素晴らしい技術
砂漠の中央に男が立っていた。辺りは砂丘のようになっていて岩すら無い。男が身につけていた計器はピーとなっていた。視界の上半分には青い雲一つ無い空が、下半分には薄茶色の砂がどこまでも続いている。風が吹こうものなら一瞬にして砂は舞い上がる。しかし、風を防ぐものが無い以上、大地は常にどこかが舞い上がり、刻々と地形を変化させていた。
男はゆっくりと歩み出す。目的の場所に向かって。その歩みには迷いは無く、この何も無い砂漠の中で完全に方向を把握しているようだった。日は容赦なく男に当たり、砂は男の足を取ろうとする。生物何ぞ居るわけもなかった。
それから数時間、男は歩いて立ち止まった。そこは小高い丘で、男は斜め下を見ていた。男の目線には1隻の船が映っていた。見た目は戦艦であった。眞鐵のその艦はひどく風化し、所々には穴が開き、穴からは砂が出ていた。中の様子は見なくとも砂だらけであると予想できる。ふと、男は視線を斜め下から前へと向ける。遠くには黒い点がポツポツと見えた。おそらくはここと同じ戦艦であろう。
丘を下り、船の近くへと移動した男は船の周りを歩き始めた。船に風が当たるたびに船はギイギイと軋み、今にも崩れそうにも思えた。男はある程度歩くと、突然立ち止まった。そこには人が入れる程度の穴があった。
男は船の後ろから前まで続いている廊下にいた。船の中は比較的明るい。ところどころに開いている穴から日光が差し込んでいるのだ。そして、船の中にできた1日中日が当たらない所には若干の水たまりがあった。どこまでも続くような無生物の砂漠の中、唯一砂漠で無い場所がそこにはあったのだ。
すうっと内壁を生物が下から伝って行きた。ミミズに足が生えたような形をした異型の生物は内壁の中程で床に溜まった砂の上に音も無く落ちる。その生物はその瞬間に自壊し動かなくなった。
男はそれを気にする様子もなく歩みを進める。階段を見つけた男は更に船の内部へと入って行く。男が身につけていた計器の音はピーという音からピ・ピ・ピという音に変わり、それは中には入れば入るほど間隔が広くなっていった。船の内部は真っ暗であった。男はペンライトのような物を取り出し、視線を照らす。この辺りまで来ると床には砂は無かった。カーンカーンという床を歩く音が狭い廊下に響き渡る。船には人間はいなかった。ところどころに目が退化した異型の生物が存在していた。時にはコロニーの様な物を形成し、2cm程度の紙魚に似た生物が数百は集まっていたり、アルビノの様なネズミが床を這っていたりした。
男はふと何かを思い出したように袋を取り出した。そして、ネズミをその袋に入れた。更に、紙魚のような生物も別の袋に入れた。船の中心辺り、最も風化の影響を受けていない部屋へと入っていった。その一室のドアは閉まっていたが男が開けると抵抗せずに開いた。その部屋の中には大量の計器があり、中にはホルマリン漬けにされた先のネズミもいた。
先のネズミを部屋にある装置の一つに入れた男は部屋にあったパソコンを立ち上げてUSBメモリーのような物を挿した。そして作業を始めた。
一通りの作業を終えた男は、紙魚のような生物にも同じような作業を行う。男が足を伸ばすと、何か硬いものが足に触れた。カランと軽い音がした。拾い上げてみるとそれは人骨であった。おそらく大腿骨であろう。男ははそれを気にも止めず、部屋を後にした。
船から数時間歩いた後、男は歩みを止める。そして、発煙筒を取り出すと、それに火を着けた。そして、男は何かを待つように空を見上げた。数秒後、男は突然倒れた。
男は湖の畔に立っていた。男の他にもう一人の男がいた。
「いやー、お仕事お疲れさん。カラダというモノはどうだった?」
もう一人の男が尋ねる。
「最悪です。もう二度とあんなところに行きたくない。」
「はは、”地球”に行った奴は誰でもそういうさ。”あんなところには二度と行きたくない”ってね。お前が前に行った時も行ってたぜ。」
「カラダを使ってみて思いましたよ。やはり人間にはカラダ何ていらないってね。」
「そうだろう。」
「我々が”情報”となってからもう100万年以上の月日が経っているんですね。早いものです。」
「どうした?懐かしくなったか?」
もう一人の男は笑いながら聞く。
「そんなことあるわけ無いですよ。あんな星に住んでいたなんて思いたくもない。」
男は言った。
「まあ、定期的に観測をする必要があるからな。」
もう一人の男はやれやれといった調子で言った。
「分かってますよ。」
人類は長きに渡る核戦争の末、「素晴らしい技術」を開発した。それは超高性能なコンピュータを使って全人類の脳の動きをシュミレートするというものであった。その日から数10年後、地球からは人類がいなくなっていた。大量の放射線と水の無い海を地球に残して。
今日も地球の周りを人工衛星は正常に回っている。
素晴らしい技術