ベッドの上に仰向けになりながら伸ばした腕はなんだか天井との距離がとても近い気がした。
私は自分の白くて細い腕が好きでこの保健室の無機質な白さとの相性も良かった。
その腕を眺めながら、手首の傷も消えてしまったなあとしみじみ思った。白くて細い腕に一点だけある赤い線がとても綺麗で好きだった。見ると安心できた。私が手首を切ったのなんてだいたいそんな理由だ。精神科医の香山リカは、死にたくて手首を切るんじゃなくて生きるために手首を切るんだ、なんてこと言っていたけど、まあそれはその通りだよな。
「大丈夫??体調悪くなかったらそろそろ起きていいわよ」
保健室の嫌味のない優しいおばさんが私に声をかけた。
私は大学の健康診断で採血をするときは毎回ベッドで横になって受けさせられる。
その理由はいつも血管が細くて注射が打ちにくい、という理由だったが今年は細すぎて少し血を採っただけで倒れてしまいそうだから、という不本意な理由もつけ加えられていた。私は確かに細いけど、この体型の割りにはもう4年くらい内科にかかっていないくらい健康体の持ち主なのに。
けれど心配されても仕方ないくらいには私は痩せていた。半年ほど前に私は拒食症でまともな食事が出来なかった。元々痩せ型の私が更に痩せてあとほんの少しでも体重が落ちたら入院するところまで痩せてしまった。けどギリギリのところでなんとか立ち直ることが出来たのだ。私はなんとなくこういうところがあるから、長生きする自信だけは無駄にある。
そもそも私が拒食症になったのなんて香山リカの言うリストカットをする理由と全く同じで、死に近づくことでしか生きることが出来なかったのだ。だから私は彼女の言葉がよく分かる。
なんとなく保健室は嫌いじゃないし心配してもらえるのも嬉しいし、自分で言うのもなんだがきっと私は誰から見ても保健室が似合う女なので退室するのは少し名残おしかったがここにいても仕方がないのでベッドから起きて保健室を出た。
周りの人の視線が私を儚い少女を見るような目で見ている気がして気持ちが良かった。多分思い込みだけど。

外に出ると寒くなく春の生ぬるい風のおかげで私はいい気分を保つことが出来ている。
近頃私は子どもや母娘の姿にばかり目が行ってしまう。
それはきっと、私はさみしいからだっていうことは分かっている。
自分の少ない血を受け継いで生まれた子が、絶対的なつながりを持った存在が欲しい、
それだけの理由だった。体の繋がりは心の繋がりよりずっと信用できる。
信号を待っている母娘は繋いだ手と手だけですべての繋がりを保っているように見えた。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted