ある男の選択
超が付くほどの短編です。
海が見える高台で、男の命は潰えようとしている。
死にロマンを見出すような性格でもないのに、男は死に場所にここをえらんだ。
身を包む白いシャツが、赤く染め上げられている。短く息を吐きながら、男はその「赤」に触れる。
ぬめりがある。
男はそんなことを思う。詩的な事を言おうと思っても、男には世界や現象を、言葉で美しく彩るような能力がない。死が目の前に立ちふさがっても、男が手を濡らす「赤」に対して抱く感情というのは、ぬめっていて気持ち悪いということにしかならない。
映画の様に、または小説の様に、誰かの胸を打つ死を演出することなどできはしないのだ。
男は海を見る。
果てなく続く海。いずれはどこかに着くのだから、果てはあるだろうと言われるかもしれないが、男は自分が生きる世界以外を知らない。ニュースや新聞で知ることのできる情報は、男には価値がない。
目で見るもの、手に触れることのできるもの。男にとっての世界とは、自分が「感じる」ことができるものを指す。
だから、男にとっての海とは、こことは違う世界に続く、果ての無いものなのだ。
少しずつ、少しずつ意識が遠のく。男は思う。自分の生きてきた軌跡を思う。
自分の生きる場所を求めて、彷徨い続けた結果が、裏社会だった。
それしかなかった。
生きる意味も、生きる目的も、裏の道に足を踏み入れた瞬間に自分のものでは無くなった。
本当に、自分はここで生きたかったのか。そんな風に悩むこともあったが、自らが選択した道なのだから、後悔したところで意味を成さないだろう。
生きたいように生きるとは、どういうことなのだろうか。
自分で選択し、自分で歩み、自分で生きる。
男はそうして生きてきたつもりだった。だが、男は選択はしたが、自分の足で歩むということを拒絶していたように思う。
誰かがなんとかしてくれる、自分を分かってくれるという思いがあったのかもしれない。
自分で歩み寄ろうともしないで、そう思っていた。
自分を愚かしく思う。
それでも、後悔はしない。自分が招いた結果なのだから、後悔してもしょうがない。
男は、後悔という選択肢すら消し去ってしまったのだ。
男は、かすんでいく意識の中、ふとろころに手を差し入れる。自らの生きる道を開拓した銃を取り出す。
黒い光を放ち、奪った命を吸いとったような重みを持つ銃を。
ぽっかりと口を開ける銃口を、こめかみに押し付ける。
自分が果てるときは、海の見える所で。
それは、選択肢をなくした男に残った、唯一の選択。
男は引き金に指をかける。
胸に歓喜の気持ちが湧きあがる。自分は今笑っているだろうか。
波の音に、銃声が混じった。
ある男の選択
これは、学生時代に撮った映画の本当にやりたかった形なのです。
実際に撮ったものも納得がいくものでしたが、元々のイメージはこういう、名も知らぬ男が、人生を振り返りながら散っていく姿を描きたいというものでした。
男の散っていく姿を、いずれ上手に描きたいですね。