すーちーちゃん(12)

十二 豆まきの二月

「さやか、豆まきを見に行くか」
 パパから声が掛った。
「豆まき?」
 あたしはええっという顔をした。
「何だ、さやか。節分を知らないのか。近くの神社で、豆まきをするそうだ。行ってみるか」
 近くの神社は、すーちーちゃんの家だ。
「豆だけじゃないぞ。お菓子もまく
「行く、行く」
 二つ返事だ。きっと、すーちーちゃんが、お正月の時のように、巫女姿なのだろう。
 神社の境内には近所のおじさんやおばさんなど、多くの人が既に集まっていた。社殿の上には、神主さんや地元の役職の人が正装していた。でも、すーちーちゃんや竜太郎君は見えない。きっと、社殿の奥で節分の準備しているのだろう。
 神主さんのお祓いの後、地元の代表の方が、「鬼は外、福は内。鬼は外、福は内」と声をあげながら、社殿の上から豆をまく。豆は地面に落ちてもきれいなように、小さな袋に入っている。集まった人たちは、手を思い切り伸ばし、豆やお菓子を掴もうとする。
「ほら、さやか、取れたか」
 パパが豆の袋を見せてくれた。あたしの手には何もない。大人と子供では身長差がありすぎる。あたしがいくら背伸びしたり、ジャンプしたりしても、かなわない。じゃあ、どうする。このままじゃ、一つも豆が取れない。何かが足に触った。下を見る。誰かが背をかがめ、地面に落ちた豆やお菓子の袋を拾っている。竜太郎君だ。ズボンのポケットは膨れ上がっている。
 そうか。あたしの生きる道はこれだ。大人たちは空の戦いに夢中で、地面に落ちた豆には関心がない。あたしも竜太郎君のまねをして、地面に落ちた豆やお菓子を拾う作戦に変えた。竜太郎君の後を追う。竜太郎君がつかみ損ねた豆やお菓子を拾う。あたしのポケットもすぐにいっぱいになった。でも、大人たちの足に蹴られたり、踏まれたり、体中は名誉の負傷でいっぱいになる。
「以上で、今年の節分は終わります」
 代表者が終了宣言すると、なんだ、もう終わりかよと言いながら、集まった人たちは豆やお菓子を抱きかかえ、満足そうな顔で、神社の境内からあっと言う間にいなくなった。残ったのは、地面に落ちた豆などを拾っている遼太郎君やあたし、その他の子どもたちだった。
「すごいね。竜太郎君」
 あたしは収穫物で、ポケットなど、体中が膨れ上がっている遼太郎君に声を掛けた。
「そうでもないよ」
 と、胸を張る竜太郎君。
「すーちーちゃんはどこ?」
「姉ちゃんは豆まきが嫌いなんだ」
「どうして?」
「なんか、体がぶるぶるするんんだって。それに、パパやママも豆まきが嫌いなんだ」
「ふーん」
 納得したような、納得していない返事だ。
「竜太郎。何やってんの。あれだけ、豆まきには行っちゃいけないっていったでしょう」
 すーちーちゃんだ。声が怒っている。
「すーちーちゃん。どうしたの?お菓子を拾ったの。一緒に食べる?」
 あたしが右手にお菓子の袋を持って近づこうとすると、後ずさりするすーちーちゃん。
「どうしたの?」
「あたし、豆が嫌いなの。豆まきが嫌いなの。これは、立野子一族の教えなの」
 一族か。すごい言葉だ。あたしのうちはパパとママとあたしの三人家族。それに、パパのお母さんとお兄さん、ママのお父さんとお母さん、弟が一族になるのか。でも、その一族に特段の教えはない。あるとすれば、健康が一番、だ。
「どうして豆まきが嫌いなの」
 あたしは尋ねる。
「だって、豆まきは、鬼は外、って、鬼に豆をぶつけるでしょう。豆をぶつけられる鬼がかわいそうじゃない。鬼は何も悪いことなんかしていないのに。ただ、見た目が怖いだけでしょう。そんなの、豆をぶつける理由にならないわ」
 すーちーちゃんがこんなに怒るのは初めてだった。確かに、すーちーちゃんの言い通りだ。鬼に豆をぶつける正当な理由はない。ただ単に、鬼の見た目が怖いだけだ。でも、すーちーちゃんは鬼じゃない。豆をぶつけられる訳じゃない。それに、鬼なんて架空の生き物じゃない。そんなことに怒らなくてもいいのに。
「だから、あたしの家では、豆まきが嫌いなの。さあ、行くわよ。竜太郎」
 すーちーちゃんは怒ったように社殿の裏に消えた。
「待ってよ、姉ちゃん。そんなに急いだら、折角、拾ったお菓子が落ちちゃうじゃないか」
「そんなもん、捨てちゃいなさい」
「もったいないよ」
 竜太郎君はお菓子の袋で膨れ上がった体を両手で押さえながら、すーちーちゃんの後を追う。あたしは、すーちーちゃんと一緒に食べようと思ったお菓子の袋を右手にぶら下げたまま、二人の後姿を眺めるだけであった。
 すーちーちゃんは、本当に不思議な子だ。

すーちーちゃん(12)

すーちーちゃん(12)

ある日、転校してきた少女は吸血鬼だった。十二 豆まきの二月

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-16

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