ヨダカ 第五話 オツベルとハク③

第四話 オツベルとハク③~モネラ市~

「結局、白の一族のスラ、1本しかなかったね…」
 蛙はフードの中で言った。
「……」
 今日はこの前のように置いていかれることはなく、青年は蛙を素直にフードの中に入れてくれた。機嫌は首都ラユーにいた時ときよりも穏やかであることが明らかであったが、目的のスラが思った以上になかったせいか、モネラに着いたと言うのに青年は移動中も含め、首都ラユーからずっと黙ったままだった。蛙は、あまり青年の返事を期待せず、いつも通り暗い中フードを手繰り、外の景色を見た。
 モネラの街の姿はこの前と違う印象を受けた。モルタルの白い家々はすっかり濃い霧に包まれ、朝を迎えたと言うのに数十メートル先がはっきりと見ることが出来なかった。
「お。カラスの一族の兄ちゃんじゃねえか」
 蛙は、そのダミ声に振り返った。しかし、青年の肩が邪魔で見えなかった。仕方なく蛙は青年の肩に寄りかかるように立ち、その声がした方を向いた。
「この間は。どうもありがとうございました」
 蛙は、さっきまで不機嫌そうな顔をしていた青年を見た。青年はいつもしない満面の笑みを浮かべた。
「こんな朝早く。お疲れだね」
「いいえ」
 その声の主が誰なのかが蛙には分かった。そこに蒸したまんじゅうのような顔があった。男は、この前暗闇で青白く光っていた黒い牛を横に引きながら歩いていた。蛙は男の顔を見るなり、目を開き、急いでヨダカのフードへ隠れるように入った。
「お兄さんはどちらに?」
 ヨダカはフードを弄りながら、目の前の男性に訊いた。
「『お兄さん』かよ。ちょうど、うちの牛が産気付いたんで、牛舎に行ってたんだ。で、こいつは散歩だ」
「あ…じゃあ。大変でしたね…」
「まあ。無事に産まれたよ。滋養剤あるかい?」
「はい。一袋三回分で、7テールです」
 青年は薬箱を下に下ろした。
「そうだ。この前の二日酔いの薬でも貰おうかねぇ」
 男はヒューヒューと歯を鳴らしながら言った。その声は疲れが原因なのか、それとも朝だからなのかこの前よりも掠れていた。
「ありがとうございます」
「今回は10貰おうか。結構評判よくてよ。で、今日はどこに行くんだい?」
「オツベルさんに頼まれたものを届けに…」
「あ、そうなのか。じゃあ。言った方がいいか。オツベルは今、居ないよ」
「え?どういうことです?」
 ヨダカは目の前の男を見ながら怪訝な表情を浮かべた。
「見たんだよ。夜にオツベルが駅の方に行ったのを。それに、さっき家の前を通ったら、部屋のカーテンは閉めてなかったし、電気もついてなかったからまだ戻ってないと思うんだけどねぇ…」
「え?今日は早めにとの連絡を受けたんですが…」
 ヨダカは懐中時計時計を見ながら言った。
「いやいや。電灯が消える前だったから間違いない。あの濃い緑の髪はオツベルだよ」
「そうですか…。あ。合計27テールで」
 ヨダカは男性の手に薬を渡すと同時に、10テール札を3枚受け取った。
「今、3テール硬貨を出しますね」
 青年は薬箱の上の部分を筒状に開けると赤紫の巾着から硬貨を出し、男性の手に渡した。
「おっと…」
 そのときだった。男性は声帯を絞ったような声を出した。それと同時にその男性よりも大きい牛が急に頭を縦にふり始めたと思うと、ゆっくりと足を動かした。
「ちょっと待った。そっちは川の方だ。川へ入っちゃいけないったら…」
 男性は慌て、綱を握り直した。だが、牛が力が強いせいか、男性のほうが引っ張られるように引きずられた。そして再び、ヨダカたちの方に振り返りながら口を開けた。
「まあ、一応。家にいるか確認はした方がいいかも知れないけど、戻ってないと思うよ」
 牛飼いの男性は牛の行く方向に逆らうように体を傾けたが、そのまま霧の中へと消えていった。
「わかりましたー。お気をつけてー」
 ヨダカは大声で言った。
「……」
「どうすんの?ヨダカ?」
 フードの中に入っていた蛙が囁くように言った。蛙は視線を上へとやった。目の前には、駅の場所を示す標識が立っていた。
「取り敢えず…オツベルさんの家に行く。帰って来てないようであれば、駅に戻ろう」
 ヨダカはその場で踵を返した。そのときだった。何かにぶつかった。
「すみません。お怪我は…」
 ヨダカは、濃霧に現れた、少年の姿に目を見開いた。
「助けてください…オツベルさんが…」
 少年は嗄れた声を出しながら、その真っ白い手でヨダカの黒い服を掴んだ。
「助けて…オツベルさんが…」
「白の一族…!?落ち着け!オツベルさんに何があった…!」
 ヨダカが少年の腕を掴むと同時に少年は崩れ落ちるかの様に倒れた。

~白の一族の少年~

「……」
「…気が付いたか?」
「ここ…」
 少年は目を開けると、目の前に黒い外套を纏った青年が一人、椅子の上に座っていた。
「オツベルさんの家だ…」
 青年は目を瞑りながらそう言うと、そのまま、大きくため息を吐いた。どうやら疲れている様子だった。この青年が自分の事をここまで運んできてくれたのだろうか。本当の事は目の前にいる青年に確認しないとわからないが、あのとき確かそこに座っている黒髪の青年に助けを求め、そのあと記憶をなくしたのであった。少年は黙ったまま、辺りを見回した。どうやら自分は気を失ったあとこの背もたれ付きの椅子に座わらされて寝かされたようだ。それと同時に少年はあることを思い出した。
「オツベル…オツベルさんは!?」
 少年はその場で立ち上がると、白いベッドの上に、額に布をあてられた老女が眠っている事に気がついた。
「大丈夫だ。額を打っただけらしい。医者ではないが、薬屋だから薬は塗っておいた。傷は浅い…時期、目を覚ますだろう…」
 青年はそう言いながらゆっくりと目を開けると、腰を少し浮かせてまた椅子に座り直した。
「あなたは…?」
「オツベルさんにひいきしてもらっている薬屋のヨダカと申します。こっちは使い魔のカジカ」
 その青年はオツベルのベッドの上で丸まって寝ている、緑色をした蛙を指で指した。
「何があったのですか?」
 青年は鈍く光る短剣を外套の中から取りだし、ベッドの近くのテーブルに出した。
「これ…」
「あなたが落とされたものです。一体、何があったんですか?」
 少年は黙ってその赤い目で短剣を見ていた。そして、その重い口をゆっくりと開いた。
「刺したんです。オツベル…さんを…僕が…」
「は?刺した?」
 ヨダカは訝しそうに白い髪の少年を見た。青年は以前ある本に書かれていた内容を思い出した。その本は『白の一族』について書かれたもので、目の前の少年はその白い髪や肌は文献にある通りであった。ヨダカ自身、実際目で見るのは初めてであった。逆に言えば、少年にとってヨダカのような黒髪と黒目をした人を初めて見たのだろう。何回か視線も合わせず、ヨダカの姿を物珍しそうに見ていた。
「どういう事だ…一応、額以外、怪我は無さそうだったが…」
 ヨダカはベッドの上で眠っているオツベルを見た。
「それで脅したんです…。オツベルさんを…。一緒だったんです。私の家族を殺した彼女と」
「彼女…?」
「申し遅れました。私は白の一族のハクと言います」
 すると、肌の白い少年は急に立ち上がり、青年に深々とお辞儀をした。ヨダカも急いで椅子の上で軽くお辞儀した。そして、ハクはすぐに顔をあげた。
「申し訳ございませんでした。どうやら僕とオツベルを介抱してくれたみたいで…」
「まあ…。目の前で倒れたんで…。だけど。一体何が…。もし大丈夫であれば、何でオツベルさんがあそこで倒れていたか状況を教えてもらえませんか?」
 ヨダカは表情を変えず椅子の上に座ったまま、淡々と、目の前の少年に訊いた。
「………」
「話したくないですか…?」
「あ…いいえ。助けてもらったのに、何も言わないのは失礼ですね。ただ、どこから話したほうがいいかと思って…」
 少年はそう言うと大きく深呼吸をした。そして、何かを決意したように口を開いた。
「……先ずは…。僕の素性とオツベルさんとの関係を話したほうが良さそうですね…」
 少年も同じくベッドの上で寝ているオツベルを見た。
「私は十二歳の頃までナスタ(森)に住んでいた者です。森のなかは、私のような白い肌をした者同士が複数の集落を築いて、私もその集落の一つに家族と共に暮らしていました。どうやら、あなたは私が『白の一族』と知ってたようで」
 少年は、その赤い眼で青年を見た。
「何故に…」青年は眉間にシワを寄せた。
「倒れる直前、私を『白の一族』と仰っていたので…」
「ああ…」
 青年は軽く咳払いをし、その赤い眼から目を背けた。そして、少年はまた背を向けそのまま話を続けた。
「どうやら、私はその『白の一族』のようです…。で、その頃は父、母、妹の4人で暮らしていて、…父は木こり、母は麦を播きそして生計を立て、私と妹はその周りで遊んだり、手伝いをしながら細々と暮らしていました。しかし、十日余りの月の日のことでした。私達家族は胸に薔薇の痣ある女性に襲われました。家は焼かれ、私以外殺されました。彼女はどうやら仲間たちと共に、私たちの集落を襲ったようです。…生き残った私は集落の人たちや家族を殺したその彼女を探し出し復讐しよう森を出ました。ただ、彼女に関する情報が見つからず、私は各地を転々としながら、家族を殺した彼女を探しました」
「じゃあ、ここにもそれで?」
 はい。と、言い、少年は頷いた。
「しかし、モネラに来たのは良かったのですが、仕事が見つからず、気に掛けてくれたのがオツベルさんでした。農場のちょっとした仕事や食事の世話など…色々。私は、オツベルさんにお世話になりながら、家族を殺した彼女を探していました。しかし、そんなある夜のことでした。私はモネラの駅の近くで私は白の一族の女性を見掛けて…」
「白の一族の女性?」
 ヨダカはそう言いながら、隣で寝ていたオツベルをもう一度見た。すでにその姿はスラが抜けて、濃い緑色の髪に戻っていた。そこに年月とともにシワが刻まれた老女の顔があった。
「はい。あまりの嬉しさに、私はまた会いたいと考えました。白の一族を森以外で見たのは初めてだと言うこともあったのですが、私はもう一度彼女と話したいと思いました。自分で言うのもあれですが…白の一族であれば何か噂になっていると、オツベルさんに訊いてみたんです。そしたらオツベルさんがその白の一族と知り合いと聞いたので、オツベルさんに彼女に取り合ってもらえないかと頼みました。そして、オツベルさんを通じて彼女に会う約束をしました。けれどそこに現れたのは、白の一族の女性ではなく、私の家族を殺した胸に薔薇の痣がある女性でした。私は彼女に家族を殺した理由を訊こうと彼女をその剣で脅しました。しかしそれは私の勘違いで、その人は若くなった変身したオツベルさんだってわかって…」
「つまり…オツベルさんは白の一族の若い女性に変身しようして失敗した…?いやでもあの姿は…。だけど、ちょっと待て」
 ブツブツ何か言っていたヨダカは眉間にシワを寄せなながら、少年を問質(といただ)した。
「たしか、あなたにオツベルさんを助けてほしいと言われたとき、まだ、スラの効果が続いて、オツベルさんはもとの姿に戻っていなかったはずだ。何故、その人をオツベルさん気が付いた?何故、復讐しようと思っていた彼女がオツベルさんってわかった?オツベルさんは君の前でも、スラを使っていたのか?」
「え?スラって何ですか…?」
 ハクはヨダカを見ながら訊いた。
「え。スラを知らない?」
「ええ。たしか、ナスタにはそう言うものはなかったです」
 ヨダカは何か納得したかのように、頷いた。
「申し訳ない。質問をかえよう。君は何故、その若いオツベルさんをオツベルさんって気がついた?」
 少年は桜色唇に指をあてながら、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……指輪です。彼女、琥珀の指輪をつけていたんです…」
「琥珀の指輪…?」
「…ああいう大きな指輪って、付けているのって、オツベルさんぐらいしか見たことないし…仮に盗んだとしても余りにもオツベルさんみたいに上品な喋り方をするし、僕が剣を突きつけても慌てている割に暴れずに真っ直ぐ自分を目を見ていて…それでどこか気品があって言うのか、見た目とかは全然違う人なのにオツベルの魂がその人に入ってしまったのではないかって、だから…」
 少年はそう言いながら、首を少し傾げた。
「それでオツベルさんだと思った…か。なるほどな。だがそれで復讐せずに済んだが、それでオツベルさんは気が抜けたか、スラの影響か…途中で、そのままオツベルさんが倒れたんだな?」
 少年は声を発さずに、頷いた。
「それで、少しパニックになってしまい、助けを求めたとき、ちょうど駅の近くにいたのがあなたに出会いました」
 ヨダカは少年の話を聞きながら、牛飼いの顔を思い出した。もし、あの時牛飼いが話し掛けなければ、今頃直接オツベルの家に行き、ただ単に待ちぼうけを食らっている状態だった。
「だけど…なぜ…すぐに気づけなかったんだ…。オツベルさんとこうして毎日会っていたのに。傷つけなくて済んだはずなのに…」
「……」
 黒い髪の青年は大きくため息を吐いた。
「…ちょっと、来てもらって良いですか?カジ。起きろ」
 青年は椅子から立ち上がると、ベッドの上に寝ていた蛙の腹をつついた。
「カジはそのまま、オツベルさんの側にいてくれ…」
「ん。わかった」
 蛙はそう言うと、大きく背伸びした。

 ✳✳✳

「オツベルさんは本当に大丈夫でしょうか?」
 少年は中廊下の途中で後ろの方を振り返った。
「大丈夫。私の使い魔がいる。何かあれば、来るでしょう」
「……」
 しかし少年はその場で立ち止まったままだった。
「どうかしましたか?」
「あなたがさっきから言っている『スラ』って…?」
「…スラは、魔女や魔法使いじゃなくても、他人になれる『もの』を言います」
 青年は少年に背中を向けながら話した。その表情は、廊下の陰で暗くなっており、はっきりとしなかった。そして青年は再び歩き始めた。
「と、言っても、スラを得たとしても、その効果は一時的で、骨格や顔の貌(かたち)が変わる訳ではなく、顔はその種族の髪や目、肌の色を得る効果しかないものと言っていいでしょう…」
 少年は黙って青年の後ろに付いていった。すると、いきなり視界が開け、いつもオツベルと話やお茶を貰っている、勲章や壺が飾ってある部屋へと出た。
「…じゃあ、何でオツベルさんは…」
「やはり…」
 ヨダカは石のテーブルの上に雑に置いてある瓶の中を覗き込んだ。そして、ヨダカは大きくため息を吐くと、その隣に小さな箱を手に取った。その中には同じ形をした瓶が何本も重なりあっていた。
「あの…」
 白い髪の少年は黒い髪の青年に話しかけた。すると、青年は、その箱を置き、ある絵の前に立った。
「この女性、誰だと思いますか?」
 少年はヨダカに言われるまま、その絵を見た。
「これは…」
 そこには黄緑色の髪をした女性とその夫であろうか、女性と同じ年齢の男性、そして彼らの息子らしき子供が描かれていた。
「貴方の家族を殺した胸に薔薇の痣があるその人の顔は私は知りませんが…。これはオツベルさんが若い頃の肖像画です」
「え…」
 ハクは青年の方を見た。
「スラの効果として、先程申し上げた通り顔自体変えることはできませんが、若返ることができます。たとえばそれは限度と言うものがありますが、スラを使って若返ったことにより、顔つきが変わることがあります」
 すると青年は先程通った通路の方に目を細めた。
「ちょっと!オツベルさん!」
 すると近くから蛙の声が聞こえた。
「ここからは、本人の口から訊いたほうがいいかもしれないですね…」
 ヨダカは肖像画の前に椅子を用意した。
「マダム…スラが抜けたばっかりです。無理をなさらずに…」
 そこには白髪と濃い緑の髪をした老女が立っていた。
「いいの。ちょっとだけ話したいから…。その肖像画の髪の色わざと皆と同じ黄緑にしてもらったの…」
「え?」
 老女は肖像画の前に立つと、口を開いた。
「私がスラに手を出したのはヨダカに会うずっと前のこと。その頃、私はこのみんなより濃い緑色をした髪の毛がとても嫌いでずっとコンプレックスだったの。小さい頃はそれが原因でいじめられたことがあったわ。それで何度も何度もこの髪の色を直そうとして色々やったの。でも、なかなかみんなみたいに黄緑色に染まらなくて…そんな時、私はスラに出会ったの」
 オツベルは白髪と濃い緑色をした髪をその痩せた手で触りながら、ヨダカが用意した椅子へと腰かけた。その胸元は隠すように赤い肩掛けで前の部分に掛けられていた。
「スラは見事に私の嫌だった深い緑色の髪を様々な色に替えてくれたわ。金色や黄緑、そして黄色に赤。私は髪の毛が染まる度に心が踊ったわ。だけどどんなに他の一族になったとしても、満足いくことがなくて…。最初はただの気休めでやっていたのに…その量は日に日に多くなっていったわ。それで挙げ句の果てには、毎回農地管理で稼いだお金でスラの料金を払っていたのに、それでも足らなくなってしまってしまったの。それでそのお金以外にも、今まで持っていた宝石やツボ、家も売り払ってスラのために費やしていったわ…」
「え…ここより大きい処に住んでいたの?」
「ええ。そうよ。そんな様子を見ていた息子は一緒に暮らせないとここから出ていったの…」
 オツベルはまるで遠い記憶を思い出すかのように、天井を見上げながら言った。
「え?ちょっと待ってよ。…それじゃあ、ヨダカ、何でそういう状態のオツベルさんにスラを売ってんの?!オツベルさん、ますます、スラにハマって、悪化しちゃうじゃん!」
 蛙は青年を少し睨むようにして見た。
「はぁ…これはリンパーに頼まれてやっていることなんだ…」
 青年は目を閉じながらため息を吐いた。
「正確にはオツベルさんの息子さんがリンパーに相談したんだ。母親のスラを辞めさせて欲しいと…」
「え?」
「だが、リンパーは一応、結構有名な医者だから、そう易々とラユーからモネラに行けない。だから、スラの正しい知識があり、薬屋として旅をしている俺にオツベルさんのことを頼んだんだ。まあ薬屋だから、直接は治療できないが、リバウンドしないようにリンパーが言った適量のスラを処方し、様子がおかしいかったり、他のスラ売りから買っているようだったら連絡するようにと言われてたんだ」
「オツベルさんはそのことを…」
 ハクはオツベルを見た。
「えぇ。知っているわ。だけど…そう言われても、スラをやめることが出来なかった…私はそうやって、以前からスラを使っていたの…」
 オツベルは、ヨダカを一回見るとまた、視線を逸らした。
「ごめんなさい。ヨダカ…貴方を欺いて、私、他のスラ売りから…『白の一族』のスラを買っていたの…。一応、買っていたのは『白の一族』のみで、本数と時間はは守っていたわ…でも…」
「やはりそうでしたか…」
「でも…私は…」
 オツベルは白い肌の少年を静かに見た。その赤い目はいつも見ている幼い少年の目に戻っていた。
「ハクも、ごめんなさい…。貴方を巻き込んでしまって。でも、嬉しかった。貴方がここに来る度、心がとても躍っていたの。まるで少女のように舞い上がってしまった」
「オツベルさん…」
「で…でも何で、オツベルさんあの時、『白の一族』じゃなくて、違う一族のスラでハクさんに会おうとしたの?ふつう、ハクさんに会うんだったら、『白の一族』スラを何で使わなかったんですか?」
 蛙はオツベルに向かって訊いた。
「いや……使ってたんだ。しかし途中から変わった」
 答えたのは青年の方だった。青年は静かに、箱の中で重なっていた瓶を開けた。
「それ…ヨダカのじゃない…」
 瓶を見た蛙が呟いた。そしてその瓶の中から乳白色の色をしたウネウネと動く生き物のようなものが出てきた。
「これは…」
「これが、さっきから言っている『スラ』です。スラは…基本、誰でもあるものです。しかし、個人差があるものの、その特徴は、民族ごとにだいたい同じ特徴を現します。例えば、私が貴方のスラを得れば、私の肌や髪は白くなるでしょう…そして、そのスラを持ち運び出来るようにしたのが、この小瓶です。この瓶には、基本、2つ以上のスラを入れることができません。仮に入れると、そのスラは消えてしまう…しかし…」
「スラの色が…」
 ウネウネと動いていたスラが動きを止め、まるで白い膜を突き破るかのように中から斑色の蛇ような生き物が出てきた。
「ただ…ある一族だけが…他の一族と一緒にできるのです」
 ヨダカはその蠢くスラの胴体を握り潰した。
「スラ売りたちは、このスラを『金剛』✳3のスラと呼んでいます。しかし、今は、その一族の減少とある程度のスラ売りにバレてしまうため、今はほとんど行われないはずです。ですが、残念ながら全く無くなったわけではありません。これも、『金剛』のスラが混じっていたのは、確実。配分を間違えたのか、初めは『白の一族』だったのが途中でその一族になったのでしょう」
「そんな…」
 オツベルは小さく感嘆の声をあげた。
「………」
 少年はスラが様子を見ながら、顔を強張らせた。そしてその白い手はわずかに震えていた。
「恐いか?」
「いいえ。僕は…」
「だが、迷っている…」
 少年は声がした方に振り返った。青年の暗い目が、少年の顔を捉えていた。
「まあ。今回は知らないことがあったし、大事に至らなかったとは言え、関係ない人…ましてや大切な人を殺していた可能性もあったからな…」
「よ…ヨダカ…」
 蛙は青年の方を向いた。
「これはあくまでも余談ですが…」
 青年は腰をテーブルの隣のカウンターに腰をつけながら言った。
「ちょうど十数年前、その『金剛』のスラを持つ人々による、多民族の連れ去りや襲撃が多発したと言われています」
 そしてヨダカはそのまま目をゆっくり閉じた。
「理由は定かではないのですが、ちょうどその3年前、スラ売りたちが、重増し出来るスラを得るためにその『金剛』のスラを持つ一族を大量に虐殺したと聞きます。それは、その一族の働き手や子供なども含め…一族はその数を半分以上減らしたと言われています。とは言え、…虐殺は一時的で、今は無くなったと言います。しかし、働き手や若者を失った一族は、それが原因で、貧困を強いらた…」
 青年は、ゆっくりと目を開くと、カウンターに飾られた洋燈(ランプ)を見た。作りはシンプルでフィラメントの周りの透明ガラスが、窓から入る外の光を白く反射させていた。
「その一族は貧困を逃れるため、家を襲ったり金品を奪ったり、子供も浚い無理矢理スラを回収して高値で取引し始めたと言われています。特に白の一族は森…ナスタから外に出ることがなかったため当時特に高値で取引されたており、彼ら(『金剛』のスラを持つ一族)の格好の餌食だったと言われてます…」
「じゃあ、焼き鳥屋さんが見たって言う、子供ってまさか…」
 蛙は表情を曇らせた。
「ああ。その当時、その一族がやったとは限らないが、確か様々な一族の子供たちが何者かに浚われて、各地に点在したと聞いた。多分、この前、焼き鳥屋が言っていた子供も浚われてきたかなんかしのだろうな。そのあとどうなったのかはわからないが…。前から横行はしてたんだ…金を得るためにスラを得るための虐殺や人浚いが…。しかも、未だにその一族の生活は改善されず、2年前にもラユーでその一族による事件があったと言われてます…」
「……」
「復讐するのか?」
 ヨダカは白い髪の少年に質問した。
「その恨んでいる女性も理由は不明だが、そういう背景はあったことは確かです…。ま。貴方の家族が殺した真実はその彼女に訊いてみるしかわからないし、貴方が家族を復讐するのは私には関係はないですが…」
 青年はカウンターから腰を浮かし少年の方を向いた。何かを求めるかのように少年の赤い目はヨダカの顔を真っ直ぐ捉えていた。
「……」
「ハク…」
 そして、白い肌の少年は俯いた。そして、何かを決意したかのように固く結ばれた口をゆっくり開いた。
「…復讐は…辞めます…」
「え…」
「正直、その女性に対する恨みがなくなったとは言い切れないです。でも、ヨダカさんの話を聞いたら、新たな悲しみは次の悲しみを生むと思いました。…それに私は勘違いとは言え、大切なあなたを傷つけてしまった…」
 肌の白い少年は絵の前にいるオツベルを見ながら言った。
「そんなことはないわ。自業自得よ。好きな人を振り向いて欲しくて…夢のなかでも会いたいって思って。バチが当たったのよ。こんなお婆さんが、貴方に恋してしまうなんて…」
「オツベルさん…あの…」
 ハクはいきなり、オツベルの前に座るとと手を握った。オツベルを掴んだその白い手は震えていた。
「あの…!オツベルさん…僕と…結婚してくれませんか!」
「え?」
「へ?」
 蛙はちょうど真上にいた二人の顔を見た。
「あの…ダメでしょうか…」
「へ?ちょっ…ちょっと待って。どういうこと?」
「カジ。お前は黙っていろ…」
「え?何で?」
 カジカは青年の顔を見た。
「ちょっと待ってよ。何を言ってるの。ダメも何も…私、こんなシワくちゃお婆ちゃんなのよ…」
 オツベルは痩せた手で、少年の手を解こうとした。だが、少年は老女の手を握り直し、額をあてた。
「本当は…ここを早く去るつもりでした…。でも…オツベルさんと過ごす時間が楽しすぎて…」
「え…何を言ってるの!…下手すれば貴方のお婆ちゃんぐらいなのよ⁉こんな…」
 オツベルは困惑したように声をあげた。
「気づいたんです。あのとき…。僕のせいでオツベルさんが倒れて…。僕はまた家族と同じ位大切なものを失ってしまうじゃないかって思ったんです」
「そんな…。気にしなくていいのよ。それに、私は落ちぶれて、財産も何もないのよ…」
「そんなの要りません!ただ私はあなたと一緒にいたいんです。私は今のあなたを愛してしまったんです!家族を失ってナスタを出ていき、もう…故郷には戻らないつもりでいました…そしてあなたに出会ってしまった…。迷惑でなければ…一緒にいてもいいですか?」

 ✳✳✳

「なんだったんだろ。あれ…」
 蛙は青年のフードの中で大きくため息を吐いた。
「どうした…?」
「話が急展開し過ぎて…」
 外はいつのまにか青空が広がっていた。
「ま。本人たちが幸せならそれでいいんじゃないか?まあ…琥珀の石の言葉通りになったな…」
「ん?どういう事?」
 蛙はフードの中で振り返りながら訊いた。青年の耳にはいつも通り太陽の形をした耳飾りが揺れていた。
「ハクさんも言ってたが、オツベルさんいつも琥珀の大きい指輪を付けていたろ?」
「あ…そういえば…」
「琥珀には、『家族の愛』や『大きな愛』って意味がある」
「へぇ…そうなんだ…。だけどさぁ…」
 蛙はまだ何か言いたそうにしていた。
「どうした?カジ?」
 蛙は青年の肩に乗りながら言った。
「なんか納得いかない…っていうか、好きになるってどういう事なんだろ…」
「さあな…本人しかわからないじゃないか?」
 蛙は青年の方を見た。機嫌が悪いときの声色とは明らかに違う物だった。
「ヨダカ…笑っているの?」
 青年は顔を見られないようにするためか、横を向いた。
「ねぇ、何で横向くの?ヨダカは誰かいないの?好きな人?」
「……」
「え。何で急に黙ってるの?ねぇ。ヨダカってばぁ」

ヨダカ 第五話 オツベルとハク③

✳1パイロープ…石榴(ざくろ)石(ガーネット)のことで、石榴石は様々な色々な種類・色があるのですが、パイロープがハクの目の表現に相応しいと思い、使いました。一見、カッコ良さそうな表現をしてますが、そのあとに続く、「赤い炎~」って言う言葉が入っていて、結構、ダサい表現になっています。「パイロープ」は「炎のような」という意味のギリシャ語由来の英語らしいです。つまりは「毎日がエブリデイ」に近しい表現に捉えしかねない表現をしてます。だけど、勝手にカッコいいから、ま。いいかと。思ったり、思わなかったり(。すみません。矛盾してます。)。まだ文章力が粗削り状態が続きますが、よろしくお願いします。


✳2…これは「北守将軍と三人兄弟の医者」を読まれた方は気付くと思いますが、原作のリンパー、女じゃないよな?って思われるかもしれません(。明確な記載はないにですが…)。これは、この物語(ヨダカ)を進める上で、忠実に原作(つまりは宮沢賢治の作品)の登場人物(性別)の通りにしてしまうと、男性ばっかりになってしまうためからです。つまり、私には書き分ける才能がないということです。決して、作中に女性の登場人物がいないわけではないのですが、有名な「銀河鉄道の夜」でさえ、主人公の母親と途中で出会った女の子ぐらいしか、女性は登場しません…。つまり、キャラがかぶってしまうと考えたためです。少女漫画の様に王子様キャラ、甘えん坊キャラ、ガリ勉キャラ、影キャラ…ヤンデレ?(わからないですが)と書き分ければいいのかもしれませんが、正直、書いていてイライラするし、なんか、また違う話になりそう(宮沢賢治の世界観を壊しそう←十分、個性的なキャラをぶっ込んで世界観を壊しているのですが…)なので勝手ですが、才能がないためオツベル同様、女性キャラに替えさせていただくことがあるのですが、ご了承ください。

✳3金剛…金剛石つまりはダイヤモンドのことです。で、何でダイヤ?スラの表現も合ってないし、って思うかもしれません。この部分、結構迷いました。ヘビやコウモリとか、サソリ、冥闇?なんか禍々しい奴等なんているし、いつも通り「自分で決めた」ヤツで良かったのですが、読んでいた本の中に、「紛争ダイヤモンド」について書かれた部分がありました。「紛争ダイヤモンド」とは武装勢力の資金源(武器の購入)のために輸出されたダイヤモンドのことを言います(。学研の図鑑:美しい鉱物p88を自分の文にしました。かなり省略してます)。今は、そう言ったダイヤモンドの取引はなくなったとは言え、採掘には現地の人や拉致された少年が強制的にさせられた事実があったということです。だからと言う訳ではないのですが、今回は「ある一族」(どの一族か決めてません。決めないかも…)の境遇と、他のスラと混ぜても消えない稀少性から『金剛』にしました。とは言え、金剛石は宮沢賢治の世界では結構出てくるので、都合が悪ければ、もしかしたら、禍々しい奴等に変更するかもしれません。


解説(一部「オツベルと象」の内容あり)
 今回、「十日余りの月」を舞台にした内容となっていますが、原文だと、象がその夜に仲間たちに助けを呼ぼうと手紙を書いた内容となっており、その日のお昼の一時半に象たちと仲間たちがオツベルを襲った内容となっています。今回、夜を舞台にしたのは、これはモネラの駅が昼間に賑わっているためと、夜のほうが様になる?っていう自分勝手な考えからきており、オツベルがハクに襲われる時間を夜にしました。また、話は変わりますが、「牛飼い」についても自分なりの解釈で物語を書きました。「オツベルと象」の最後の一文を知っている方もいるかも知れませんが、「おや(一字不明)、川に入っちゃいけないたら。」という部分は一体「何が」川に入ろうとしたのか、結構解釈が分かれる部分ではないかと考えます。今回(オツベルとハク)は、牛飼いが牛を散歩させていたので、「牛」説を採用しました。(原文の真実は不明ですが…)
 もう一つ、解説に入れたい事として、今回、琥珀の指輪がキーワードとさせていただきました。これは本文だと、琥珀のキセルとなっています。琥珀の石言葉(?という言葉があっているのか?)はヨダカも言っていますが、「大きな愛・家族の繁栄・抱擁・人間関係・社会性」などがあるそうです(サイトからの引用です)。今回は、その意味合いも入れて物語を作って…はい。嘘です。石言葉は本当ですが。今回は「オツベルと象」をベースにしたらたまたま琥珀の宝石言葉と重なっただけです。ごめんなさい。しかし、今回は後半は話がまとまりそうになかったため、この宝石言葉を参考にし、話を作りました。これはあくまで、琥珀の石言葉を知った私の個人的な意見なのですが、原作の「オツベルと象」は何故か琥珀のキセルが強調されています。貴重品だし、昔は色々なものに加工されて、単純にオツベルが金持ちと言う表現だったかも知れませんが、もし仮に宮沢賢治が石言葉を知ってたとするのならば…(多分、違うと思いますし、そういった記述はなさそうですが。)、「オツベルと象」は、かなりの皮肉が込められた作品かもしれません。

ヨダカ 第五話 オツベルとハク③

第3部です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-20

Copyrighted
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  1. 第四話 オツベルとハク③~モネラ市~
  2. ~白の一族の少年~