも見せてね」
だが、家に帰るとそれどころではなく、炊事洗濯で目が回りそうな忙しさだ。買い物だけはパート先のスーパーで済ませてきたので、それだけでも随分違う。なんとか夫が帰るまでに、食事の支度が間に合った。
夫はいつものようにむっつりとした顔で、黙って食事を済ませた。酒も煙草も賭け事もやらない、真面目だけが取り柄の、無趣味な夫。亜優美がいなかったら、会話する切っ掛けもない。
「ねえ、あなた。亜優美が描いた絵を見てあげて。よく描けてるわ」
「ああ」
手に取って見ながらも、夫はテレビのニュース番組の方が気になるようだ。
「うん。よく描けてると思うよ」
ちっとも心がこもってない。まあ、しかたないか。それより、そろそろ亜優美を寝かしつけなきゃ。
その気配を察したのか、先制攻撃がきた。
「ママ、絵本読んで」
「はいはい」
絵本と言えば少しだけ夜更かしさせてもらえると、見破られている。わたしの手作り絵本なのだ。読者第一号のご要望には逆らえない。いつものように、ベットで添い寝しながら読んでやる。だが、半分も読まないうちに、亜優美は目をつぶっていた。やれやれ。
数日後、新聞の記事に先日の女性が載っていた。
『新人絵本作家のデビュー作が好評』
よーし、わたしだって、がんばるぞ。
(おわり)
夢見るおばさんじゃいられない