「弾は2発、たぶん、私の分と君の分」

心に傷を抱える少女が、ある少年と出会う。
少年は言う。
「僕、実は飛べるんだよ」と。

プロローグ〜1

プロローグ




1
''君はまだ若い''
少年は幾度となくそう言われ育った。
まるで的を得ない。少年に対し放たれるその言葉は、喉を通り口の粘膜に擦れ、歯と歯の間を通り、唇の間から飛び出た、ただの雑音にすぎない。
少年はいつも決まった返答をする。
''そうですね''
いつも曖昧に笑った。
いつからか、こんな返答を覚えた。
少年がまだ幼い頃、彼の誕生日に母親からプレゼントされた本にこう書いてあった。
「他人は自分に興味がなく、それ故に、曖昧な言葉をかけてくる。曖昧なうえに、確信がない。ならば、こちらも同じことを返事すればいいのだ。''そうだね''と」
かなり捻くれた作家であると少年は幼いながら思った。だか、そのその言葉は、少年の心を強く刺激し、深く心に残った。
相手の言葉に対し、否定もなく、意見もない。そう返答してしまえば、相手は満足にそれ以上言葉を並べなかった。
人と話すことを止めた彼にとっては、その返答は、これ以上話を続けないための、とっておきの言葉になった。

少年は悩んでいる。
いつ終わりにしようかと。

2


2
彼女はいつも塔を見ている。
それはいつもそこに存在し、彼女のことを見張り続ける。存在するはずもなく、自分にしか見えていないのだと、彼女もわかっている。たが、塔は確実にそこに存在し、いつも彼女の上に影を作った。
彼女はその塔を意識しないようにするが、塔はそれを認めようとしない。彼女にとって本当に安らげる所など、どこにもなかった。
電車に揺られ、窓に額をつける。外気に触れ、窓は少し冷たかった。車両は彼女を乗せ、高速で轟音を立てる。閉められたドアの隙間からほんの少し風の音がする。風は生きているのだと、昔、チダが言っていた。彼女はそうは思わない。風は息をせず、瞬きもしない。夏になれば熱風を走らせ、冬はあらゆるものを凍らせた。生きているならば是非答えてほしい。
どうして生きているのか、を。
窓を見る。
塔はそこにあった。

3

3
病院のベットで目覚める。少し燻んだ白い天井は、寝そべる少年を見下ろすかのようにそこにある。決して大きな部屋ではない。来客用の椅子は、人に座られる事を忘れ、読み終わった本が積まれている。照明が明るい。
目を開けた時の景色はいつもと変わらなかった。
いつも決まった時間に看護師がくる。食事を取っているかを確認し、処方された薬を飲ませる。体調はいいか、顔色はいいか、それ以外に交わす言葉はない。少年に向け、愛想笑いをし、外の天気がいい事を告げる。少年は看護師を一瞥し、手に持つ本へ視線を落とす。看護師が外を散歩しようと提案するが、少年は答えない。看護師は少年を後にし、部屋を出る。
重く息を吐く。
いま少年を取り巻く現実に、いつまでこんな事を続けるのかと考える。多分いつまでも終わらない。ずっとこのままなのだろうと思う。少年は手に持つ本を置き、膝をさする。膝が掌に触れられる感覚が確かにある。
膝を優しく撫でる。同時に母親の顔が浮かぶ。悲しみに醜く歪み、その目は少年を見ていない。我に帰ると、強く拳を握っていた。白いシーツに皺ができる。
ふと思った。
母親を殺してやりたいと。

4

4

制服のまま繁華街へと向かう。午後の5時を過ぎて、繁華街を高校の制服で歩く者は少ない。
この時間を境に看板のネオンには灯りがともり、仕事帰りと思われるサラリーマンとすれ違う。背中に向けられる視線をすり抜け、ケータイを取り出す。ふと、チダを思い出す。チダが今の自分を見たらどう思うだろう。きっと、そんな事はやめなさい、とそそっかしく言ってくるのだろう。哀れみで涙を流すかもしれない。疎ましく思うだろう。でも彼女はそんなチダが嫌いではなかった。
チダの死に顔が思い浮かぶ。腕があらぬ方向に曲がり、地面に触れる頭の周りに赤く血の池ができていた。
彼女はその時、何も考えていなかった。チダの死体を見つめながら、それが現実なのかもわからず、ただただ血に染まる地面を見ていた。頭から流れ出る血は地面に滴り、いつしか彼女の手も赤く染めていた。悲しかったが泣いてはいなかったと思う。泣く事も考えていなかった。
目的のビルを通り過ぎているのに気づく。振り返ろうとした時、すれ違う男と肩がぶつかりケータイを落とした。
ケータイを拾い、顔を上げる。視界にぼんやりとあるはずもない塔が見える。軽い頭痛を不快に思い、イザキから電話が来ている事を無視し、ビルに入った。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-16

Copyrighted
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