案山子

スノーボール

 朝、目が覚めた後、私は急いで畑に向かった。まだ覚めきっていない頭の中に浮かんでいるのはしろのことだけだった。顔も洗わず、寝相の悪さに斜め上に跳ねた髪の毛のまま、私は玄関にある草履を履き、寝巻きのまま玄関の戸を開けた。その時、戸の溝に少し足を引っかけ、危うく転びそうになる。外はまだ薄暗い、朝もやが体にべとりと張り付き、布団から出たばかりの私の体が急激に冷やされる。寒さに少しぞくっとしたが、おかげで目はすぐに冴えた。畑までは歩いて10分ほどの道のりだ。私は足早に畑に向かった。途中で観方山のたぬきが畑の方角から山に向かって走っていくのが見えた。また私の畑を襲いに来たのかと、追いかけて怒鳴りたい気持ちが沸いたが、ぐっと我慢し畑に向かった。私はしろが心配だった。畑に着いて辺りを見渡すと、畑は荒れた様子はなく、いつもと変わらないようだった。しかし、しろが見当たらない。私は慌ててしろを探した。しろがいつも立っている場所に近づくと、そこにしろが倒れていた。真っ白の丸い顔が土で汚れ、後ろの布が破れてわらが少し飛び出している。まっすぐと伸びた腕が折れ、かろうじてつながっている状態だ。脱臼したかのように手がだらんとしていて、着物が着崩れていた。足は完全に折れていた。のこぎりで切ったようなあとではなく、動物に噛み砕かれたような後だった。畑の入り口には動物の足跡らしきものがいくつもあった。私は怒りがこみ上げてくるのをなんとか押さえ、できるだけ優しくしろに聞いた。
「君が守ってくれたのかい?」
私は、ぼろぼろのしろを持ち上げ、それ以上どこも傷つかないように大事に家まで運んだ。家の門をくぐり、玄関の方ではなく、縁側に向かった。少しさびて硬くなった戸を片手で思いっきり引く。ぎしぎしと滑らかではない音が辺りに響いた。引き戸を半分開き、隙間からしろを家に入れ、開いた両手でぐっぐと反対の戸を押した。
「少し待っていてくれ。」
私はしろを縁側に寝かせ、下駄を軒下に脱ぎ、家に入った。確か、居間の茶棚の下の引き出しにガムテープがあったはずだ。引き出しを捜すと奥の方にガムテープがあった。あとは針と糸か。私は家の中にある引き戸を片っ端から開けて探した。なんとか使えそうな針と糸を見つけ、しろのもとに戻るとしろが見当たらなかった。どこにいったのだ、私は慌てて探した。縁側のふちの下、雑草が生き生きと生い茂っている庭、長く続く廊下、寝室や厠まで探したが見つからない。まさかと思い私は再び畑のほうに向かった。外は朝日が昇り、朝露に濡れた土や葉がきらきらと輝いている。畑の中にはいつもの場所でいつもの笑顔でしろが立っていた。足が折れているのでいつもより目線が低い。腕は折れ、白い顔は土で汚れ、頭からはわらが飛び出ている。
「ばかもの、なぜ戻ってきた。そんなボロボロの体で。治してやるから家に戻れ」
私はつい、しろに向かって怒鳴った。
しろは表情一つ変えずに私のほうを見て微笑んでいる。
「畑を守ってくれるのはありがたいが、少しくらい休んでも罰はあたらんだろう。朝来た時に狸が山に帰るのを見かけた。お前が追い払ってくれたのだろう?あの様子ではしばらくはやつらもやってこないだろう。」
私は何故か泣きそうになりながらしろに語りかけた。しろはやはり表情を変えずに微笑みながら言った。
「私はここにいたいのです。私を唯一のものにしてくれるここが好きなのです。私を唯一のものにしてくれたあなたが好きなのです。だから私はここにいたいのです。」

私はその言葉を聞き、何ともいえない気持ちが込み上げてきた。私は家に帰って、先ほど見つけたガムテープと糸と針を持ってきた。まずガムテープで折れた足と腕をしっかり固定した。そして、布が破れて藁がでている頭を藁を押し込めながら不器用に縫った。裁縫など久しくしたことがなかったので、ガタガタな線になってしまったが、なんとか藁が出てこないようにとめることができた。
「これで何とか治せたか、すまない。あまり上手くできなくて。」
しろはいつもの様に微笑んでいる。
「私もお前が好きだよ。私の大切な畑を守ってくれるお前が。だけど、もうそんなことをしてくれなくてもきっとお前が好きだよ。もう知ってしまったからな、お前がどんなやつかと言う事を。だから、無理はしなくていいんだ。お前が休む代わりに私がここに立っていたっていい。そんな風に考えてしまうくらいお前のことが大切なのだ。」
私は縫ったばかりの頭をなでながらしろに話しかけた。しろの顔を見るとやはりいつもの様に微笑んでいた。しかし、その顔はいつもより嬉しそうに見えた。

案山子

案山子

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-17

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