すーちーちゃん(13)

十三 ひな祭りの三月

「今日、家に遊びに来ない?」
 六時間目の授業が終わった後、すーちーちゃんが声を掛けてきた。豆まき以来、すーちーちゃんと少し心の距離が遠くなったような気がしたが、すーちーちゃんは、昔のままだ。あたしが勝手に意識しすぎただけなのだろう。
「うん、いいよ」
 あたしは二つ返事で答えた。学校から一緒に帰る。神社の鳥居をくぐって、いつものように、二礼二拍手すると社殿の中に入った。一番奥の祭壇から階段を下りる。
「すごい」
 あたしは目を見張った。すーちーちゃんの部屋には、巨大なひな祭りの人形が飾られていた。その巨大さは、人間大だった。いや、よく見ると、人間だった。お雛様は、すーちーちゃんのお母さんだ。肌は、透き通り、静脈の血管がより一層、青く浮き出ている。
 じゃあ、その隣の人は誰?すーちーちゃんのお父さんか。すーちーちゃんのお父さんに会うのは初めてだ。お父さんもお母さんに負けじと色が白い。それも、色が白いと言うよりも透明に近い。よく目を凝らせば、血管だけじゃなく、内臓までもが見えるような気がする。もちろん、そんなことはありえない。
お父さんがお内裏様のかっこうで、お母さんがお雛様の姿か。洒落ている。ひな人形を飾るんじゃなくて、自分たちがひな人形に扮するだなんて。すーちーちゃんがユニークなのも、このお父さんとお母さんの血を引いているためか。
「いらっしゃい。よく来てくれましたね」
 お内裏様が立ち上がった。
「さやかちゃんですよ。あなた、いつも、すーちーが学校でお世話になっているのですよ」
 お雛様が続く。
「ああ、そうですか。ありがとうございます。折角の機会ですから、ゆっくりとしてください。私は仕事があるので、失礼します」
 お内裏様はにこっと笑って部屋から出て行った。笑みを浮かべた口元から白い歯がきらっと光った。にこっ、きらっ。色の白さに続いて、これも、すーちーちゃん一族の特徴だ。あたしはお内裏様とお雛様に見とれていたので、返事が遅れた。
「おじゃまします。さやかです。よろしくお願いします」
 何がよろしくなのかはわからないけれど、スポーツ少年団の入部の時のように、頭をぺこりと下げた。
「それじゃあ、私はおやつを準備しますね。さやかちゃん。ゆっくりしてね」
 お雛様は着物の煤をゆっくりと滑らせながらキッチンの方に向かった。
「さやかちゃん、座ろう」
 すーちーちゃんがソファーに腰を下ろす。あたしも続く。正面には、先ほどまでお内裏様とお雛様が座っていた雛飾りがある。金の屏風やぼんぼり、桃の花、笛や太鼓がきれいに飾られている。
「すごいね。すーちーちゃん」
 あたしはひな飾りに見とれている。
「そう。毎年、飾っているよ。さやかちゃんのとこは、飾っていないの?」
「飾ってはいるけど、小さな人形よ。すーちーちゃんのとこのように、お父さんやお母さんがお内裏様やお雛様にはならないわ」
「そうなの。あたしが生まれたときから、パパやママは、おひな祭りになると、こうしてお内裏様やお雛様のかっこうをしているわ。だから、これが当たり前だと思っていたわ」
 やはり、すーちーちゃんはあたしたちと違う。あたしは頭の中で、パパやママがお内裏様やお雛様に扮した姿を想像する。ぷっ。吹き出した。全然、似合わない。取ってつけたようだ。顔が着物から浮いている。やはり、すーちーちゃんのお父さんやお母さんのように、色白で、優雅な雰囲気を持っていないと、お内裏様やお雛様にはなれない。
「雛飾りに座ってみようよ」
 すーちーちゃんがあたしを誘う。
「えっ」
「だって、さやかちゃん、ずっと雛飾りを見つめているじゃない。座ってみようよ」
 すーちーちゃんに促されて、あたしは雛飾りの中に一番上に座る。
「さやかちゃんがお雛様で、あたしがお内裏様」
 二人とも雛飾りの中だ。あたしたちの下には、等身大の三人官女や五人囃子、随身、仕丁の人形が座っている。この中にいると、普段の服装だけど、お雛様になった気分になる。横では、お内裏様のすーちーちゃんが、にこっ、きらっ、としている。
「ねえちゃん、ずるいや。自分だけいい思いをして」
 突然の声だ。竜太郎君だ。一番下の傘を持っていた人形が動いた。そして、あたしたちの間に入ってきた。
「竜太郎はお内裏様の役じゃないでしょ。傘を持っていなさい」
「姉ちゃんだって、五人囃子じゃないか」
「パパがいないときは、あたしがお内裏様なの。向こうに行ってよ」
「姉ちゃんは女だろ。お内裏様はぼくの役だい。そっちこそ、向こうに行けよ」
 二人がお内裏様の役をめぐって口喧嘩を始めた。二人の喧嘩は今日が初めてじゃない。いつも何かで喧嘩している。それだけ仲がいいことの証拠なのだろう。ひとりっ子のあたしには味わえない姉弟喧嘩だ。
「お友達がいるのに、何を喧嘩しているの」
 本物のお雛様が来た。すーちーちゃんのお母さんだ。お盆の上には、赤いジュースと赤いひしおもちがのっている。
「喧嘩ばかりしていないで、おやつを食べましょう」
「わーい。おやつだ。おやつだ」
 竜太郎君は、おやつを見ると、さっきまでの喧嘩のことは忘れて、ソファーに向かって飛び跳ねる。
 すーちーちゃん、竜太郎君、あたしの三人が仲良く横に並んでソファーに座り、おやつを食べる。
「これ、美味しいや」
 竜太郎君がひし餅にかぶりつく。喉に詰まりそうになったのか、目の前のグラスのジュースを掴む。
「ママ。これ、何の生き物の血なの?ちょっと味が変だよ」
「バカ。これはジュースよ。血じゃないわ」
いつものように、すーちーちゃんが竜太郎君の頭をポカリと叩く。
「痛い。いつもは、犬の血や猫の血、たまには人間の血を飲んでいるくせに」
「変なこと言うもんじゃない」
 また、すーちーちゃんが竜太郎君の頭をポカリと叩く。
「痛っ」
 竜太郎君は黙ったまま血のようなジュースを飲んでいる。あたしは、冗談だろうと思いながら、恐る恐る、竜太郎君の言う血のジュースを飲む。うーん。何とも言えない。しょっぱいような、甘いような。でも、ひし餅は美味しい。すーちーちゃんのお母さんはあたしたちの様子をにこにこしながら見て、部屋を出て行った。
「場所取った!」
 おやつを食べ終えた竜太郎君がひな段のお内裏様の場所に陣取った。でも、すーちーちゃんは気にしていない。竜太郎君はしばらくお内裏様の場所にいたが、すーちーちゃんに相手にされないものだから、また、ソファーに戻ってきた。じっとしていれないのか、ジャンプしだした。その振動であたしたちのお尻も上下する。
「こら。静かにしなさい」
 すーちーちゃんが怒る。
「だって、つまんないもん」
 竜太郎君はジャンプし続ける。すーちーちゃんが立ち上がった。そして、負けまいとジャンプをし始めた。すーちーちゃんと竜太郎君がジャンプする度に、その間のあたしも飛び上がる。
「さやかちゃんもやろう」
 すーちーちゃんに促されて、あたしも立ち上がった。三人がソファーの上でジャンプし始めた。
「負けないぞ」
「どうぞ」
 負けん気の強い竜太郎君。はひょうひょうとしているけど、内面は、決して竜太郎君に負けたくないと思っているすーちーちゃん。その間で、二人には勝つ気がしないあたし。次第に、二人のジャンプの高さは天井まで近づいていく。
「ぺチャ」
「ぺチャ」
 大きな音がした。あたしの両隣でジャンプしていたすーちーちゃんと竜太郎君の姿はない。降りてこない。天井を見上げる。二人が天井に引っついている。それも、口で天井に吸いついている。
「すごい」
 あたしがソファーから二人に声を掛ける。すーちーちゃんの必殺技の強力バキュームだ。竜太郎君も同じ技ができたんだ。でも、二人とも口で天井に吸いついているので、返事ができない。ただ、二人とも手でガッツポーズをしている。
「ドテ」
「ドテ」
 二人が同時に落ちてきた。その反動で、あたしが飛び上がった。チャンスだ。あたしも口で天井に吸いついてみよう。あたしはすーちーちゃんの親友だ。これまで一年間、一緒に遊んできた。すーちーちゃんの能力を目のあたりにしてきたんだ。二人にできるんだったら、あたしにできないことはない。妙な競争心が湧いてきた。あたしの目の前に天井が近づく。口をとがらす。唇が天井に触れた。鼻も額もほっぺも天井に当たった。
「バン」
 あたしの目に星が飛んだ。あたしの体は天井に滞在することなく、そのまま重力に従って落下。ソファーに倒れ込み、あたしは気を失った。
「大丈夫?」
 すーちーちゃんが心配そうに声を掛けてきた。あたしは目を開けた。「大丈夫」と答えたものの、体は動かない。顔が痛い。
「家まで送ろうか」
「うん」
 あたしはすーちーちゃんの背中におぶさってもらって、神社を後にした。すーちーちゃんの背中はあったかい。まるで羽毛に包まれているみたいだ。でも、楽しいひな祭りが、気を失うとんだひな祭りになった。もちろん、あたしは飛ぶつもりはなかったのだが。やはり、すーちーちゃんにはかなわない。あたしはすーちーちゃんの背中で、おひな様に扮した自分を夢見ていた。

すーちーちゃん(13)

すーちーちゃん(13)

ある日、転校してきた少女は吸血鬼だった。十三 ひな祭りの三月

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-21

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