ぼくがおっさんになっても
隆一が高校生だった頃、三十歳になった自分など想像することもできなかった。知っている大人たちを見ても、まるで別次元の存在のように思えた。
三十歳になった時、隆一は思った。何だ、高校生の頃とちっとも変らないじゃないか。確かに、見た目は年相応になった。だが、中身はというと、自分でも呆れるほど変わっていない。当たり前と言えば、当たり前の話だが。
逆に、高校生の時、何故あれほど違うと思い込んでいたのだろうと、隆一は考えた。結局、世代の違いということなのか。実際、今の高校生とは、とてもじゃないが会話が成り立たない気がする。それは、年齢の差というより、時代の差だ。
ひょっとすると、自分が五十代になっても、今の自分と変わらないのではないか。身近な五十代を思い浮かべた隆一は、激しく首を振った。それは、ありえない。あんなおっさんと自分は違う。隆一は、想像することすら拒絶した。
だが、月日は無慈悲に過ぎ、隆一は五十歳になった。鏡を見ると、立派なおっさんがいる。一方、隆一自身、自分の中身が変化したという自覚は乏しかった。気が若い、というよりも、単に成長していないだけなのだと、自分でも思う。もし、今、目の前に高校生の頃の自分がいたら、隆一はタメで話せそうな気がする。もっとも、高校生の方の隆一が、五十過ぎのおっさんとは話してくれないだろうが。
さらに、年月が流れた…
「あ、ひいじいさんの口が動いた!」
そう叫んだのは、高校生ぐらいの少年だった。その声を聞いて、別室に控えていたらしい少年の祖父母と思われる高齢の男女が、病室の中に入って来た。先に女の方が、ベッドに横たわる隆一の顔を覗き込んだ。
「お義父さん、何ですか?」
シワだらけの隆一の口が微かに動くが、言葉にはならない。
横に立っていた男が、女を労わるように肩に手を置いた。
「幸子、おやじにはもう、意識はないよ。先生も、生きているのが奇跡みたいな状態だとおっしゃっていた。まあ、おやじも百歳まで生きられたんだ、悔いはないだろう。隆司、隆則たち、あ、いや、おとうさんとおかあさんも呼んできてくれ」
「ああ」
高校生が両親を呼びに出ていく後ろ姿を見ながら、隆一の眼から涙が一筋こぼれ落ちた。
《ぼくが行ってしまう》
だが、その言葉はもはや、隆一を見守っている息子夫婦の耳にも届かなかった。
(おわり)
ぼくがおっさんになっても