歩きステマはやめましょう

 事務用品のレンタル会社に勤めている小林は、いつものように駅を出て、徒歩で会社に向かっていた。本当は自転車の方が楽なのだが、度々盗難にあい、仕方なく歩くことにしたのだ。
 最初の信号が赤になり、立ち止まってスマホを見た。相変わらず広告が多い。最近は、一見すると広告とわからないような広告も増えた。
 その時、隣に立っていた女子高生たちの話が耳に入った。
「ねえねえ、ジュビダバっていいよね」
「あたしもそう思う」
 はて、新しいバンドなのか、ゲームソフトなのか、ジュビダバとは何だろうと、小林は首をかしげた。
「ユッコなんか、5キロも痩せたらしいよ」
「それ、ヤバくない?」
 この場合のヤバイは、多分、いい方の意味だろう。すると、新しいダイエット食品なのかと、小林は想像した。
「それに美味しいし」
(やっぱりそうだ)
「あたしなんか、毎日飲んでるよ」
(ちょっと違った、飲み物か。だが、ジュビダバなんて聞いたことないな。若者に流行ってるんだろうか)
 信号が青に変わり、急いでいる小林は、しゃべりながら歩く女子高生らと自然に離れた。
 次の角を曲がるとき、立ち話をしている主婦たちの声が聞こえた。
「ジュビダバって美肌効果もあるのよ。お通じも良くなるし」
「肩こりや、冷え性にもいいんですって」
(ふーん。年齢問わず、女性に流行っている飲み物らしい。会社に着いたら、こっそりネットで調べてみるか)
 会社が入っているオフィスビルが見えてきたあたりで、同じ方向に歩いて行くサラリーマン風の男たちが、やや棒読みな感じでしゃべっているのに気付いた。
「そうさ。ジュビダバは二日酔いにも効くんだ。パソコン疲れにもいいらしい」
「そうか。それなら、ぜひ、ぼくも今度飲んでみよう」
(なんだこりゃ。明らかに変だ。ワザとらし過ぎる。ははあん、これってあれだ。ステルスマーケティングとかいうやつだ。略して、ステマだ。それにしても、どこがステルスだよ。あからさまじゃないか)
 小林はちょっと苦笑してしまった。
 その後は何事もなく、定時前に会社に着いた。すると、顔見知りの守衛が「朝のミーティングがあるって、みんな急いでたよ」と教えてくれた。
(しまった。今日は社長の訓示がある日だった)
 小林がオフィスに入って行くと、すでに全員が立って整列していた。課長の鋭い視線を痛いほど浴びながら、列の後ろに並んだ。幸い、社長の話はこれから始まるところだった。
「諸君、お早う。営業成績の話を始める前に、一つ言って置きたいことがある。これはまったくわし個人の感想だが、ジュビダバを飲んで血圧がグッと下がったよ。腰の痛みも軽くなった。さらに…」
(おわり)

歩きステマはやめましょう

歩きステマはやめましょう

事務用品のレンタル会社に勤めている小林は、いつものように駅を出て、徒歩で会社に向かっていた。本当は自転車の方が楽なのだが、度々盗難にあい、仕方なく歩くことにしたのだ。最初の信号が赤になり、立ち止まってスマホを見た。相変わらず広告が多い...

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-16

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