凍える森

「怖い」なぜ、そう感じるのだろう?

一抹の不安を感じながらも

彼はそこに行くことを躊躇っていた。


夢であろうか、はた現実であろうか、森の畦道と例えればよいのか、

山の中ほどに木々を払いのけるかのよう古ぼけた

血色の悪い連なる鳥居がたち並び、そこから真っ直ぐ山頂に、空にむかって一本の道がのびている。


彼は独りごちた。

「まるで滴る血が、夜に染み入るようだな」



そして、この青年は黒い画用紙を闇に喩え
赤い絵具を一筆垂らしたような、


この寂しい景色に我が身を一点描き、

その絵画の傍観者たらんと自身をみようとした。



木枯らしは、揺れる木の葉に鳴りを潜めるよう密談をかさね

かさかさと鳴る臆病な歌を披露している


投石した一個は水面に堕ち、波紋をひろげるよう木枝は静かにゆっくりと、揺れ拡がってゆく


脳裏に響くザーザーと雨が降るようなノイズ。


四肢に蟻が這うような不快感は彼をしてこう言わしめた。



「私は、まるで生きながらえながら、死んでいるのだ」



生きて這うよう独りでに

彼の頬を涙が流れ、雲の縫い目より、嬉々として眩い面を覗かせる月明かりがそれを刹那に照らした。


ほんの一緒の出来事である。



母は身を削ぐように泣いている、父は苦渋の


表情をただ無心に一点を見つめている。



連続したカメラのシャッター音が脳裏に響きわたり、その情景はよぎる

めまぐるしく記憶はながれ、

彼は気を失いそうになる。


朧な意識のなかに入り込む、父の姿は、夢の彼の意識にあらわれて


険しく重い何かを訴え浴びせかけては、彼を責め立てている。



(なんと頼りない足取りなんだろう…)

とその時、風の囁きにまじり、女性のか細い声が微かに聞こえた。


妙な冷たさを感じつつ、辛うじて意識をたもち

まるで無関心に、それを空耳だと
わずかに首を振り一歩、二歩と、そのまさに頼りない足取りで歩む。

絶えない景色。それは重苦しく終わりのない彼の感ずる人生を象徴しているかのようでもあった。



砂利は鋭く、あるいは鈍く歌う。


シャッ、ジャリ、シャッ ドッ


大胆に音は後を追いかけ、この閑散とした夜に「孤独」という交響曲を名指揮した。もちろん、指揮者は彼自身である。

彼の内の感ずるもの、彼の心や記憶、それだけではなく、木の葉の風に揺れる様や、肌に触れる触覚。

万物の事象すべては彼に交わり、彼だけの音楽を奏でていた。


「なぜ、お前はその道をすすむ?」


「わからない…」

「では、なぜ、お前は悲しみで満たされている?なぜ、お前は涙を流したのだろう?なぜ、親はお前に不敏を感じ、お前を…慈しむ?」


ふくろうは月明かりから身を隠して、押しても倒れぬ柱のように


厳かに責めるように「ホゥ ホゥ」そう問いかける。

「わからない…」


たどたどしい歩み。



(なんと頼りない足取り…)


再び、女性のか細い囁きが、冷たい夜風にまじって彼の耳を掠めていく。


肩をブルッと震わせ、彼はこう呟く。

「沢山の雨が降る」



彼は苦痛に歪んだ面持ちで、その声のする前方を凝視した。



母は身を削ぐように泣いている、父は苦渋の

表情をただ無心に一点を見つめている。


すると、うっすらと女性の顔が彼の進む方角を遮るように浮かび上がる。


彼は問いかける。


「貴女は誰ですか?」





「死との門答」

凍える森

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凍える森

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-17

Copyrighted
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