神無月駅

十枝倉庫

 ここは?
 気がつくとおれはどこかの商店街にいた。
 といっても相当寂れたところらしくあたりを見回しても人はいないしどこの店も閉じきってしまっていた。
 横道からは綺麗な夕焼けが見える。
 おれどうしてこんなところにいるんだろう。
「お兄ちゃん」
 自分以外の声が聞こえそちらに顔を向けるとそこには小学校低学年ぐらいの子どもが網と虫取りかごを持ってこちらを見つめていた。
 どんな顔をしているのかはわからない。だってその子どもは懐かしいスーパーヒーローの仮面をかぶっていたからだ。
 懐かしい、もう名前なんて忘れてしまったけどあれは自分がこの子どもの時ぐらいに放送されていた戦隊ものじゃなかったっけ。
「お兄ちゃん?」
 仮面の子どもは顔を斜めに傾ける。
「は、はじめまして」
 こういうときってどう会話を始めればいいんだろう。
 幼い子の相手になる機会が今までなかったからよくわからない。
「ぼくあの蝶々を捕まえたいんだ」
 そういっておれを指さす子どもに一瞬なんのことかと動揺したが子どもがいう蝶々はタイミングを見計らったようにおれと子どもの間を優雅に飛び過ぎ去った。
 見たことのないその蝶々の羽は青色かと思えば紫にも赤にも見えた。
「あの蝶々は?」
「わかんない。オビってみんなで呼んでる」
 オビ。
 おれは目線でその蝶々を追った。
「お兄ちゃんも手伝って。そうだ、競争しようよ」
「え?」
「あれを早く捕まえた方が勝ち。勝ったらお互いお願い事を一ついって、負けた方はそれを叶えるの」
「先に捕まえるっておれは……」
 何も持っていないといおうとした。
 確かに持っていなかったんだ。
 なのに気がつけばおれの手元にはその子どもと同じ虫捕り網とカゴを握りしめていた。
 あれ?
 子どもはおれに背を向けフラフラと蝶々を追いかけている。
 短く切られた髪の隙間から見えたのは特徴的な大きなほくろ。
 おれはそれに見覚えがあった。
 そういえばと商店街を見回す。
 あの店も、あの店も。
 どれも注意深く見ればどこかなつかしい気持ちになるものばかりだった。
 ここにおれは来たことがある。
 でもどこだ?
 そこまで考えてピンと来た。
 ここは夢の中なのかもしれない。
 こう考えればおれが突然ここに来た理由も、何もないところから物が突然現れたりする不思議も納得がいく。
 それに夢は脳が記憶を処理しているときに見るものだとも聞いたことがある。
 だからもう忘れてしまったどこかの記憶が夢の場所として現れているんだろう。
 そうとわかれば話は早い。
 こういう夢を夢だとわかっていることってなんていうんだっけ。
 めいせきむ、だっけ?
 そんなどうでもいいことを考えながらおれは子どもに「おーい」と声をかける。
「なぁにー?」
 子どもは振り返っておれに返事をする。
「君の名前は?」
 夢の中とわかっていても、この子どもが幼い頃のおれだとわかっていてもなんて呼べばいいのかわからないと不便だ。
 すると子どもは楽しそうな笑い声を上げていった。
「カミサマだよ」
 昔は将来神様になるとかそんな壮大なことをおれでも考えていたのだろうか。
 カミサマはのんきに鼻歌を歌いながらおれの隣を歩いていた。
 蝶々はおれたちがギリギリ届かない距離を保ちながら前方を優雅に羽ばたいていた。
「捕まえないの?」
 カミサマに尋ねればカミサマは「うーん」と渋る。
「オビはねぇ、ムリヤリ追い掛け回すとパァッと消えちゃうんだ」
 なるほど。
 てことはどこかに止まったときに捕まえるのが無難だな。それまではできるだけ静かに様子を見て……。
 なんてまじめに考えてしまうのはまだまだおれも子どもだからだろうか。

「お兄ちゃん」
 気がつくとカミサマは隣にはおらず商店街の駄菓子屋の中からおれを手招きしていた。
「どうした? オビは――」
 いい切る前にズイと突き出されたのは一本のラムネだった。
「開けて」
「……」
 どうやら固くて開けられなかったらしくカミサマの声は少し不機嫌だった。
 おれはラムネを受け取り、フタ部分についていたピンクのラムネ開けでビー玉をグッと押し込んだ。
「うわっ」
 ビー玉が落ちると今度は中の液体が溢れ出てくる。
 おれは急いでカミサマのそれを手渡した。
「ヘタクソー」
 カミサマは愉快そうにいう。
 そんなこといわれた最後にラムネを開けたのも何年前の話だと思っているんだ。
「お兄ちゃんも飲んだら?」
 おれの気持ちを知ってか知らずか、カミサマはもう一本ラムネを渡してくる。
 おれはさっきよりも慎重な気持ちでラムネを開けようと試みる。
 そういえば……。
「お兄ちゃん知ってる? ラムネは開けてしばらくそのまま押さえ込んでたら泡が溢れないんだよ」
 カミサマはまるでおれの心を読んだようにいう。
 そうだ、前にもそうやって教えてもらった。
 おれはカミサマのいう通り、ラムネ開けで口をしばらくふさいでいると泡は大人しくなり溢れることはなかった。
「ね、いったとおりでしょ?」
 カミサマが本来なら店番をする人が座るであろう一段高くなっている場所に座っていたのでおれも隣に腰を下ろす。
 手の中のビンを見ればそのビンに収まったビー玉の周りには小さな泡がたくさんついていた。
 小さなころはこのビー玉が取れないかと四苦八苦したものだ。
 隣を見ればカミサマは仮面をつけたままおいしそうにラムネを飲んでいた。
 それはどうなっているんだ。なんて夢の中で聞くのはヤボってものだろうか。
 飲み終わったカミサマはビンを振り、中のビー玉はカラカラと音を立てた。
「取りたい?」
「うん。だけどいっつも取れない」
 ここに置いてあるビンはキャップが付いているものではないためビン自体を割りでもしない限り取れない物だった。
「取らない方がいいよ」
「え?」
 おれの言葉にカミサマは首をひねる。
「おれも昔この中のビー玉が欲しくて取り出したことがあるんだ」
 取れたときはうれしくてずっと大切にしようと思っていた。
 しかしビー玉は乾くと泡の跡が残り、ビンの中ではあれだけキレイに見えていたビー玉は外に出ると一気に濁ってしまった。
「どうして?」
 カミサマは不思議そうに尋ねてくる。
「触らないままの方がいいことだってあるっていうこと。それより、さっきの溢れないコツって誰かに教えてもらったの?」
「おばあちゃんに教えてもらったんだよ」
 そうだ。
 おれもおばあちゃんに教えてもらった。
 そうか、この場所は……。
「って、のんびりしてる場合じゃないよ。オビを捕まえないと」
 おれはラムネの残りを飲み、空いたビンをカミサマのビンの隣に置いた。
「えっと代金はどこに置けばいいかな?」
 おれがカミサマに尋ねるとカミサマは首を振った。
「お金なんていらないよ」
 そう言い残して自分だけアミとカゴを持って先に行ってしまう。
 確かに夢の中でわざわざお金を払うっていうのも変な話だな。
 というより、ポケットの中に手を入れてもサイフ自体がなかった。
 納得したおれもカミサマの後を追った。
 カミサマが出ておれも駄菓子屋を出るまで、そんなに差はないはずなのにカミサマは随分と離れたところを走っていた。
 おれも追いつこうと走る。
 そのときに見た風景。
 本屋、電気屋、お餅屋、服屋、魚屋、ゲーム屋……。
 もうどこも古びてしまっていて人の姿はない。
 そうだ、全部思い出した。
 商店街の終わりが見えてくる。
 カミサマもそこで立ち止まっていた。
 おれはカミサマの隣で足を止める。
 商店街が終わった先、そこに広がっていたのは夕焼けの赤い空を背景にしていた、すすき畑だった。
 ここは、おばあちゃんの家の近所にあった商店街だ。
 幼い頃、おばあちゃんの家に遊びに来てはこの商店街にも顔を出していた。
 しかし成長したおれは段々とこの商店街に遊びに行く回数が減り、またこの商店街も他の商店街同様錆びていってしまった。
 そして数年前、おれのおばあちゃんは他界し、おばあちゃんの家に訪れることはきっぱりとなくなってしまった。
 すすき畑だって昔はよく走り回っていたのに、今の今まで忘れていたなんて自分は薄情だな。
 この夢が覚めたら久しぶりに行ってみようか。
 そんなことを考えてカミサマの方を向く。
 アミの中にはしっかりとオビが入っていた。
 おれはしゃがみ、カミサマと目線の高さを合わす。
「約束覚えてる?」
 カミサマは嬉しそうに、でもどこか不安そうに聞いてきた。
「もちろん。カミサマの願い事は何?」
 おれは笑って尋ね返す。
「本当にいいの?」
 なお不安そうに尋ねるカミサマにおれはうなずく。
 幼い頃の自分の願い事を夢の中でくらい叶えてやってあげたかった。
「あのね、ずっとここにいて。もっと一緒に遊びたいんだ」
 カミサマのいかにも子どもらしい願い事におれは笑顔でうなずいた。
「またここに来たら、その時はもっと遊ぼう」
 そう答えるとカミサマも笑ってうなずいた。
「ねぇ、お兄ちゃんは何かお願い事ないの? ボクはカミサマだから叶えてあげるよ!」
「え、でもいいの? オビを捕まえたのはカミサマなのに……」
「うん、だってこれからはずっと一緒にいるんだもん」
「そうだなー、じゃあカミサマの顔を見せてほしいな」
 おれはそういってカミサマのお面を指差す。
 夢から覚める最後くらい、自分の幼い頃の笑った顔が見てみたかった。
「いいよ」
 カミサマは思ったよりもすんなりと両手で仮面を外す。
 その下にあったものは、おれが想像していたものとかけ離れていたものだった。
 小さな顔の上に大人や子どもの目がいくつも付いていて、皮膚は一部ドロドロに溶けてしまっていた。
 中心にあった口はにぃと歪な歯を見せるように笑う。
「いっぱい遊ぼうね」

「うわぁああぁ!!」
 おれは叫び声を上げ、急いでその口を手で塞ぐ。
 おれがいたのはゴトゴトと揺れる電車内だったからだ。
 手で塞いだまま目線だけキョロキョロと動かすが他の客は見当たらない。
 どうやら自分だけだったようだ。
 おれは手を離し背もたれに力なくもたれかかる。
 どうやら高校の帰り途中で眠ってしまっていたらしい。
 さっきまでのことは自分の予想通り夢だったことに安心する。
 まさか最後にあんな気持ち悪いモノを見るとは予想もしていなかった。
 汗で引っ付く制服をひらひらと離しながら外を見ると夕暮れの田園風景が広がっていた。
 眠っていた間に家の最寄り駅は過ぎてしまったようだ。
 とりあえず次の駅で下りて電車を乗り換えよう。
 見た夢の後味が悪かった分早く見慣れたいつもの町に戻りたかった。
 タイミングよく車内アナウンスが流れ始める。
『次は神無月駅、次は神無月駅』
 神無月駅?
 聞いたことのない名前におれは首をかしげながらも元々決まったところでしか降りることがなかったから知らなかっただけだろうと軽く流す。
 電車が止まりホームに降りると神無月駅というところはこじんまりとしておりあまり利用者がいないということも人目でわかった。
 とりあえず時刻表を探して次の電車を調べよう。
 そう考えていたおれの足はあるものを見つけてピタリと止まった。
 駅の真正面に見覚えのある商店街があったからだ。
 でも、ここはおれが幼少期の頃に遊んだ場所ではないはずだ。
 ならどうして?
 どうしてこんなものが。
 頭がガンガンと痛みで危険を知らせる。
 ここから離れなくてはいけない。
 そう思っていても足が石になったように動かなかった。
 気のせいだ。夢で見たから同じように見えるだけだ。
 寝ぼけてるんだ。
 いろんな言い訳を誰にいうでもなく浮かべた。
 体が思ったように動かない。
 震えるばかりだ。
 ふと足元に目線がいく。
 濃い赤色に照らされ出来上がったおれの黒い影の隣にはもう一つ小さな影ができていた。
 違う、違う。そんなはずがない。
 あんな化物が現実にいるわけ――。

「お兄ちゃん」

神無月駅

余談 某有名な都市伝説の駅パロ。他の月の駅の世界も見たい。
没った理由 オチがつまらなかった

神無月駅

秋号 ボツネタ。かっこよくオチをつけれるようになりたい。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-15

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