異彩を放つ
「私は滝村君みたいには絶対になりたくない」小学三年生の樹里は心の底からそう願っていた。
自分自身、集団の中に上手く紛れているつもりでも、ほんの少しの違和感を絶対に見逃さずに敏感に感じとるクラスメイトという名の恐ろしい集団の存在を樹里は恐れていた。彼らは異端を見つけると、瞬時に集団で攻撃を開始する。隠していても零れ落ちる個性ーそれは欠点なのか?魅力なのか?小学生の子供たちにとってそれは無論欠点となる。
皆んなが好きなアイドル、人気のテレビ番組。そんな流行りに興味を持っていないと、直ぐにあの子は変わっている、と変人のレッテルを貼られる事となる。皆んなと同じ感覚を持っているフリをしていないと、仲間外れにされる事を樹里は理解している。
あのアイドル可愛いよね、あのテレビ番組面白いよね。うん、そうだね可愛いよね、面白いよね。
本当はそんなものにこれっぽっちも興味が無い樹里は、それでも仲間外れにされない様に好きなフリを懸命に演じていた。本当は流行りのテレビなど見ずに、小学一年生の弟と一緒に飼っているミドリガメのカメ吉をずっと見ていたかった。でもそんな事が皆んなにバレたら絶対に仲間外れにされる。クラスメイトとは無邪気で残酷な存在なのだから。
そんな樹里とは正反対に、クラスメイトの滝村君は、自分が人と変わっている事を必死で隠すつもりはさらさら無い様で、本意を隠し皆んなの話しに合わせる事を決してしなかった。いつだってゴーイングマイウェイ。だから直ぐにあいつは変わっていると変人のレッテルを貼られ、クラスメイトから浮いた存在になっていた。
もっと上手く隠せば良いのに、と樹里は思っていたし、本当の自分を隠さない滝村君を不思議にさえ感じていた。
ある日の国語の時間の「私の夢」というテーマの作文発表で滝村君はまたしても変人オーラを炸裂させた。滝村君の夢は、ピンクのリンゴを品種改良をして作る事だった。祖父が経営しているリンゴ農園を手伝って、いつかピンクのリンゴを完成させたいー
そう発表する滝村君の目はキラキラ、キラキラ輝いていて、樹里には眩しいくらいだった。クラスメイト達の中で滝村君は明らかに皆んなと違っている。
ピンクのリンゴなんて作れるわけないじゃん、ピンクだったら桃だよね、とクラスメイト達はひそひそと滝村君を馬鹿にするかの様に言いあっている。それを聞きながら樹里は無性に腹が立った。腹が立ったけれど、クラスメイト達に反論する勇気の無い自分自身にもっと腹が立った。滝村君を庇ったら、今度は樹里も変人扱いされる。今まで頑張って皆んなに合わせていた努力が水の泡だ。けれどー
樹里の「私の夢」の発表の番になった。用意していた内容はごくありふれた小学三年生の女の子の夢で、パティシエになりたいという内容だ。そんなのはもちろん嘘っぱちで、クラスメイト達から変わっていると思われない為の本意ではないものだ。樹里の夢はクラスメイトから嫌われない事、変な子だと思われない事、集団の中で決して浮かない事ーただそれだけだった。それだけだったのに、ピンクのリンゴを完成させる事を馬鹿にされても、涼しい顔で凛とした佇まいで席に座っている滝村君を見て、自分の事がすごく恥ずかしく思えた。滝村君がクラスメイト達の中でピカピカ光る宝石の様に見えた。
樹里は深呼吸をして、「私の夢」を読み始めた。私の夢は、目立たずに周りから決して浮かない事でした。皆んなに変わっていると思われたくないし、仲間外れにされたくないからです。でも今日は自分の本当の気持ちを発表します。大きくなったら何になりたいか私はまだ分かりません。でも家でカメを飼っていて、カメが好きなのでカメの研究を出来る人になれたら良いなと思います。
女の子なのにカメが好きだって、キモーい、変わってる、クラスメイト達はザワザワした。担任の女の先生が静かに、と皆んなを諭す。先生も小さい時はアリやクモを飽きもせず眺めてたなぁ。それを聞いてクラスメイト達は先生キモーい、とますます騒ぎ出した。静かにしなさい、と先生は顔を真っ赤にして声を大きくした。
樹里はクラスメイト達のザワザワと先生の大きな声に負けない位に大きな声で「私の夢」の続きを発表した。私は滝村君みたいになりたいです。滝村君はわたしの憧れです。
そう言うとクラスメイト達はますます騒ぎ出した。憧れだって、好きなんじゃない?告白だよ、ザワザワ、ワイワイ、静かにしなさい、人と違う事はとても素敵な事で…担任の先生の話しなど誰も聞いてはいない。真っ赤になって恥ずかしがっている樹里に、僕もカメ好きだよ、今度見に行っても良い?そう言って滝村君はにっこり笑った。
「私は滝村君みたいに絶対になりたい」小学三年生の樹里は心の底からそう願った。
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