暗殺者

蒔田博隆

習作のミステリー小説の掌編です。
なんとなくノリで書いてしまいました。

「はじめまして、魅佐波亜紀です」
「あ、どうも、亞季山信彦です。こいつの一個上で」
 現在、裕樹はN大学の工学部の1回生、俺は二回生。祐樹とは同じP高校のサッカー部にいたころからの付き合いだ。俺は彼を弟のように可愛がっている。
「一週間だって? 早いな」
 俺は表面で笑顔を浮かべつつ、彼女の容姿をきめ細かく観察する。
「早いですよね……」
「まあね」
 裕樹は何を血迷ったか、付き合って一週間でこの女と同棲を始めた。俺はそれを聞いて仰天した。そして、同時に疑惑が頭をもたげた。何か事情ありの女か、アウトローな女かもしれないと。
「まあ、色んなカップルいるしな」
軽い時代とはいえ、同棲するにはあまりに早すぎる。言っちゃなんだが、祐樹は世間しらずで気の弱い男だ。
「そうですよね」
 悪い女に付け込まれているのかもしれない。確かめなければ気がすまなかった。
「うまくやってるか? 祐樹」
「うん、まあ……」
 祐樹は顔を赤くして彼女と見詰め合う。 
 お前は騙されているんだ……
 前の彼女に浮気され別れてから一年、苦しい思いをしただろ? それなのに、お前はまたその事を忘れて、こんな付き合いを始めている。危なっかしくて、見ちゃいられないんだよ。

「人目ぼれしちゃって、この人だと思いました」
「そ、そうなんだ」
「俺も最初は焦ったんだけどね」
 なれそめは、ピザ屋のバイト先で知り合ったとか。出勤初日に彼女はこいつに一目ぼれして、猛烈に祐樹に迫り始めた。初日から声をかけ、ラインやメールを送りまくり、次の日にはデート、その次の日に家にあがりこんで……
「俺もさ、ありえないって思ったんだけど、彼女の勢いっていうか、ねえ? 」
「なによお、私が押しかけたみたいに言わないでよお」
 白いテーブルを挟んで向き合ってお互い顔を赤くしている。隣にいる俺が恥ずかしくなってくるような甘い雰囲気を振りまく。
「声優の学校に通っています。」
「そうなんだ」
 最初はどんな阿呆な尻軽だと見ていたが、わりと純朴なイメージ。田舎から神戸にでてきて、親から仕送りを受けながら、ピザ屋のバイト、その資金を礎に声優学校へ通っているらしい。
「ほらみてくださいよ」
「おお、板についてるね」
 数人の男女の中に彼女がいるものや、真剣な顔で画面をみながら、台本片手に背の高いマイクの前で何かを口走っている様子が画像に収められている。どうやら言っていることは本当らしい。最初は泥棒か詐欺まがいの女かと思ったが、そうでもないようだ。
「祐ちゃんたら、下手糞ね」
「いや、卵焼きがどうしてもうまくできないんだよ」
 奥のキッチンで並んで調理をする二人。亜紀ちゃんは起用に卵をフライパンの上部に寄せて、畳んでいく。俺は感心して見ていた。このご時勢、料理もできない女はごまんといるのに大したもんだ。少々強引なところもあるけど、しっかりしてそうだ。
「あ、喉渇いたな」
「サイダーありますよ」
「いや、ちょっとタバコも欲しいんで近くのコンビニで買ってくるよ」
 どうみても、俺は邪魔者だ。それに彼らのいちゃいちゃする姿は見てられない。外で一服してこよう。 俺は大分、疑いの心が晴れて、ほっとしていた。彼女が作ってくれた卵焼きが美味しかった。裕樹にはもったいないくらいの彼女だ。
「ありがとうございました」
 品物を買って、外でタバコを一服しても15分しか稼げない。祐樹の奴、いいところに住んでいるな。さて、どうしようか。パチンコに寄る金もないしなあ。仕方ない、一旦戻って、用事ができたとか行って撤収するか。
「ただいま~あれ? 」
 帰ってくると、彼女がいなくなっていた。
「おい、祐樹、彼女、どうしたんだ? 」
 祐樹は白い押入れの前に、もたれこむように座っている。よく見ると、彼の額は赤く腫れていた。
「ゆ、祐樹! ど、どうしたんだ? 」
 サンドウィッチが入った袋をその場に置くと、祐樹の前にさっと腰を下ろす。祐樹は、糸がきれた操り人形にように、黙ったまま動かない。
 放心状態だ。
「な、なにがあったんだ? 」
 俺は辺りを見回す。白い四角形のテーブルの位置がさっきより、斜めにずれている。
「どうしたんだよ」
 胸倉を掴んで聞きただすと、祐樹はぽつりとつぶやいた。
「……ら……れた」
「ふられた? 一体なにがあったんだ? 」
 それ以上聞いても、彼は首を横に振るばかりだ。右肩に触れると筋肉が強張り震えているのが分かる。どういうことだ。俺が買い物に出かけている15分の間になにがあったんだ……
「お、おまえ、襲ったのか? 」
 言ってからそれが愚問だと気づく。同棲しているのだから、きっと事は済ませているはずだ。
 案の定、裕樹は首を横に振る。
「それならなんだ、何かお前の致命的な欠点とか、口走ってしまったのか? 」
 また首を横に振る。当たり前だ、俺はこいつのことをよく知っている。勉強も仕事も頑張っているし、女に嫌われるような変な趣味も持っていない。それになにより、彼女のことを愛しているのは、今日の会話で伝わってきた。
「それじゃなにか、彼女を冷めるすようなことをいったり、怒りで手をだしたりしたとか? 」
その問いに対しても首を横に振った。
「そうだよな」
ちょっと気の弱いところはあるが、こいつは他人によく気を遣う優しい男だ。そんな祐樹がたった15分でふられるようなことをするとは考えにくい。
「なにがあったか話してみないか? 」
 祐樹は黙ったまま俯いている。言いたくなさそうだ。
「俺とお前の仲じゃないか、なあ、話してみろよ、楽になるぞ」
 俺が柔らかい口調で促すと、祐樹は衣装箪笥がある方をちらりとみてこぼした。
「あいつが…あの中に潜んでいたんだ……」
「あいつ? 誰だ……」
 裕樹は両肩を抱き、震え始める。
「やはり、あの女は」
 あの女は……美人局だったか。祐樹がいない間に男を引っ張り込んだんだ。そして、俺がいなくなった後に衣装箪笥から姿を現し、祐樹に飛び掛り、殴って脅したに違いない。
「すまん、俺が悪かった。油断しすぎた。俺も出て行くとき、鍵をかけておけというべきだった」
「違うんだ、俺が全て悪いんだ」
 また下を向くと、嗚咽をあげ始める。
「……」
 よっぽど怖い目にあったんだろう。俺はタバコを一本取り出して吸った。深い溜息とともに煙を吐き出す。
「裕樹……さっきあったことを話してみろ、怖かったのは分かるが、話すと少しは楽になるぞ」
 彼は俺に視線を合わせると、喉仏を上下させる。そして、しばらくの沈黙のあと顔をあげて、訥々と語り始めた。
「あ、あいつが……、衣装箪笥を空けた隠れていたんだ。襲ってきたから……俺、思わず後ろに下がって逃げたんだ。そして、なにもできなくて震えていたんだ。そしたら、彼女が……ゴキブリくらいで情けないって……こんな頼りないあなたとは、付き合えないって……」
「ゴキブリ……」
 俺は肩の力が抜けて、火がついたタバコを落としかけた。
「そうか……」
 ゴキブリに飛び掛られて、女みたいにヒーヒー言って逃げ惑った祐樹は、襖の横の柱に顔をぶつけて倒れたあと、動けなかった。それをみた彼女は祐樹に幻滅して出て行った。そういえば、祐樹は大のG嫌いだったな……
――ちなみに逃げたGを、彼女はなんなく追い詰め、近くの雑誌をまるめて一撃で昇天させたあと、つまんでゴミ箱に捨てたらしい。
「ふう……裕樹、そろそろGを克服しようか」

暗殺者

悠々自適の大学生活を送る祐樹は、ある女の子に人目ぼれされ、同棲を始めたが……

暗殺者

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-19

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