小松菜について

夏みかん

私が小松菜を食べられない理由、それは・・・。

私は小松菜が食べられない。


私は小松菜が食べられない。
なぜなら、妹が小松菜のアレルギーだから。

それがはっきりとわかったのは私が10歳のころ。妹3歳。
母が作った小松菜入りのグラタンを、クリスマスに私たち姉妹はうまうまと食べていた。

すると、妹の顔がだんだん赤らんできて、最後に、「きゅう」と言ってぱたんと倒れた。
呼吸が止まっていた。
急いで救急車を呼び、母が夢中で吐き出させて、ようやく妹は無事病院で目を覚ました。

検査入院もかねて1カ月は入院が必要だということで、私は祖母の厄介になり、父は仕事に出かけ、母はそのまま病院の住人となった。

「怖かったわよ、あの時は」
母は語る。
小児科の子供の患者というのは様々な子がいて、中には白血病などで明日も知れぬ命の子もおり、妹はかけがえのない友情を育んでいたわけだけど、覚えていないだろう。
「もうよそのお母さんの話聞いてたら泣けて泣けて、本当に、りさが助かってよかったー、菜穂も健康体に生まれてくれてよかったーって、夜中に私お父さんの肩でわんわん泣いたんだから」
私やりさが何か親不孝なことを言うと、決まって母はこの話をする。

それからの生活で、小松菜を抜くことは意外とたやすく、和食と言ってもあまり使いどころがない野菜なんだなあと思ったりした。こんなことを言っては小松菜農家さんに叱られてしまうが。
学校でも小松菜のピーナッツ和えなど、子供が嫌う給食ワースト3に入っていたおかずを食べないで済んで、本人にとって割と良かったんじゃないかと考えている。

りさはちゃっかり者で、小松菜が食べられないことを理由にしおらしく振舞ったりして、「そこは関係ないんじゃないか」と私のつっこみも無視でカバンを男の子に持ってもらったりして帰ってきたから、彼女の人生に小松菜的なものはいらなかったんだろう。
むしろ、それを利用して上に跳ね上がらんとする彼女の心意気がしっかりと姉の私には見えていた。
「ただいまー」とりさの声。今じゃあの小松菜娘もOLだ。
「おかえりー」
「おかえり」
私と母はそれぞれ迎えた。

「よいしょよいしょ」とりさが真四角の炬燵の私から見て真正面に入ってくる。彼女の長い茶髪が揺れる。
「お姉ちゃん、ミカン剥いてよ」
「はいよ」
比較的気のいい私は、りさの頼みを大体断らない。お姉ちゃんだから。

お姉ちゃんだから。


「なっちゃん、今日からあんたうちの子になるんやってねー、おばあちゃんこんなに嬉しいことないわー。一カ月仲良うしよねー」
兵庫県のとある田舎に住む祖母は、そう言って私を快く迎え入れてくれた。
祖母は年齢の割に若く、細くて頑丈。茶色い肌に鍛え抜かれた足、銀髪を一つにまとめて、喫茶店を経営していた。
笑顔にあまりしわが無く、締まっていたので何歳にでも見えた。
私は心の中で彼女を「魔女」と呼び、その人望の厚さにいつも目を見張っていた。

ある時は店にタウン誌の取材が来て、祖母が何度も私に「一緒に映ろう」と呼んでも絶対行かなかったし、ある時は私には意地悪なおじさんが、祖母相手にでれでれしていた。またある時はピアノのコンサートをさせてくださいとお願いされて、地域の人を読んでパーティーをしていた。

私はただただ縮こまり、輪の中心に私を置こうとする皆や祖母の手から逃れて、一人キッチンで牛乳を入れたコーヒーを飲んだり、せっせと片付け物に精を出したりしていた。
それを片田舎だからか、じろりとした目で見るお年寄りやおじさんもいて、「あんなに不愛想でこの先大丈夫なのかね、家じゃわがままし放題なんじゃないの?」などと悪口を言って笑う人もいた。
祖母はそれに「あんたには無い堅気な性根があの子には備わってるだけちゃうの~?」などと笑顔で言い放ち、喧嘩にならないよう持って行ってくれていた。
家に帰れば、これまた亡くなったご主人が残した田舎特有の豪華な玄関の家で、木彫りの虎がこちらに吠え掛かっていて、私はいつも一人で入れなくて、祖母がお店を終えるのをランドセルを背負って、暗くなるまで待っていた。
妹と比べて、ただただ出不精。口下手。あかんたれ。
その頃よく聞いた言葉。「あかんたれ」。

祖母はいつも、笑顔でぎゅっとしてくれたけれど、私には傍に父も母もいないことがとても不安だった。ただただ不安で、祖母という人に甘えることができなかった。そのくせいつも泣く。

1か月後、祖母は「いつでも弟子入りしに来なさい。あんたはおばあちゃんの大事な孫なんやからな」と、私のほっぺをつまんで、いつも通りくしゃっと笑った。
顔じゅうの歯を見せた、化粧のないきれいな笑顔。私には一生手に入らない。
それからもちょくちょく、祖母は手紙をくれた。写真付きで、こんなことをしました、あんなことが次の夢です、菜穂に会いたいです。そうけして嫌味なく書いてくれてて、戻った家の妹中心の生活に馴染むころ、やっと私は返事を出した。

「おばあちゃん、都会の砂漠では私はとても生きられない。だからいざというとき助けてねby菜穂(^-^)」

おばあちゃんは、私が一人で生きられないことを一目で理解してくれていた。だからこそ、二人の間に通じる冗談で返した。
それからは手紙が携帯のメールになり、ちょくちょく私は向こうへ帰り、おじさんに煙たがられながらも祖母の下で料理修行を受けている。


「剥けたよ」
「ありがと」
りさがミカンを食べ始める。意識してやっているのか知らないが、一つを一口でなく、三回はかじってちびちびと食べる。りさはすっかりお姫様気質に育った。そしてそのまま王子様に拾われて、来週の三月九日にはお嫁に行ってしまう。

「お姉ちゃんはおばあちゃんに似てきたよねー」とはりさの言葉。私は毎日ランニングをせっせとして、知らないうちに日に焼け、髪もざっくばらんに美容室で「普通にしてください」と頼んで切ってもらっている。

飾りっ気のない人になりたい。

今はただ、そう思っている。

おじさんは、「あかんたれ」から「おい、男女」と、私の呼び名を変えた。父母は毎日普通に暮らしている。

ただただ、日々を平穏に暮らしたい。たとえいつかは離れるとしても。
笑っていられたらそれでいい。

小松菜について

一応完成できました。

小松菜について

小松菜を食べられない。でも小松菜って意外と料理に入ってない。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-17

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