チョコミントの憂鬱

「君は昔からチョコミントアイスが好きだったよね」

 彼はそう言って、コンビニの袋を差し出した。袋の中には、カップアイスが二つ。バニラとチョコミント。そのうちのチョコミントアイスだけを取り出して、残ったバニラは袋ごと彼に返す。

「ありがと。でも、誰と勘違いしてるのか知らないけど、私別にチョコミント好きじゃないの」

溜め息を吐きつつもアイスの蓋を開ける。すると、涼しげなミントグリーンが目に飛び込んできた。


「そうだったっけ、ごめんね……」
「いいよ……あ、もし今度買ってくる時はチョコでお願い」

 なんてね、と笑って、まだちょっと固いアイスを口の中に放り込んだ。それはゆっくりと溶けていって、甘みとほんの少しのほろ苦さ、そして最後に清涼感が広がる。
 一方、彼はポケットから付箋と筆記具を取り出すと、すらすらとメモを書き始めた。「アイス チョコ」と走り書きされた付箋を、既に大量のメモ用紙で埋め尽くされた壁にぺたりと貼り付ける。
 
「またメモ増えちゃった」
「ごめんね、沙希子ちゃん」
「違う、小夜子。私の名前は小夜子。さ、よ、こ」
「さよ、こ、ちゃん……さよこ、ちゃん……」

 彼は私の名前を何度も繰り返し口にして、再びポケットから付箋と筆記具を取り出そうとした。すかさず、私はその手を押さえつける。

「いいよ、もう。メモなんて取らなくて」
「でも、また間違えちゃったらいけないから」
「いいの、いいから……」

 不意に悲しみが込み上げて、私は思わず彼を抱き締めた。いきなりのことに彼は驚いたようだった。びくりと体を震わせて、恐る恐る手探りで抱き締め返す。背中に触れる彼の手は小さく震えていた。

「驚かせてごめんなさい」
「なんで小夜子ちゃんが謝るの。僕たち、こいびと、なんでしょう?」
「うん……」

 そう、私たちは恋人同士だ。
 けれども、彼はそのことを忘れてしまった。
 いや、正確には忘れつつあるのだ。ある日から、彼の記憶は一日と持たなくなってしまった。メモに書いていつでも見える場所に貼っておかないと、彼はすぐにいろいろなことを忘れてしまう。自分が何者であるのかも、私の好きな食べ物も、そして、私が彼の恋人であることさえも。

「薫が私のことを忘れても、私が薫のことを覚えてるから」
「薫……? 薫って誰?」

 はらはらと私の目からこぼれ落ちるこの雫は一体何なのだろう。
 
 チョコミントアイスは溶け始めていた。

チョコミントの憂鬱

書き出し.me(https://kakidashi.me/novels)より、「君は昔からチョコミントアイスが好きだったよね」という書き出しをお借りしました。

チョコミントの憂鬱

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-18

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