セカンドアース
人類科学が進歩を遂げ、限界を超えた世界が建造された。
発見されたのは、地球そっくりの…もう一つの地球、Second Earth
主人公アダムは、その世界で平凡な日常を送っていた。
しかし、突如セカンドアースへ侵入してきた謎の人類、アクチノイドによって彼らの平和は幕を閉じたー
絡み合う幾つもの現実の冷たさの中、少年少女の戦いが始まる。
1.始まりの火事
赤い色。鼻に付く臭い。焼きつくような息苦しさ。燃え盛る炎…
火事…なのか…?
先ほどまでの景色が一変し、あたりは炎に包まれていた。朦朧とする意識の中、アダムは水車小屋の中、ゆっくりと起き上がった。
割れた鏡が、黒髪の少年を写し、それが自身だということを把握する。破片が辺りに粉砕し、この火事の酷さを物語っていた。つい数分前まであった、水車小屋特有ののどかな雰囲気は、赤く塗りつぶされていた。
「イヴ……」
弾かれたように、外に飛び出す。
視界に広がったのは、やはり同じ情景。いつも元気な近所の子供たちの声も。商人たちの威勢の良い声も。今はもう聞こえなくなっていた。見上げれば、暗く淀んだ空が顔を覗かせている。古来、存在していたとされる、伝説の惑星。地球。あの世界は、一体、どんな空をしていたのだろうか…と、そんなことをイヴが言っていたのを思い出す。
足は止まらなかった。続く道には、力無く横たわる、見覚えのある人たち。口内に迫り来る焦げた空気。数分前、パンを盗んだパン屋の店主は、無事なのだろうかと考えながら、通り慣れた路地にでる。狭くうねうねとした小道を駆け抜け、開けた場所に、一軒の赤い屋根の建物。
「みんな…!!」
黒く煤けた建物。扉を押し開け、飛び込んだ。ただれたエントランス。今朝まで、孤児たちの笑顔で溢れかえっていた、その全てが、今はもうない。広間に出ると、階段の下に、白い修道着に身をまとった女が見えた。
「先生!」
駆け寄っても返事はなかった。息はある。
「先生!どうなってんだよ!」
息を吹き返すような、そんな静寂があり、優しい瞳がうっすらと開いた。
「…ヤドクとブームの双子は、隣町に買い物へ行ったわ。ミアナちゃんも一緒よ」
「ほ、他の奴らは」
「みんな避難させたわ」
「な、なら先生は!?」
「……私はいいのよ、心配ないわ」
迫り来る炎が、少年の心に囁く。見捨てるのかと。
「ダメだ!早くここから逃げよう!」
「……あなたは、イヴちゃんを」
「イヴ?イヴはまだ逃げてないのか?」
「…きっと、上の階にいるわ。あなた、昔言ってたわよね。イヴは俺が守るんだって」
聞こえた気がした。イヴの怯えたような声。
「先生…俺、イヴを……」
「行ってあげなさい。きっと待ってるわ」
心の中では、ずっと。ずっと。見捨てるのかと誰かが問うていた。そんな気がした。
2.彼女の声
「ほら、やるよ」
素っ気なく、そう言って、手にしたパン端をイヴに渡す。最初は、ゆっくりと。そして、動きは止まる。
「要らない。それ、盗んだんでしょ?」
「当たり前だろ?ほら、食べねぇと死ぬぞ」
「死んでもいい。それは食べられない」
いつもそうだった。物心ついた時から、孤児として生きてきた俺たちは、食べ物にも飲み物にも困り、毎日、荒れた生活を送ってきた。信用できる人間も、信用する人気も、もういない。ぽっかりと浮かぶ、綺麗な空が、自分の心を覗くようで、イライラする。
「ミアナたちは?」
「買い物だって、ヤドクとブームの奴らも一緒」
「助けてあげないの?」
「助ける?大丈夫だろ」
「遅かったとしたら。どうする?」
「イヴの方が大切だ」
「見捨てるの?」
我に帰った。
気づけば、俺は表階段の手すりに座り込んでいた。こうしている暇はない。イヴが…
火花が、視界に飛び込み、じりじりと体内を焼いていく。息苦しさがピークに達し、息切れと咳で目眩がする。原型をほぼ留めてない白い扉の前。俺は、再び、過去の情景を思い出す。
「イヴ…!!」
分からなかった。なんでこんなことになったのか。なんで、こんな目にあわなくてはいけなかったのか。何もかも、分からない。
扉を開けると、目に飛び込んだのは、むき出しになった家柱。燃え広がった炎が、部屋を充満し、端から端まで溶かそうとしているところだった。酸素が薄く、炎の轟音で、声も届かない。交差する木の柱たちを手でかきわける。剥がれた毛くずが指に刺さり、憎たらしく血が滴る。
「イヴ!どこにいる!イヴ!」
声がした。懐かしい声が。
「アダム!」
全身を這い回るような、電気が走る。全てがどうでも良くなって、炎の中に飛び込んだ。火柱が頬に絡みつき、火傷の跡を残そうとする。そんなことはどうでもよく、奥へ奥へと進んでいく。そして、その動きは何者かに阻止された。
「ここから先は危険だわ!逃げないと!」
火事の赤色で、赤く反射したブロンドの髪。それを二つで束ねた可愛らしげな少女。ミアナだった。
「お前!ヤドクとブームは!?」
「アタシだけ戻ってきたのよ、きっとあなたが無茶すると思って」
「でも、中にイヴが!」
ミアナは、部屋の中に目を向ける。
「助けたところで、意味はないわ」
「……見捨てろっていうのか?」
この感情は、怒りだった。ミアナの目は死んだように冷淡で、アダムはそんな彼女に今にも飛びかかりそうだった。今まで、ずっとヤドクとブームとイヴの5人で、支え合って生きてきたんじゃないのか?お前は違ったのか?と何度も心の中でミアナに問う。
「俺は…俺は!!」
『アダム、大丈夫だから。私は大丈夫だから』
振り返ると、見えた気がした。
イヴは、最後まで笑ってた。
3.赤色
「本当に大丈夫なのか?」
暗い照明の下、怪しげな空気に包まれた室内。白い台の上に乗せられた少女。
「あなた方のご要望通り、容姿端麗な死にかけの少女ですが、何か問題でも?」
「わたしが言っているのは、そういうことではない。本当に、ルーラーシステムの核機能をこんな子に…」
「第一、君はいったい何者なんだね?こんなことをしてしまえば、もしもの自体、彼女が何者かに殺されでもしたら、全ルーラーシステムの消滅が考えられるではないか?」
白い白衣を着た、偉そうな男達。問われた1人の男は、台の上に横たわる少女の頬に触れた。黒く美しい長い髪。確か、この子の瞳の色は、とても美しい赤色をしていたな。あの火災の炎のような…
「あなた方は、何に怯えておられるのですか?この実験が成功すれば、史上最強の兵器が作り出せる。我々が、アクチノイド人に抵抗するには、そのぐらいの力が必要だということは、アリダン国のあの火災時に明確になったことではないのですか?」
静寂。そして、男達のざわめき。
実験は始まった。
4.無き痕跡
窓越しに映る景色は、いつも静かで、今までと変わらない風景が淀んで浮かんでいた。四年前のあの火災から、私たちの人生は大きく変わってしまった。
「イヴちゃん、だっけ?彼女はまだ見つからないのかい?」
「えぇ、彼女がいた痕跡さえ、まだ…」
本当に、存在していなかったのではないか。と思わせるように、四年前、彼女は姿を消した。ミアナが孤児院に駆けつけた時には、先生の息はなかった。そして、イヴの部屋の前に倒れたアダムを発見した。それだけだった。
「君は、内心喜んでいるんじゃないのかい?」
「そんなことないわ!」
「だって、彼女がいなくなったことで、君は愛するアダム君の隣に居られるようになったんじゃないか?」
男の人をからかうような瞳に、ミアナは激しくイラついた。下唇を引き裂かんとばかりに食いしばる。
「アダムは苦しんでるの。あの火災から全てが変わってしまった…生きることにも、苦労して、やっとここまできたの。あなたには何も、わからないわ」
「……で、君はこんな仕事を始めたんだ?」
ふと現実に戻されたような落胆。不気味なライトに照らされたダブルベッド。汚れたのは、心だけじゃなかった。
「さぁ、こっちにおいで。サービスの時間だろ?」
レパートはそう言って、私を手招いた。
5.偽物の雨
暗い路地を真っ直ぐ。古びた廃工場が見えた。ミアナは、震える体を両腕で包み込み、廃工場の扉を開けた。軋むサウンドと、カビ臭い匂いが鼻をつき、ミアナの心の黒い部分に囁きかけるかのようだった。
「まだ、誰も帰ってきてないのかな」
金具のむき出しになったソファ。黒ずんだテーブル。錆び付いた小さなキッチン。盗み出したテレビ。小さな窓から差し込む、ほんの僅かな月の光が、室内を孤独に照らしてた。照明をつけ、買ってきた食材をキッチンに並べる。
「なーに、そんな悲しそうな顔してんのー?」
突然、そんな声がして、ミアナは大きく飛び上がった。背後に突っ立っていたのは緑のパーカーの少年。
「ブーム!あなたいつから!?」
「そんなことより、今日の夕飯なになにー?」
ミアナは何故かホッとし、ブームに鍋の中身を見せた。
「おー!………それなに?」
「美味しいからいいの!にしても、珍しいわね、ヤドクは一緒じゃないの?」
「ここにずっといるよ」
またもや、ミアナは跳ね上がる。キッチンの上、むき出しのパイプに青いパーカーを着た、ブームそっくりの少年がぶら下がっていた。
「ず、ずっとっていつから?」
「その言葉どおり、ずっと。今日の儲け額の計算してた」
「なら、電気ぐらい付けなさいよね?」
ヤドクは、ムッとしたようにそっぽを向く。
「で、今日は何やらかしてきたの?」
面白半分の口調を作り、2人にそう尋ねる。ブームは目を輝かせ、今日、盗んだ物と、それを盗んだ時と、それを盗まれた人の話をしていく。
「でねでね、そいつさー、オレらにこう言ったわけ『殺すぞ』ってね!だから、オレらに勝てるわけないのにねー」
「で、ミアナは?」
「……へ?」
「ミアナは今日、パートだったんでしょ?」
ヤドクの真剣な表情に、一瞬、自分のしている仕事がバレたのかと焦る。
「相変わらず、店長がうるさくってね」
そういって笑うが、ヤドクの表情は変わらない。気まずくなり、プレートに料理を流し、テーブルの上に並べる。ブームが最初に手をつけ、その後に続いてヤドクもスプーンを握る。一瞬だけ、ヤドクの視線が交差する。
「アダムは?まだなの?」
「また喧嘩してんじゃない?」
「あいつも飽きないよなー」
もうすぐ雨が降り出しそうだ。人工的な。偽物の雨が。
6.守るもの
空のタンクが不快な音を立てて、道端に転がった。スーツ姿の男が地面を這い、革製の鞄に手を伸ばす。ゴミ収集の滞った、ゴミで溢れかえる箱の上から、黒い影が男を襲う。
「や、やめてくれ!うちには家族がいるんだ!娘と妻がいるんだ!だから、お願いだ!」
黒髪の少年は、怯える表情の男に、足を食い込ませる。男の肩にめり込む自身の足を、感情無くぼっと見つめ、男の顔を一瞥する。仕事の疲れで溜まったのか、はたまた、こんなことに自分が遭遇してしまったことへの拒絶か、男の顔は酷く歪んでいた。
「悪いけど、俺もこいつが必要なんだよな」
そう言って、指先でつまみあげた革製の古びた財布を、男の目の前で振る。右へ左へとゆらゆら揺れる財布を、男はじっと見つめる。希望を捨てない、その精神。嫌いじゃないな。
これが占めだとばかりに、男の体を後方に蹴り上げ、アダムは重心を右に傾け、起き上がった。長めの前髪が目にかかり、視野を狭べる。髪をかきあげ、四角を曲がる。黒のすすけたジャケットを見下ろし、何故かため息が溢れた。雨だ。
「お願いだ!妻と娘が待ってるんだ!」
後ろでは、通常気を失っているはずの男が、諦めもせずに、アダムの背中に叫びかけていた。
馬鹿みたいに金に飢え、馬鹿みたいに何かを守ろうとする。それは俺も同じだ。でも…
「荷物になるし、やっぱ要らねぇ」
男に財布を投げつけ、逃げるようにその場を去る。
「ありがとう、ありがとう」
感謝なんか、テメェの家族にしろっての。お前は、まだ。誰かを守れるんだから。
暗闇の続く路地の奥。古びた廃工場が見えた。
7.恋憂鬱
錆び付いた廃工場。随分と夜もふけ、あたりはいっそうに冷たさを増す。ふと記憶の底に、彼女の姿が浮かび上がる。炎に包まれた視界。指先を通り抜け、まるで自分を嘲笑うよう…
「イヴ……」
強く握りしめた拳を、廃工場の釘板に打ち付ける。錆が剥がれ落ち、静かに舞う。雨が激しさを増した。
「どうしたらいいんだよ……イヴ…」
雨なのか。それとも、目尻にこみ上げるこの感情なのか。彼には分からなかった。ただ廃工場の古びた扉が、ゆっくりと開かれることに気づく。
「アダム……帰ってたの?」
「……ミアナ、お前こそ、こんな時間に」
「夕飯。冷めちゃうと嫌だから」
「要らない」
アダムは、ミアナの肩を押しのけ、中へ入った。ソファに肩を並べて眠っている少年が、ヤドクとブームの双子だと確認し、ソファの端にジャケットを放り投げる。
「本当に要らないの?体壊しちゃうよ?」
キッチンで、洗い物をこなすミアナをよそに、アダムは胸ポケットから一枚の写真を取り出す。ミアナは、そんなアダムの後ろ姿に、どことなく込み上げてくる醜い感情を押し殺す。
写真の縁を、丁寧に撫でながら、アダムの胸には後悔が残る。あの頃に戻りたい。救いたい。会いたい。触れたい。欲求ばかりが心を満たし、本当に大切なものが消えてしまったようにも思えた。
「イヴのこと…まだ、忘れられないの?」
「……お前は、忘れたってのか?」
「そんなはずないよ、だってアタシたち…仲間だったじゃない」
「……………もう寝る」
そう言って、立ち上がったアダムに、ミアナは必死にしがみついてた。無意識であった。心臓が高鳴り、アダムの黒く澄んだ瞳が、信じられないほど近くで、何度も何度も瞬きを繰り返していた。
「……なんだよ」
「……………アタシはこれで良かったと思ってる…みたいなの」
「…は?」
「ア、アタシは!イヴが居なくなって良かったと思ってるの!」
声は震え、心臓は止まったかのようで、体は言うことを聞かなかった。この四年間ずっと固く閉ざされていた口が、まるで、力なく解き放たれて、全てを壊していくような。そんなふうに彼女は思えた。
「…なんで、そんなこと……イヴは…」
「アタシ………アダムが好きなの」
その後のことは、彼女の記憶にない。
ただ、彼の後ろ姿が、いつものように見えるだけだった。
8.徴兵令
「はぁぁあああ!?徴兵令!?」
それは今朝の出来事だった。
四年前の大火災により、住処としていた孤児院が全焼し、行き場を失ったアダムたちは、火災に巻き込まれなかったアリダン国南市街区の廃工場へと移り住んだ。もちろん、こんな古びた廃工場なんかに来客があったことは未だになかったのだが。
「ミアナー!お客さんだよー!」
そんな声にミアナはおもわずビクリと肩を震わせた。もしかして、自分の仕事関係の繋がりかと思い、慌てて扉へ飛びつく。
「な、なんでしょ……ぅ…」
黒い軍服に身を包んだ、巨大な男は、たくましい腕を振り上げ、ミアナに敬礼した。あまりの出来事に、呆然とするミアナの後ろで、ブームが顔を強張らせる。
「警察だぁぁぁあああああ!!」
その言葉を聞き、室内は大混乱に陥る。先ほどまでソファで踏ん反り返っていたアダムも、盗んだ新聞を片手にコーヒーを啜っていたヤドクも、一斉にあらゆる方向へと駆け出し、窓枠に足をかけ、逃げ出そうとする。仕事柄か、こういう動作がやけにサマになっている3人に、ミアナはクスリと笑った。
「大丈夫よみんな、兵隊さんよ」
「ご説得、誠に有難うございます」
男は、再びミアナに敬礼し、胸ポケットから白い封筒を取り出す。
「ダメだミアナ!罠かもしれない!もしかすると、警察の奴らが、オレたちを捕まえるために変装しているのかもしれない!」
警察ではないのでいいものの、もし、軍服の男が、本当にそういう存在だとしたら、随分と堂々たる自首だな。とミアナは心の中で思った。
「SEARED…の方々ですよね?」
「はい。私共はSEARED第二部隊の者です。今回、訪問させていただいた理由は、こちらにいらっしゃるアダム・アリーダ様、ヤドク・カーマン様、ブーム・カーマン様が今年をもちまして17歳になるとお聞きし、参ったまででございます」
ミアナはふと後ろを振り返った。
そこには、3人の姿はすでになかった。
9.入団
「ナニソレナニソレ、徴兵令ってナニソレ!」
「軍の奴のアレだろ」
「アダムだってよく分かってないくせにー」
「んなもん、俺が知るわけねぇだろ」
「ていうか、逃げていいの?ミアナ、怒ってないかな?」
「心配し過ぎなんだよヤドクはー」
軍服の男が、ミアナに見惚れている隙に逃げてきた3人の男は、こうして廃工場の裏で息を潜め続けること、早くも十数分は経過していた。
「もし、軍の奴らだとしても、オレは無理」
「俺もパス」
「ボクも」
「ということで、あいつ殺っちゃう?」
「お前にそんな勇気あんのかよ」
「ないね」
「……すみません」
とりあえず、この場を切り抜けようと、ヒソヒソ会話を続けていると、不意に背後で寒気を感じた。
「……来た」
「なにが」
「…怖いやつ?」
「すっっっっっっっっんごい怖いやつ」
3人同時に振り返り、3人同時に息を飲む。
鬼の面の如く心境の、ブロンドの少女。エプロン姿に、綺麗な笑顔。整った顔立ちに、手には鋭利な包丁。家庭的存在のあの刃物が、食材とは違う何かを切る時の…
「「「逃げろーー!!」」」
「本当に申し訳ございません、この3人、犯罪経歴もございますボンカスでございまして~あなた方のお役に立てるかどうか、危ういところではございますが、どうぞ、思う存分にお使い捨てになってください」
「酷いよミアナ!オレたち幼馴染として、これまで一緒に…痛ッ」
「黙ってて、ブーム」
「……はい」
そうして、3人の男たちは、セカンドアース連合軍『SEARED(シーレッド)』に入団することになった。
「まだ死にたくないよぉぉおおおお!」
「黙ってて、ブーム」
「……はい」
10.志願者
「へぇ~今年は随分と入団数が多いみたいだねぇ」
夜も更け、窓の外は漆黒の雲色。男の横顔を不気味に照らすのは、一つのランプの灯りのみ。ゆっくりとめくられていく名簿表。男はふと手を止める。見覚えのある文字。
「…女性の入団は、志願者のみと決まっているはずだが?」
「今回は、パラ・ポネラさんを機に、止まっていた女性志願者が一名。加わってただけたのです」
「それはそれは、感激だな」
男はそっと指先でその名に触れる。ゾクリと体が震え、興奮する。
「早く、彼女に会ってみたいものだ」
「明日は新入団員の階級試験がございます。長官様にも、是非」
「もちろんだ、是非とも、楽しませてもらおうかな」
ミアナ・アンジュリー…
11.青い城
「うわ、でっけぇ!!」
数分前、ミアナとの会話時では紳士たる振る舞いだった、軍服の男は、男3人を前にし、本性を現した。強引。いや、もはや誘拐の勢いでワゴンに詰め込まれ、ヤドクとブーム、アダムは荷台で揺られていた。前方に備え付けられた、小さな小さな窓から、車内の様子が伺える。楽しそうに会話する軍服の男とミアナの姿。
「あいつ、完璧にミアナに惚れたな」
「まぁ、ミアナもなんちゃ美人だしね」
そんな会話をボソボソとする双子を他所に、アダムはどうにかしてここからの脱出方法を絞り出していた。3人を逃さないためなのか。ワゴンの速度は随分早く。車の珍しくなったアリダン国では、信号待ちなどということもない。完全に脱出不可能だった。
「アダムー諦めよーよ、軍に入れば豪華な三食もあるし、階級試験で上位成績を収めればスイートルーム並みの個人スペースももらえるらしいよー」
「…んなこと、どーでもいいんだよ」
「なら、なんで逃げるの?」
ヤドクの冷静な声音に、アダムは心の奥を読まれているかのような感覚に陥る。
「…軍に入れば、ブームの言う通り、今までの生活より、かなりいい暮らしができる。それに…イヴだって、このまま何もしないよりは……」
「イヴは死んだ」
その場の空気が凍る。瞬間、ワゴンが急停車し、3人は前方に吹き飛ばされ、小窓に顔面を打ち付ける。
「お前ら着いたぞー!」
まるで荷物を下ろすかのように、軍服の男にワゴンから抱え下ろされ、3人は地面に降り立った。やけに寒い。
「うわ、でっけぇ!!」
ブームの声に、ヤドクとアダムも上を向く。周囲の体感温度を下げるほどの、巨大な建物。城と呼ぶのが正しいのだろう。見上げたデカ物に、3人は感嘆の声をあげた。青のうつくしい光沢をまとい、天に向かってそびえ立つ繊細な造り。頑丈そうで儚い。
アリダン国の隣国。カミナス国。
そこは、観光客で賑わう、セカンドアースでも有名な国だった。
「アクチノイド軍の襲撃で、カミナス国の王はお亡くなりになられ、この王宮は、我々、シーレッドの本部として、現在使用されております」
「アクチノイド……」
アダムはボソリとその言葉を呟き、ぎゅっと拳を握る。忘れもしない。四年前のあの日。
「では、どうぞ中へ。ご案内致します」
12.窓の鍵
「こちらが、これからのご予定です」
「どうも親切にありがとうございます」
軍服の男は、これでもかとばかりに丁寧に…まるで、高級ホテルのウエイターのような手つきで、ミアナにスケジュール表なのであろう。冊子を渡した。
「オレたちにはー?」
ブームの気の抜けたような声に、軍服の男の視線が刺さる。
「あ…すみません」
立派な室内に案内されたのはいいものの。使わなくなった王宮の再利用とは言っても、随分とくつろぎ過ぎてはないか?この組織。と思いつつ、ヤドクは部屋中を偵察する。
「へぇ~窓には鍵が掛かってるみたいだね。しかも、外側から」
そう言って、ヤドクはコツコツと足元から天井にかけて伸びる窓を叩く。バルコニーも同様に、外から鍵がかけられており、外へ出ることはままならないようだ。
「えー!せっかく景色楽しめると思ったのにー!」
ブームが口をへの字に曲げ、駄々をこねる。
「…それとも、この組織さ。ボクらが犯罪者で、逃げる可能性が高い。ってこと、あらかじめ把握してたりね」
「まったく、ヤドクは用心深いんだから。そんなこと把握してても、逃げるのは勝手じゃないの?」
「…そうかな」
ガラスカッターで窓を突き破ろうと試し見るアダムだったが、そうとう頑丈のようだ。こうなれば、隙をついて逃げるしかないな。と自己処理。
「えーっと、これからの予定はー…お!いきなり階級試験だってー!」
「え、ダル」
「でも、この試験でいい成績残せば、めっちゃ豪華な部屋がもらえるんだって、さっきも言ったじゃんか、アダム」
「お前はいいよな、気楽で。ブーム」
13.団服
「でさでさ、階級試験ってどんなことやると思う?」
「知らねぇよ。さっさここから逃げ出すぞ」
「えーオレは結構、ここ気に入ってるんだけどなー」
「居座る気じゃねーよな?」
「アダムは、ここ嫌い?」
「嫌いだ」
真新しい団服を貰い、試着してみるが、締まった首元がかゆい。隣ではヤドクとブームが愛用の青と緑のパーカーを団服の下に着込むところだった。
「お前ら、そんなん着て、暑くないのか?」
「え?こうすりゃいいじゃん」
そう言って、振り返ったブームの姿は、学ランの下にパーカーを着た、ちょっとお洒落してみた中高生のようだった。
「うわ、やばいなソレ」
「お洒落だろ~」
「あーお洒落お洒落」
結局、アダムも用意されたネクタイは付けずに、首元を緩めたスタイルに変えた。3人揃って、指定された場所へ着くと、急に謎の緊張感が襲う。ピシリと着こなされた団服。固い表情の同年代青年たち。
「なぁ、アダム」
「なんだよ」
「今、思ったんだけど。団服って、やっぱちゃんと着たほうがいいのかな?」
「……あぁ、みてぇだな」
再び、3人揃って部屋へ戻ろうと方向を変える。向かい通路から誰かが歩いてくる。
丈の短い。いや、短過ぎるスカート。細く白い足は丸出しだ。長いストッキングで隠されていない部分が妙に艶めいて見える。締め付けられたようなサイズぴったりの上半身は、彼女のスタイルの良さを思わせる。胸元には女性らしいリボンネクタイ。男ばかりと遭遇してきたせいか、こういうものは新鮮に目に映った。
「あれ?3人とも、随分早かったのね」
電撃が走った。
「……やっぱ…オレ。このままでいく」
「俺も」
「ボクも」
「ん?どうしたの?」
「……ミアナ。あんまチャラチャラしないようにな。いろんな意味で、目、つけられるぞ」
14.長官レパート
何が始まるのかも聞かされぬまま、行儀よく整列させられた3人プラス1人は、他の新入り団員とともに、赤いじゅうたんを挟み込み、敬礼を続けていた。
「これ、いつまでやんのかな?」
「んなこと、知らねぇよ」
ブームの姿勢が崩れ始めた頃、何処からかファンファーレが鳴り響いた。
「王様!?王様って死んだんじゃなかったの!?」
興奮気味のブームには、あえてノーコメントをかまし、アダムは平常心を保つ。ファンファーレが一通り終わり、赤いじゅうたんの遥か向こう側で、巨大な扉が開いた。
「出てくんの遅くない?10分遅刻~」
「正確には、11分と38秒だよブーム」
「こ、細かすぎだろ!ヤドク!」
現れたのは、茶髪の男だった。年は30前半というところだろうか。そう年老いては見えなかった。黒のロングジャケット。中には、オレンジの団服を着込んでいる。偉そうだ。でも、どこか独特なオーラを持っているようで、彼の立ち振る舞いには惹きつけられるものがあった。
ミアナは息を飲んだ。ありえなかった。
「今回は、入団おめでとうございます!あなた方には、このセカンドアースを守る使命が課せられ、今、この時、こうして僕と出会えることができた。今年はどうやら、女性団員が志願してくれたとかで…」
男がミアナの前を通過する。男を挟んだ向かい側で、不思議そうにこちらを見つめる3人と目が合う。男がミアナの顔を覗き込み、ニヤリと口元を引き上げる。顔がゆっくりと近づけられ、
「びっくりした?ミアナ…アンジュリー」
耳元でボソリと呟かれたその言葉に、ミアナは耳を疑った。この場から逃げ出したい。ミアナはそう強く思う。あの日の夜も、あの時の夜も、あれからの夜も…彼はミアナにその声で囁いていた。
「僕は、この組織。SEAREDの長官!レパート・タイだ!諸君よ!僕にその命を…忠誠を誓え!」
15.支配化
「僕にその命と…忠誠を誓え!だってぇ~超偉そうなんだけどー!」
「あいつはしょうに合わない」
「やっぱ逃げよう!あんな奴が長官なんてやってけねーよな」
「…っていうか、ミアナは?」
*
「どういうことなの?」
「え~どういうことも、こういうことも、僕はただの男ですよ、ちょっと偉い階級ってだけですから…そう、ただの男…君にとっては…」
「…その先を言ったら、あなたが長官だろうとなんだろうと殺すわよ」
「うわ、怖いなぁ」
男はいつもと変わらぬ笑顔を作る。レパート。ミアナの仕事では、常連だった。
「君が望むのなら、僕は君を正式に受け入れても構わない」
「どういうこと?」
「つまり…結婚だよ。既に君のお腹には僕との子供がいるではないか?」
「摘出したって何度言ったら分かるの!?」
ミアナは恥辱に唇を震わせ、滲み出そうになる涙を堪える。他の部屋とは比べものにならないほどの立派な部屋。ミアナは男を睨みつけ、部屋から出て行こうと背を向けた。その瞬間だった。
「彼らにバレてもいいのかい?」
声はとても近かった。先ほどまで、ソファの上で寝そべっていたはずのレパートは、ミアナが背を向けたほんの一瞬で、背後にまで迫っていたのだ。壁と彼の体に挟まれ、自由を奪われる。必死に抵抗するものの、彼の力には到底敵うわけもなかった。
「……彼らは、大切な存在なんだろ?」
「………」
「アダム・アリーダ…………」
その言葉は、ミアナの心の奥に穴を開けるのには十分過ぎる言葉だった。
「……彼に、手を出したら…タダじゃ済まないんだから」
「…………なら、僕に逆らうな」
「時に人間は、自由のために支配される」
16.交叉想
結局、部屋へ戻れたのは深夜を回ったあたりだった。3人のいる部屋の扉を気づかれないように慎重に開く。無造作に床に転がって寝息を立てるのはブームだった。緑のパーカーを握りしめ、まるで、幼い赤子のようだ。今では、犯罪に手を染め、見なくてもいい世間に飛び込んでしまったブーム。かつては、強がりで泣き虫で、手のかかる少年だったのだが、今では気を使うような素振りもなく、気を使って笑っている…ヤドクだって同じだ。みんな変わった。……そして、一番変わったのは、アダムかもしれない。
「大切なものを失った……からかな」
ブームに掛け布団をかけ、ソファの上で眠るアダムの顔を覗き込む。優しい表情だ。昔と何も変わらない。黒くて、少し長めの髪も。大好きなこの匂いも。あの声も……全部、全部欲しかった。全部、あの子の隣にあったけど…それでも……
「……アタシじゃ駄目なの?」
眠る彼には、そんな声。聞こえるはずもない。第一、この前アタシの気持ちは彼に拒絶されたばかりなのだ。
「今まで何処行ってたの?長官の部屋?寝室…じゃないよね?」
ヤドクの勘がいいのは相変わらずのこと。
「なんでもないわよ。女性団員の志願者はすごく珍しいらしくてね、長官と話し込んじゃっただけよ」
「行儀よくお茶するぐらいじゃ、服を脱がされる心配もしないんだけどね」
ヤドクの目には、いつもの光はなかった。ミアナは、そんな彼の目に自己嫌悪する。
「……いつから知ってたの…そんなこと」
「いつからかな。ずっと前から…あの男。常連なんだろ?」
「……」
「こういうの…やめたほうがいい。今すぐ、ここを出て、まともな仕事についたほうがいい」
「まともな仕事って何よ……今更、自分のこと…大切になんて出来ないわよ!」
「大切にしてる人はいる」
「……誰がいるっていうのよ…」
ミアナには分かった。ヤドクが息を飲む意味が…
「アタシは…いつも後ろ姿ばかり見てたの……諦めてたよ。最初から。イヴがいるってわきまえてた。なのに…どうして……」
「ボクもだよ……後ろ姿しか…見せてくれないからね」
ミアナはヤドクの見せた、今までは無かった表情に困惑する。
だが、彼が…この先を口にしないことを、ミアナは知っていた。
17.知能試験
「階級試験は、この組織での自身の立ち位置を判定する重要な試験だ。主に、貴様らの知能、体力、実戦力などを測り、第一部隊、第二部隊、第三部隊に分けられる。もう一度言うが、この試験には命を懸けて挑戦してもらう!質問がある者は?」
鬼教官は、息継ぎの合間も見せずに説明を終え、質問はないかという、絶対「普通の人」はできないような空気を眼力で作る。
「はいはーい!」
アダムはその時、気づいた。自分の隣に「普通の人」じゃないのがいたことを。
「その試験ってどんなことやるんですかー?知能って計算問題とかですかー?体力って腕立て何回できるかとかですかー?実戦って鬼ごっことかですかー?」
「ブーム!お前!」
ヤドクが慌ててブームの口を塞ぐが、遅く。鬼教官の両拳が打ち付けられる音がした。これから殺人でもするかのような鬼教官の貫禄に、さすがのブームもビビる。
「なら、鬼ごっこは俺が鬼してやろーか?」
「…あ、いえ、結構です」
第一試験内容は、どうやら「知能」を判定するようだった。3人ずつで用意された個室に入る。
「ミアナは?」
「女性団員は少ないから、試験なしでの階級Sなんだってさ」
「なんだよそれ、差別かよ」
「Sになれば、なんかあんのか?」
「んー、オレは高級プライベートルームがもらえるってことしか知らないな」
「ブームの情報は、役に立たないよね、常に」
「あ、酷いぞ!ヤドクー!」
白いテーブルに用意された一通の封筒。この試験の詳しい内容が記入されていることは、一目瞭然だった。ヤドクは既に窓やら壁やらを見ながら、部屋中を往復していた。だいたい、この試験がどういうものなのかは検討がつく。
「ヤドク。お前の分野だ」
「りょーかい」
【この部屋から脱出しろ】
18.密室
第一試験『知能』【脱出】が始まって、数分も経過しないうちに、一つの扉が開けられた。なんの歓声もなく部屋から出てきた3人に、鬼教官は絶句する。
「教官、窓枠の釘。抜けないようにしないとダメですよ。それから、去年入団したばかりの下級団員に試験監督させるのはやめましょうね、簡単に目を盗めますから」
そう言うヤドクの笑顔の裏側には、喜びでもなく、安心でもなく、鬼教官の後ろで目を輝かせるミアナが映っていた。
「あ、ヤドクが格好つけた」
「黙ろっか、ブーム。絞め殺すよ?」
「……ほんっと、すみません」
しばらくの間、3人を化け物を見る目で見つめていた鬼教官だったが、何を思ったのかヤドクの前に進み出た。
「貴様が…あの密室をほんの数分で?」
「はい、案外簡単でしたよ」
「……悔しいが、ここまでの知能を持つ者は見たことがない。永遠に出てこれない者もいた密室であるのに」
「え!?あれって外から鍵してあんじゃなかったの!?」
「あの部屋の窓、扉。脱出するためのすべての場所には鍵は存在していなかった。ほとんどが壁と同化している。ボクたちが中に入ったのだって、天井ルートからだったでしょ?」
そう説明したのはヤドクだった。
「なら、ヤドクはどうやってあの扉を開けたの?」
「アセトンを使った。壁と扉は同化していたけど、隙間があった。それに、釘が抜けた際、アセトンが塗られていることがわかった。釘に塗られているものがアセトンだと知るには、アセトンの臭いを知らなければならないし、それに、アセトンが接着成分を溶かすことを知らなければ、この密室からは出られない」
「よく分かんねぇ……」
鬼教官はふぅと深くため息をつくと、ヤドクの胸に何かを押し当てる。シーレッドの紋章をかたどった金のバッチ。
「これは?」
「貴様の階級は、Sだ……」
「Sって最高階級じゃん!高級プライベートルームがつくじゃん!すげぇヤドク!」
「ヤドク…カーマンといったな。お前は今から、第一部隊の説明会の準備をしてもらう。こっちへ来い」
かしこまった鬼教官の表情が、視界の片隅にいる残りの2人を捉える。
「第二試験は『体力』だ。覚悟して臨め」
19.体力試験
「え、まじでやんの?」
「うほー!すげぇ!」
用意されたのは、二本のパイプ。床と天井で比べると、やや天井に近いあたりで、そのパイプは固定されていた。アダムはそのパイプの意味が怖いほど分かった。
「ここにぶら下がればいいんでしょー?いつまでー?」
相変わらず調子の良いブームが、両手をこすり合わせ、今にもパイプにとびつこうとする。鬼教官は、そんなブームに呆れたように息を吐く。
「好きなだけぶら下がってろ」
「わーい!」
ぶら下がること数十分。
アダムは、余裕の表情を浮かべ、ぶら下がり続けるブームを見上げていた。
「お前、諦めるの早すぎねぇか?」
「……腕、痛めたら困る」
空中パフォーマンスなのか、ブームは片手でパイプを半回転し、いろんなポーズを取ってみる。いつの間にか、残ったのはブームただ1人となり、試験は終了した。30分は経過していただろう。
超人過ぎる……アダムは汗ひとつないブームの横顔にそう思った。
「仕方ねぇ。貴様の階級も……一応。一応Sだ」
「ヤッホォー!これで高級プライベートルームがもらえる!」
はしゃぐブームを連れて、鬼教官は背中越しに次の試験場所を指定する。
「死ぬなよ」
その言葉と一緒に。
20.使命
「へぇ~君の連れは随分と腕が良いようだね」
レパートは、今回の試験でS階級と判定された者の表を、鬱陶しそうに眺める。
「天才君と、馬鹿力君…それから、君の愛する人……次の試験は実戦試験だ。実戦というだけあって命を懸けることになる」
「……危険なの?」
「彼は強いか?」
「…………強いわ」
「第一部隊選出者に召集をかける。もちろん、君もね。ミアナ」
「ヤドクとブームを第一部隊から下ろして。第一部隊の任務内容は、まだあの人たちには早過ぎるわ」
「だからどうした?力ある者には、それなりの使命を与えなくてはならない。それが、長官である僕の。ある意味、使命だからね」
彼は、そう嘲笑った。
21.実践試験
「アインせんぱ~~い!」
黄色い煉瓦造りの建物が立ち並び、赤い夕焼けが空を焦がしていた。アインは、そんな空を見上げ、生まれ育ったあの星を思い出す。
「どうかしたんですか?」
「……偽物ばっかで、この星はつまんないな」
「確かにですねー、でも僕らが住んでた星って、この星の奴らはみんな伝説とか思ってたみたいですよー『伝説の星、地球』とか言っちゃって~失礼しちゃいますよね。僕らアクチノイド人が襲撃してきたら一気に存在認めちゃって、馬鹿なんですかね。ここの人間は」
金髪を夕焼けの色に染め、ヘラヘラと笑う少年は、アインの顔を覗き込む。
「帰りましょう、アイン先輩。プロトが怒っちゃいますよ」
「……そうだな。フェル」
*
「これから始める第三試験【実戦】は、監督を代わって、第一部隊、副指揮官。パラ・ポネラ!このワタシが引き受ける!」
そういって台の上に上がったのは、見間違えようもない。一見、同年ぐらいの少女だった。赤髪を肩のあたりでバッサリ切り、キリッと引き締まった目尻。緊張しているわけではないが、陶器のようにピクリとも動かない表情が、彼女の経験値を物語る。
女性団員は、ミアナの他にもいるようだ。アダムはふと少女の視線がこちらを捕らえたことに気づく。視線が絡み合い、妙な違和感。張り詰めた一瞬の空気。
「今回の試験では、今までの試験とは違って。本当に命を懸ける戦いとなる!気を引き締めて臨み、無事に生還しなさい!」
実戦…とは聞いたものの。本物の敵が現れるわけでもないだろう。アダムは、どことなく気の抜けた面持ちで、案内された部屋へ入る。
部屋の中は、一面真っ白な色に塗られ、所々に恐ろしげな赤黒いシミが浮き出していた。
「つまり、ここで必要ない者の殲滅があるわけか」
ようやくこの組織の本質に近づいたような気がし、アダムは配布された短剣を軽く握り直す。ヤドクとブームの稼ぎ手段は、主に盗みだった。知能犯のヤドクと実行犯のブームで、2人、コンビを組んでいた。一方、アダムはというと、自由奔放に街を歩き回り、気が向いたら盗みを働く。といった場合が多かった。そう考えれば単独戦闘は得意なほうだ。
「アダム・アリーダか?」
突如、そんな声がかけられ、アダムは振り返る。そこには、先ほど試験監督と名乗った少女。パラ・ポネラが立っていた。
「あぁ、そうだけど?」
「長官がどうやら、お前に目をつけているようだ」
「……は?」
「今回の実戦では、お前だけ特別ルールとなる」
「いや、待てよ。どういうことだよ」
「お前は、アクチノイドを知っているか?」
アダムは、その言葉に息を飲む。アクチノイド…四年前、突如現れた。謎の人類。セカンドアースへ乗り込み。アリダン国のメインストリートを全焼させ、イヴを炎に奪われ、俺の人生を急変させた奴らだ。
「知ってる…だから、このシーレッドが設立されたんだろ?アクチノイドに対抗するための組織として」
「なら、アクチノイド人を見たことはあるか?」
「……見たことあるかって。同じ人間なんだから、普通に街歩いてたって気づかねぇだろ」
「確かに、アクチノイド人はワタシ達と姿形心。全て、一般的な人間と変わらない。だが、奴らが実際に戦闘をしているところは?」
「…んなもん見たことはねぇよ」
「そうか」
パラはそれが無意識なのか。それとも、作ったものなのか。不敵な笑みを浮かべた。
「お前には、そのアクチノイド人と戦ってもらう」
22.ルーラーシステム
「アクチノイド人?それって、四年前、セカンドアースを襲撃してきた、もう一つの人類だっけ?確か、地球…から来たとかなんとか」
「そうよ、あの火事も。奴らがやったことなの」
「なんでそんなこと?」
「アタシも、レパート長官から昨日教えてもらったばかりだから。詳しくは分からないのよ」
階級Sと判定され、第一部隊総団員会議室へ案内されたものの、そこには、ヤドク、ブームの他には、ミアナの姿しかなかった。
「他の人は?」
そんなことを言いながら、ブームが近くの席に座る。
「あなた達が例外なだけよ。普通なら、最終試験まで全員クリアすることで、そこで初めて階級が判定されるのよ?」
「うわぁ~なんかオレらすげぇな!」
「結局アダムは残っちゃったみたいだけどね」
「あいつは気合いが足りないんだよ!気合いが!」
そんな時、ミアナは昨夜のレパートの言葉を思い出す。シーレッド設立がアクチノイドの四年前の襲撃と関係していること。そして…
「ルーラーシステム……」
「ん?なにそれ?」
「……聞いた話だけどね。第一部隊では、ルーラーシステムっていう動物型使い獣を使用するの。ルーラーが適合すれば、そのルーラーの適合者として、自分の武器として使用し、実戦でもかなりの威力を見せるのよ。アクチノイド人への対抗策として考案された新兵器よ」
「へー。じゃぁ!そのルーラーってのもらえるの?」
「えっと、基本的には、もらえるってわけでもないけど、自分の武器だからね。大事にしないと」
ミアナはそっとポケットの中の石を握る。
「これは君のルーラーだよ。大切にね」
「……これは?」
薄ピンクの水晶のような石。透き通った表面が、いろんな角度から光を浴び、幻想的に輝いていた。
「ルーラーのシステムストレージだよ。主に自分のルーラーを収納しておく、ストレージストーンなんだ」
まるで、結婚しようとでもいうような、レパートの優しい表情。不思議と、頭の中で何度も何度も繰り返されるシーン。
「ミアナ?それは?」
「へ?」
不意にヤドクに声をかけられ、ミアナは慌ててポケットから手を離す。勢い余って、ポケットから飛び出した薄ピンクのストレージストーン。ミアナの指先をすり抜け、地面で破壊された。粉々になったその欠片に、その場が凍りつく。その瞬間だった。
「ミ、ミアナ!!後ろ!!」
ミアナが振り返ると、そこには……
白く、もふもふとした毛に包まれた。全長10メートルはある……巨大なうさぎがいた。
23.殺し屋
剣先と剣先が絡み合い、鉄同士の切れの良い爽快な音が部屋を満たした。相手の行動を、出来るだけ優先的に察知することで、一歩早く行動に移す。もし、相手がディスを仕掛ければ、こちらの敗北は決まる。そんな緊張感が、そこにはあった。
「お前は、誰だ」
黒ローブに身を隠す、図体からして男だろう。そいつは、パラの合図と同時に、アダムに襲いかかった。顔や表現は一切読み取ることはできなかったが、相手に余裕が存在することだけは確かだった。
命を賭けた戦い。それが、実戦。
だが、本当に殺すことはないだろう。
そんなことを脳裏に、アダムは短剣を振るっていた。角度を変え。足の位置を変え。相手に行動を読まれぬようにする。それほど、相手の戦闘には、戦闘へ対する慣れが見て取れた。
相手のペースが不意に乱れる。いや、乱したのか?アダムは、右に握っていた短剣を、後方へジャンプしながら、左へ持ち帰る。ヒュンッという音がして、数秒前、アダムがいたはずの場所に空ぶった相手の剣先が突き立てられる。アダムは気づく。
この戦闘は、本気だ。
「アクチノイド人とかいったよな?」
相手の返答はない。
「地球は、どんな場所だった?」
アダムの質問に、男の体が一歩鈍る。隙を突き男の背後に体を滑らせる。すかさず男も振り返り、振り返りざまに剣を振り回す。
「随分と荒れぇな」
アダムの姿は、部屋にはなかった。
男は、二度目の空振りを受けた剣を肩に引き上げ、男のスタイルなのであろう。腰の重心を落とし、静かに静止した。
「どうやらこの試験。お前を殺さないと合格できねぇみたいだな。かと言って、今回の殺し屋として雇われた、罪のないお前を俺が殺してしまえば、他の奴らからの批難を受ける…つまり、俺を本格的に殺りにきたってわけか」
黒ローブの男は、剣先を振り下ろすと、上を見上げた。真っ白に塗られた天井の小さなくぼみにアダムは立っていた。ここなら、登ってくることもないだろう…そう思ったのが甘かった。
男のローブがはためく瞬間。アダムの目の前に男の姿があった。驚きのあまりバランスを崩し、落下するアダムを、空中で追うように、剣先を向け追いかける。
死ぬ。
男の口元が片方に引き上がり、不気味な嘲笑を浮かべる。違う。こいつは…
アダムは、男の刃先を右に交わし、体をなかなかの角度で捻じ曲げながら、地面に着地する。男もなんなく着地に成功し、足を軸にこちらへ突進してくる。体制は落下時と変わらず、刃先を突き出してくる体制だ。
「誰に雇われた」
男の返事はない。
「何人、こうやって殺した」
もちろん、返答はない。白い壁に浮き出した赤いシミは、随分と古いものが多かった。なんとなく分かった気がした。この組織。いや、シーレッド長官レパート。あいつは…
今までに感じたことのない衝撃。胸の皮を引き裂き、何か冷たい無機物が侵入してくる感覚。怖かった。初めて、死ぬということを自覚する。脳裏に浮かぶのは、記憶の奥に眠る、イヴの笑顔。迎えに来たのだろうか。
その時だった。アダムの体が力なく地面に崩れ落ちた瞬間。爆発のような音が響いた。ぼやけた視界にうっすらと映るのは、白く巨大な…
24.ルーラー兎
「アレってなに!?」
「アタシのルーラー!!」
「ルーラーって…さっき言ってた、あの使い獣とかいうなんちゃら!?あんなにデケェのかよ!」
白い巨大物体を全力で追いかけること、数分。うねうねと入り組んだ城内の造りに苛立ちながら、息を切らす。
「あいつ、どこ行きやがったんだ!?」
「こっちに曲がったと思う!」
十字路になった廊下を右に突き当たり、今まさに実戦試験が行われているフロアへと突入する。どうやら、試験生たちはすでに、それぞれの個室に入り、試験を受けているようだった。
「てか、なんで自分の武器の制御もできねーんだよ!」
「し、仕方ないでしょ!?アタシだって、自分のルーラーもらったの昨日が初めてなんだから!適合率がまだ足りないのよ!」
「適合率ってなんだよ!」
「ルーラーとルーラー支持者を共鳴させる、実戦ではとても重要な数値のこと!これがないと、今みたいにルーラーが勝手に暴走しちゃうの!」
白い巨体が、上下にジャンプすることで、床や天井が軋む。振動で体制を崩し、ヤドクが床に放り出された。その時だったー
白い巨体がある部屋へ突進し、白い壁が破壊される。巨体が部屋へ入るのと入れ違いざまに、黒髪の少年が中から吐き出された。少年の体は力なく吹き飛ばされ、赤いしぶきをあげながら、向かい側の白壁に、赤い色を吹き付け、停止した。
あまりの出来事に、ミアナはただ呆然とその光景に見入っていた。
異常事態に、ミアナより先に飛び出したのはブームだった。
「アダム!!」
弾かれたように飛び出すブームの後を、ミアナは固まった足を引きずるように駆け出す。
黒く少し長めの前髪。華奢なのに肉つきのいい細い身体。整った目鼻立ち。その全てが、ミアナにとって特別だった。その全てを…ミアナは愛した。
冷たくなったアダムの姿に、ミアナはある人物の影を感じた。ふと、大穴を開けた部屋の中に目をやる。ミアナの兎は壁に衝突した衝撃からかストレージストーンに戻り、既に姿はなかった。
ただ、ぽっかりと空いた壁の向こう…誰かがこちらに笑った気がした……
25.消えた団員達
「よくここまで試験をクリアしてきたな諸君!それでは、階級発表にうつる!」
最終試験。実戦が終わり、クリアした隊員が城の最上階に集った。試験監督として配置されたミアナは、数時間前に起こった出来事を振り帰る。
アダムは………アダムはどうなったの?
こんなことをしている場合ではなかった。双子が側についているからといって安心はできない。彼が、何者かによって命を狙われたのは事実だ。
「では、階級発表を行う!」
試験が始まる前の団員人数は、たぶん100以上はいたはずだ。それが、今ではざっと見、20もいない。
「……人数が…足りません」
ミアナの声は震えていた。そんなミアナの様子に、ミアナ以外の唯一の女性団員。確か、名前はパラ・ポネラ。は冷たい視線を送る。
「あなただって、分かってるはずよ」
彼女のその一言は、ミアナの中の何かを突き落とすかのような響きをもっていた。
暗黙の了解だった。この試験の本当の意味。
「この組織には、弱い者はいらない」
今回の試験を受けたのは、ミアナやアダム達と同年の17歳だ。彼らはいったい…どうなってしまったのか、ミアナは想像もしたくなかった。
「ワタシ達、シーレッドっていうのは、話の通る相手を敵にしてるわけではない。殺して、生きる世界なの。弱い奴は人質に取られたり、あるいは、裏切ったりする…そんな奴らは死んでもらうしかない」
パラの放つ言葉は、一言一句正当で、そして、冷たかった。
「アタシは……そんなの嫌です。そんなんで、戦って、たとえ勝利できたとしても…嬉しくない」
「勘違いしないことね。長官のお気に入りってだけで、試験なしにS級を取得したあなたには、死んだ奴の同情なんてする資格もないんだから」
そうだ……アタシは。アタシは……
「どうしたんだい?パラ、またカッカしちゃって」
「ちょ、長官!」
気づけばそこには、何事もなかったかのような笑顔を浮かべる長官レパートの姿があった。パラの声音も表情も一瞬で変化し、ミアナは2人の間柄を一目で認識した。
「君には紹介してなかったね、ミアナ。彼女はパラ・ポネラ。知ってるだろうが、とても優秀な子でね。実戦の際は幾度となく助けられたんだよ。君の先輩ってことで、こちらからもよろしくするよ」
「何言ってるんですか長官!よろしくされるのはこっちですよ?」
「あー悪い悪い」
気持ちが悪かった。目の前で笑う、この2人は、どうして笑っていられるのだろうか…。人が死んだ。死んだ。たくさん。たくさん死んだのだ。確かに、アタシは試験なしの入団だった。だけど……
「どうかしたのか?ミアナ?顔色が……」
いつものように伸びてくるレパートの腕を振り払い、ミアナは湧き上がってくる怒りを必死に堪える。
「……部屋で休んでます」
驚いたような表情を作るレパートも……レパートに媚びを売るパラも……ミアナは全てを否定した。
頭の中を何度も何度も回るのは、アダムの笑顔だけだった。自分に向けられたことのない笑顔だったけど、それでも……
26.眠る少年
白一色で統一された広々とした個室。たぶん、女性用であろうレースで縁取られたダブルベッドの中央に、黒髪の少年が眠っていた。長い睫毛に白い肌。冷淡なオーラを醸し出す少年に、昔から憧れていたとは、言う意味も、もうないであろう。
ヤドクは、光で満ちたその幻想的な空間に、今にも寝入りそうになる。
数時間前、白い壁に寄りかかる少年を見た。血で浸った床と、そこで泣き崩れるミアナの後ろ姿。まるで、四年前のあの火災を連想させる悲惨な情景。
呆然とする状況の中、ヤドクは逆方向へと駆けていく影を見つけた。黒のローブを身にまとった男の姿だ。フードの端からちらつく、あの男の赤髪の鮮やかさに、ヤドクは見入った。人の気配を感じさせない、慣れた逃走ぶりに、ヤドクは追う間もなかった。
「ここにいたんだ」
ふいにかけられたその声に、ヤドクははっと顔をあげる。考え込み過ぎたせいか、焦ったような仕草を取る。
「あ、ミアナ」
「様態は?」
彼女の視線は、あいからわずこちらを向かない。
「ろっ骨に傷が入ったんだって、だけど、大事には至らなくて、臓器にも影響は見られないらしい」
「……よかったぁ」
ホッとしたような。優しい表情。奥の方がズキリと軋み、ヤドクは無意識にミアナから視線をそらす。
「ありがとう、アダムのこと心配してくれてたんだ?」
「そうだね、あくまで幼馴染だしね」
「家族……だよ」
「……………ミアナはそれじゃ物足りないんじゃない?」
「そんなことないよ、家族がいるだけ幸せよ」
「……アダムのこと…好きなんだよね?」
何か、客観的な空気が部屋を包んだようで、ミアナの頬が染まるのと反比例して、ヤドクの心は凍っていくようだった。
「そ、そんなこと……やっぱり、アタシ、分かりやすい……のかな?」
「……いいや、そんなことないんじゃない?ただ、それだけボクに見られてるってこと」
「へへ、なにそれ~」
「でもね、アタシ。ふられちゃったみたいなの」
「……そうなんだ」
知ってた。あの日の夜の二人の会話は、一言一句覚えている。ミアナの嘆くような告白も、アダムの捨てるような合間も……全部。
「それから、なんだか……避けられてるみたいでさ。あはは、馬鹿だよねアタシ……イヴの代わりはいないのにね」
「…………」
「……ヤドク…?」
「…ならさ…………」
言ってはいけない。2人の間の沈黙がそう言っている。だけど、今言わなかったら…一生、この気持ちは伝えられないかもしれない。
「……ミアナ。あのさ……」
「…ヤッポーイ!お!?2人ともいたのかよー見舞い行くなら行くって言ってくれりゃーいいのにー!あ、てか、これって全員集合的な!?ふー!テンションあが……」
扉を開け放ったブームは、漂う空気の重さに気づくのに数秒遅れた。突き刺さるヤドクの視線と交差し、ある種の殺気を生み出していた。
「……あ、ありゃ?お、お取込み中?」
27.石は選ぶ
「でさでさ、そのシェフの料理が上手くてさぁ~オレのこと、あいつ、なんて言ったと思う!?」
「残飯処理」
「そう!残飯処理って言ったんだよー!酷いだろ?オレらは命懸けで戦うってのにあのシェフのヤローよ、でさでさメイドのソフィーって知ってる?あの子、すっごい可愛いんだよねー前なんかさー」
楽しげなブームの話に、ヤドクは苛立ちを感じた。
「だいたい、なにここに馴染んでんだよ」
「えーオレは好きだなここ。逆に、ここの何が気にくわねぇかわかんねーなー飯は美味いし、部屋は広いし、文句なしだろ?」
「とか言っといて、夜、怖いからって、ボクの部屋にくるくせに」
「あ、あれは…広いのって落ち着かないだろ?」
「矛盾してる」
「……ところで、それなに?」
ミアナは先ほどからブームの腕に抱えられた籠を指差す。
「ん?これ?」
そう言ってブームは籠のカバーを外す。現れたのは、手のひらサイズの色とりどりの結晶石たちだった。鮮やかなその宝石に、ブームは二ヒヒと笑う。
「これ、いくらで売れるかな?」
ヤドクはその石に見覚えがあった。確か、ミアナが巨大ウサギを出現させる前に、手に握っていた石とどこか似ている。ふとミアナの方を向くと、やはりそれのようだと確信する。
「そ、そ、それ!ストレージストーンじゃない!」
「え?ナニソレ」
まるで初耳とでも言うような素振りのブームに、ミアナはわなわな震えながら、息を押し殺す。
「ルーラーを収納する石のことよ!つまり、それにはルーラーが収納されてて、とっても危険なの!壊したりなんかしたらどーするの!?」
「壊れることはないよ、ストレージストーンはかなり丈夫な構造らしいからね」
ヤドクの適切な付け足しに、ミアナが顔中を赤く染める。
「そういうことじゃなくて!それはシーレッドにとって貴重な武器なんだから!」
「いくらかな?」
「だから!売っちゃダメなの!というかどうやってそんなの取ってきたの!?ストレージストーンの管理は厳重って聞いたのに!」
侵入のプロであるブームにとって厳重って言葉は効かないだろう。いつの間にか籠の奪い合いを始める2人をヤドクは遠く見つめる。
『オレは好きだなここ』
ブームはそう言った……だけど、本当にここは安全なのだろうか。安全であるのなら、アダムはこんなことにはならなかったのではないか?
「ちょっと!それこっちに渡しなさい!」
「やーだねー!」
次の瞬間、つりあいを無くした籠が空を飛ぶ。ミアナの絶叫と、ブームの発狂。
あー、面倒なことになった。
宙を舞う、色鮮やかな宝石たちが、上空をゆっくりと飛ぶかのようだった。数ある中の一つが、ヤドクの方向へと飛んでくる。いや、そんなはずはなかった。ブームとミアナとは随分と距離のある位置に座るヤドクに、彼らが投げた石が向かってくることはないのだ。
ヤドクは目を凝らした。青いヴェールを被ったような、濁りのない澄んだ青色。不格好な形の統一感のない結晶。見たこともないような輝き。ヤドクはその時、初めてルーラーシステムというものを理解した。
この石は……
ボクらを選ぶ。
28.適合者
「で?君達は一体、何をしてくれたんだい?」
ここがその、長官室…というところだろうか。広々とした空間の中に、縦長の重量感のある机と、革製の高級そうな椅子が配置され、テラスから見える景色は、他のどの部屋よりも眺めが良い。
そんな長官室の中央で、三人の少年少女は正座させられていた。
「いや~だって、あんなに綺麗なお宝、ほっとくわけがないじゃないですか~」
レパートは、ブームのふざけた発言に動揺するでもなく、呆れたように笑った。純白のマントを翻し、ブームの前にしゃがみこむ。
「君達の噂は、だいたい把握済みだ。ブーム・カーマン。ヤドク・カーマン。そして、ミアナ・アンジュリー。君達は四年前、アリダン国で生活していたようだね。気の毒に…あの大火災に巻き込まれ家を失い、犯罪に手を染めた。ヤドク・カーマンの頭脳。ブーム・カーマンの身体能力のセットで、多くの強盗を働いた…とか。そして」
ミアナはレパートの言葉の先に身構える。小さく唇を噛み締め、その時を待った。しかし、レパートは、ミアナをチラリと見ただけで、その先を言うことはなかった。
「と、いうかんじで、君達はとてもじゃないが、セカンドアースを救う立場にある、このシーレッドには相応しくない者である」
「な、なら!追い出すンすか!?」
「誰がそんなことを?」
レパートは口端に、怪しい笑みを浮かべる。
「君達の能力は人並み外れている。結果、ルーラーが、その君達の能力に適合したではないか?君らを手放すわけにはいかないよ」
「ルーラー?」
ブームはふと手に握る緑色の石を見る。光の屈折を受け、めまぐるしい光を内部で構成させている。
「君達は、ルーラーの収納された石…つまり、ストレージストーンになんらかの衝撃を与えた。そのことで、そのどれかの石に選ばれ適合となった」
「選ばれるって、石に?」
「あぁ、ルーラーは適合者を選ぶんだ。つまり、今君達がそれぞれに持っている石は、君達が適合したルーラーってことになる」
レパートは三人を面白げに見下ろし、軽く咳払いする。
「ヤドク・カーマンの適合したルーラーは、フラッグ。カエルだ。特製能力は偵察。部隊にはとてもかかせない存在だ。ブーム・カーマンの適合したルーラーは、スネーク。蛇だ。能力は、俊敏な動きでどんな物にも穴を開けることができる。威力のある接近系戦闘能力だ。ミアナ・アンジュリー。君のはラビット。ウサギ。上下衝撃攻撃を主力とする近距離戦闘系だ」
レパートは嬉しそうに頬の力を緩める。
「そして……もう一人」
次の瞬間、長官室の扉が轟音と共に吹っ飛び、木の破片が宙を舞う。黒い影が部屋中を覆い、それが翼だとわかる。
「アダム…アイーダ。君の適合したルーラーは………クロウ。烏だ」
29.危険な試作品
「良かったの?二人っきりになんかしちゃってさーヤドク」
「ボクが二人にしたわけじゃない、アダムがボクらを追い出したんだろ?」
長官室での説教中、眠っていたはずのアダムが突然現れた。それだけでも驚きだが、アダムの背後にそびえる、あの巨大な黒い影。アダムの瞳が真っ赤に染まり、冷静さを失った獣のような殺気を放っていた。
「どうしちゃったんだろう、アダム……」
「……レパートが言ってたんだけど、烏っていうのは、とても危険なルーラーらしいの」
窓際でそわそわと落ち着かないミアナが、震える声でそう言った。そりゃそうだ、アダムの背後にいた、あの巨大烏は明らかに危険だった。ルーラーという存在を知らなければ、完全にボクらはビビリあがっていただろう。
「どんなふうに危険なんだ?ルーラーはシーレッドの武器なんじゃ……」
「うん、そうなんだけどね。烏っていうのは、ルーラーシステム最初の…試作品みたいなものらしいの。適合する者は誰もいなかった。適合できたとしても、みんな、その莫大な力を抑え込むことができず……」
「……仲間と敵の区別ができなくなった?」
「…噂。なんだけどね。だけど、あのルーラーが危険なことだけは確か。でも、アダムと共鳴してしまった以上、その事実は変えられない」
「つまり、アダムが自身の意思で、烏の力をコントロールできれば……」
「えぇ、シーレッド最強のルーラー使いの誕生ね」
「……な、なんか。よくわかんねぇけど。す、すげぇな!」
*
広々とした、殺風景な白い部屋。いかにも、というようなどデカイ肖像画と、高い天井から垂れ下がる薄布の遮光カーテン。アダムは大きく息を吸い、そして吐く。
「どうしたんだい?そんなに怒って」
「……俺はただ、お前と話がしたいだけだ」
「なら、その武器をしまおうか?危険すぎる」
そう言って、レパートはアダムの背後で息を荒がえる物体を顎で指した。
「その方が刺激があって楽しいだろ?」
「そうかな?僕は安全主義なんでね」
「そうだよな。気に入らない奴はみんな殺しちまうような臆病だもんな」
「……何が言いたい?」
「…なんで俺を殺そうとした?」
レパートは、これは驚いた、とばかりに目を丸くする。次に出てくる言葉など分かっていた。
「何故そんなことを?僕はあくまで、シー……」
「…シーレッドの長官だから?なんのアリバイにもなんねーよ」
レパートは、仕方ないとばかりに席を立つ。立ち上がり際に、手にしたのは……
「そういうの好きだぜ?」
「だと思ったよ」
レパートの手にした銃口が、アダムを捕らえる。指定範囲に入っていることを覚悟し、アダムは大きく息を吸う。
30.水槽の中の赤色
青か、白か、それとも赤か……角度によって見せる色を変える。その水槽に、赤髪の青年はそっと触れた。自身の姿が、水槽の水に反射し、全身を映し出す。
羽織った赤いマントは、数カ所に濃い赤が混ざり、鉄の臭いを漂わせている。体にフィットした、深紅のレザーベスト。燃えるような赤毛。
ふと視線を上げ、水槽の中でゆらゆらと浮かぶものを見る。
白く透けるような肌。細く柔らかそうな髪。長いまつげで彩られた、その少女の瞳の色を見てみたいと幾度となく願った。眠る少女を水槽越しに、そっと唇を近づける。
少女の鼓動だろうか……内部からの僅かな振動を感じる。水の中で保管された、その冷淡な美しさ。
「アインせんぱ~い、やっぱここにいたんすか」
何も言わず、ただ少女を見上げるアインに、フェルはため息をつく。
「サロキダ国の王様、殺っときましたよ~アイン先輩が来ないから、ちょっと手こずっちゃいましたけど、おれだけで充分でした~なんでこの星は、こんなに平和ボケしてるんでしょうかねぇ~王様が最後に言った言葉わかります!?ワシには家族がおるんじゃ。ですよ?そんなもんとっくに殺ってるっつーの」
フェルは、そう高らかに笑うと、かかとで向きを変え、来た方角へと戻っていく。
「あ、そういえば。近いうちにまた始まるらしいですよ~新入りが入ったからアインも来いって、ボスが言ってました~どんな奴らでしょうかねぇ」
黄色いマントの色の気配が去り、アインはどことなく思い出される言葉をつぶやく。
「……地球は、どんな場所だった?」
あの少年の黒髪は。
セカンドアース
この作品は何度か、いろんなところに投稿させていただいているんですが、どこもイマイチの人気なんですよね…
結構、Water Thinking Iron Heart(萎える)なんですよねぇ〜