それはきっと雪の音で
暁人の話を書く前に、まずこの人を書いてあげなければならないと思ったので、暁人の叔父さんの雪斗の話から。
一度上げたものを編集し直して再アップしています。かなり文体が変わっていますがご了承ください。
プロローグ
その言葉だけで、生きていられると思った。
「俺が思うのはさ。どんなに完璧に見える人間だって、往々にして欠陥はあるってことなんだよな。誰からも嫌われないで生きてみたいと思うけど、きっとそれって、不可能だろう」
目の前を流れる川を睨みつけながら、少年は言った。不貞腐れたような、しかしどこか傷ついたようなその横顔を、隣に座るもう一人の少年がうかがう。土手の斜面の夏草が、そこに座る二人の姿を隠してしまうほどに茂っていた。
俺は河川敷の歩道から、その二人の背中を見つめていた。ずいぶん懐かしい背格好だと思った。ここがどこなのか、この川の名前すら、根深く記憶に残っている。この少年たちが、なぜここにいるのかも、俺にはわかっていた。
二人の淡い夏色の制服が、灼熱の太陽の下で輝いている。
わずかに背の高い方の少年が、不機嫌な隣人に穏やかに笑いかけた。
「お前は時々、難しいことを考えるな」
「将来は哲学者にでもなろうかな」
「馬鹿。でも、そうだな。誰からも嫌われないで生きるより、誰からも好かれて生きる方が、難しい気がするけどな、俺は」
穏やかなその言葉に、不機嫌だったはずの少年は、不意をつかれたように目を見開いた。二人の目が、相手を見つめ合うように動きを止める。
背が高い方の少年の横顔に、わずかな笑みが浮かんでいる。
その笑みの意味を、俺だけが知っている。
「安心しろ。お前にどんな欠陥があろうと、お前が誰に嫌われようと、俺はお前を嫌ったりしない」
「ずいぶん、自信があるんだな」
「あるさ。だって、」
その言葉の続きが、夏風に優しく溶けていった。丁寧にその声を拾い上げた少年は、さらに目を大きく見開いて、それから、泣きそうな顔で微笑んだ。
「馬鹿だなぁ、あんたも」
俺はそっと目を閉じた。蝉の声がすぐ近くで聞こえた。静かに流れる川は、夏にしか聞こえない涼しげな音を立てていた。
もう二十年以上前の、遠い夏の憧憬だった。
それはきっと雪の音で