立ツ瀬

立ツ瀬

八兼伸彦

これまで

竹叩き猪払う山歩き

障子貼る米の匂いに誘われて

せせらぎをすすり汗玉流れゆく

山道の人に踏まるる椿かな

蟻が這い命閉じたり白き蝉

別居すと父は告げたり夏の風呂

泥池に鯰の目玉覗きたり

新しく母犬を飼い菊を生け

禽獣の腐らせたるか林檎の実

泣く祖母の声に逃げ行く雲雀あり

にぎわいはスミレ群れたる木陰かな

陽炎の中へ消えゆく少女かな

石仏と久留米躑躅の頭見え

錦糸毬鳴らす猫の手夏の暮れ

夏の宵母の寝床に知らぬ足

菖蒲湯の菖蒲で腹を叩く叔父

ろうろうとやがて野を呑む蝸牛

恋破れ青田に響けわれの声

入りし蠅壁の絵画に混じりあい

杜若よりそう虫もおとなしく

鉄条網棘も効かぬや朝顔よ

背がのびて供え餅食む彼岸花

紅葉野や小鬼の笑うように見え

油紙燃ゆる月夜に手が触れて

人恋し通りは落葉踏む子らよ

思い出は凍えし唇触れし夜

寒空を眺めていたり窓の猫

空腹を茶で紛らわす寒夜かな

空蝉や鳴いておくれと老女優

飛び入りて我偉大なり鬼やんま

雨樋に小便垂れる蟾蜍(せんじょ)かな

正月は犬にも似たり祖父の顔

冬木立湖畔に猿の母子並ぶ


※10代~20代のころの詩をあつめました

(2015/11/22)

宵闇に赤ちょうちんのおどり出る

秋の田も闇に染まりてかくれんぼ

京近し紅葉恋しやほうやれほ

ほろほろと追憶ふける夜長かな

鯉泳ぐ水冷ややかに橋くぐり

行く秋や手をのばしたるすすきかな

ゆらゆらと庭のすすきも風愉快

食卓をかこむ家族とうかぶ柚子

行く秋や新居の寝床も慣れにけり

新嘗祭われ胃を病みて粥すする

秋桜見舞うわれをも慰むる

短日や夜まで干さるる衣服かな

食う寝るも書くも話すもみな炬燵

酉の市みなが狐にみえにけり

熱燗をそそぐ気遣いできぬわれ

冬蜂よ鉄パイプにもつかまれず

休憩のドーナツ甘し十二月

小夜時雨耳たのしみて眠るなり

旅の宿慣れぬ蒲団の寝苦しき

義父待ちて塩鮭のかたくなりしおり

首巻きを地に擦りし子のかわいさよ

(2015/12/10)

盆梅の百年を越え咲きにけり

啓蟄(けいちつ)の訪れなるか壁の虫

年の暮祖父と父とで男酒

酉の市蛇食い女も声枯らし

熱燗をそそぐ気遣いできぬわれ

雪虫(ゆきむし)の路地に迷いし四、五匹

火も焚かず葱干からびる台所

土筆(つくし)摘む母子思うや祖母の味

幼子と母とママ友 若つくし

こぶしの木記憶のごとく白くあり

春霞行き行く人の目もうつろ

空地にも吹き降ろすかな春の風

子雀の砂に遊びて さらささら

躑躅(つつじ)ばかり咲きし垣根の柔らかさ

風なぶる()ちし躑躅(つつじ)の花あられ

われ呑みて 枝を広げよ藤の花

われを待つY字路の古き葉桜よ

青梅を漬けむと買いゆく恋人と

梅雨の入り ワイパーの音 きみの声

灰色の街に馴染みて紫陽花よ

蟻焼きし遠き日のわれ庭の王



『句のおいたち』

・盆梅の百年を越え咲きにけり

 大阪天満宮さんの「盆梅と盆石展」へ行ってきました。
 樹齢百年、二百年の梅の盆栽が、 その幹の半分以上を朽ちさせながらも、 見事に咲き誇っていました。
 わたしもたかだか30年生きたくらいで、 「疲れた」などと言ってはいけないなと、 感じ入りました。


・啓蟄の訪れなるか壁の虫

 「冬ごもりの虫が這い出す」という意味の季語、啓蟄(けいちつ)
 急激に温かくなって、 そろそろ虫が出てくるかなと思っていたら、 散歩の途中に見つけました。


・年の暮祖父と父とで男酒

 歳をとるとこうゆう機会も減ってきます…… 感慨深くて書き留めていました。


・酉の市蛇食い女も声枯らし

 東京新宿、花園神社さんの酉の市でのこと。
 毎年、見世物小屋が建つのですが、 前日にきゃりーぱみゅぱみゅさんが観にきてTwitterにあげたとかで、大盛況。
 口上さんだけでなく、演者までもが喉を枯らしておりました。


・熱燗をそそぐ気遣いできぬわれ

 社会性の薄いわたしは、 空いている人のグラスにビールを注いだり、 空いている人の猪口に熱燗を注いだり、 という気遣いが全くできないのです…… 悪気はありません。


・雪虫の路地に迷いし四、五匹

 日のあたる狭い路地を歩いていると、目の前に雪虫が飛んでいました。
 ふわふわと浮かぶ雪のような虫をみていると、妖精にでも出会ったような気になります。


・火も焚かず葱干からびる台所

 外食が続いて自炊をさぼっていたら、 台所に置いておいた葱が、いつの間にか干からびていました。


・土筆摘む母子思うや祖母の味

 陽気に誘われて土手を歩いていると、 ママの会を開いているのを見かけました。
  若草にまじって、ひょっこりと頭をのぞかせるつくしを、 母親と子供が一緒に取っていました。
  そういえば、わたしも昔、祖母とつくし取りをしたなと思い出して、 祖母が作ってくれた、つくし入りの卵焼きの味がふと蘇りました。


・幼子と母とママ友 若つくし

 これも土手の句です。 青々と茂る若草、元気いっぱいの子供、 ピクニックシートの上で美味しそうにお弁当を食べる明るいママさんたち。
  よくみると、みなさんわたしよりも歳若なようでした。
 ですので…… 『土筆』と『尽くし』とかけてみました。
  若々しい親子と、若草と、まだ背の低い若土筆が、とてもいい塩梅だったのです!


・こぶしの木記憶のごとく白くあり

 記憶や夢というのもは、 時間を経るうちに美化されるものです。
 こぶしの花の白さを前にすると、 純化され精錬された記憶のように思われました。


・春霞行き行く人の目もうつろ

 春霞に見舞われると、 まだ夢の途中かというようにあたりがぼんやりしてきますので、 みな眠たそうに歩いてゆきます。


・空地にも吹き降ろすかな春の風

 春はやはり希望や期待に胸を膨らませてしまいます。
  もうずっとなにもないあの寂しい『空地』にも、 今年こそはなにか好ましい変化があるのではないかと、 そんなことも考えてしまいます。


・子雀の砂に遊びて さらささら

 公園の砂場で、子雀が遊んでいました。
 でこぼこと砂地にたくさんの小さな穴をうがって、 砂浴びしている子雀たちは、可愛らしいものです。


・躑躅ばかり咲きし垣根の柔らかさ

 垣根をびっしりと躑躅の花が埋め尽くしていました。
 すこし離れると、 まるで柔らかい布で覆われているように見えました。


・風なぶる朽ちし躑躅の花あられ

 あんなに盛っていた躑躅の花が、 まだ白い花を残すものの、ほとんどが茶色くしぼんでいます。
 そこへ吹きさらしの風が木を揺すり、あらたりに花をまき散らしていました。
 少しばかり焦げてしまったあられのようでした。


・われ呑みて 枝を広げよ藤の花

 あまりにも巨大な藤をみていると、 いっそこの藤の木に呑み込まれて、 藤の一部になってもいいというような気になります。


・われを待つY字路の古き葉桜よ

 近所の民家に、古い桜の木が生えています。
 Y字路の真ん中に立っているせいか、 対面すると、とても巨大に感じられます。
 あの桜の樹だけは、わたしのすべてを見抜いて、 そのうえで見守ってくれている……
 そうだったらいいのにと、いつも思うのでした。


・青梅を漬けむと買いゆく恋人と

 毎年青梅を買い込んで、 お酒にしたり、ジュースにしたり、梅干しを漬けたりしています。
 今年もなにか漬けようと、 近くのショッピングモールまで雨の降るなか出掛けました。


・梅雨の入り ワイパーの音 きみの声

 雨のドライブで渋滞にはまり、 1時間ほどゆったりと進みました。
 それでも2人で話していれば、そう長くも感じず、 むしろ梅雨の静けさのなか、 紫陽花を眺めながらのんびり進む道路は、 貴重な時間となるのでした。


・灰色の街に馴染みて紫陽花よ

 しとしとと降る梅雨の雨。
 うっすらと雲って、街が灰色がかってくると、 アジサイの青や紫が、 いつもより鮮やかに見える気がします。


・蟻焼きし遠き日のわれ庭の王

 男の子なら、誰もがやったことあるでしょう。
 虫眼鏡で光を集めて焼き殺したり、 マッチやライターの火であぶったり、 花火の火を向けてしまうのです。
 その当時はなんでもなかったことが、時を経て、命について考えさせたりもするのでした。

(2016/08/19)

蜥蜴まで涼みたるかなカフェの床

子供らに千切られまいと甲虫

呼ばれたる西瓜にて腹ふくらまし

黄金虫のごとき胆力われになし

向日葵よ一心不乱に空ばかり

古社 蕃茄(ばんか)かじりし子ら集う

物干しに音符のごとき梅雨の玉

妻逝きて 春一番の吹きにけり


『句のおいたち』

・蜥蜴まで涼みたるかなカフェの床

 あまりの陽気に、避難するように入った喫茶店でのことです。
 ほっと一息つきながらコーヒーをすすっていると、足元のほうにちょろちょろと動く影がありました。
 テーブルの脚に隠れるようにして、青蜥蜴が顔を覗かせていました。
 そんなところにいたら誰かに踏みつけられてしまうのではとヒヤヒヤしていましたが、
 人々を器用に交わしながら机から机へと移動するしなやかな身体と、鮮やかな色に、ふたりで見惚れてしまいました。


・子供らに千切られまいと甲虫

 甥子と一緒にテーマパークに行ったときのことです。屋外に カブトムシと触れ合えるスペースがありました。
 土を敷き詰めたケースのなかに数十匹のカブトムシがうごめいていたのですが、 どの虫もすでにぐったりしていました。
 次から次へと子供たちがきて、持ち上げたり引っ張ったりするのでしょう。
 甥子も木にすがりつくカブトムシを無理やり持ち上げては、別のカブトムシの目の前に置いて、戦わせようとしていました。
 しかしカブトムシたちはすでにヤル気はなく、よろよろと蠢くばかりでした。
 そんなカブトムシを何度も持ち上げては、また別のカブトムシの前へ…… 「もっと優しくしてあげて……」というぼくの声もなんのそのです。
 そこへまた別の子供たちがきて、カブトムシたちを喜々として弄ぶのでした。

・呼ばれたる西瓜にて腹ふくらまし

 「西瓜を戴いたから、食べてゆきなさいよ」 そうお呼ばれした席で、たっぷりと腹を膨らませることにしています。
 万年金欠のぼくからすると、高級品の西瓜には、夏を生き抜くための、水分と栄養分がたっぷり詰まっています。


・黄金虫のごとき胆力われになし

 玄関先の蛍光灯にバチンバチンと何度もぶつかる黄金虫の羽音が聞こえます。
 あの不屈の根性というものは、若い時分は持っていたけれど、 いまではすっかりなくなったような気がします。
 うらやましいわけではないですが、とはいえ、ああした若さや情熱にまったく惹かれないかといえば、 それもまた嘘なのでした。


・向日葵よ一心不乱に空ばかり

 向日葵畑に行ったのは、たしかひと月以上前で、まだ咲き切ってはいなかったものの、 すでにすっくと背筋を正し、ただひたすらに太陽ばかりに顔を向けていました。その様は、たとえぼくが横から声をかけたところで、話をきいてくれるようなものではなく、 はち切れんばかりの笑顔で前だけを向いているのでした。
 優柔不断なぼくは、その凛とした様に、感じ入ってしまったのです。


・古社 蕃茄かじりし子ら集う

 子供会がおこなわれる公民館は、 小さな古いお社のある一角に建っていました。
 お社の境内に上がって雑巾がけするのは、いつも子供たちの役目です。
 夏の日には、近所の畑で採れたトマトを皆でかじったこともありました。
 もう遠い昔のことです。

・物干しに音符のごとき梅雨の玉

 二本、三本と並んだ物干し竿に、 雨しずくがまばらに並んでいると、 まるで楽譜のように見えました。
 しとど振る雨音も、梅雨の奏でる音楽だと思って、 心地良くやり過ごします。

・妻逝きて 春一番の吹きにけり

 妻が逝去しました。 とても寂しく、悲しい気持ちでいっぱいですが、 それから1週間もしないうちに、春一番の嵐が訪れました。
 ぼくにはそれが、弔いの風であり、化身の風であり、 ともに歩んだ怒涛を振り返る風でもありました。
 そしてまた、 厳しい冬の終わりを告げ、 新しい時節へと背を押す風でもありました。
 病と闘い抜いた妻に、尊敬と感謝とを持って句に詠みました。

 (2018/07/29)

立ツ瀬

2015/11/22 「これまで」更新

2015/12/10 「籠」 更新

2016/08/18 「揺」 更新

2018/07/29 「問」 更新

立ツ瀬

俳句です。 幼少期や青春時代の思い出から、現在まで。 随時更新してゆきます。

  • 韻文詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-22

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  1. これまで